一八○話:引導にて候
魔王と名乗った化け物が、手も足も出せずに翻弄される光景が繰り広げられていた。
「お、おれたちは夢を見ているのか?」
思わず兵の一人が漏らす。魔王とは物語に出てくる最大の悪であり、脅威である。
だというのに、勇者と魔人、そしてガーデンの精鋭を相手に圧倒されていた。
たしかにガーデンや魔人は勇者に匹敵する強さがある。戦力で言えば五百年前の倍に相当するのだろう。
だとしても、あまりにも危なげなく、簡単に魔王を地に伏せさせていた。
「あー……ああなるとやることないな」
「魔法隊を一応配置させているが、サブローたちを巻き込まないようにするのは難しい。しばらくは様子を見るか」
地の里の軍を指揮するイルンと、異母弟であるクラウディオがそう結論付けた。実際サブローたちの動きが激しい。
必要を感じないが、援護も無理な状況なので傍観するしかない。とはいえ、覚悟していた最終戦と違い、戸惑うしかない。
そんな二人のもとに、銀の魔人と戦っていたイチジローと鎧姿の綺堂が姿を見せた。
「イルン、クラウディオ! 戦況は?」
「見ての通りだ」
クラウディオの親指がさした方向を見て、イチジローたちはポカンとする。先ほどまでの自分たちの顔だなとイルンは思った。
「逢魔の首領……あんな形態になれたのか。でも一方的だな」
「驚いただろ。あの巨体にオレたちも軍も恐れを抱いたんだが、サブローが真っ先に飛びかかってあの通りだ。たいした度胸だよ」
イルンが笑いかけようとして、イチジローの身体の状態に気づいた。戦闘後であるため彼はかなりの怪我を負っていた。
あの銀の魔人はよっぽど強かったらしい。すぐにクラウディオに治癒の指示を出す。
「イチジロー、しばらくそのまま楽にしてくれ。クラウディオ、頼む」
クラウディオは頷き、イチジローに回復術を使う。イルンも使えたが、弟の方が魔法に長けているため効率がいい。
アルバロも少しだが使えるため、前線で頻繁に怪我を治しながら戦っているそうだ。
「ではイルンさん。イチジローを頼みます。……先に行っているぞ」
綺堂はそう言い残し、鎧をまとったまま魔王の元へと駆けて行った。ただでさえ魔王は叩きのめされているのに、新たな戦力が加わることをどう思うだろうか。
自分があの立場になるのはごめんだな、と思いながら周囲の兵を整列させる。魔法隊のように一応サブローたちに援護が必要になるかもしれないと、念を入れたのだ。
それにしても魔王が現れたときには狼狽えていた兵たちが、今は平常心を取り戻している。あの開戦の拳はそれほど強烈であった。
なお今までの経緯を聞いてイチジローが顔を引きつらせている。当然の反応に思えた。
「サブも容赦ないというか、なんというか。それにしても夏祭りかー……」
「魔王すら袖にするほど素晴らしい祭りなのか?」
「規模は大きいけど、そういうわけじゃないよ。ただ、久しぶりに会える家族だっているし、マリーたちもいるし、なにより四年ぶり……いや帰って来てから一年近く経つから、五年ぶりか。だから張り切っているのさ。花火がないこと以外は君たちの祭りの方がすごかった」
「花火か。結構高いけど、いつか導入したいとイルン兄さんが言っていたな」
「じゃあこっちに来てどんなものか見てみるか? 園長先生か長官なら花火職人も紹介してくれると思う。サブも家族だけじゃなく、君たちと過ごすのも嬉しいだろうし」
「そうしたいのは山々だが、後始末があるしムリだな。また誘ってくれ」
ひたすら魔王が殴られる音を背に、世間話をするクラウディオたちを見てイルンはとんでもない状況だと思った。
五百年前に大陸を火の海へと染め上げた存在がなす術もなくやられているのもそうだし、それを目にしても平然としている二人の態度もだ。
正直イルンは落ち着かない。地の次期族長という立場がなければひたすら困惑していただろう。
「よし、もう充分だ。俺も参加してくる」
「そうか。傷が開かないように気を付けろよ。けど、イチジローの加勢って必要あるのか?」
クラウディオが巨体を翻弄されている魔王を見ながら尋ねた。このまま決着がつきそうな勢いである。
イチジローも苦笑してから、白い魔人の姿に変わった。いつ見てもサブローや海老澤と大きく印象が違う。
魔人より、綺堂の武装姿の方が似ていると思っていた。
「俺も必要ないと思うけど……サブと違って根に持つ性格でね。思いっきりぶん殴らないと気が済まない」
「じゃあオレたちや風の里の分も頼む。あれがやったこと、だいぶ腹立っているし」
やけくそ気味にイルンは頼んだ。ただ、魔王のしでかしたことにはたしかに恨みがある。
風の里を滅ぼし、地の里に魔人を差し向けた。とても許せることではない。
イチジローは了承し、あっという間に駆け抜けていく。その背中を見届け、万が一にも魔王が勝てる可能性はないだろうな、と異母兄弟はぼんやり思った。
フィリシアは空を飛び回り、周囲の状況を把握した。
「くそ、くそ!」
魔王がやけくそじみた叫びをあげ、炎と氷の魔法を放った。しかし戦い続ける味方に、対処ができない者はいない。
あるものは剣を振るい、あるものはギフトを駆使し、あるものは拳や触手を振るう風圧で無効化した。
フィリシアも風の弾丸で吹き飛ばす。
「まったく、哀れですね」
イ・マッチが光をまとって跳びかかり、拳で迎撃される。衝撃を聖剣の光が無効化したため、イ・マッチは器用に腕を登り走り、肩口から大きく右腕を斬り離した。
魔王は歯を食いしばり、拳のない左腕を叩きつけようとイ・マッチの光が途切れるのを待った。そんな悠長な真似をしていいのだろうか。
事実綺堂が足元を斬りつけ、ミコが額を殴ったためバランスを崩して倒れかけた。ドンモが獰猛に笑い、聖剣に光をまとわせる。
「それ、は!?」
伝説通りの結末を迎えたのだろう。魔王は最大限の警戒を見せ、逃れようと背を向け始めた。もっとも建物の屋根を跳び移っていた海老澤が胸を蹴り、ナギが自らの聖剣の光で体力を奪って膝をつかせた。
さらにトドメと言わんばかりにサブローが触手で拘束をする。
「離せ! はな……」
口を閉じさせたのは鈴木の一撃であった。いつの間にか鳥型デバイスがボウガンへと変形して、エネルギーの矢を放っている。後頭部から額まで頭蓋骨を貫き、衝撃で魔王を硬直させた。
「いくわよ! みんな、一応気を付けて!!」
ドンモの忠告に従い、射線を確保した。彼はそのことを確認して、聖剣から光の柱を発生させる。
熱線は魔王の腰骨を焼き溶かし、下半身と分断させた。魔王の上半身が大きな屋敷に伸し掛かる。どこかの貴族の物だろうか。
「くそ、くそ! まだ、まだ終わらん!」
魔王は手をなくした腕で器用に隣の建物にもたれかかるも、どう見ても戦えそうにない。どうするのかとサブローたちは警戒をしているが、フィリシアはそこまでする必要性を感じなかった。
その自分が甘かったと、すぐに思い知る。巨大な魔力の変動が起き、魔王の影が伸びた。
「今ここに、我が魔を示す!」
こちらを睨みつけ、魔王が叫んだ。すると影が湖のように波立ち、ボコボコと黒い塊が盛り上がる。まずい、とフィリシアが精霊に魔力を送るのだが、遅かった。
影は形を作り、様々な黒い異形へと変化を遂げる。そのうち一体がサイと人を掛け合わせた怪物であり、フィリシアは瞠目した。見覚えがあったのだ。
「くはは、創星もエンシェントドラゴンも知らなかっただろう。これは我が生みだした新たな権能! 死して回収した魔を、こうしてまた戦わせることができる。さあ、五百年前と今回を合わせた百を超える魔人に蹂躙されるがいい!!」
魔王の宣言とともに、影の怪物がうごめく。一人飛び出したワニの魔人が、触手に叩きつぶされた。
「鰐頭さんはこんなに弱くありませんよ。どうやら見掛け倒しのようですね」
「――は?」
ここでようやく苛立ちを見せるサブローの断言に、魔王が虚を突かれていた。創星と古代竜が呆れて続く。
「魔人に使う聖獣や魔は人間と結びつかなければたいしたことはない。半減以下だ。こんな基本的なことも忘れたのか?」
「バカだねぇ……ほんと、君はバカだねぇ……」
サブローは打ちひしがれる敵にもう興味はないらしい。そのままフィリシアに指示を出してくる。
「竜妃の影を見ないということは、僕の中にいるということですね。ならもう用はありません。フィリシア、一掃してください」
「はい。精霊よ!」
フィリシアは風の精霊に呼びかけ、無数の風の弾丸を生みだし放った。次々と魔人はつぶされていき、あっさりと全滅した。
自分の甘さを反省していたというのに、彼女は肩透かしにあってしまう。
「サブロー、上から見ていたけどサンゴちゃんは見かけなかった。『死して回収した』とか言っていたし、これは生きているぜ」
「ああ、それは良い情報です。僕の方でも見ませんでしたし、ほぼ確実ですね。それが知れたことは素直にお礼を言います」
海老澤の報告でサブローは機嫌をよくした。全身から火の粉を吹き出し、拳に集める。竜の炎を宿した右手を向け、冷たく宣言した。
「もう終わっていいですよ」
「待て! 待ってくれ! ……まってください!!」
情けなく懇願する魔王を無視し、触手と脚で同時に地面を蹴って跳ぶ。そのサブローに並ぶ白い影があった。
「最後には間に合った! サブ、いくぞ!!」
細身の白い魔人『魔人を殺す魔人』が拳を輝かせる。彼のバージョンアップはフィリシアたちと違って二十四時間のインターバルを必要とする。
基本形態ではあるが、必殺の拳はすさまじい威力だ。不安はない。
魔王の巨大な頭蓋骨に、兄弟の拳が叩きこまれた。
「「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
炎と光が混ざり合い、魔王の巨体を破壊しつくす。綺麗な光景だと思い、フィリシアは引導を渡される魔王の姿を見届けた。




