一七九話:聖戦はあなたの拳からどうぞ
明日も投下します。
最後まで連日投下で行きます。
「落ち着きなさい!」
魔王の宣言とともに浮足立つ自国軍を、シュゼットは一喝した。周りを見れば、水の国の将軍も地の次期族長イルンも同じように自軍を叱咤している。
アドーニン将軍がシュゼットにうなずき、自軍をまとめていった。それでも恐怖はぬぐいきれず、逃げ出す者は辛うじて居ないものの、きっかけがあれば合同軍が瓦解しかねない状況であった、
シュゼットも恐れから顔を青くし、唇を引き結んでいる。だけど退くわけにはいかない。
ここで立ち向かわねば、愛しの祖国を取り戻したという誇りを持てなくなるからだ。
「シュゼット王女殿下は強いお方ですね」
前方の助手席に座る上井が優しい顔を向けていた。シュゼットは首を左右に振る。
「いえ、わたくしも周りの兵と変わりません。今にも逃げ出したい気持ちです」
「ですが、あなたは立ち向かっている。祖国を取り戻そうと奮闘している。大丈夫です。我々には心強い味方が付いています」
誰を指すかは明確だ。シュゼットは力強くうなずき、前線にいるフィリシアたちを想った。
両手を組み、主神マナーへと祈りを捧げる。勝利ではなく、彼らの無事を。
魔王の発言で最初に動いたのはイ・マッチであった。
「御大層なことを仰いますが、どうやらわずかに残っていた魔人に逃げられたようですね。後がありませんよ」
「くくく、逃がしたのではない。必要なかったから、放置していただけだ」
骨の巨人は両手を左右に広げ、余裕たっぷりな態度を見せつける。フィリシアは伸し掛かる威圧感により、思わず生唾を飲んだ。
「我が身体を癒すために、魔物を取り込んだ。場合によっては魔人を取り込む必要があったが……今の状態なら必要ない。そうであろう? 創星、エンシェントドラゴンよ」
暗い眼孔を向け、魔王が知り合いらしき二人の名を呼ぶ。創星はイラついているのかカチャカチャと落ち着きがなく、古代竜は興味がなさそうにそれぞれ視線を上げた。
「知るか、バカ」
「ふむ。不思議なほど余裕ぶっているね。まだ手を隠し持っているのかい?」
答えを期待していないのだろう。ただ笑ってはぐらかす魔王に付き合う気はないようだ。
「さあ! 人間どもよ。我が身体の前にひれ伏せ! 恐れおののくが良い!! 初代勇者をも葬った、魔王の身体だ!!」
大音量が王都に響き渡る。建物がびりびりと震え、痛くなった耳をフィリシアは抑えた。
「我が手を煩わせた罪は、必ず償わせ……うひゃっ!?」
見覚えのある触手が魔王の首に巻き付き、引き寄せた。倒れる巨大な骨の鼻のあたりを、白い魔人に変ったサブローが殴りつける。
地面に前のめりになっていた魔王は衝撃で逆にひっくり返り、無様にも尻もちをついた。
「きっ、キサマ! まだ話――ぶぎゃっ!」
創星の光で空を駆けるサブローはもう一撃加える。上半身を起こしかけた魔王はまた倒れ、容赦なく連打を浴びせられた。自らの身体の一割にも満たない相手に、まるでマウントを取られているかのような状況であり、味方は唖然とする。
「ま、待て……、はな、しがおわって……ぐぎゅ!?」
触手で巨体を打ち据えられていた魔王はたまらずその場を四つん這いで逃げ出そうとする。
返す触手で街路樹を数本ひっこ抜いたサブローは、逃げる背中に次々と投げ当てた。
容赦のない戦いっぷりに、フィリシアは不安になる。
サブローは逢魔に利用され、恨みを抱いている。戦い方が苛烈になっても仕方がない。
しかし、それは以前のように自らの命を省みないということではないだろうか。不安が押し寄せ、思わず叫んでしまった。
「サブローさん!」
名を呼ぶと、反応してこちらに向いた。顔を伺おうとすると、サブローは一足飛びにこちらへやってくる。
「フィリシア、どうしました? 不安そうにして」
「えっ? あれ!?」
小首をかしげ、不思議そうにフィリシアを見る魔人の瞳は、拍子抜けするほどいつもと変わらなかった。
魔王はよろよろと立ち上がり、あばらに引っかかる街路樹を取り除く。なんとも情けない絵面だ。
「キサマ、どういうつもりだ!? 人が、話をしているだろう!!」
「えー……すみません。正直興味がありませんし、これ早く終わらせたいです」
残業を前にしたサラリーマンのように、サブローは言いきった。さすがのフィリシアも思考が読めなくて戸惑ってしまう。
近しい彼女がそうなのだ。敵として立ちふさがる魔王の混乱は極まっていた。
「興味がない、だと……? 私は、お前の星を歪めたのだぞ!? キサマの運命を捻じ曲げ、堕すべき存在に変えたのだぞ!!」
「すみません。もっとわかりやすく仰ってください。意味が分かりません」
挙手をしてサブローはあっさりと質問する。他の誰もが同意見だが、あまりにも堂々とした態度に困惑していた。
いや、ただ一人吹きだす女性がいた。古代竜が腹を抱えながら、ニヤニヤと解説を始める。
「要するにあれは君が勇者だと気付いていたのさ。星を見れるからね。知っていて魔人に変えたぞ、って言っているんだよ」
「ああ、理解できました。エン様、ありがとうございます。そういえば、首領が僕を魔人に変えたんでした」
頬をかきながらサブローがつぶやいた。この発言には魔王だけでなく、その場の誰もが口を開いて呆気に取られている。
「そんなことより早く倒しましょう。フィリシア、ミコ、夏祭りまで余裕が持てそうですよ」
「え? 夏、祭り……?」
こんな状況で聞くとは思っていなかった単語を、フィリシアはオウム返しする。
サブローの雰囲気がより明るくなったのを感じ取った。戦闘中に気がそぞろなのも珍しい。
コキコキと器用に手の骨を片手だけで鳴らし、鼻歌まで歌いだして機嫌の良さを隠さずにいた。
「あれ? もしかして忘れていたのですか?」
「ち、違います。単に今話題に出されて、戸惑っているだけで……」
「それはよかった。さっさと片づけて、祭りの準備をしましょう」
「ふざけるな!!」
魔王が怒り、手のひらを叩きつけようとする。しかし割って入った影に手首を断たれ、手だけ明後日の方向へ飛んでいった。
一連の動作を終えたドンモが、堪えきれないと大笑いをする。
「アッハッハッハ! そうね、それが良いわ、サブロー。アタシもそっちの祭りを楽しみに行ってもいいかしら?」
「もちろん歓迎しますよ。この前は兄さんに任せてしまいましたが、今度は僕に案内させてください」
「うん、お願いするわ。それじゃサブローの言う通り、このつまんない戦いを早く終わらせるとしましょう」
猛スピードで八本の触手の束が魔王の顔面を叩き、またものけぞらせる。踏ん張る足をドンモが斬り、バランスを崩させた。
そして味方から追撃が行われる。赤い炎をまとった機械拳と、虹夜の聖剣の刀身が魔王のあごを叩いた。重い地響きをたて、民家を巻き込みながら魔王が倒れていく。
打撃を与えて敵に背をつかせたミコとナギが、サブローの近くに着地した。
「ん。サブの言う通りだね。夏祭りのためか……よし、気合入った!!」
「無論、わたしも案内してくれるな? サブローたちの国はなかなか気に入っているんだ」
サブローは笑顔を引きつらせながら、「善処します」と無難な返事をした。ナギはとりあえずそれで満足のようで、爛々とした目を敵に向けている。
「いつまでも、いつまでもふざけ――」
「お呼びじゃねえって。お前は黙ってな」
犬の遠吠えとともに、海老澤が魔王の胸を蹴る。彼を掴もうとする巨大な手の指を犬型デバイスが切り飛ばして牽制した。
「こ、こんなときに遊ぶ予定でござるか? 意外とサブロー殿は豪胆でありますなぁ」
「おめーさんも参加な。あの乳繰り合っているエルフの姉ちゃんと、その友達も連れて来い」
「イース殿とはそういう関係じゃないよ!」
跳んで戻ってきた海老澤にからかわれ、鈴木が顔を真っ赤にした。素の喋り方に戻っている。
またもぬるりと現れたイ・マッチが口に手を当てて笑いを堪えている。
「えー本当ですか? 二人きりになった頻度が多いようですが?」
「な、ななななななぁ!?」
「マジかよ。鈴木もやるなぁ……。羨ましいから死ぬがよい。でもよくやった。エルフのかわい子ちゃんを紹介して」
「はいはい。そういうのは終わってからでお願いします」
我慢できず、フィリシアは話を終わらせに入った。魔王を倒すのは偉業であるはずなのに、緊張感がなさ過ぎだ。
もっとビシッとしてほしい。
「なんだ……なんだ!? キサマらは!! オレは、魔王だぞ!!」
「関係ありませんよ、首領。どの道あなたはここで死にます」
サブローに宣告され、魔王は抗議の行き場を失う。その声に怒りも悲しみも憎しみもなかった。
ただ家族と過ごせる未来の時間を楽しみにしている。ふてぶてしいにもほどがあった。
「みなさん。とっとと終わらせましょう」
気軽に言われ、一斉に頷いた。掃除の開始を告げるかのように軽い調子で、最後の決戦であり、今世代最大の聖戦が始まる。
そこらに転がるチリ程度の意識しか向けてもらえない魔王の姿は、いっそ哀れであった。