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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一七七話:潰せ、壊せ、超越せよ



 イチジローとピートは戦いながら戦場を変え、だだっ広い草原にて全力でぶつかっていた。

 戦いの余波でところどころ陥没させつつ、何度目かの衝突したのちに距離を取った。


「……本当に殺す気なんだな」


 イチジローは「ああ」と簡潔に答えた。その資格がないとわかっているのに、ピートの心が躍る。

 ずっと目の前の男と命のやり取りをしたかった。仲間の殻を破れず、敵として見られていないと知って絶望しかけた。

 数少ない友人すら裏切って出来た機会を棒に振り、望みがかなわないと諦めていた状況が、今目の前にある。

 心の奥底にしまっていた欲望の炎が胸を焦がす。突き動かされた衝動のまま、蛇腹剣へと変わった得物を振るった。


「……ピート、あの時と違ってやる気だな。そうでなくては困る」

「サブローにはすまないが、これが俺だ。お前を倒す、超える! それだけが望みだ」

「…………やっぱりわからない」


 イチジローがため息とともに、相手を見つめた。


「俺たちは……ガーデン製の魔人候補は、綺堂も含めて仲が良かったと思っている」


 ピートはその言葉に異論はなかった。本来ならたった一つの席を争う者同士だったはずだが、綺堂も含めてそれほど嫌いにならなかった。イチジローが選ばれたときも、くやしさはあったものの、二人で祝福をした。

 そのときはここまで身を焦がす感情を持ってしまうとは、ピートにもわからなかった。


「だとしても、今は違う」

「そうだな。残念だよ、ピート。こんなことになったことも、今だお前を敵だと思えないことも!」


 イチジローの発言に、ピートは怒りを抱いてしまった。言いがかりにも等しいことだとはわかっている。

 しかし心がイチジローを責めた。


「だからもっと俺を追いつめろ。もっと力を絞りだぜ。俺は……『魔人を殺す魔人』は、お前なんかより強い」

「イチジロー……いや、『魔人を殺す魔人』!」


 挑発された事実は嬉しかった。刃をまとめ上げて、構えをとる。

 イチジローも拳を前に出し、迎撃の意思を示した。

 その二人のもとに、綺堂が鎧をまとったまま追いつく。


「綺堂、どういうつもりだ?」

「安心しろ、イチジロー。手は出さん。ただ、見届けに来ただけだ。長官の許可ももらった」


 綺堂は宣言通り、両腕を前で組んで手を出さない意思を見せた。


「ガーデンの魔人候補だったよしみだ。二人の望み通りにしてやるさ」


 言い出したら聞かない女だというのを、二人はよくわかっていた。見届け人になってくれるというなら、むしろ願ったりかなったりだろう。

 殺気が膨れ上がる。まだ敵と思えないのなら、身体で分からせてやる。

 ピートは剣に今までの鬱憤を乗せ、宿敵との決着をつけに向かった。




 王都は予想通り酷いありさまだった。

 フィリシアの思い出の中では、綺麗な石畳を敷かれた道と、華やかで綺麗な建物が存在し、人々が笑顔で行き通っていた。大国の中心であることを実感し、父の背中についていくのを楽しみにしていたものだ。

 ところが今はあちこち石畳が剥がれて土が露出しており、整備していないどころか魔人が暴れた跡が見て取れた。

 建物も同様であちこち壁が崩れており、修繕すらされていない。しかも人の物らしき白骨が転がっていた。いったいどれだけの人間が殺されたのか。フィリシアは憂鬱であった。

 それにしても人がいない。王都の人口は多く、逃げ出した人の数を考慮しても人っ子一人いないのはおかしい。フィリシアは探索術を使う。


「あれ? 人がいろんなところに集まっています」

「あら、そうなの。伝令に頼んで調べてもらいましょう」


 ドンモがテキパキと指示をし、ガーデンや合同軍の兵を向かわせる。念のためにサブローと海老澤に魔人の気配を探ってもらい、感じないことが伝わる。

 一応気配を消せる魔人が居ると困るので、フィリシアの探索術は起動し続けたままにした。魔人が現れたら精霊に報告してもらえる。

 そのことを知ったサブローが感心した。


「相変わらず便利ですね、探索術」

「地の精霊術も探索術を使えるけど、風に比べると格が落ちるんだよな」


 前線に出ていたアルバロが探索術について補足する。地の探索術もかなり広範囲に探れるものの、地を介した物なので風と比べると探索範囲で劣るのだ。

 水の探索術は水中限定で漁などに活かされ、火の精霊術には探索術自体が存在しない。


「風の精霊術師って色んなところで重宝されそうですね」

「いいえ。攻撃面で他の精霊術に劣りますので、冒険者としてはあまり人気がありません」

「冒険者にはな。まあ頭のいいチームや、軍だと風の一族は重宝されるぞ。水の国だと専門の部隊を作っていたはずだ」


 アルバロの説明にフィリシアはポカンとする。相手は呆れ顔のまま続けた。


「風の精霊術師がいるだけで命令の伝達が楽になるからな。しかも魔道具を使うよりよっぽど安上がりだ。戦場では喉から手が出るほど欲しい術ばかりなんだ」

「し、知りませんでした……」

「王国が長年平和だったし、風の里が戦争に駆り出されることも少なかったからな。先代風の族長ならその辺詳しかったんだが」

「なんだか風の族長に就任したのに、知らないことばかりです。こんなことで私はやっていけるのでしょうか……」

「大丈夫。あたしやサブも手伝うし、気楽にいこう」


 ミコが慰めてくれたため、気が楽になった。


「それにしても城が物騒なことになっているでござるな。王女様が気落ちしてなければ良いのでありますが……」


 鈴木の言う通り、見上げればそれはすぐに目につく。なにせ巨人と思わしき骨が城に抱き着いているからだ。ナギが首をかしげる。


「来る途中に倒した一つ目巨人の魔物(サイクロプス)が関係あるのか? 連中の倍くらいの大きさはあるが」

「ありゃ五百年前に倒した魔王の身体だ。穴が開いているだろ。あれは四聖月夜の聖剣(しーちゃん)の光で出来た穴だ。……当時より小さくなっているあたり、再生中ってところか」


 生き証剣(しょうにん)である創星が断言する。今では貧相なスケルトンの魔王が、元はあの怪物だったとは信じられない。

 フィリシアはまじまじと城に絡みつく巨人の骨を観察した。


「早く首領を倒して、あの美しいお城をシュゼット王女殿下にお返ししましょう」

「お前また城の方に目がいっただろ」


 海老澤にからかわれ、サブローが不機嫌な声で「違います」と答えた。フィリシアも少しそう思ったのは内緒だ。

 いまいち緊張感が削がれたが、ここは敵の本拠地だと気合を入れ直す。

 ちょうどそのとき、耳につけたインカムが起動する。聞き慣れた毛利の声が響いてきた。


『隊長たちに勇者の方々、聞こえているッスか?』

「はい。感度は良好です」

「便利ねー。こうして後ろから指示を送れるだなんて」


 ドンモがしきりに感心する。アルバロやナギも同様の反応だ。


「実はイルラン国にもあるんだよね。日本からいろんな技術を持ってきているから」

「エン様、しっ!」


 なぜだか前線までついて来ている古代竜に、イ・マッチは注意をする。どうやら知られたくないことらしい。

 ドンモは「どうりでやたら便利なものが多かったのね、あの国」と言い、呆れた顔をしていた。


『王都の人々が発見されたッス。……どうやらセンチに言われて教会を始めとした大きな建物に避難していたみたいッス』

「ピートさんが……。あの人ならそうするでしょうね」

『どうやら王都の治安を維持していたのはあの人みたいッス。相変わらずくそマジメのようッスね』

「それは再会したときから思っていました。本当に変っていない。兄さんと戦うために僕を利用したのに、気になって台無しになるあたりも」


 毛利が苦笑したことを、フィリシアは通信越しに悟った。逢魔時代の仲間たちと話すサブローはどこか遠くに感じることがある。

 それが寂しいのだが、口には出さない。きっとサブローにとって、逢魔に所属していたときの話は癒えない傷になっているからだ。


「そうなると、城の周辺は完全な無人ということになるのか」

「探索術にも人影はありません。このまま進みますか?」

『無理はしないようにとのことッス。みんな、気を付けるッスよ』


 毛利に応え、一同は魔王城へと歩みを進めようとした。しかし、骨の巨人が震え、地響きが鳴る。


「な、なんでしょうか? 地震ですか?」

「フィリシア、落ち着いて。おそらく首領が動き出したのだと思います」


 サブローが鋭い目を城に絡みつく骨の巨人に向けていた。事実城の外壁を崩しながら、敵は地面を踏みならす。


「ようこそ、人間どもよ。我が魔王城へ……と言いたいところだが、ここで相手をしてやろう」


 地の底から響くような笑い声を、目の前の怪物が発していた。フィリシアは口を真横に結ぶ。


「わたしが、魔王だ」



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