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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一七六話:門番



「……イチジロー。相談がある」

「え、そういってキドウはあたいをハブっちゃう気?」

「いや、ソウラも話を聞いてくれるとありがたい」


 綺堂が珍しく火の一族のソウラまで頼ったので、イチジローは目を丸くした。なぜだか知らないが、この二人は競い合うことが多い。

 ソウラも殊勝な態度を取られるとは思っていないらしく、拍子抜けしていた。


「相談ってなんだ?」

「フィリシアのことだ。この戦いの前に問題が起きてな……」


 綺堂はぽつぽつと戦闘前のフィリシアについて話しだした。彼女の故郷を焼いた兵と衝突した件は、イチジローに静かな怒りを抱かせるのに充分だった。

 またフィリシアと同じく精霊術一族であるソウラも不快そうだ。


「いっそそいつらしめちゃう?」

「…………よそう。今は作戦中だ」

「今迷ったな、イチジロー」


 綺堂が呆れながらイチジローを見る。付き合いの長い彼女には、昔から家族のこととなると極端に走るのは知られていた。


「その件はアドーニン将軍がやりすぎというくらいことを収めたから、これ以上騒ぎ立てるのは問題が起きると思う。それより……助けてくれ。フィリシアと会うのが気まずい」


 素直に綺堂が頼むと、イチジローは失礼にもブホッと吹きだした。腹を抑えて肩まで震えてきた。


「私はまじめに頼んでいるのだが?」

「気負いすぎ。普通に接すればフィリシアだって忘れていつも通りに接するよ?」

「それでは私の気が済まない。傷つけてしまった以上、謝らなければ……」

「うわ~、真面目ちゃん」


 ソウラが苦笑しながらからかってきた。憮然とする綺堂の背中を叩き、優しい目を向ける。


「まああたいが間を取り持つし、普通に謝れば許してくれるって。それで解決」

「そ、そうか。頼もう」

「よし、じゃあさっそく行こうか!」


 ソウラは問答無用で綺堂の手を引き、フィリシアの元へと向かった。心の準備を要求されてもお構いなしだ。

 イチジローも取り残されないように追いかけ、同僚の面白い一面を見物に行くのだった。

 やはりというかあっさりと綺堂の謝罪をフィリシアは受け入れ、一連の騒動は解決したことを伝えられた。



◆◆◆



 合同軍があと一日で王都にたどり着くという距離に至るまで、敵に襲われることがなかった。イ・マッチの言う通り、逢魔は戦力が尽きたようである。


「ようやくここまで帰ってこられました。皆様にはどれだけ感謝をしてよろしいのか……」

「王女殿下、それは王国を逢魔からとりもどしてからにしましょう」


 感動で目を潤ませるシュゼットに、ガーデンの長官である上井がはやる気持ちを諫めた。二人は今軍用バギーで移動している。

 ガーデンが持ち出した車に王国軍は警戒をしていたが、シュゼットを安全に王都まで送れるということで今は頼っていた。

 なおこれも電気で動いているタイプらしく、エンジン音で馬を怯えさせることがない。


「魔法大国の馬を必要としない馬車ともまた違いますね。乗り心地が特に気に入りました。フィリシアも乗ってみますか?」

「いえ、大丈夫です。私の方はサブローさんに乗せてもらったことがありますから」


 フィリシアはシュゼットに答え、歩き続ける。今の軍用バギーは行軍に合わせてゆっくり動いていた。歩く速さで並ぶことができる。

 今のシュゼットの護衛はフィリシアが務めており、もちろん鳥型デバイスのサイドツーも一緒である。


「カイジン様もこのような乗り物をお持ちなのですか?」

「いえ、今のところはレンタカー……その乗り物を貸し出す店から、必要な時に借りてきます。とはいえ欲しがっている様子でしたので、近いうちに購入するかもしれません」

「カイジン様はこのような乗り物を所有できる財力も持っていらっしゃるのですね」


 シュゼットがしきりに感心する。実はフィリシアの貯金も高めの車を何台か買えるくらい貯まっていたのだが、話題には出さなかった。ガーデンが高給すぎるのである。


「ほう、サブロー少年は車を欲しがっているのか。なるほどなるほど……」


 なぜか上井が食いついてきた。嫌な予感がしたので、慌てて口を出す。


「あの、サブローさんも自分で選びたいと仰っていましたし、あまり手助けをしないほうが……」

「無論そのつもりだ。しかし私は車に詳しくてな。サブロー少年の相談に乗ってやろうかと思っているだけだ」


 言い出したら聞かないので、フィリシアは「ほどほどに」としか言えなかった。

 サブローを生け贄にするようで申し訳ないのだが、長官の気が済むまで付き合ってもらうしかない。


「ところでフィリシア。その髪型似合っています」

「ありがとうございます! これ、サブローさんが整えてくれました」


 フィリシアは嬉しそうにサイドテールを見せた。先ほど答えたようにサブローの手によるものである。

 マリーの髪をいじって作ったことがあるらしく、帰ったら姉妹でおそろいにしようと言われた。

 そのことを教えると、シュゼットは自分も同じ髪形にしたいと希望してくる。

 そんな緊張感のない会話を続けていると、ガドスが馬を寄せてきた。


「シュゼット王女殿下。王都が見えてきました」


 フィリシアは身構えるが、前ほど動揺しなくなった。己の心に決着がついたのだろうか。

 自分でも自分のことが分からなかったが、今はシュゼットの方が心配だった。

 案の定彼女は口元を手で覆い、涙を必死にこらえていた。


「上井長官。シュゼット様を上空にお連れしてもよろしいでしょうか?」

「許可する。充分理解していると思うが、警戒は怠るな」

「かしこまりました。シュゼット様、空から王都を見ましょう」


 フィリシアは天使の輪を展開して浮かび、シュゼットの背中に回った。


「フィリシア、よろしくお願いします」

「では失礼します」


 両手を広げたシュゼットの脇に手を差し込み、光の帯を腰に巻き付けて身体を固定し、ゆっくり上昇する。サイドツーもついて来ており、空でも護衛を務めるようだ。

 精霊に頼み、息苦しくならないように周囲の空気を操作してもらう。呼吸が困難になるほど上空に行くつもりはないが、念のためだ。

 やがて周辺を一望できる高度までたどり着く。シュゼットが感嘆のため息を漏らした。


「フィリシアはいつもこの光景を独り占めしていたのですね」

「そうでもありませんよ。師匠さんをはじめとして飛べるお方は他にもいますし」

「そういえばそうでしたね」


 談笑しながら一通り景色を見通した。今進んでいる街道が伸びている先には、堅牢な門が存在していた。

 フィリシアが父に連れられていたときは、あそこで入るための税を払ったものだ。

 しかし、門はかつて見たころよりみすぼらしくなっていた。なにせところどころ崩壊しており、明らかに整備がされていない。

 これでは王都の街並みも似たような状況だろう。取り残された人々のことを思って胸が痛んだが、シュゼットはもっと心苦しく思っている。フィリシアが口にするわけにはいかなかった。


「ここからだとまだ城はぼんやりとしか見えませんね」

「そうですね。まあ、仕方ありません。フィリシア、ありがとうございます。もう降ろしてください」


 シュゼットの言葉通りバギーへと降ろし、再び護衛を続ける。

 どこか物憂げな王女を気遣い、フィリシアは護衛の交代まで元気づけたのだった。




 とうとう王都の正門を前にすることとなった。どこか兵たちからも緊張感が漂っている。

 敵の本拠地に来ているので当然ではあった。実際、フィリシアも心がそわそわと落ち着かない。


「フィリシア、深呼吸を」


 サブローが優しく促してくる。こういうときは細かく気が付く男だった。

 フィリシアが息を大きく吸って吐き出す。二、三度繰り返すと心が軽くなった気がした。


「ふむ。さすがの天才少女も大きな戦いには不慣れということか」

「ナギ、なんですか? その天才少女とか言うのは?」

「綺堂が言っていたぞ。フィリシアはそう呼ばれているとな」


 ナギのからかいを受け、キッと綺堂を睨みつけた。相手はそっぽを向いて、気まずそうに口笛を吹いている。シラを切る気だろう。

 その自分たちのやり取りを見て、ドンモが笑みを堪えながら手を叩く。


「ホント、アンタたちは仲良いわね。けどそこまでよ。敵、いるんでしょう?」


 油断なく彼はサブローを始めとした魔人三人に問う。彼らがうなずくと同時に、フィリシアも敵の姿を確認した。


「あれは……」


 フィリシアも見覚えのある白銀の魔人が剣を片手に佇んでいる。思わずごくりと生唾を飲みこむ。


「来たようだな。ガーデンとこの世界の戦士たち」

「ピートさん……」


 サブローが門番のように立ち塞ぐピエトロ・センチを呼んだ。敵は返事をすることなく、剣をこちらに向ける。


「かかってくるがいい。俺が最後の壁だ」

「ならわたしが相手をしていいか? 前に会ったときから気になっていた」


 ナギが嬉々として名乗り出る。その様子にドンモが疑問をもった。


「ナギ。アンタが魔人相手にやる気になるって珍しいじゃない」

「綺麗な“灯り”をしているからな。興味がそそられる」

「いや、でも罠かもしれませんぜ。ナギの嬢ちゃん」


 ゾウステの意見にほとんどの兵は同意だったようだ。しかしサブローが一番に否定する。


「いえ、ピートさんはそういう人ではありません。魔人の気配も彼一人しかしませんし」

「…………逢魔に行こうと、そこは変らないのだな。久しぶりだな、センチ」


 面識あるらしき綺堂が話しかけても、相手は黙ったままだった。相変わらずイチジローしか目に入らないのだろうか。

 フィリシアは警戒したまま様子を見守った。


「ふむ。まあ彼を相手して魔王に逃げられても困る。ここはわたしが……」

「いや、ナギちゃんはサブたちと王都に入ってくれ。あいつは俺が相手する」


 ナギがイチジローの顔を見上げた。珍しいな、と目で問いかけている。


「イチジロー……」

「安心しろ。この期に及んで戻れとは言わない」


 白い金属の剣山がイチジローを包む。剥がれ落ちた先に、光の翼を持ち、いかつく、だが神々しい『魔人を殺す魔人』のバージョン2が現れた。


「お前を殺す。それが俺とサブの決意だ」


 魔人の仮面に隠れて、ピートがなにを思ったかはわからない。ただ一度視線を移したサブローにうなずかれ、再びイチジローを見据えた。


「いくぞ、イチジロー」

「こい、ピート」


 綺堂が目を伏せてため息をついた。それを合図にしたかのように、二人の魔人が激突した。



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