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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一七五話:運命は星に宿る



 サブローが本陣に戻ると、奇妙な光景が目に入った。

 なぜかフィリシアが正座をして、首に『反省中』とこの国の文字で書かれた板をかけていた。


「珍しいですね。いったいどうし……フィリシア。髪、切れてしまいました?」


 サブローが尋ねると、明らかにフィリシアは動揺した。創星がその様子を見てカチャカチャとうるさく反応する。


「え? マジで?」

「創星、その程度気づいてくださいよ。結構切れてしまいましたね。カマキリの魔人と戦わせたのは間違いだったのでしょうか?」


 思わずサブローはくやしさに顔をしかめる。フィリシアの綺麗なはちみつ色の髪がとても好きだった。短くするにしても彼女の意思であるべきだろう。

 落ち込む様子を見たフィリシアは、慌てて弁明に入った。


「これは敵に切られたのではありません! なぜこうなったかというと……その……」

「そうよ! 聞いてよ、カイジンさん!!」


 言いにくそうにしているフィリシアを置いて、インナが怒り顔で割り込んできた。サブローが目を丸くしていると、彼女の説明が始まる。


「フィリシアちゃんったら、たつ巻を生みだせるでしょ? それに自分から突っ込んだのよ!」

「……それは怒りますよ」


 珍しく短絡的な行動をとったフィリシアを視線で責める。焦り始める彼女をさておき、インナの発言に熱が入った。


「本当、フィリシアちゃんなにを考えているの? 無茶無謀無思慮のカイジンさんだってこういっているのよ。あなたが危険だってわからないはずがないじゃない」

「な、何度も仰ったではありませんか。すこし、嫌なことがあって……」

「理由にならない!」


 インナは切って捨ててフィリシアに説教を続ける。よっぽど腹に据えかねているようだ。いつかの山小屋よりも激しい怒りである。

 それにしてもサブローは酷い言われようだった。事実であったため強くは出れない。


「悪りぃな、カイジンの旦那。あいつちょいと冷静さを失っているみたいだわ。頭冷えたら謝ると思う」

「仕方ありませんよ。フィリシアの行動は僕もどうかと思いますし」


 謝るゾウステに答え、サブローは怒られるフィリシアを微笑ましく見る。やらかしたときに叱ってくれる相手がいるということは、とても幸せなことだ。

 特に実感していることなので、大人しくインナにすべてを任せた。

 その感傷を台無しにするように、海老澤が茶々を入れる。


「なに噛みしめたような顔をしてやがる。現在進行中で一番の問題児の癖に」

「僕だって最近は自重していま……ボロボロですね」

「エビサワの旦那も特攻自爆してこの様だ」

「人のことを言えないではありませんか」


 サブローの指摘に、海老澤は口をへの字に曲げで黙った。自覚はあったようだ。

 ため息をついて見回すと、親衛隊がやたら海老澤を警戒している。その中心に居るナギが親しげにこちらに手を振っていた。


「えーと、これは?」

「うむ。エビサワがわたしに発情してな。今夜の相手をしてやろうかと思ったのだが、見ての通りベティたちに止められているしだいだ。参ったな」

「え? ナギにですか?」


 疑問を抱きつつ海老澤に真相を確かめようとしたが、振り向いた瞬間に顔を逸らされた。どうやら真実らしい。

 呆れて物も言えないでいると、ナギが補足する。


「なんでもわたしの言ったことが昔の女を思い出すらしい。あれで意外とロマンチストなのだな」

「昔の女……」


 誰を指しているのかは一発で分かった。サンゴと海老澤がときおりそういう関係になっていることは周知の事実だ。

 サブローの様子を見て、海老澤はこれ見よがしにため息をついた。


「その死んだ奴を悼むみたいな顔をやめろ。俺は諦めちゃいねーぞ。サンゴちゃんはまだ生きてる」

「…………そうですね。死体は見つかっていませんし、希望はありますよね」

「言っとくけどサンゴちゃんとのベッドインは俺が先だからな。竜妃もいなくなったし相手してもらいたかったらその後にしろ」

「しませんよ!」


 顔を真っ赤にしてサブローは否定した。サンゴが自分たちを守るためにその手のことをしてくれたことは知っている。

 感謝しているしやめて欲しかったし、守れる力がなかったことに悔しく思いもしたが、自分が相手してもらうなど夢にも考えていなかった。


「その件、詳しく説明をお願いします」


 背後から声がして、ビクッと離れた。案の定フィリシアがすぐ後ろで据わった目を向けていた。

 相変わらず反省のための木板を首にかけて座っているが、醸し出す雰囲気は怒っているそれである。いつの間にかインナの説教も終わっていたようだ。


「サンゴちゃんとはそういう関係ではありません。彼女は僕にとって先生のような人でしたから」


 とりあえず誤解を解くために腰を降ろしてフィリシアの顔を正面から見据え、当時の思い出を語った。

 勉強を教えてもらったことや、仲間たちを守るために彼女が不本意な行為を行っていたことなど、楽しかった思い出も辛かった話も全てだ。

 大人しく話を聞いていたフィリシアはやがて険が取れた。機嫌も直り、サンゴとの関係も正しく理解してくれたのだろう。

 サブローはホッとしつつ、胸にちくりと痛みを感じた。


「サブローさん?」


 フィリシアがいつの間にか、頬に白い手を添えてくれた。そこでようやく、サブローは自分が泣いていることに気づいた。

 すみません、と答えてから乱暴に袖で涙をぬぐう。その様子を見ていた海老澤が鼻を鳴らした。


「さっき絶対再会するつったろう。なのに相変わらず死人を語るような顔で、サンゴちゃんのことを話すなって」

「そうですね。珍しく海老澤さんの言う通りです」

「珍しくは余計だ」


 海老澤のツッコミにキレがない。よほど全身が痛いのだろう。

 ならばこれ以上の言い合いは身体に障るとして、サブローは軽く頭を下げた。


「まあ運命は君たちのように星の強い者の味方さ。望めば会いたい人物に会うことも夢じゃないさ~」

「え、エン様!?」


 急に声をかけていた人物にサブローは驚愕する。隣にはイ・マッチの師匠である伊賀見も一緒であった。

 彼は古代竜を伴いながら、サブローに向かって礼をする。


「お久しぶりです。マッチたちと一緒に援軍として参りました」

「それで私も助けてもらいました。他の場所に向かわなくてよろしいのですか?」


 伊賀見の説明をフィリシアが補足する。なるほどと納得し、続きを大人しく待った。


「戦況も落ち着いて、我々が手助けする場所もなくなりました。マッチは敵の残党がいないか確認に回っています」

「それでまあボクたちもミコくんと合流して、負傷兵を診て回っていたんだけど、フィリシアくんにお礼を言いたいという人たちに出会ってね」


 フィリシアは古代竜たちの背中から現れた兵を見て、少し緊張した。おそらく戦いの前にトラブルを起こした相手だろう。

 なぜわかったのかと問われれば、サブローにも見覚えがあったからだ。この世界で初めて遭遇した、王国の兵の一人だ。

 思わず警戒心を抱く。彼らではなく、フィリシアにだ。彼女はかなり根に持つタイプであった。

 自らをも傷つけることを言わなければいいが、とハラハラ見守る。


「そ、その、申しわけない。この前は……おれたちが調子に乗って……」

「謝るべきは私ではなく、サブローさんやエビサワさんたちにだと思いますが…………」


 思わずサブローと海老澤は顔を見合わせた。おそらく魔人であることを悪く言ったのだろうと思い当たり、慣れているので特に口を挟まなかった。


「別に構いません。私も感情的になりましたし」

「で、でも、あんなことがあったのにおれらを助けてくれて……本当に感謝している。礼を言わせてくれ」

「いえ、必要ありません。あれくらい戦場では普通でしょう。少なくとも私はそう教えてもらいました」


 それだけ言ってフィリシアは目を伏せたまま黙った。取り付く島もない様子だが、彼女が受けたことを思えば仕方のない態度だ。

 兵たちは何度も頭を下げながら離れていった。いつか彼らを許せる日が、フィリシアに来てほしい。心の底からそう願った。

 すべてを見守っていたインナが穏やかに笑みを浮かべ、いまだ座り続けるフィリシアに話しかける。


「それにしても立って謝罪を受ければいいのに」

「うう……足がしびれて立てません。サブローさん、たすけて」


 フィリシアは最後まで格好がつかなかった。長い間正座をしていたため仕方ないのだが、この顛末はその場にただよっていた緊張感を払う。

 サブローにさえ笑われたことで拗ねるフィリシアに手を貸して立たせた。


「フィリシア。髪を整えましょう。少し髪形を変えるのもいいかもしれません」

「あ、お願いします」


 すぐに機嫌を直した彼女にクシを向けて、どういじるかサブローは考えた。


「ところで、イルラン国にこっそり通っていた理由を聞かせてくださいね。あ、竜妃に関連することはわかっていますよ」


 怒っているというよりは、弱みを握ったぞという機嫌のよさげな感情が声には込められている。

 サブローは観念する時が来たか、と覚悟をしたのだった。




 戦場の有り様は酷いものだった。

 味方の被害は少ないとはいえ、それでも死人は出ている。なるべく犠牲を出さないように心を砕いていたガーデンの人たちを思い出し、ドンモは顔をしかめた。


「ふむ。魔人の数をだいたいですが把握しました。これ、王都の方はもう数体しか存在しないでしょう」


 合流してきたイ・マッチが確信をもって断言する。王都の情報を詳細なまでに集めていた彼の言うことだ。ほぼ間違いはないだろう。

 それにサブローや海老澤が言うには、魔王は情報の扱いが朴訥のようであった。伝説にまで残る悪の代表格としてもなんとも情けない話である。

 このまま行軍し、王都に向かうことを提案するつもりだとイ・マッチが伝えてくる。

 ドンモにも特に不満はなく、近いうちに訪れる決戦へと気合を入れた。



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