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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第一部:あんたこの異世界のイカ男どう思う?
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十八話:勇者と交渉失敗と


◆◆◆


 サブローは河原で触手を叩きつけ、大きな音を出した。

 中腹の小屋からあまり離れられなかったのが残念だが、水場なら多少はマシに戦える。

 音に釣られて勇者らしい存在が近づいてくるのを感じながら、一週間共に過ごした子どもたちを想った。

 みんな良い子だった。

 故郷を失い自暴自棄になってもおかしくない状況で常に前を向き、サブローにさえ優しく接してくれた。


 一番最初に懐いてくれたのはマリーだった。

 魔人相手に警戒心が皆無で少し心配したが、人の機微に敏い意外と賢い子だった。

 サブローと一緒にいてうれしい、ありがとうと言ってくれる。

 こんな状況でサブローのために泣いてくれた、心優しい子だ。


 彼女の親友であるアイは引っ込み思案だが、人のために頑張れる子だった。

 行動の遅い自身を気に病んでいるけど、それは他人のことを考えてどうしても一歩遅れるだけだ。

 役に立てるとわかれば進んで動き、この世界に対して無知なサブローに素敵な話を教えてくれた。


 アレスはとても強い子だ。

 憎しみに胸を焦がしながらも、捉われずに周りのことを考え、必死に自分の足で答えを探そうとあがいている。

 絶対将来は強い男に成長する。


 クレイは穏やかで常にフォローして回る、縁の下の力持ちみたいな少年だ。

 サブローが差し出したチョコを一番に食べてくれたり、まだ魔人に怯えていたころのアイを慰めてくれたりと、何度も助けてもらった。

 彼の兄はきっと、話に聞いた以上に立派な人物だろう。


 アリアは勇敢な子だった。

 率先して狩りに出かけ、積極的に魔人と関わり周りとの潤滑剤を買って出ていた。

 少しだけ素直でないため、指摘しても認めないと思うが。


 エリックは賢い子だった。

 十九歳のサブローよりも賢いと思うくらい知識が豊富で、もう二度と洗脳されない事実を教えてくれた。

 急に敬語になったときは嫌われたのかと思ったけど、変わらず仲良くしてくれる。

 もう良い男に片足踏み込んでいる、頼りになる少年だ。


 そしてフィリシアには感謝の想いしかない。

 この世界に呼んでくれたおかげでサブローの心は開放され、死から免れた。

 張りつめて今にも壊れそうだった少女は、今では穏やかに笑って周りを明るくしている。

 みんなの中心で、召喚術者というだけで失わせるわけにはいかない。

 ただ一つ、サブローより一つか二つ年下なだけだろうに、男である自分に対して警戒心が薄いところだけはいただけなかったが。


 逢魔として半ば死んだように過ごした四年間とは比べ物にならない、充実した一週間だった。

 こんなに仲良くなれるとは思わなかっただけに、愛おしくて手放したくない日々だ。

 姿を見せた勇者を正面から見据える。

 彼を倒すことは勝利ではない。

 彼女たちに安全な旅を提供することが、自分の勝利条件だ。

 心が温かく、サブローに怖いものはない。

 足を一歩踏み出し、己の戦いを始めた。




 勇者は鮮やかな赤い鎧を身に着けた、筋骨隆々の男だった。

 年のころは三十代半ばといったところか。自信に満ちた良い瞳をしている。


「大きな音がしたから魔人が居るかと思ったのだけど……?」

「はい、僕が魔人のカイジン・サブローです」


 サブローが服の端から触手を出すと、勇者はギョッと腰の剣に手をかけた。

 警戒したまま構えを取り、腰をわずかに沈める。


「アタシは勇者のドンモ・ラムカナよ。いったいどういうつもりかしら?」


 渋い声で女性のように話しかけるので、一瞬サブローは呆気にとられた。

 しかしそういうのは人それぞれだろうと思い直し、深々と頭を下げる。


「これはご丁寧にありがとうございます。勇者のラムカナさんにお願いがあったので変身はせずに待っていました。魔人の姿だと表情が読み取りにくいので、失礼にあたりますし」

「え、ご丁寧に? お願い? 失礼にあたる? あんた本当に魔人なのかしら?」

「はは、よく言われました。同僚に特に……」


 一瞬だけ姿を変えて確認をしてもらう。ドンモは驚愕に目を見開いて、思わず剣を取り落としそうになっていた。


「本当に魔人なのね」

「えーと、魔人を二人倒したとのことですが、参考までにお聞きします。誰を倒したんですか?」

「……猿と猪よ」

「げ、猿田さんと猪狩さんですか。それは……心中お察しします」


 サブローは魔人の印象が悪いわけだと納得する。

 性格の悪い魔人ぞろいの中でも、この二人は特に傍若無人であった。

 あまり強くはなかったのだが、それでもサブローよりは上だ。

 まさか召喚されていたとは。通りで行方不明になっていたわけである。

 交渉が難航する予感がして、すでに倒された二人を呪う。


「魔人に気を遣われた……えらい貴重な体験を今日はしているわね。それで、お願いってなんなのかしら?」


 やはり勇者らしく話が通じた。サブローは彼の人柄に感謝をする。


「はい。僕の首を差し出しますので、召喚者は見逃してもらえませんか?」

「!? アンタ、召喚者をかばうというの?!」


 内心アレスに謝罪しながら、サブローは頷く。

 まだ混乱しているドンモに畳みかけた。


「恩人なんです。この命を差し出すくらい、惜しくはありません」

「……嘘をついているようには見えないわね。魔人は召喚者を殺すか、利用するかしかないと思っていたのだけど」

「あの二人を召喚した人はご愁傷さまです」

「アンタは違うというの?」


 サブローは少し思案した。

 あの二人は確実に召喚者を不幸にするが、自分はどうなのだろうかと。

 目の前の勇者は魔人を呼んだことでフィリシアを狙っている。ならば彼女を不幸にしているのではないだろうか。

 だけど、彼女を逃がすことができれば、妹たちと一緒に過ごせるようにできれば、そうはならないかもしれない。

 だからサブローの答えは決まっていた。


「違うように努力はしたいと思います」

「……惜しいわ。アンタ魔人じゃなければ、かなり良い男になれる素質があるのに。ふぅ、正直アンタの心意気には応えたいと思ってはいるわ」


 けど、と続けてドンモは剣を抜いた。夜空を凝縮したような刀身がとても綺麗で、目が奪われる。


「魔人を増やせる存在を放置しておくわけにはいかない。勇者だからね」

「……やはりそうなりますか」


 サブローは姿を変える。フィリシアがそんな人間でないことを証明するのは、この身体では無理だろう。

 話の分かる勇者らしい勇者のドンモを傷つけないといけないのは申し訳ない。


「サブロー? カイジン? どちらで呼べばいいかしら?」

「姓はカイジン、名はサブローです。好きにお呼びください」

「そう、じゃあ行くわよ、サブロー!」


 鞭のように繰り出した触手の一撃と、勇者の斬撃がぶつかり合う。

 激突した衝撃で川は波打ち、砂塵が舞い上がる。

 明らかな格上相手に、サブローは己が持つ力をすべて開放した。



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