一七一話:女の闘い
炎が飛び通い、森に火が移る。ミコは舌打ちをしてから、燃えている木を肩口から浮かぶ機械の腕に折って持たせ、敵へと投げつけた。
「消火も考えているとか、いい子ちゃんだねー」
ヒがバカにしたように言い、いたずらに放火をして回った。先にあいつを倒さないと切りがない。
ひとまず天使の輪で生まれた腕すべて折った木を持たせる。自然破壊していることに内心謝りながら、ミコはそれらを投げつけた。
「こんなのろまな攻撃に、当たるわけないよ!」
ヒがせせら笑うが、構わない。ミコは全速力で一直線に進み、剛腕を振るった。
「なっ!?」
予想以上の速度に驚愕している敵の魔人が硬い拳を全身に食らい、無様に大木へ背を叩きつけらる。身軽なため素早いホタルの魔人にとって、痛い一撃のはずだ。
ずるずると大木から滑り落ちる姿を油断なく見据え、一つ質問する。
「あんた、なんで弟を見捨てたの?」
「はぁ?」
「ミズって奴、あたしらの相手をさせて置いていったじゃない。あいつはあんたのこと、最後まで守ろうとしていた」
「そりゃそうさ。そうなるようわたしが躾けたからね」
躾けた、という単語にミコの片頬がピクリと動く。黙っていると、ヒは得意そうに続ける。
「どっかの小汚いガキを拾ったら、やたら懐かれたから便利だったのさ。ガタイもいいし、魔人にもなれたからより使えたしね」
「そう。ならいいか」
ミコは別にミズに同情しているわけではない。彼は多くの市民を傷つけ、殺した。首を晒されて当然の罪人だと思っている。
だが、その彼がたった一人の家族のために戦っていたという事実は、ミコの胸にしこりとなって残っていた。実の兄を持ち、施設のみんなを愛しているミコは、その気持ちがよくわかったからだ。
だからミズをどう思っているのか、姉である彼女に尋ねたかった。答えはとても不愉快であるが。
背中の三連リングが激しく回る。飛行をつかさどるパーツが速度を生みだしていた。ヒに反応する暇を与えず、ミコは上空へと殴り送った。
「かっ……ガハッ! な、舐めんじゃないよ!」
炎の魔法が上空から降り注ぐ。ミコは少しも焦らず、炎のギフトで相殺しながら接近した。
早く鋭い突きが魔人から繰り出されるが、器用に巨大な手甲で捌ききる。炎と両手のカーテンをはがされた敵が、無防備な腹を晒した。
ミコは四つある拳をただひたすら無心にぶち込む。無数の打突を受けた魔人の外皮が歪み切り、衝撃に耐えきれず弾き飛ばされた。
ヒが地面に激突するのを、ミコは追いかける。土埃をあげ、衝撃で生まれたへこみの中央に敵は身体を投げ出していた。
魔物や魔人が戸惑い、周辺をうかがっているのを見て、ミコは失敗したと反省した。雑魚が密集しているここは面倒であるためだ。
「なに……ぼさっと見ている! かかるんだよ、お前たち!!」
ヒの苛立ちを受け、魔物や魔人たちが弾かれたように襲い掛かる。ミコは機械の腕を駆使し、たやすく敵を払いのけた。
「ヒの姐さん! お、おれらでは敵いません!」
「使えないね! ラセツの針があっただろ!」
報告で聞いたことのある単語を聞き、ミコは眉をしかめる。理性と残りの命を奪うそれを、ヒは自らを守るために使わせた。
他の魔人が迷いなく従うあたり、その代償を聞かされていないのだろう。余計に腹が立つ。
身体を醜く変化させ、悲鳴が奏でられる。ヒはどうにか立ちあがって、こちらに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ハハッ! これであんたもお終いだよ。お前ら、あいつを殺せ……ガッ!?」
指示を送る途中で、肥大化した魔人にヒは蹴り飛ばされた。それもそうだ。
なにせあの針は、破壊衝動以外の思考を奪うのだから。敵味方関係なく暴れる存在が自らに背を向けている隙をついて、ミコは頭を潰しまわった。
どれだけ強力であろうと、意識が自分に向いていないのであれば殺すのはたやすい。あの女は使いどころを間違った。
安全を確保し、草をかきわけてヒを発見する。仲間の魔人から受けた傷で呻き、立ちあがれない様子だった。
「ま、まってくれ。た、たすけ……」
なりふり構わずヒは命乞いをする。先ほどまでの矜持はどこにいったのやらだ。思わずミコは目を伏せてため息を吐く。
相手はそのわずかな隙を見逃さなかった。
「なんてね! 燃えな!!」
ありったけの魔力を投入して火柱を上げた。ニンマリとヒは下品な笑みを浮かべる。
「ひっかかったね! ハハハハ。これだからお人好しは……」
「まあ、備えていたけどね」
炎の中から冷たい声を発し、ヒを固まらせた。ミコは周囲に発生させた炎の壁を爆発させ、火柱を吹き飛ばす。
呆然としたヒの顔を眺めながら、軽く拳を握った。
「待って……」
問答無用。ミコは赤い機械拳で敵を天に飛ばした。これまでの負傷が蓄積したヒはそれだけで気を失い、頂点を経由して落ちてくる。
両手のひらに炎を発生させ、戻ってきたヒを包み込む。そのまま最大の火力と握力で握りつぶし、灰へと変えた。
「あの世で弟に謝り……無理か。ま、せいぜい仲良く一緒にね」
さらさらと風に吹かれて散っていく灰を見届け、ミコは呟いた。少しだけ目をつぶり、黙とうをささげる。
すべてを済ませ、振り返ると理性を失った魔人たちがまだ存在していた。
「フィリシアを助けに行きたいけど……まあ大丈夫か。掃除しておこっと」
特に気負うこともなく、次の仕事に移る。今更フィリシアが負ける相手ではないと信じていた。
終わってから手伝いに向かえばいいと気楽に考え、敵の掃討に入った。
フィリシアは冷静に迫るカマキリの魔人を見つめていた。
動きは雑だが、それを補って余りある速度を出している。怪しい意匠を施された二つの鎌が日の光を反射して踊る。
フィリシアは手甲から生えた光の刃で受け止め、流し、反撃を繰り返していた。
「ああ、あぁあ! 思い出す。あの人と、楽しかったときを……」
恍惚に身体を震わせる女の魔人に、フィリシアは軽蔑しきった視線を送った。たとえ相手をさらに悦ばせる行為だとわかっていても、己の嫌悪感は抑えきれなかった。
事実振るわれるカマの速度が増す。剣を習うようになってまだ数か月のフィリシアが捌ききるには、荷が重かった。
だからこそ、片方を光の帯に変えて足首を掴む。そのまま木の枝にひっかけ、盛大にこけさせた。
「足元がお留守ですよ」
あまりにもわかりやすい弱点で呆れてしまう。風の弾丸を無数に生み、カセの全身を撃ちつけた。
衝撃に細い魔人の身体が宙を踊る。追撃を続けようか一瞬迷うが、横から覗いた瞳が爛々と輝いているため、自分に有利な距離をとることにした。
「ふふ……あの人と違って、慎重なのね」
「私はフィリシアですから」
そっけなく答え、風の精霊に魔力を送る。七難の怖さは水の国で嫌というほど思い知らされた。決して油断していい相手ではない。
ただ、フィリシアの態度に敵は不機嫌になっていく。
「冷たく……しないでよ」
「ムリです。あなたは敵です」
「あたしはこんなにもあなたのことを愛しているのに!」
「わたしは大嫌いです。竜妃を思い出します」
カセが憤怒に突き動かされて、頭をかきむしる。奇抜な行動に付き合う気はフィリシアにない。
「あの人も、あなたも、意地悪ばかり!」
荒く言い捨ててから、再び馬鹿の一つ覚えのように突進してくる。厄介なのは力を増した風の弾丸でもひるまないところだ。
カセほど外装が頑丈でない魔人なら効いているはずだが、精神状態のせいか痛がる素振りすら見せない。
それでも確実に敵を追いつめている実感があるため、距離を取りつつ傷を与えていく。意地でも突撃している敵から逃げ続け、確実に勝てる距離を維持し続けた。
やがて森を抜け、戦場となっている草原に出る。魔物とぶつかっていた王国の兵が驚いた顔をしてこちらを見た。
よりによってこの場に、とフィリシアは内心苦々しく思う。最初に視界に入ったのが、例の男だったからだ。
「よそ見しちゃ、いやぁ!」
カセが嬉しそうに寄ってくる。風の弾丸を当て続けたが、ついに追いつかれてやむを得ず光の剣で敵の刃を受け止めた。
「また、追いつめたぁ」
敵の魔人がより力を込めて体重を預けてくる。フィリシアはそのタイミングで力を抜き、足を払ってから腕をつかんで投げ飛ばす。
背負い投げの要領で敵を地面に叩きつけ、あおむけに倒れている姿にありったけの風を叩きこんだ。
土埃が舞い上がる中、フィリシアは冷静に位置取りをする。これで終わればいいのだが、そうはいかない。
ゆらりと不気味に立ち上がる影が見えた。
「あはぁ……情熱的ぃ」
恍惚とした声にうんざりをしながらも、より大きな魔力を精霊に注ぎ込む。最期の言葉さえ言わせる気はない。
跡形もなく消し飛ばす気合を込めて、準備を整えた。
なのに、横から飛んできた矢がカセの頭に刺さる。
「やった……魔人を倒したぞ! おれが、倒したぞー!!」
勘違いで喜ぶ暇があるなら逃げろと、フィリシアは叫びたかった。確かに矢は頭にとどまっているが、矢先がつぶれて深い傷になっていない。カセはあっさりと引き抜いて、弓を持つ兵に飛んだ。
「う、うわぁ!?」
先ほどまで喜んでいた弓兵――かつてフィリシアを襲った男――は尻もちをつき、目をつぶる。そのままであれば鋭利な刃に首を跳ねられていただろう。
だが、フィリシアが割って入るのが間に合った。
「え……あ?」
「振り返らず、走って逃げなさい。こいつは、私がなんとかします!」
戸惑う男に言い捨て、鎌を弾く。もう片方の鎌を振るわれ、受け止めて進退窮まった。
「甘い人ぉ。なんだか知らないけど、嫌いな人なんでしょ? 見捨てればいいのに」
くすくすと笑われ、フィリシアは思わずため息を吐く。
「本当にどうしてでしょうね。死ねばいいのにと思っていましたのに……」
「それでこそ優しいあなたよ。口は悪くても、結局は誰も見捨てられない。自分を犠牲にしちゃう。だから、あたしがいただくの」
初代創星の勇者は損な性格のようだ。同じようなお人好しであるサブローの顔を思うかべ、力がわく。
鎌を弾き、光の刃を消す。再び刃を振り下ろされたが、手甲で受け止めた。
「うふふ、捕まえたぁ」
なんとカセは武器を捨て、敵の二の腕を掴んだ。フィリシアは呆れて物も言えない。
「まさかあなたから動いてくれるとは……」
フィリシアは敵の手首をつかみ、光の帯を巻き付ける。興奮している様子を見ないふりをして、精霊に送った魔力を解放した。
前方に巨大なたつ巻が巻き起こる。風の精霊術で一番の威力があり、水族館で現れたハチの魔人や七難のミズを相手に活躍した物だ。
「さあ、あれの中に付き合ってもらいますよ」
「……本気?」
カセの問いかけに、フィリシアは力強くうなずく。敵を捕まえたまま浮き上がり、風の壁へ向かって突撃した。
「アハハハ! あの人が好きそうな作戦ね。やっぱりあなた、あの人じゃないの!?」
いったいなにに喜んでいるのか、フィリシアには理解できなかった。ただ、敵を倒すことしか考えていない。
風の精霊に頼んで、フィリシアへの影響は極力抑えてもらっている。それでも無事では済まないだろう。
吹き荒れる嵐の中へ突入し、風に翻弄された。視界も大きくぶれ、豪風に音を遮断されながらも、敵だけは放さなかった。