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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一七○話:未練の話



 昔の話だった。

 あるときメガネをかけたサンゴに、海老澤はばったり出くわしたのだ。


『なんだ。またサブローに勉強教えていたのか?』


 彼女は照れくさそうに笑ってから首肯した。

 サンゴは元々、教職に就くために日本に留学をしていた。身体を使って稼いだお金を使ってだけど、といつか自虐気味に話した。

 そのことに海老澤は特に思うところはない。むしろ立派なことだろう。なにしろ他の魔人から洗脳組の仲間を守るために、文字通り身体を張ったこともあったくらいだ。海老澤が来てその必要もなくなったと、明るく言っていた姿を覚えている。

 健気な彼女は、通うはずだった高校の教科書で自習しているサブローによく勉強を教えていた。どちらも熱心なものだった。

 多くの魔人はバカにしていたし、海老澤は正直勉強は嫌いだったが、二人の姿を眩しく見ていた。


 ――あの姿を見て、なにも思わないのか?


 いつの日か鰐頭にそう尋ねたことがある。二人は洗脳されていた。普通の生活を諦めさせられ、逢魔のために強制的に働かされている。

 その事実を鰐頭が気に病んでいることは知っていた。だが、具体的に解決に動こうとはしない。

 恩義があるという理由で倫理も常識も踏み越えて逢魔を支えている男だ。結局は外道だと海老澤は嫌っていた。


 ――わしが死んだら後を頼む。


 そうやって海老澤に押し付けるところが、よけい腹立たしいのだった。


『急にぼーっとしてどうしタ?』


 心配するサンゴの声で当時の海老澤は正気に戻った。なんでもないと答えると、彼女の温かい手が頬に添えられる。


『エビサワは優しいヨ』

『は? なに言ってんだサンゴちゃん』


 照れを感じながらも、あり得ないと否定する。サブローが居ればサンゴに熱がないか確かめたはずだ。


『まあたしかにエビサワの半分は……あっち側は、サブローってより竜妃側に寄っているネ。魔人の力を楽しんでいる節があるヨ』


 はっきり言われるとそれはそれでショックであった。もっとオブラートに包んでほしい。


『けどネ、もう半分……こっち側はとても優しい。ちゃんとサブローだってわかっているヨ。ずっとアタシたちのために怒ってくれてありがとう。ちゃんと伝わっているネ』


 うっ、と海老澤は押し黙った。邪気のないサンゴの笑顔に胸がときめく。

 こんなにも善意に満ちた評価に慣れていないのだ。高鳴る鼓動を確かに感じながら、海老澤は笑顔を浮かべた。


『だったら今夜一発やらね?』

『そうやってすぐ誤魔化す。知らないヨっ!』


 サンゴが不機嫌になり、背中を向けた。同時にホッとする。

 危うく海老澤が本気になるところだったからだ。




 夢から覚めると、泣いているディーナの顔が視界に入ってギョッとした。

 毎回大げさな娘だと思いながら上半身を起こす。


「あれ? いてて……めっちゃ痛い」

「そりゃそうよ。エビサワさん、敵を倒したのはいいけど、全身の殻にヒビ入るし、胸や脇腹の骨が何本か折れているし、大変だったんだから」


 答えてくれたのはインナであった。少々疲れている。魔法を使った直後のようであった。

 ゾウステが呆れながらも、称賛のまなざしを向ける。


「ま、敵はバラバラだけどな」

「すさまじい威力だな。同時にエビサワの負担が大きい。わかっていると思うが、あまり使うな」


 ゾウステに続いたナギが忠告してくる。海老澤は疑問を持った。


「あれ? 他のところを助けに行かんでいいのか?」

「行こうとしたのだが、ベティたちに一度インナに見てもらえと連れてこられた」


 ナギは肩をすくめて包帯の巻かれた箇所を見せた。なんだかんだ彼女も無傷では済まなかったようだ。

 ベティがこちらに向き、状況を話す。


「戦況なら心配はいりません。イチジローさんとラムカナ様が圧倒的で、敵を寄せ付けないそうです。七難はサブローさんやエビサワさんが抑えてくれたので、勝利も時間の問題かと」

「……魔人の投入っぷりを見るに、ここで負けたら逢魔は終わりだな。案外呆気なかったわ」


 海老澤が呆れながらため息を吐く。仲間を苦しめた組織の終わりを決定づける戦いとしては、不満が大きかった。

 まあ一時期所属していた組織であるため、底力がないことは知っている。しょぼくても仕方ない。


「しかし人を殺すことが救済ね。変な魔人だった」

「……たまにそう信じる連中が現れる。わたしも何度か死を救済と考える集団と戦った」


 ナギが意外な事実を明かしたので、海老澤は顔を上げた。聖剣を持ち勇者とたたえられている少女は、憂いの目をしている。


「神の定めを不服とし、その楔から逃れるために死を救いだと解釈する集団だ。あらゆる宗派や国から敵対組織と見られ、何度もつぶされているのだが、いつの間にか復活している」


 海老澤は思わず感心をしてしまった。神が確認されている世界ならではの価値観だろうか。


「こっちだとただのテロリストだな」

「わたしたちの世界でもそうさ。ただ、神がいる以上各宗派の力は大きい。神が間違っていると声高に言うのは自殺行為のはずだが……彼らはいつの時代も一定の勢力を築き上げる。……神は人を救いも、強制もしないのにな。ただ見守るだけだ」

「そういうことは私が居ないところで言って欲しかったな」


 神に対する批判めいたナギの発言を、インナは職務上咎めた。そこまで語気が強いものではないため、ナギは軽く謝る。


「まあ、なにが原因で神様をオンゾクが恨んだか知らねーし、知る気もねーけど、厄介だった。覚えといてやるさ」


 この場にはないが、ガーデンが回収したであろうオンゾクの遺体に海老澤は軽く黙とうする。特に印象が悪いわけでもないので、敬意は払いたかった。


「ふむ。それにしても君は不思議な男だ。今はいい“灯り”をしている」

「なんだよ。取るに足りないんじゃなかったか?」

「ま、平均すればな。君の“灯り”は特殊でな。時々、敵の魔人並みに冷たい“灯り”になることがある」


 試すようにナギの目が細まった。周りの親衛隊が息を飲むが、一人ディーナが笑い飛ばす。


「そんなわけありませんよ~。エビサワさん、こんなにいい人なんですから―」

「そうだな。わたしの目を持ってすら最初はわからなかったが、ディーナの言う通りだ」

「はあ? ナギの嬢ちゃんもディーナの嬢ちゃんも寝ぼけているんですかい?」


 ゾウステが結構失礼なことを言う。ディーナが「ひど~い」と抗議するのをよそに、ナギは優しく微笑み返した。


「竜妃と戦っているときに気づいた。サブローを……いや、仲間を傷つけられた時の“灯り”はとても優しい輝きだった。他人のために怒れるエビサワは、間違いなく優しい奴さ。わたしが保障する」


 その言葉を聞き、海老澤の胸がわずかに痛む。サンゴの顔が浮かんだ瞬間、手が勝手に動いた。


「あっ! エビサワさん、なにをするのですか!?」


 アートの怒りに満ちた声でハッと正気に戻る。いつの間にか海老澤はナギを抱きしめていた。


「ふむ。これは今夜相手をして欲しいということか?」

「あ~……いや、そういうことではないんだが。五年後に同じことを言ってくれるとうれしい。じゃなくて……」


 自分でも思考がまとまらず、どうにか気合を入れてナギを放した。親衛隊がすぐに引き離すが、彼女自身は残念そうである。


「今のは不意打ちすぎる。……あんな夢を見た後にそれを言うとか、勘弁してくれ」

「夢ってーと、いい女を抱いていたっていうあれかい?」

「まあ同じ女だよ。フラれていたし、未練たらたらだから今のセリフはやばかった。ああ、くそ。あいつを抱いていた時を思い出して、いろいろ収まらねえ……」

「フラれていたのに、抱いていたのですか?」

「え? 普通だろ?」

「んだな。よくあるこった」


 セスの疑問に、海老澤とゾウステがあっさりと答えた。彼は納得できていない様子だ。インナもあまり快くなさそうである。

 それぞれに反応をさておき、ディーナがトコトコ寄ってきて、海老澤の前でしゃがみ込む。


「その人に会いたいですか?」

「そりゃまあな。サブローだって、会えるなら会いたいだろうさ。あいつは死んだと思っているようだけど、俺は諦めてねーし」


 半ば意地になって答え、空を見上げる。サンゴの死体は発見されていない。

 ここのところ不思議な現象が起き続けている。ならば彼女が生きていたっていいはずだ。


「そうだな。わたしも会ってみたくなった。二人の知り合いという、その女性についてあとで教えてくれ」

「酒をくれ。いくらでも語ってやるわ」


 傷に響きますよ、というベティの忠告がとこか遠かった。妙に昔を思い出す。

 早く倒して、話に加われとどこかで戦っている相棒に、心の中で語りかけた。



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