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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一六八話:賭けにふさわしい相手



 魔物の一匹を屠り、海老澤は昔を思い出していた。


 ――あの、逢魔に入る気はありませんか?


 初対面のサブローは誘いながらも、断って欲しいと雰囲気で告げていた。思わず興味を持つ。


 ――先日、鰐頭さんの誘いを断っていることは聞いています。ですから、一応の確認ということで……。


 鰐頭という男には覚えがあった。当時の海老澤は魔人になるのはまっぴらごめんと考えており、無理やり連れ去ろうとする奴から自慢の脚で逃げ切り、交渉しようという奴は煙に巻いて断り続けていた。

 もっとも、後者を選ぶ人間はサブローと鰐頭しかいなかった。ひとまず、海老澤は一枚のコインを持ち出す。


 ――じゃあ賭けようぜ。こいつでお前が勝ったら逢魔に入ってやるよ。


 これは鰐頭にも持ち込んだ話だった。負ければ宣言通りだが、勝てば金をもらう。単純だが、目に自信がある魔人には有効である。鰐頭など面白いように引っかかった。

 ピンと指でコインを弾き、宙に舞わせる。目が人より優れている魔人は追いかけ、手のひらで覆う直前の絵柄を判別することができる。これがコツだ。

 海老澤はコインを弾く高さで表も裏も自在に出すことができた。それで魔人の目を惹きつけ、手で覆う直前に別のコインとすり替えるのである。

 単純だが、魔人には有効だ。特に鰐頭は金払いもいいため、何度かカモにしたことがあった。

 それが、海老澤に油断を産んだ。


 ――今、コインをすりかえましたよね?


 思わず、と言った様子でサブローが指摘した。海老澤は動揺を隠しつつ、根拠を問うた。

 すると、サブローはどこからか二枚のコインを取り出した。驚いて手のひらを離すと、手の甲にはなにもなかった。袖に隠したはずの元のコインもだ。

 当時は知らなかったのだが、サブローはこっそり触手で入れ替わる直前の二枚のコインをすり取ったのだ。理由は師匠である鰐頭の意趣返しだった。

 海老澤の完敗である。サブローは鰐頭が負けた理由を教えられると喜びつつ、コインを返してくる。


 ――ではやり直しましょう。


 サブローがそう提案し、負けてやるという意図が透けて見えてしまった。海老澤は思わずムッとしてしまう。


 ――バカを言うな。完璧にお前の勝ちだ。

 ――えっ!? ま、まだコインを投げてすらいませんよ?

 ――バーカ。こういうのはイカサマを見破られたら負けなんだよ!

 ――し、知りませんでした。なかったことにしましょう!

 ――できるかアホー!!


 しつこくやり直しを要求するサブローの尻を蹴りながら、逢魔に案内させた。鰐頭すら失敗した勧誘を成功させたということで、サブローを始めとした洗脳組の地位は少し向上した。

 なお、他の魔人とそりが合わないと海老澤が洗脳組に合流し、より力を得たのは言うまでもない。


「え~い!」


 思考が現代に戻った海老澤の隣でディーナが大槌を振るった。大きめのゴブリンの頭が身体に埋もれて倒れる。

 今海老澤はナギと彼女の親衛隊とともに、魔人と魔物の迎撃を行っていた。


「エビサワさん、なにぼ~っとしているんですか~」

「悪い悪い。昔を思い出してな」


 言ってから、魔人のごつごつした手で頭を撫でる。女性にだらしない海老澤ではあるが、間延びした喋り方をするディーナをいまいち異性として見れないでいた。

 見た目も実年齢も問題なさそうに見えるというのに、自分でも不思議であった。


「戦場の真っただ中でボーっとしているなんざ、エビサワの旦那ももうろくしやしたか?」

「そうはいっても今のところ魔物だけだからな。あとゾウステが本当に強くてビビった」


 海老澤はハリネズミのように矢を身体から生やした魔物の死体を眺める。ゾウステはあからさまに不機嫌になって、矢を放った。


「そりゃ俺はラムカナの旦那と組んでるからな。弱かったら話にならねえ」

「でも俺に取っちゃいいカモ……げふん! いい博打仲間だし」

「カモ!? カモとか言ったな! よし、これが終わったら大勝負だ!」


 嬉しい提案に海老澤は「乗った」と上機嫌に答えた。すぐに襲い掛かってくる三眼魔狼の頭を潰しながら、背中から光が届き、わずかな傷が癒されるのを感じる。


「オコー様の範囲回復魔法(エリアヒール)ですね~。すごい範囲ですー」

「味方だけに効果があるとかよくわかんねーよな、魔法」


 海老澤の疑問はもっともだが、ゾウステもよく知らないらしい。ベティなら詳しく解説してくれることをディーナが伝えてくるが、彼女自身は覚えていないようだ。

 きっと海老澤も似たような感じになる。出来るなら問題ないと大雑把に納得していると、剣を振るうセスが話しかけてきた。


「エビサワさん、魔人の気配はまだありませんか?」

「来ているぞ。ただ、数分くらいは余分がある。俺かナギに任せろ」


 こちらの指示にセスは従い、戦っていた兄のアートと合流する。兄弟であのナギを尊敬していると聞き、海老澤は必死に吹きだすのを我慢した。

 一方のナギはベティのサポートを受けながら大暴れをしている。彼女が通った後はただ魔物の死体が散らばるのみだ。

 この世界の勇者とやらには本当に呆れる。どう見ても小娘でしかないナギが魔人を上回る力を秘めているのだ。理不尽にもほどがあった。


「くるぞ。ベティたち親衛隊は下がれ。エビサワはわたしと一緒に前だ」


 ナギが短く伝え、アートたち親衛隊は従う。海老澤ももともとそのつもりだったので問題はなかった。

 さほど時間をおかずに魔人たちが姿を見せる。ただ一人姿を変えていない男が海老澤を睨んでいた。


「確かオンゾク……だっけか?」

「然り。魔人同士、一騎打ちを所望する」


 海老澤は魔人の面の下で目を丸くした。ナギと顔を合わせると、肩をすくめられる。

 再び視線を戻し、頭をかいてため息をついた。


「水の国で三人がかりでも倒せなかった俺を、今更倒せるとでも思ったのか?」

「否。ゆえにこちらもすべてを賭けさせてもらう」


 構えたオンゾクの言葉に、海老澤はピクリと反応する。


()()ね。へぇ、ちゃんと失う覚悟があるってことかい?」


 それは魔人にしては珍しいものだった。自ら得たちっぽけな魔人(ちから)に酔い、対価をなしにすべてを手に入れられると勘違いする。

 海老澤にとって、嫌いな思考だった。世の中はギャンブルだ。失うリスクがあってこそ、得るものは大きいはずだ。

 鰐頭はきちんとそのことを分かっていた。色々と気が合わない相手だが、そこだけは認めていた。

 一方、気が合うはずのサブローは、その点だけはダメだと思っていた。

 幾多の魔人とは違い、失うことを意識してはいる。逆に、得られる物以上に失うことを躊躇しない。そのことが、腹立たしくて仕方なかった。

 今はどうだろう。サブローも、いろいろ得ることを覚えてきた。喜ばしい変化だと思い返しながら、魔人の姿を解く。


「いいぜ、受けてやる。ナギ、お前はあの後ろのを頼んだ」

「君という奴はよくわからんな。まあ、引き受ける。存分にやり合いたまえ」


 あっさりとした態度である。ナギはサブローやイチジローを戦うことに執着をするのだが、それ以外の魔人に対してはそっけない。

 海老澤には戦えるなら戦いたい、程度であり好みがはっきりしている。お人好しが好きなのだろう。過激な愛情表現といい、あれほど執着されなくてよかったと思っている。

 海老澤はそんなことを考えながらオンゾクを迎えた。覚悟を決めた顔であり、本気で命を懸けているのがうかがえた。七難だとラセツ以外は望めないと思った表情である。わざわざ戻った人の顔で片頬を吊り上げた。

 やがて敵の魔人が海老澤を無視してナギたちに襲いかかってくる。オンゾクに海老澤は手を出すなと言い含められているのだろう。いい心がけである。

 ナギが魔人の群れを相手に大立ち回りを始めたと同時に、こちらも姿を変える。

 クワガタの魔人と化したオンゾクの拳を正面から受け止めた。

 重量級にふさわしい重い一撃を手のひらで受け止め、海老澤は相手を睨みつけた。


「軽いな」


 腹を強く蹴り、敵を地面に転がせる。追撃で頭を踏みつぶそうとするが、ギリギリで反応したオンゾクに防がれた。

 ならばと海老澤は頭を片手でつかみ、宙へ持ち上げる。抵抗が行われるが、足が浮いた状態ではたいした力は入らない。

 無防備な腹へと左拳を叩きこみ、あっさりと距離を離させた。

 一連の戦闘を目撃した親衛隊のセスが、驚いた様子でつぶやく。


「あ、圧倒的だ……」

「三対一で互角だったんだ。これくらいあいつも想定済みさ」


 答えながら、海老澤は油断なく構えた。魔人に変わる直前、オンゾクはすべてを賭けた眼をしていた。

 いつか見た保東と同じ目をしている。復讐のために魔人になった男は本望を遂げ、自らも死んだ。

 少し楽しくなってきた。サブローならあのときの記憶に胸を痛めるのだろうが、海老澤は逆だ。

 あれほどのことを起こせた男と同じ目をするのなら、認めた男並の暴れっぷりを見せてくれるのではないかと期待をした。


「……やはりどうにもならないか」

「これでも化け物に鍛えられてきたんでな。そんじょそこらの魔人じゃ俺には勝てねーよ」


 もっとも、ラセツという魔人だと危うかったのだが。あれは海老澤と相性が悪い。できれば相手をしたかったのだが、サブローの獲物だ。横取りはしない。

 相手がどうするのか見ていると、オンゾクはフッと力を抜いて笑った。


「そんじょそこらの魔人……か。そうだな。我はありふれた魔人なのだろうな」


 オンゾクはどこからか一本の長い針を取り出した。最初海老澤は訝しげに見ていたが、やがて水の国での記憶がよみがえる。

 ラセツの使った触手と似た針だ。見間違えるはずがない。


「されど、我には望みがある。たとえ誰にも望まれないものとしても……存在する神々への復讐のために!」


 オンゾクは首筋の深いところまで一気に針を突き刺した。あのときは薬を送り込んでいたが、今は針に塗り込まれているようだ。

 そして、それだけで変貌が可能のようだった。

 すでに重量級だったクワガタの魔人は、全身を膨れ上がらせて二回りも三回りも大きくなった。血管が浮かび上がり、醜悪に顔と外装が崩れ、なりそこないのデク人形のようになる。

 スッと海老澤の興味が消えていくのを感じた。ドーピングに思うところはない。

 ただ、人の意思を失った肉塊など相手にしても意味がない。あれはただ持てる力を機械のように振るうだけだ。

 それでは命を懸けた人の意思に及ばない。がっかりして思わずため息をつくと、オンゾクが意外な反応をする。


「く……くくっ。ラセ……ツと、同じ反応、する……な」


 顔を上げると、オンゾクの変化はまだ終わっていなかった。なんとひび割れ、醜く歪んだ外皮が膨れ上がった肉体を包んでいく。

 魔人の再生能力を生かし、均整の取れたクワガタを模した鎧に戻っていった。


「我、とて……ここで心を失ったりはせん。すべてを懸け、命を燃やし、人への救済を掲げようぞ!!」


 宣言とともに、暴走したトウジョウと違ってオンゾクは理性を保ち続けた。見た感じ、無理して引き出した力の負担で長くは持たないだろう。

 海老澤は失っていた興味を急速に取り戻す自分に苦笑した。


「お前の事情なんて知ったことねーよ。けど……」


 人を殺すことが救済だと思うのなら、思えばいい。その道が正しいと信じているなら、信じればいい。

 海老澤はそれで相手が強くなるのなら、賭けの相手にふさわしいのなら、文句はない。

 ひりつくような空気が心地よく、失う恐怖が快楽へと変わる。賭け賃は己の命。


「遊び相手としては合格だ。さあ、賭けようぜ」


 命にしろ金にしろ、海老澤は失うかもしれないこの瞬間がたまらなく好きだった。



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