一六七話:切り札
「スズキ、しっかりしろ」
ホイットが肩を貸したため、鈴木は礼を言ってよろよろと立ち上がる。眼前では綺堂とアッキが大立ち回りをしていた。
こちらの送った救援信号を綺堂が受け取り、近寄ってくるのはわかっていた。そのため時間を稼ぎ、二人で協力する体制を整えていたのだが、傷を負いすぎた。
ホイットの肩を叩き、鈴木は質問をする。
「ホイット殿、回復魔法を使える御仁はおらぬでござるか?」
「ああ、いるけど……まだ戦う気なのか?」
「大きい奴を一発ぶっぱ出来る体力さえあれば大丈夫であります。綺堂だけでは勝てるかどうか微妙な線でござる」
事実、戦闘は一進一退であった。
剣戟を受けて後退するアッキを綺堂が追撃するのだが、今度は掻い潜られて打撃を与えられる。身体がブレる綺堂を掴まえ、魔人が押し倒すが、みぞおちに膝を叩きこまれてたまらず離れていった。
二人は互角だが、それでは困る。アッキほどの魔人を逃がすわけにはいかない。
現在地の周囲で魔人と渡り合えそうなメンツは、それぞれ七難もしくは複数の魔人を相手にしている。
ここは鈴木が再度踏ん張らなければいけないところだ。水筒の水を乱暴に飲み、わずかでも体力の回復に努めた。
「ここはあたしが回復魔法をかけるわ。ホイット、少し離れて」
「おう、任せた」
ホイットが下がり、入れ替わりに銀髪のエルフの女性が近寄ってきた。ドローンを通して自らの身体の調子を確認しながら、回復魔法の効果を実感する。
鈴木は女性が近くにいることを意識することを忘れ、ただ戦いに戻るのを待った。
「あの、助けてくれてありがとう」
「さっきの娘でありますか。でも礼はあとにするであります。まずはあいつを倒さないと……」
ダブルワンとカスペルの魔法の援護を受けながらも、綺堂は苦戦をしていた。鉄の爪を駆使するダブルワンがアッキに傷をつけ、ツタの太い鞭が打ち据え、あるいは四肢を拘束する。
だがいずれもアッキは堪えず、ただ綺堂へと集中していた。鈴木とて敵の立場なら同じ手を取っただろう。綺堂さえ倒してしまえば、後はどうとでもなるからだ。
必死に笑いを堪えてしまう。ここまで狙いがハマっていると愉快で仕方ない。
きっと、戦っている綺堂も同じ気持ちだ。鈴木はこれからそれに応えなければならない。
身体の痛みがやわらぎ、身体の具合を確認して再び立ち上がる。
「もう充分だよ。後はボクと綺堂がやる」
口調をふざけさせる余裕もなく、鈴木はフラフラとしながら立ち上がった。エルフの娘は心配そうだったが、安心させる材料も見当たらないため行動で示す。
「ダブルワン!」
鈴木の叫びを聞き、鉄の犬が吠えた。両前足の爪が光り輝き、その威力を高める。日をさえぎる木によって生まれた影に閃光が走った。アッキの胸が大きく横一文字に切り裂かれ、血を吹き出す。
そこをすかさず綺堂が攻めたてた。
「させるかよ!」
アッキが傷を庇い、追撃を防ごうする。だが、綺堂の狙いはそこではない。彼女は剣で足を地面に縫い付け、一気に離脱する。
「エルフの方々。あいつを拘束してくれ!」
綺堂の指示に、カスペルをはじめとしてエルフの魔法隊が動く。魔法で生み出されたツタが次々アッキを絡めとり、動きを止める。
十秒も持たないだろうが、鈴木にはそれで充分だった。
「コード入力。モードバスター!」
音声入力を受けたダブルワンが姿を変えていく。四肢と首を折りたたみ、四角くなった胴体部の前面から砲身が現れる。
尻尾が変形してグリップに変り、鈴木は握りこむ。ハーネスの脇腹部分が変形し、アンカーと変わって地面に突き刺さる。
鈴木は固定された身体で狙いを定め、砲口を敵へと定めた。綺堂が背中に回り込み、力強く支える。反動が強いことを知っているため、力を貸してくれるのだ。
「発射ぁ!!」
叫びとともに光の奔流が放たれた。アッキがツタを破り、破壊エネルギーを受け止める。
単体撃破モードであるため、標的は目の前の魔人ただ一人だ。光が敵を包み込み、その身体を焼いていく。
「てめ……この……!」
アッキの言葉はそれで最期となる。光の柱が伸び、やがて爆ぜた。激しい爆発の連続に目をチカチカさせ、煙をかき分けながら鈴木は目を凝らし、ドローンの視界も探る。
煙の晴れた先には、上半身が吹き飛んだ魔人の死体があった。
「半分だけでも残るとか、頑丈な奴……」
鈴木はへたり込み、ダブルワンも元の犬の姿に戻って仰向けになった。エネルギーが尽きたため、腹に備わっているソーラーシステムで充電を開始した。
木々の切れ間から覗く太陽を鈴木は見上げ、一息ついたのだった。
「すげーじゃねーか! スズキ、マジで七難の一人をやったよ!!」
ホイットが興奮して肩を強く叩く。加減が利いていなくて鈴木はとても痛いが、視線による抗議は伝わらなかった。
しかしそのことに気づいた銀髪のエルフ娘がホイットを叱った。
「よしなさいよ。怪我しているのに悪化したらどうするの?」
「おっと、すまねえ。姉ちゃん、スズキをまた回復させてくれ」
「姉ちゃん?」
新しい事実を鈴木は呟いた。彼女は少しはにかみながら、回復魔法を使う。
「あたしはイースというの。弟ともどもよろしくね」
「こ、ここここ、こちらは、す、鈴木太郎で、ござる、ます……」
状況が落ち着いたため例の苦手意識がぶり返してきた。キョトンとするイースに、ホイットが苦笑いのまま解説する。
「スズキは女が苦手なんだってさ。悪い奴に騙されたから」
「それであたしを助けたときに『女相手でも大丈夫』とか変なことを言ってたのね。あのときは問題なかったのに……」
「あれの目を使って戦っていたみたいだぜ。器用だわ」
ホイットが親指でドローンを刺しながら言った。イースは感心しながら、テキパキと怪我を診ていく。
鈴木は痛みと緊張で身体を強張らせるしかなかった。
「これは先が思いやられるのう。おそらくうちの女どもは次々スズキ殿に声をかけるじゃろうし」
「えっ!? なんなのその展開?」
焦る鈴木に、カスペルは意地の悪そうな笑みを向けてきた。
「あんなに立派に魔人と戦われている男性を、誰が放っておくのじゃ。それにわしだってスズキ殿には感謝をしておる。あの七難に一矢報い得たのじゃから」
かっかっか、と笑ってカスペルは綺堂に向いた。彼女は周囲を警戒しながら、こちらの状況を確認する。
「鈴木はさがらせた方がいいな。下手に戦いを継続させて、王女様の護衛を解除させては困る。カスペルさん、スズキを連れて後方に向かってもらってよろしいですか?」
「了解じゃ。とはいえ、元気な者もまだおる。彼らはあなたに預けるので、存分にこき使ってくれんかの?」
「むしろありがたい申し出です」
十人ほどの男たちが綺堂に続き、次の戦線へと向かった。なんとも元気なものである。
もっとも、鈴木は少し戦うのが難しかった。最大の一撃はダブルワンのエネルギーを根こそぎつぎ込む必要がある。
使いきった後は今のように省エネとなり、移動くらいしかできない。ちなみに鳥型デバイスはボウガンのような形態に変り、貫通力の高いエネルギーの矢を放つ。
どちらが上とか言うこともなく、状況と気分によって使い分けていた。もっとも、これほどの威力を必要とする事態は珍しかったが。
「さて、と。スズキさん、あたしの肩につかまって」
「え!? で、でも、ボクは男で重いし、迷惑だし」
「そんなことないって。まあ鍛えているしさすが男の子だと思うけど」
「そーだそーだ。大人しく姉ちゃんの世話になれ。まあ貧相でくっつき甲斐はないけどな」
下品な笑みを浮かべるホイットに、イースが蹴りを入れた。美形でも姉弟が行うやりとりはこちらと変わりないように見える。
もっとも、鈴木はイースのいい香りや体温に思考が奪われていた。正常な判断は今は無理だ。
どうにかしようとメットで周囲の状況を探る。すると更新された情報に気が引き締まり、動悸が収まった。
「どうやら七難は全員戦闘に入ったようであります。海神殿、フィリシア殿、ミコっち、そして海老澤殿が相手しているでござる」
「エビサワ……あたしたちに声をかけてくる魔人ね。あいつ本当に頼りになるの?」
「ナンパを堂々とやるとは……。あーたしかにふざけている人ではありますが、頼りになるであります。小生も完敗したでそうろう」
海老澤が敵だったころを鈴木は思い出した。遭遇し、訓練したすべてを打ち破られて絶望したものだった。
だが彼は当時から人殺しを嫌い、鈴木も無力化がかなったのを確認してから放置した。
なぜ見逃すのか、疑問に思って訪ねた鈴木に、彼は答えた。
――相方がこっち裏切ったときに備えてんの。
当時は意味が分からなかったが、今となってはサブローのことだと鈴木は理解をした。あの二人は口喧嘩をするが、信頼し合っているのがよくわかる。
なにせ短い付き合いの鈴木にさえ、気遣い屋であると理解できるサブローが砕けているのだ。割って入るのが無理なものを感じる。
「ちなみに七難を撃破したのは拙者たちが最初でござる」
「お、そりゃ幸先良いな」
「でもいいことばかりではないであります」
鈴木は冷や汗を浮かべながら、浮かれるホイットに忠告した。
「どうにも弱い魔人たちが身体を肥大化させ、理性を失って暴れているようであります。おそらく海神殿の報告にあった奴だと思われるであります」
水の国での戦いで得た七難の情報はガーデンで共有されている。ラセツの針の効果もその一つであった。
「うへぇ、遭遇したくねーなー……」
「大丈夫であります。安全なルートをたどって、味方と合流するであります」
それからイースの肩を借りたまま、鈴木は部隊を指揮した。
内心で仲間の無事を祈りながら。