一六三話:嫌な思い出
毛利となにやら話し込んでいる創星を見つけ、鈴木が目を丸くした。毛利が天使の輪の覚醒について質問がある、ということでサブローは自らの聖剣を預けていた。
鈴木は話には聞いていたのだろうが、喋る剣を目撃するとまた驚きが違うようだ。
「あれが創星の聖剣で、僕の愛剣です」
「ほーほー。喋る剣というのは憧れですなー。羨ましいであります」
キャラを作ってある喋り方で、毛利と創星に鈴木は声をかけた。創星とも話し始め、互いに印象を語る。
「天使の輪か。キドーのねーちゃんよりかは親しみやすいな」
「あの鬼と一緒にされちゃ困るでござる。ふひひ、創星殿とは気が合いそうでありますなー」
意外なことに鈴木と創星は意気投合を始めた。毛利もなんだか満足そうにうなずいている。
「そういえば天使の輪をパワーアップさせることができるらしいでござるな。あれ、拙者もやってもらえないでありますか?」
「この戦いが終わってからな。キドーのねーちゃんですら嫌がっていた介護生活が待っているけど」
「ふひひ。しばらくお休みができるのはいい情報であります。仕事が終わったらお願いするでござる」
調子のいいことを言っているが、後で後悔しそうである。創星ですら若干引いている始末だ。
そんなことをお構いなしに、こちらを見つけた海老澤が話に入ってくる。
「よっ、なにしてんの?」
「エビやんにも紹介するッス。彼は天使の輪を使う……」
「あー見覚えあるわ。逢魔時代に戦った奴だ」
海老澤の言葉に鈴木がハッとした。じーっと見つめたかと思ったら、大笑いをする。
「あんときのめっちゃ強い魔人でありますか!? 味方とは心強いでござる」
「犬と鳥には苦労したわ。ガーデンにいりゃ会えるとは思っていたけど、まあいいさ。飲むぞ!」
「拙者、酒には弱くて……」
「知るかバカ。ついでにナンパもするぞ。ケンちゃんとサブローも参加な」
勝手に決められてサブローはため息を吐く。ナンパと聞いて鈴木が顔を青くするが、海老澤はお構いなしだ。
「いやあちょうど話を聞きたがっていた火の一族のお嬢さん方が居るんだよね。俺らなら楽しく話せると思うし、ちょうどいいだろう。異世界合コンだ!」
「鈴木さん、女性が苦手だそうなので手加減してあげてください」
「苦手だ? ちょうどいい。慣れろ!」
容赦がなさ過ぎた。サブローも巻き込まれてフィリシアたちに余計な勘繰りをされたくないので、鈴木を援護するのだが無駄だった。
結局押し切られ、フィリシアたちを巻き込むことに成功したため誤解は受けなかったが、鈴木は散々な夜となった。
王都へと進軍する一同は足を止める。ドローンがこちらに近づく集団を発見したのだ。
数はそれほど多くない。しかし森の中を進んでいるため、上空からでは詳しく確認をとることが出来なかった。
「あまり敵意は感じません」
「拙者のダブルワンも魔物の匂いを感知しておりませんな。魔人単独でも、魔物とともにいる時間が多ければ臭いがつくはずですし」
鈴木がこちらに説明をする。ちなみにダブルワンとは犬型デバイスのことを言う。鳥型デバイスの方はサイドツーと呼んでおり、今はシュゼットの護衛を務めている。森だと探知能力がダブルワンに劣るためだ。
ひとまず前線に出ているサブローと鈴木が慎重に状況を探っていると、集団の先頭が見えた。
「エルフでござるか?」
「白霧のカスペルさんではありませんか」
若いエルフの男に護衛されている老人には見覚えがあった。彼もこちらを確認し、笑顔を浮かべる。
「ふぉっふぉっふぉ。お久しぶりですな、創星の勇者サブロー殿」
「はい、お久しぶりです」
挨拶を終えるとカスペルが高齢を感じさせない素早い動きで近寄る。若いエルフの男たちも呆気に取られているところを見るに、滅多に行わないことだろうか。
「ようやく我が集落を説得できたので、合流を伝えにきましたのじゃ。要は斥候じゃ」
「斥候って……カスペルさんが?」
「まだまだ若い者には負けませんのう。ふぉっふぉっふぉ」
エルフの若者たちがゲンナリとした顔をしていた。白霧のカスペルはエルフでもかなり地位の高い人物と聞いている。
魔法の腕も並ではなく、いくつもの伝説を残してきた英雄であった。サブローにとっては気の良いお爺ちゃんなのだが。
「あんまし無茶して後ろのワカゾーどもを困らせるんじゃないって」
「創星様が言いますかの?」
気心知れているせいか、様付けなのに創星に対してとても軽快にやり取りをする。後ろの鈴木は後方のエルフを見て、露骨に安堵のため息をついた。
「エルフと言ったら美人さんがいっぱいというイメージがあったであります。とりあえず戦場に女性は連れてきていないようで安心したでござる」
「本隊にはおりますぞ。まあエルフを口説くというのなら、苦労を覚悟するのじゃ」
「たぶんその逆だと思います。鈴木さんはエルフの女性たちとは距離を置きたいかと」
「…………そっちの趣味じゃと?」
カスペルの驚いた声を聞き、エルフたちが震えて鈴木からいっせいに離れた。ひとまず違うと誤解を解きながら、面倒が増えたと考える。
美しいエルフの女性たちに、海老澤がちょっかいを出さないはずがない。彼への対策へと頭を悩ませることになった。
数時間後、エルフの本体と合流する。そちらをまとめていた責任者と王女たちまとめ役が話し込み、調整を始めていた。
「こちらの世界のエルフは人間と仲悪い、とかはないのでござるか?」
「んなこと聞いたことないなー。仲の悪い国はあるけど、王国や水の国は違うし」
鈴木と気が合っているエルフの青年、ホイットは不思議そうに聞き返した。
「なんだ。そっちの世界のエルフは差別主義者なのか?」
「いやー、うちの世界にエルフはいないであります。だいたいはこういう漫画とか本とか物語の存在でそうろう」
鈴木がタブレットを操作して電子書籍を開示し始めた。ホイットは感心しながら食いついてくる。
それにしても『そうろう』という語尾も使うとは思わなかった。鈴木はどういう方針でキャラを作っているのか、気になってしまう。
「なんかこのエルフの女も友好的じゃないか? ちと騒がしそうだけど」
「ハーレム物でありますからなー。ツンデレでござる」
「つぅんでれ? しかし胸でかくていいなー。こっち平坦ばっかで……」
「王道を行きますな。小生はちっぱい好きですぞー」
一人称まで変わっている。イ・マッチが居れば盛り上がっただろうなと思いながら、警戒を緩めない。
「普通に女好きじゃないか。こっち寄こされて怖かったんだぞ。心配して損した」
「男の娘ならともかく、ガチBLはちょっと……。まあ拙者の場合さんじげ……通じないでありますな。生身の女性は少し怖いのであります」
「結婚詐欺にでもあったんか?」
「重いことをいうでござるなー。いや、でも似たようなことではあります。罰ゲーム告白を受けたことがありまして……」
「罰ゲーム告白? それはどういったことをするのですか?」
サブローは初めて聞く単語への疑問から食いついた。鈴木は嫌な顔のまま続ける。
「友達とのゲームとかなにかで負けて、罰ゲームに嫌いな奴に告白するって奴であります。ボクは昔……その、女性に嫌われていたので……」
しどろもどろに答える鈴木の声は、後半は消え入るように小さくなっていった。サブローはモヤモヤを抱えて思わずつぶやく。
「酷いことをする人がいますね」
「まったくだ。そんな見る目のない女なんて忘れちまえ。よし、今日はこっちで食事しろ。イイ女ってのを教えてやる」
「い、いや。拙者はリアルはにがて……」
「構わないではありませんか。現地の方と仲良くなるのもガーデンの業務ですし。……それに海老澤さんも今夜はホイットさんたちの陣営にくると思います。一人では大変なので力を貸してください」
「えぇー!? ボク、あの人苦手なんですよ! やたら絡んでくるし!!」
思わず素に戻っている鈴木をホイットはまあまあと宥めた。
やや緊張感が欠けたやり取りをしながら周囲を警戒する。今のところ、平和であった。
◆◆◆
フィリシアはシュゼットの相手をしていた。どうにも平時は天使の輪の適合者を一人当てる決まりにしたそうだ。
鳥型デバイスは確かに性能が高いが、急な襲撃に対応するためにももう一人付けていこうという気遣いである。ちょうど適合者は女性が多く、将軍たちも安心していたとのことだ。
アドスに関して含むところはあるが、久々のシュゼットとの会話をフィリシアは楽しんでいた。
「犬の子も可愛いのですが、こちらの鳥さんも懐いている感じで愛らしいです」
シュゼットの言う通り、鳥型デバイスは甘えるように身をこすりつけてくる。機械仕掛けであり、ゴーレムのような存在とは理解しているが、なかなか愛嬌があった。
「本当ですね。撫でると気持ちよさそうな反応をしますし、羨ましい能力です」
「ゴーレムだとこうはいきませんね。スズキ様の性格が影響しているのでしょうか?」
ふふふ、とシュゼットは笑って、自らに寄り添う鳥型デバイスを撫でる。わざわざ低い木を見つけ、その枝にとまって待ち構えていた。なかなか賢い様子に驚く。
フィリシアは一つ疑問を持ち、思わず言ってしまう。
「それにしても、この子たちはスズキさんと違って女性を怖がりませんね」
「あれだけ勇ましいお方ですから、わたくしももっと堂々としてもよろしいと思うのですが」
シュゼットが彼の活躍を話し始める。数人の魔人集団が襲ってきて王国軍は焦っていたのだが、ドンモたちとスズキが前線で相手にし、近づけもしなかったようだ。
さすがはフィリシアより先に適合し、使いこなせた先輩である。
「ご本人が戦っても強いのは意外でした。彼が足止めして、この子たちが倒すそうです。普通は逆だと思ってしまいますよね」
「資料を見る限り、その子たちの方が攻撃力が高いようです。本人を強くする機能は、あくまで補助的なものだとあります」
「補助的なものでそれほどの効果ですか。うちの騎士たちが聞いたら羨ましいと思うでしょう」
確かにそうだろう。しかしフィリシアが適応できたので、もしかしたら王国軍の中にも天使の輪を扱える人が出るかもしれない。
そんな他愛もない話をしていると、綺堂が近づいてきた。
「楽しそうだな、フィリシア。交代の時間だ」
「もうですか? 時間がたつのは早いものですね。それではシュゼット様、この場を離れることをお許しください」
頭を下げて綺堂と入れ替わる。真面目な彼女は堅苦しい挨拶をして、シュゼットが少し困っていた。
応用は利く人なので、すぐに馴染むだろうと心配していない。戻る途中サブローのところに寄るか迷った。
そんな時、嫌な話が聞こえてきた。
「あーあ。魔人の野郎なんかと同行したくねーよな。あのスズキって奴の武器を奪って、ぶち殺したいぜ」
同意するような笑い声があがる。フィリシアは立ち止まり、発言主を睨んだ。
会話の内容がまずいのもそうだが、フィリシアはその声に聞き覚えがある。
――こ、このガキ!
声の主はそういって、当時のフィリシアの腹を蹴った。瞳に力がこもる。
視線の先には、風の里が滅んだ日にフィリシアを追いつめた兵士がいた。