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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一六一話:ナギとの合流



 王都を目指して三日目。魔物や弱い魔人の襲撃はあったものの、難なく迎撃し終えた。

 中にはサブローたちが出張る必要もなく、火の一族が魔人を一体仕留めるという大活躍もあった。


「どう? あたいの活躍、見てくれた?」

「ああ、すごかった。火の精霊術ってあそこまで威力が出るんだな」


 ソウラに答えるイチジローの顔には、本気で感心している物があった。火の一族は襲い掛かってくる魔人を罠にかけて足を止め、最大火力の精霊術で焼き上げ、消し炭にかけた。

 一族全員の力を合わせた結果だが、特にソウラの火の鳥のような炎は美しく、そして強い精霊術だった。


「火の精霊術は魔法の中でも破壊力に長けています。ですから火の精霊術師を一人味方につければ、魔法砲撃部隊を十人味方につけたものだ、と言われています」


 サブローの隣でフィリシアが解説する。ミコと共に感心して、積極的に兄へと話しかけるソウラを眺めた。


「面白くない」


 綺堂が獣のように低い唸り声をあげる。その気配に気づいたソウラが一度見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。綺堂の不機嫌が加速し、サブローたちはより距離をとる。

 毛利がドローンを操りながら、力なく笑った。


「まったく、どうしてうちはウブな人たちが多いッスかねー。エビやんみたいに適当にしてもいいと思うッス」

「あれはあれで問題だと思いますが」


 サブローがぼやいて話題の海老澤を見た。火の精霊術一族は女性の戦士も多い。腕力や精霊術の腕前も重要だが、それ以上に戦いへの勘を重視するらしい。

 そこに関しては、火の一族に限っては男女差が特にないのだとか。

 ゆえに海老澤はこちらによく寄りたがっている。今回の襲撃はまずいと思いながら、気を配っていた。

 ところが、予想に反して海老澤は女性たちに軽く挨拶するだけで済まし、サブローに近寄る。


「珍しいですね、海老澤さん」

「んー、まー、ちょっとな。お前に用がある」


 真面目くさった顔なので、サブローも気を引き締める。こういうときは真剣であるのが常だ。


「今日はここで野営すると聞いた。だから、あれだ。久々にガチでやらね?」

「……構いませんが、どうしたのですか?」

「お前と狼の魔物を狩ったときから考えていたぞ。あの右腕を手に入れたお前が、どこまで強くなったかを」


 珍しく獰猛な笑みを浮かべて海老澤が誘う。サブローは立ちあがり、開けた場所を指さした。


「あちらでやりましょう。ケンちゃん、見物する人に安全な距離を確保させてください」

「了解ッスー。地味に久しぶり……いや、ガーデンに二人が来てから初の実戦形式訓練ッスね。記録はとらせてもらうッス」

「え? こんなにあっさり始めてもよろしいのですか?」


 フィリシアが戸惑いから毛利に確認する。彼は肩をすくませてから、海老澤を指さした。


「ああなったエビやんは止まらないッス。あれで強くなることには貪欲ッスからね」

「妙に訓練に関してはまじめだと思っていましたけど……」


 フィリシアが半信半疑の視線をこちらに向けていた。海老澤は気づいてはいるものの、水を差されないように無視をしていた。

 これからの戦いに興奮をしているのだ。イチジローがそれに気づき、うんざりする。


「あの顔の海老澤……しつこくて苦手なんだよな」

「兄貴は似たような状況になったの?」

「水の国で訓練しているとき、ナギ以外にはああなったことがあるぞ。あいつ」

「ナギは面倒くさいから避けたな」


 イチジローとミコのやり取りで馬鹿正直に付き合った自分は何だろうか、と寂しく思いながら海老澤と対峙する。

 手首をほぐし、腰の創星を確認した。


「オレが居ていいのか? アニキ、エビサワ」

「むしろ居ろ。全力のサブローにはお前も含まれているからな」


 「了解」と元気よく答える創星の柄に手を置いて、サブローは魔人へと変わった。おぉっ、とどよめきが上がる。

 兵の中でまだ目撃していなかった者たちによるものだ。


「手を抜くなよ」

「僕がこれで手を抜いたことがありましたか?」

「……肩の骨を外した状態でやったのは、手を抜いていると言っていいと思うぞ」


 そこを突かれるとサブローは黙るしかない。海老澤も黒い魔人へと変わり、準備が整った。

 基本的におしゃべりである海老澤が黙し、こちらの様子を注意深くうかがっている。戦いに見せる慎重さを普段も見せて欲しかった。

 そんなくだらないことを考えてから、サブローは仕掛けた。触手が海老澤に襲い掛かり、全身を揺さぶる。

 海老澤は意にも介さず、一直線にこちらへ跳んだ。元々魔人でも最硬を誇る相手であるため、効果は期待していない。

 右の剛腕から下される一撃をサブローは掻い潜り、竜の腕を相手の胸へと叩きこんだ。衝撃で離れ、海老澤は静かにこちらを見る。やがてゴフッ、と血を吐き出した。


「チッ。相変わらず衝撃を浸透させるのが得意な奴だな。おまけにその腕になったせいか、威力が上がってやがる」

「いつもの小手調べは終わりましたか? 一発良いですよ」


 呆れからため息をつくと、遠慮なしに繰り出された拳を腹で受け止める。衝撃で視界が大幅にぶれ、足がふらつくが、条件は同じだ。

 どうにか意識をはっきりさせ、海老澤を捉えた。互いにまず全力の一発を入れるのは、挨拶のようなものだ。

 完全な実戦形式というにはおかしいかも知れないが、互いのスペックは把握しておきたい。


「いくぞ」


 低く呟いた海老澤が身を沈めた。もし素顔が見えていたら、普段の彼からは想像できない好戦的な顔をしていただろう。

 あれで戦いは嫌いではないので、つかめない相手であった。いや、よく考えれば勝負ごと全般が好きなだけかもしれない。

 思考しながらも、サブローは一瞬で間を詰めた海老澤に対応する。拳を正面から受け止め、進行を止めた。瞬時に攻撃へ転じ、黒い魔人の脇腹を蹴りこむ。

 相手がふらついたのを確認し、追撃を始めようとするが、ヘッドバットをぶつけられて思わず後退する。

 サブローは衝撃でもうろうとしながら、地面に触手を突き刺した。触手が持てる威力では、硬い海老澤の外皮に有効打を与えられない。衝撃を逃がすショックアブソーバーに似た使い方をすることにした。

 どの道、海老澤との対決は至近距離での攻防になりがちである。以前は力を流しきれずに押し切られることも多かったが、今は正面から対抗できる力があった。

 意識を刈り取るためのフックを海老澤が繰り出し、サブローは逆手で抜いた創星で受け止める。刃が受け止めた衝撃で手がしびれて放しそうになるが、根性で耐え抜く。相手は息もつかせる間もなく、もう片方の拳を繰り出すが、この瞬間をサブローは待っていた。

 左手に握られた創星が光を放つ。同時に魔人の拳が頬を撃ち抜く直前で停止するのだった。


「くそっ! 厄介だな!」


 サブローは動きの止まった海老澤に向けて、掌底を放つ。硬い相手に衝撃を浸透させ、確実にダメージを与える打撃だ。

 だが、むなしく空を打ち据えるだけだった。狼狽える暇を投げ捨て、状況を確認する。

 なんと海老澤は固定された手を軸に身体をひねって跳び逃れ、宙で寝そべっているかのような体制で蹴りを放った。同時に光の効力が途絶える。


「これつかって空を歩いているからだ。こんな手も思いつくわ!」


 尋常でない脚力から放つ必殺の一撃を受け止め、地面に刺さった触手を駆使して衝撃を逃がす。創星の刀身と右腕で受けたものの、並の魔人相手なら命を狩りとれる蹴りだ。全身に負担がかかり、痛みに蝕まれながら距離を取った。


「やり返されるとは……少し参りました。立つのも辛いです」

「抜かせ。さりげなく反撃しやがって」


 胸に熱を受けて煙を上げる様子を見て、サブローは魔人の顔の下で微笑んだ。離れる瞬間、まとめ上げた火球を胸に向かって放っていたのだ。

 確かなダメージを与えたようなので、この蹴りを受けた代償としては上々だろうと上機嫌になる。

 再び海老澤が屈んで足に力を溜める。サブローも四肢と地面を叩く触手に力を入れ、一撃離脱の戦法へと切り替えた。

 互いの足場が爆発し、距離を縮めて一撃を与え、そして離れる。打撃を受けた場所が軋むが、集中しなければ地面に転がってしまう。

 それは面白くないので、いつものように必死に対応をした。どんどん地面にへこみが増えていくので足をとられないように気を付け、急所を狙い穿つ。

 そんな激しいサブローと海老澤の攻防を目撃し、ソウラがポツリと漏らした。


「……あの二人が味方でよかった」

「強くなったなぁ、サブ。あの二人が組んだら、本気で対応してもきつい」

「お前が言うほどか、イチジロー。しかしあれを見ると私もまだまだ未熟だと思い知らされる。……フィリシアのように天使の輪を覚醒させるべきか?」


 危機感を抱いて言い出した綺堂を、フィリシアが宥め説得している。一連の会話を耳にし、サブローは苦笑しながらも、動きを緩めずに一撃を加えた。

 何度目かわからない離脱を行い、互いに息をつぐ。いつの間にか息が上がっていた。


「はぁ……やっぱ手強くなってやがる。追いつかれるとはな」

「意外でしたか?」

「いんや。いつかこうなるとは思っていたさ」


 海老澤は前傾姿勢をとった。まるで獲物を狩る肉食獣のような様子に、サブローは片頬を吊り上げる。

 昔から海老澤はサブロー相手に手を抜いたことがない。それが結構、誇らしかった。


「そろそろラストスパート入るか」

「わかりました」


 軽快に返し、緊張が高まって互いの距離を縮める。激突する直前、天からなにかが降ってきて同時に飛び退いた。


「楽しそうなことをしているな! わたしも混ぜろっ!!」


 桃色の髪に赤い瞳。革鎧を身に着けた軽装の少女剣士、ナギ・オーエンが唐突に現れた。


「ナ、ナギ!? どうしてここに?」

「うむ。君たちと合流するのはもう少し後の予定だったのだが、こちらが担当した砦で天使の輪の持ち主に追い出されてしまった。彼らはとても頼もしく、素晴らしい“灯り”の持ち主だったのだが、どうやら構いすぎたようだ。嫌われてしまったので、フォローをしてくれ!」

「えー……」


 カラッとした笑顔でとんでもない報告をナギはしてきた。サブローはため息をつき、疲れた顔を向ける。


「誰を怒らせたのですか?」

「コチンダ小隊だ。最初は親切だったのだが、つい力を入れてしまってな。フィリシアと似た天使の輪を使っているのを見て、興味を抑えられなかった」

「コチンダ……東風平さんって、あの穏やかな人をですか? どんなことを……あ、いえ。想像できるので、仰らなくて結構です」

「まあ砦の防衛についているから、事が終わってから頼む。それはそれとして、やろうか」


 実にさわやかな笑みで戦闘態勢に入るナギを、慌てて止める。


「い、いえ。もうお開きにするところでしたよ。ね、海老澤さん!」

「お前、俺を巻き込むな。こいつだけは嫌だ! だいたい俺はつまらない灯りなんだろ? だったらサブローを相手にしろ」

「なにを言うか。確かによくある程度の輝きだが、それでも君の相手は楽しいぞ。さあ、存分に三人で楽しもう!!」


 勘弁してほしい。サブローと海老澤は二人で組んで、今度はどうナギから逃げるか頭を使わないといけなくなった。

 兄もフィリシアたちも巻き込まれないように目を逸らしている。なんと薄情な反応だろうか。


「止めなくていいのか?」

「綺堂さん、やめた方がいい。絶対絡まれる」


 ミコが綺堂を押しとどめ、被害が広がらないように気を配っている。こちらにはどうにかしてと手振りで頼んでいた。


「さあ、いくぞ!」


 虹夜の聖剣が輝いている。いきなり全開を見せられ、サブローも海老澤も身構えた。

 結局、親衛隊であるアートとベティが追い付き、叱り飛ばして事なきを得たのだった。



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