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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一五八話:防衛線



 建物全体が揺れているかの如く衝撃が響き、頑丈な砦の壁にひびが入った。二度、三度と繰り返され、耐えられずに壁が崩壊する。

 難攻不落を誇る砦は穴を開けられ、無防備を晒した。魔物の群れが殺到し、ヤモリとカメレオンの魔人が歓喜の叫びをあげる。


「皆殺しだ! 怯えろ、人間ども!」

「ひひひ……女、女」


 よだれを垂らさんばかりの魔人たちは、少し違和感を感じた。悲鳴がまるで聞こえてこないのだ。

 頼りであるはずの砦を壊されたのだから、もっと絶望するべきだ。そんな愚かな考えで時間を費やしたツケがやってくる。


「魔法よーい! 放て!!」


 クラウディオの号令により、地の里の魔法部隊は精霊術と魔法をそれぞれ解き放った。同時に水の国や魔法大国も魔法部隊に攻撃をさせる。

 一拍遅れ、追撃として弓兵部隊が矢の雨を降らせた。壁の大穴からこちらに移ろうとした魔物が次々と倒れていく。


「ど、どういうことだ? おれたちの行動が読まれているじゃねーか!?」


 ヤモリの魔人が焦りから叫ぶが、無慈悲に魔法や矢が飛んでくるだけだ。それも落ち着き、魔物が死体で山を築いたとき、綺堂の小隊が前に出る。


「構え! 展開!!」


 綺堂の掛け声とともに、彼女たちの天使の輪が光る。一瞬の輝きが収まった後、そこには白い鉄の戦乙女と、灰色の兵隊が並んでいた。

 綺堂の天使の輪は全身甲冑へと変化するようだった。どこかイチジローの魔人姿と似通った印象を受けるが、あちらと違いちゃんと着込んでいるように見える。

 それにしても胸の形が分かる胸部パーツや、スカートに見える広がった腰アーマーと、全体的なシルエットが女性的であった。綺堂は顔を覆うバイザーの細いスリットから敵を見定め、手持ちの剣先を向けた。


「敵を迎撃せよ!」


 北杜たちが応え、戦闘態勢に入る。灰色ではあるが、綺堂のフルフェイスメットと似たデザインの頭部と、簡略化されたボディーアーマー、そして手甲と脚甲を纏った兵装である。

 メット以外はガーデンの特殊部隊が着こむ装備に似ている。ただ、天使の輪を通して確かな力をフィリシアは感じた。


「うっしゃ! 一番乗り!」


 東出が突進し、トンファーを展開して生き残った魔物を叩き倒す。爪や牙を使った反撃を掻い潜り、的確に喉や眉間などの急所を打ち据えていく。


「油断しない!」


 銃声が鳴り響き、一匹の怪鳥が頭を弾き飛ばされて倒れる。この魔物は油断なく東出の背中に回り、一撃を加えそうだったが、間一髪で西野の銃撃が間に合ったのだ。


「サンキュー、西野。あとでデートしようぜ」

「お断りよ。まずは魔人を狙いなさい」


 リロードしてからまたも魔物の頭を破裂させる。狙いを定められては敵わないと三眼魔狼が高速で近寄るが、巨漢の南山が道をふさいだ。


「ここは通さん。ムゥン!」


 折りたたまれていたハンマーが展開し、横に振るわれる。受けた狼型の魔物の身体がくの字に折れ曲がり、泡を吹いて息絶えた。


「は、話しが違うぜ、クモガクレ! お、おれは降りる!」


 カメレオンの魔人が姿を周囲に溶け込ませ、逃げようとする。しかし北杜が懐中電灯のような物を向け、スイッチを押す。

 筒から発射されたネットが魔人を掴まえ、電磁を発生させて逃走を阻害する。ネットランチャーだったようだ。


「トドメだ!」


 綺堂が魔人へと一直線に突進する。阻止しようと魔物に襲い掛かられるが、硬い外装が弾き返し、びくともしない。

 そのままカメレオンの魔人の首を跳ね、早くも一人減らした。あまりの速攻にフィリシアは感心をする。


「す、すごい……」

「どうした? 室内だとその大仰な翼を広げられないのか? フィリシア」


 振り向いた綺堂に軽口を叩かれ、フィリシアは笑顔を返し、行動で応えることにした。風の精霊を呼び出し、無数の風の塊を作る。正確に敵を把握し、一匹一匹に合わせて威力を調整、そして放つ。風の弾丸が残る敵を一掃し、死体すら砦の外へと吹き飛ばした。

 出鼻をくじかれ、もはや戦意が残っていない魔物への追い打ちとなる。


「キドウとかいう連中もそうだが、フィリシアもぶっ飛んでいる。サブローが苦労しそうだ」


 クラウディオのぼやきが耳朶を打つ。そういうことは本人のいないところで言って欲しいと不満を抱いた。


「……さすがは先行タイプの適合者だな。やるー」

「東出、油断をするな。まだ魔人は残っている。……二体な」


 視界にはヤモリの魔人しかいないため、彼は小首をかしげた。フィリシアもまた、綺堂の言うもう一人の魔人を見定めている。

 視界の先で舌打ちが一つ鳴り、闇に溶けていた魔人が姿を現す。フィリシアはその姿を、資料で見た覚えがあった。


雲隠忍(くもがくれ しのぶ)。クモの魔人。魔人の気配すら隠すことのできる隠密行動のプロ。『魔人を殺す魔人』に倒されたと思っていたのだが」

「ふん、どうでもいい」


 煩わしそうに地面に転がる魔人の首を蹴り跳ね、殺気を放つ。仲間であった生首に対しての仕打ちに、フィリシアは不快になる。

 小隊のみんなは後ろを守るように散開し、綺堂が剣を構えたまま前に出る。フィリシアもその隣に並んだ。


「奴は中距離から近距離での戦いに長けた魔人だ。後方で支援を頼みたいのだが?」

「しかし、それですと効果は薄いです。サブローさんを相手に訓練をしているからわかります」


 フィリシアは敵が背中に生やしているクモの八本脚を見つめた。完全にサブローの触手と同じとはいかないだろうが、ある程度似た使い方をしてくるだろう。

 だとすれば、風の精霊術はあれに遮られる可能性が高い。それにヤモリの魔人もいるため、綺堂を一人にするわけにはいかなかった。


「その天使の輪で対応ができるのか?」

「できます」


 短く言いきってから、フィリシアは力を解放した。白い剣山のような金属の塊に包まれ、すぐに割って天使の輪が新生する。

 二対の光の翼に挟まれた白い翼と、攻撃的な手甲を携え、フィリシアは自らの兵装をバージョン2へと変えた。


「見た目だけ立派なこけおどしではありませんよ」

「ふむ。……私のもできるか?」


 敵から目を逸らさずに尋ねる綺堂に、フィリシアは力強くうなずく。


「創星さんの力を借りればできると思います。ですが、お勧めはしません。……り、理由は、二人きりの時にでも、話します」


 介護を受けていたころを思い出し、思わず顔が赤くなる。あれは闇に葬りたい事実であった。

 怪訝そうな反応をする綺堂に大丈夫だと伝え、キッと敵を睨む。


「ガーデンからの援軍が来たとはな。まあいい。天使の輪を二つ回収すれば、ラセツも大きい顔が出来ないだろう」

「お、おい。クモガクレ、ここは逃げるべきじゃ……」

「逃げたら殺す。弱い魔人(Cランク)でも肉壁くらいにはなるからな」


 ヤモリの魔人は息を飲み、仕方なしにこちらと対峙をした。力関係は明らかだ。それに資料によると、雲隠はBランクでも上位の魔人だったはずだ。下手をすれば七難クラスに厄介だろう。

 慎重に精霊を集めながら、敵の出方をうかがう。雲隠の口元がわずかに動き、フィリシアの光の翼が帯へと変わって前面を払った。


「……今のがよくわかったな」


 敵の言葉から一拍遅れて、糸の残骸が中間地点で舞った。クモの魔人らしく、糸が使えるのだろう。精霊が教えてくれなければ、危うかった。

 お返しに風の弾丸を放つが、やはり八本脚に防がれる。攻撃が途絶えた隙にヤモリの魔人が口を開いて襲ってくるが、綺堂に殴り飛ばされた。西野の銃声が響き、北斗のネットが魔人を掴まえるために広がった。そのいずれも、雲隠は糸で魔物を引き寄せ、盾に使ってやり過ごす。


「ぼさっと見ているんじゃない。俺に殺されたくなければ、お前らも働け」


 激を飛ばされた魔物の群れが再び戦意を取り戻し、動き始める。前線に出てきた東出と南山を始め、味方も迎撃を始めるのだが、戦線が混沌としてきた。


「フィリシア。魔人二人は我々が抑える。いいな?」


 綺堂に目配せで了承を示し、二人で突進した。意図を察した北杜たちが道を切り開いてくれる。

 やけくそで前に出るヤモリの魔人を綺堂が一蹴し、連撃で雲隠に切り込む。クモの脚に受け止められるが、敵の体勢が崩れた。


「精霊よ、お願いします!」


 風の塊が魔人の胸に飛び込む。直撃を受けた雲隠は浮き上がり、硬直したところを綺堂の体当たりで吹き飛ばされた。

 舌打ち一つ鳴らし、クモの魔人は八本脚を器用に動かし、壁に張り付いた。西野が銃で狙い撃つが、素早く避けていく。人の脚を使っているときより速い。その口がもごもご動くのを、フィリシアと精霊は目撃した。


「西野さん、綺堂さん!」


 フィリシアは二つの光の帯を使い、飛んでくる糸を払った。西野がギョッとした動きを見せ、こちらを向く。


「フィリシア、ありがとー!」

「ふむ。ありがたいが、私には無用だ。他の連中が狙われたときは頼む」


 綺堂は迎撃しかけた体勢で冷静に指示してくる。納得し、フィリシアはクモの魔人に集中を続ける。


「くそ! ヤーモ、なにをしている。少しは働け!」


 ヤーモという名前らしく、ヤモリの魔人がいそいそと立ち上がった。しかしこちらに襲い掛かる前に南山が立ち向かい、ハンマーを身体に叩き込んだ。


「お前の相手は……」

「俺たちだ」


 東出がトンファーの打撃部位に電撃をまとわせ、魔人の身体を痺れさせる。たまらず後ずさったヤモリの魔人は、苦し紛れに尻尾の一撃を二人に与えようとした。

 だが振るわれる前に半透明の液体の塊がぶつけられ、壁に固着される。北杜が接着剤銃を携えたまま、攻撃の指示をハンドシグナルで送っていた。

 どうにかヤモリの魔人は尻尾を切り離したものの、判断が遅かった。電撃で焼かれ、銃撃で脳を揺さぶられ、ハンマーで無残にもつぶされる。

 あっという間に残りの魔人は一人だけとなった。


「あんな劣化品を使う連中に、負けるだと……。これだから弱い魔人(Cランク)は!!」

「劣化品ではない。正式採用装備だ」


 綺堂が言いきり、フィリシアとともに最後の一体を追いつめにかかった。フィリシアの風によって移動を制限された雲隠は、綺堂の追撃から逃げきれずに傷を増やしていく。

 たまらず一度身体を沈め、跳ねてフィリシアへと迫った。接近戦なら勝ち目があると睨んだのだろう。

 フィリシアは冷静に手甲から光の刃を作り出し、繰り出される八本の足を捌いた。二回、三回と防ぐ回数が増えるたびに、敵の隙が大きくなっていく。

 やがて斬撃を届かせた時、敵の身体が泳いで大きな隙を見せた。そこに綺堂が全身でぶつかり、クモの魔人を壁へと弾き飛ばす。


「くそ……くそっ! こんなところで躓くわけには……ラセツの鼻を、あかすためにも!」

「あいつに対抗心を抱いているのか? その実力だと、無謀だと思うが」

「私もそう思います。ラセツという魔人とは戦っていませんが、私が戦った七難と比べてもいくらか劣ります」


 魔人の分かりづらい顔であっても、雲隠の顔が憤怒に彩られたのは理解できた。とはいえ、フィリシアは事実を述べたに過ぎない。

 クモの魔人は確かに強い方だ。最初に出会ったサイの魔人や、ワシの魔人では相手にならないだろう。

 しかしサブローには遠く及ばないし、先ほど述べたようにフィリシアと戦ったカセやミズと比べても一歩実力が足りない。

 もちろん油断はしない。魔人の気配を消せる以上、ここで仕留めておきたい。綺堂ともに、じりじりと距離を詰める。


「聖乙女様たちすげー! そんな魔人、やっちまえー!!」


 威勢のいい子どもの声に、フィリシアは一瞬思考が真っ白になった。声の方向に目を向けると、二階に続く扉の前で興奮するリクと、焦るソラとカイが見えた。

 敵が通れないように扉は固く閉ざされているが、子どもが入れるくらいの小さな穴が横の壁に出来ていた。敵の突入の際、振動で出来てしまったのだろう。フィリシアに動揺が走る。


「フィリシア! 敵に集中しろ!」


 綺堂の鋭い指摘にハッとなって前を向くが、少し遅かった。クモの糸が横切り、雲隠が素早く手繰り寄せる。


「形勢逆転だな……。ベタだが、このガキを殺されたくなかったら武装を解除しろ」


 三人の子どもたちは糸に巻き付かれ、クモの魔人の手元に捕まった。恐怖で引きつる彼らの顔に、フィリシアは歯噛みする。

 これは自分のミスだと強く実感した。


「……舐めるなよ。逢魔の交渉には応じない」

「口では言うが、しょせんお前らは自衛隊あがりだ。後ろの兵士どもはともかく、てめーらはガキを見捨てる覚悟なんてない」

「果たしてそうかな?」


 綺堂が静かに敵を睨みつける。自らのミスを押し付けるようで、フィリシアは胸が痛かった。

 周りが言葉を失って見守る中、綺堂は天使の輪を解除した。


「これでいいか?」

「お前だけでいいわけないだろう。後ろの連中もだ!」


 綺堂の手に剣が握られているのが気になったが、フィリシアも天使の輪を解除する。北杜、西野、南山も従う。


「おい、そこの男もだぞ」

「ふざ……けるな! 解除したって……俺たちを始末したら、子どもを殺すつもりだろ。その手に乗るか!」


 東出は前に出る。バチバチと電撃をまとうトンファーを手に、身を沈めた。


「ク、クラウディオ様。我々も援護を……」

「いや、必要ない。もう終わりだ」


 どうやらクラウディオも()()に気づいたらしい。フィリシアは後ろの兵が暴走する可能性が減り、安堵する。


「綺堂隊長。汚れ役は俺がやる。あの子のことは諦めて……」

「東出さん、大丈夫です。もう解決しました」


 フィリシアが静かに告げると、室内に戸惑いの空気が流れる。視線を集中された本人は微笑んで敵を見据えた。


「サブローさんの前で子どもを人質に取ったのは、間違えでしたね」

「サブロー……また、あの洗脳組(Cランク)か! どいつもこいつも舐めやがって。まだわかっていないようだな。こうなったら一人見せしめに……」


 雲隠の言葉が途切れる。彼の手元に子どもたちがいなかったためだ。それどころか、両腕が忽然と消えている。

 敵だけでなく、味方にさえ驚きが満ちたとき、白いつぎはぎの魔人が姿を見せた。


「フィリシアさん。この子たちを頼みます」

「はい。私のミスの後始末をさせてしまって、申し訳ありませんでした」

「次から気を付けてください。後は綺堂さんの注意を受けるように」


 急な変化に混乱している子どもたちの頭を一撫でして、サブローは踵を返した。


「な、なにがっ……?」

「倒した連中があなたの名前を出したので、ミコに投げてもらいました。と、言ってもわかりませんよね。雲隠さん、お久しぶりです。そして……」


 サブローは黒い鱗で覆われた右腕を向ける。


「さようなら」


 珍しく無慈悲に、終わりを告げた。



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