一五七話:男の聖乙女?
見張り台からサブローは魔人の姿を確認し終えた。魔物を率いている魔人は三体いるものの、全員見覚えがない。逢魔にいたときは存在しなかった魔人だ。
とりあえず浮かんだ疑問を抱えながら、フィリシアとともに砦の中へと戻る。廊下を走り、イルンや水の将軍など責任者が待機している会議室へと向かった。
「せ、聖乙女様!」
幼い声に振り向くと、三人の少年少女が怯えた様子でこちらを見ていた。彼らの姿を発見したフィリシアは視線を彷徨わせた。
フッ、と笑って彼女の肩を叩く。
「フィリシア。あなたは彼らを安心させてください」
「で、ですが……」
「一般の人々を落ち着かせるのも、僕たちの仕事です。では任せましたよ」
サブローはそう指示を残して離れた。背後でフィリシアが頭を下げるが、礼を言いたいのはこちらの方だ。
魔人の被害に遭った難民を安心させることを、サブローはできない。信頼を得るという尊い行動が取れたフィリシアとミコを心の底から尊敬した。
足取りは軽く、目的の部屋へとたどり着く。
「ただいま戻りました」
「来たか。サブロー、報告を頼む」
真っ先にイルンが促し、頷いて話を聞かせる。同席しているのは砦の責任者であるミコラーシュを始め、水の国の将軍に火の族長とその娘ソウラ、イチジローと綺堂である。皆、真剣にサブローの報告を聞いた。
魔物のおおまかな数と三体の魔人の特徴について話し終え、しばし沈黙が部屋に降りる。
「サブローが見覚えのない魔人か……」
イルンが重々しく口を開き、不安を顔に出していた。続けて綺堂が顔を上げて話を継ぐ。
「私たちがここの奪取作戦および防衛中に、二度ほど魔人たちとの戦いになった。そのどちらも逢魔に所属した覚えのない魔人たちがいた。戦闘中に集まった情報を分析する限り、現地で新たに魔人へと変えられた奴らだろう。ラセツとかいう報告にあった魔人を除き、たいしたことはなかった」
「強い魔人になるには、相応に適合できる奴が必要だからな。そうホイホイとは見つからねーわ」
創星の補足に安堵した空気が流れた。とはいえ、油断をさせるわけにはいかない。サブローは進言をする。
「しかし七難のように現地人であっても、強い魔人は存在します。今回の三体も同様かもしれませんし、油断せずに行きましょう」
「たしかに救国の勇者様の仰る通りです。それに今後の進軍のために今回襲ってきた勢力は、一人残さず殲滅させたいところです。最大戦力の投入を提案します」
水の国の将軍の言葉に、一同同意を示した。続いて戦力の振り分けに話が変わる。
「魔人は当然、魔物も一匹残らず倒したい。だから迎撃部隊は最大戦力をぶつけることになる」
「となると、魔人も天使の輪の適合者も、迎撃に当たるべきか?」
「それは少し怖いですね。魔人は気配を感じられますが、厄介な魔物を迂回させているとも限りませんし」
サブローの不安も当然であった。イルンたちもそのことは想定しており、砦にも戦力をある程度残す方針を示す。
「俺たち火の一族は迎撃だ!」
「腕がなるね、お父。イチジローも一緒に行くんでしょう。あたい頑張るからね!」
「もちろん信頼している。綺堂、君たちの小隊は残っていてくれ」
「……どういうことだ? イチジロー」
侮られたと思ったのか、綺堂がじろりと睨みつける。兄はひるまず、説明を始めた。
「俺たちは足の速いメンツがそろっている。対して綺堂の天使の輪は、防衛向きだけど機動力はそこまで高くない。そちらの簡易天使の輪も同タイプらしいし、敵が逃げた場合の対応力は俺たちに劣る。だからここで防衛を頼みたい」
「…………わかった」
そんなことを綺堂は百も承知なのだろうが、ソウラを見る目からサブローはいろいろ察する。ソウラもどこか勝ち誇っているように胸を逸らしていた。火の族長ヴォルガは面白くなさそうである。
恋のさや当てを傍観する側というのは気疲れするとサブローが思っていると、イルンがそっと耳打ちしてきた。
「防衛が得意というのは、本当なのか?」
「僕は資料でしか知りませんが、彼女の天使の輪は確かに防衛向きです」
詳しく話すことは今はできないので、イルンはそれで興味を抑えた。時間が出来たときにでも見てもらえばいい。
続けて細かい戦力の振り分けが行われ、話が一段落しそうな時、サブローは一つ提案をする。
「フィリシアも残しましょう」
「それはどういうことだ? 一番あの子が機動力あるって知っているだろ?」
イチジローがもっともな疑問を持つ。サブローは頷きつつ、理由を説明し始めた。
「ミコとどちらを残すか迷ったのですが……室内戦になる可能性を考慮すると、炎のギフトは避けた方がいいと思います。それにフィリシアは機動力も高いですが、探知能力もかなり優れています。念には念を入れましょう。……気配を消せる魔人は竜妃以外にも存在しましたし、新しい魔人の方々がその力を持っている可能性もあります」
竜妃は独自の努力で手に入れたが、先天的な能力で気配を抑えられる魔人はいた。警戒していて損はないだろう。
「じゃあサブロー。フィリシアに説明を頼むぞ」
「……もちろんそのつもりでしたよ。任せてください」
イルンに答えながらも冷や汗を一つ流す。食って掛かられる展開が今更見え始め、かといって退くわけにもいかず、引き受けるしかなかった。
◆◆◆
フィリシアは機嫌が悪かった。もちろん、サブローの言いたいことはわかる。顔から以前のように安全な場所に控えさせたい、という意図も見えなかった。
だからと言って皆が戦っている中、後方で一人待機する気まずさが薄れることはない。結果ふくれっ面で探索術を起動させていた。
「まあまあ。そうむくれないで」
同性である西野が慰めてくれるが、いっこうに気は晴れなかった。
「でもいつもこうです。サブローさんの言いたいことはわかりますよ? ですが一言相談してくれてもいいのに、一人で決めてしまって……」
「サブローが相談なしに決めるのは、珍しい」
フィリシアは疑わしそうに南山を見た。彼は少しひるみながらも、黙らず続ける。
「俺たちと作戦を共にしたときは、しつこいくらいに相談をしていた」
「あんときはサッブって慎重だなと思ったぜ」
ししし、と東出が笑う。フィリシアは最初の旅で見張りを続けたサブローの姿を思い出し、やはり納得しない。
「でも、私の場合は出会ったときからそんなことはありませんでしたよ?」
「そいつは君に甘えているんじゃないか?」
年長者の北杜が茶をすすりながら尋ねてくる。最近はともかく、あのころからそうだったのだろうかと疑問はあった。
「……まあたしかに、甘えていい相手だって二人きりの時に言われましたけど」
「なんとも素直な奴だ。イチジローも弟を見習え」
フィリシア並みに不機嫌な綺堂が吐き捨てた。イチジローの鈍さを近くで見ていたこともあり、祈るしかない。
息を短く吐き、見張り台でぼやいているとのぼってくる小さな影があった。
「聖乙女様!」
すっかり懐いた三人の子どもが現れ、フィリシアは笑顔を見せる。一番に女の子のソラが抱き着き、男の子のリクとカイが後に続いた。
「こんなところまで来るなんて……」
「だって兵隊の人たち、ピリピリしてこわいもん」
「ねえ、聖乙女様。この人たちは?」
少年の素直な問いに、綺堂が「同僚……つまり仲間だ」と穏やかに答えた。子どもたちは素直に納得するが、彼らの発した単語に東出が興味を示す。
「しかし聖乙女ってなんだい?」
「そういう伝説があるんです。私と師匠さんの天使の輪が、伝説に似ているのでそう言われています」
フィリシアは聖乙女の伝説を彼らに語った。話を聞き終えた彼らは同時に感心をする。最初に東出が口を開いた。
「翼に火を噴く聖槍ねー。確かに二人っぽいわ」
「ミコちゃんはちょっといかついけどね。あれ? 南山、どうしたー?」
西野がすみっこをで身を縮めている南山に声をかける。彼はそのまま窮屈そうな体勢のままポツリと漏らした。
「子どもが怖がる」
どうも気を遣ってくれたらしい。たしかに男の子であるリクやカイはともかく、女の子のソラはおびえていた。強面だが優しいと知っているフィリシアはフォローをする。
「ソラ。ミナミヤマさんは優しいお方ですよ」
「いい。俺が近寄らなければいいだけだ」
南山は言いきって目をつぶった。その姿が魔人だからと近寄らないサブローと重なり、申しわけない気持ちになった。
そんな思いを察してか、東出が話題を変える。
「しかし天使の輪を使うフィリシアが聖乙女なら、同じ適合者の隊長や西野もそうか?」
「東出、そういうからかいは好きではな……」
「おねえちゃんたちも聖乙女様なの!?」
さっきまで怯えていたはずのソラが目を輝かせて食いついてきた。綺堂は鼻白んだが、西野は嬉しそうに頬に手を当てる。
「あら。わたしと隊長が聖乙女ねぇ……ふふ」
「西野、なにまんざらでもない反応をしている。だいたい私たちが聖乙女とやらならば、男である東出たちもそうなるぞ」
綺堂が東出たちを指さして言うと、子どもたちはいっせいに「えー」と不満をあらわにした。北杜と南山も嫌そうな顔をしている。
「だ~はっはっは! ちげえねえ!!」
「乗るな東出。おっさんにはきつすぎる」
北杜のツッコミで、リクが我慢できずに吹きだし、連鎖して他の子たちが笑い出す。南山が微笑ましそうにその姿を見守り、フィリシアも穏やかな顔でソラの頭を撫でた。
しかし次の瞬間、フィリシアに笑顔が消える。
「ニシノさん、少しの間ソラをお願いします」
「フィリシア?」
戸惑う彼女にソラを預け、フィリシアは天使の輪を起動させた。子どもたちは嬉しそうだが、小隊のメンツは緊張が走る。
範囲と精度が天使の輪によって拡大された探索術によって、嫌な情報がもたらされた。
「サブローさんの心配は当たっていたようです」
「……魔人が来るのね?」
「西野!」
北杜に注意をされ、西野が思わず口に手を当てる。三人の子どもたちは今にも泣きだしそうな顔になっていた。
その三人の頭を、綺堂が順に撫でる。
「なに、安心しろ。ここには私たちがいる」
「いよっ、聖乙女! さすが!」
「茶化すな、東出。まあ君たちがそう思ってくれるなら、聖乙女という名に恥じぬ戦いをしよう。それに……」
綺堂は外を見つめる。サブローたちが戦っているだろう場所だ。
「我々には『魔人を殺す魔人』がついている。世界を救った英雄だ」
「『魔人を殺す魔人』……」
イチジローのもう一つの名を、リクが繰り返した。綺堂が西野に彼らを送るよう命じ、ミコラーシュのもとに向かうことを告げる。
「迎撃準備を整えるぞ。いいな?」
続けて綺堂により、正確な情報を移動しながら集めるように指示をされ、フィリシアは従う。
西野に連れられる子どもたちを一度だけ見て、絶対に守ると決意を固めた。