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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一五三話:進軍



「疲れた……。祭りのあれは巫女をしている私じゃなくて、フィリシアと創星の勇者のおかげだって説明しても、聞いてくれないし……」


 スティナが開口一番愚痴り始める。多くの人に説明して回ったらしく、疲れていた。

 気遣ってイルンが慰め始めるが、逆のような気がする。イチジローと海老澤は先に出発の準備をしているため、ここにはイルンとサブロー、そしてフィリシアとミコしかいなかった。


「まあしょうがないさ。そうそう、フィリシア。あれ見せてあげてくれ」

「はい。どうぞ、スティナ」


 フィリシアがスマホを手に、祭りの動画を見せた。スティナは最初は戸惑っていたが、やがて驚き、そして恥ずかしがる。


「うわ、うわ~、気づかなかった。こんな魔法を使っていたなんて……」

「魔法ではありませんが……とはいえ、タマちゃんの功績です。彼女、こういうことをするのが得意なんです」

「うぅ……私の声、こんなんなんだ。はずかしいぃ~」

「そんなことありません。スティナ、とっても素敵です。あとでこれを再生できる……デジタルフォトフレームがよろしいでしょうか? とにかくいつでも見れるような物を贈りますね!」

「ハハハ。父さんや母さんが知ったら、家宝にしそうだな」

「やめて。も~!」


 スティナが頭を抱えてうずくまる。やはり自分が映っているものを見るのは恥ずかしいのだろうか。

 彼女ならアイドルもやれそうなのに、とサブローは惜しんだ。まあ人妻アイドルというのも倒錯的だが。


「うぅ……くそ。二人が来ただけでこうなるなら、フィリシアが祝祭の巫女役をやれば、もっとすごいことになりそうなのに」

「スティナ。それは…………」


 イルンが咎め、スティナはハッとしてフィリシアを不安そうに見る。その意図に最初は気づいていなかったようだが、やがてフィリシアは理由に勘付く。


「イルン兄さん、気を遣いすぎです。確かに風の里が滅んだ以上、私が祝祭の巫女役を務めることは、もうありませんが……」


 その言葉で、ようやくサブローにもイルンの言いたいことが分かった。地の里で巫女役をスティナが行ったのなら、風の里はフィリシアだったのだろう。風の里が滅んだ以上、もうその日は訪れない。

 そんなフィリシアを思いやり、失言だと気付かせたのだ。スティナの顔が青くなる。

 フィリシアとしては心の整理がついているため、さほど動揺はしていない。けどそのことをイルンたちは知らないのだ。

 だからサブローも踏み込んだ。


「いえ、風の里を取り戻したらやってみましょう。僕が手伝います」

「もちろんあたしも手伝うよ。可愛いフィリシアのためだもん!」


 ミコもこちらの発言に鼻息を荒くしながら同意をした。フィリシアは一瞬間をおいてから、声を出して笑った。


「はいっ! いつかお願いします」


 フィリシアの姿は、イルンたちを安心させるのに十分だったようだ。目に見えてホッとしている。

 もちろん、風の里を復興させること事態は元々やりたかったことだ。サブロー一人だと不可能だろうが、頼れる人たちはたくさんいる。相談しながら、進めていけばいい。


「さすがだね。イルン……このことを手伝うんだから、アンタも死ぬんじゃないよ」

「スティナ……?」


 唐突な話にイルンが目を丸くしていると、背伸びしたスティナが唇を重ねていた。フィリシアやミコと目配せして、離れるべきか迷う。

 しかし夫婦のスキンシップはすぐに終わり、スティナはこちらに頭を下げてくる。


「イルンを……私の旦那様をお願いします」

「お、おいおい。オレは後方だし、前線に出るサブローたちや、部隊を指揮するアルバロやクラウディオの方がよっぽど危険だぞ」

「だとしても忘れないで。イルン、あなたが私にとって、一番大事ってこと」


 スティナの瞳に気圧され、イルンは言葉を失くしていた。サブローは微笑み、当然引き受ける。


「僕の目の届く場所で、誰も殺させません」

「アニキが目の届かない場所は、オレがフォローする。聖剣のはしくれだからな」


 それまで黙っていたくせに、創星は頼もしいことを言ってくれた。頼りにしている、大事な仲間の一人だ。


「……ありがとう。フィリシア、ごめんね。なんか無茶を押し付けるようで」

「いいえ。逆の立場なら、私も同じことをしました」


 よし、とスティナは両頬を叩いて気合を入れる。いつもの活発な表情に戻し、ニッと白い歯を見せた。


「じゃあ、気合を入れてきなさいよ! ちょくちょくこっちに戻って、女子トークをしないと許さないからね。フィリシア、ミコ!」


 スティナに叱咤激励され、フィリシアもミコも力強くうなずく。苦笑しているが、イルンはとても楽しそうだった。




「居たな、カイジン・サブロー。余が戦場に赴くのはまずいから、国に帰らざるを得ない。将軍を送ったから、用事があるなら言いつけるがよい」


 サブローが準備でバタバタとして一人になった頃、ヴォルガと並んで現れたパルミロは残念そうに言いきった。それはそうだ。国王を最前線に送る国がどこにあるというのか。

 それにしても懐の広い王である。精霊術一族の兵はまとめられ、実権を一番大きな国である水の国が持てそうなのに、ちゃんと立場を対等にしてある。

 明らかに国力の差があるため、身内から不満があがりそうなのだが、その様子もない。なんらかの根回しをしていたのだろう。


「しかし族長自身が戦場に赴くとか、命知らずだな。ヴォルガ」

「ぬかせ。わしらが火の一族と知っているだろう。強い者が上に立つ! 単純、明快。これがすべてよ!」


 大口を開けて笑うヴォルガを、パルミロはため息を吐くだけで特に口を挟まない。むしろ少しだけ羨ましそうに見えた。


「わしらは上が先頭に立つ習わしだ。水の国は違うのだろう? ならそれでいい。特にお前は頭が優れている。前に出ないほうが、お前たちの国のためになるだろう」

「ふん。素直に褒められると不気味だが、悪くはない。余を褒めることを許す」

「……こいつはいつもこうだ。勇者も苦労しているだろう」


 ヴォルガはそういって自分の持ち場に戻った。サブローもパルミロに礼を取ってから、離れ始める。


「勇者カイジン・サブロー。そなたに頼みたいことは山ほどある。必ず戻れ。王命である」


 乱暴だが、生きて帰れと言ってくれたのだ。サブローは了承し、再会を胸の中に誓った。




 イ・マッチは自分の軍へと向かい、現地で集合となった。

 サブローたちは精霊術一族と一緒に移動し、国境付近の砦でガーデンの小隊と合流することになっている。水の国の将軍、イルン、火の族長とそれぞれの部隊を指揮し、進軍していく。

 魔人の反応はいまのところない。結構な人数であるため、広い草原を進んでおり、怪しいところは見当たらなかった。実に平和である。

 アルバロが馬を寄せて、サブローに声をかけてくる。


「しかし不思議だな。こういう時に警戒しないといけない魔物は、とんと現れない」

「ああ、それは僕らのせいです。魔物は魔人の気配を警戒して近寄りません。……って、前も話しましたっけ?」

「そういえば最初に地の里に来たとき、聞いた気がする。となると合流予定地まで安全だな」

「そうとも限りません。気配を無視する魔物もいますし。油断せずにいてください」


 アルバロは納得しつつも、緊張感を持ったようには見えない。彼らの物語に伝わる魔王と戦うというのに、いい度胸である。

 とはいえ、同時にそれは戦場慣れをしていることだとも思った。人同士での争いはともかく、魔物との大規模なぶつかり合いは何度か経験したと聞いている。

 気を抜くべきところをわきまえている雰囲気を感じ取った。


「弟殿! こちらは異常がありませんでした!!」


 大きな声に驚いてサブローは振り返る。もっとも、魔人の視界は相手が誰か把握していた。

 ゾルガが背筋をピンと伸ばして報告を済ませた体勢で固まっている。


「はい、こちらも異常はありません。火の族長にもそうお伝えください」

「かしこまりました! それでは失礼します!!」


 きびきびと動いて元いた部隊へと戻っていく。確か火の一族は兄がついているはずだ。


「……たった三日で変わるものだな」

「兄さんの訓練……というかいびりはガーデンの精鋭でも一日で心が折れると聞いています。ゾルガさん、あれでよかったのでしょうか?」

「火の族長は喜んでいるし、構わないんじゃないか? サブローは受けなかったのか?」

「とくには。けど兄さん、自分は厳しく訓練をつけるのに、逢魔時代の訓練は禁止しています」

「そりゃそうだ。あんな変態訓練、お前と鰐頭しかせんわ」


 話を聞いた隣の海老澤が言いきった。彼も地の一族軍に同行しており、女性がいないことに文句を垂れていた。

 女性の戦士階級がいる火の一族の方に何度も行こうとしているので、サブローが厳しく監視をしている。

 ちなみに、フィリシアとミコは水の国の将軍との連絡を請け負っている。


「変態訓練……どんなことをしていたんだ?」

「たいしたことはしていませんよ。負傷状態での立ち回りの訓練として、腕や足の骨を外した状態でいろいろやっていただけです」

「いやさすがにどうかと思うぞ。それ」


 アルバロにさえ引かれて、サブローは落ち込んだ。あの訓練があって今の自分が居るのだと自信をもって言えるのだが、誰も肯定してくれない。少しめげそうである。


「鰐頭さんに会いたくなってきました……」

「やめろ。あいつがイチジローと同僚になったら、お前の教育方針で衝突して、ガチ殺し合いをする」

「僕は手のかかる子どもですか!?」

「子どもかどうかはともかく、手はかかりそうだな!」


 アルバロにまでからかわれ、サブローは地面にのめりこみそうになるくらいへこんだ。竜妃と相性のいい戦い方を教えてもらったというのに、散々である。

 どうにかサブローは気を取り直して前を向くと、不穏な動きを発見する。


「アルバロさん。魔物に追われている集団を発見しました」

「マジで? ……俺の方でも確認したぞ、アルバロ」


 魔人二人に言われ、アルバロは顔を険しくする。周囲の状況をさっと確認してから、手を前に出す。


「サブロー、エビサワ、彼らを助けてもらっていいか? 砦にたどり着くまでに、不穏な要素は減らしておきたい」


 サブローたちは無言でうなずく。トラブルの種をつぶしておきたいのは当然だろう。

 イルンへの伝令を出してから、一部部隊を先行させるとアルバロが手順を簡潔に話す。

 手際の良さに感謝をしてから、サブローと海老澤は急いで助けに向かった。



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