一五二話:『ただいま』を言いに
「ぬぅ、わからぬ。わからぬ!」
家族と合流したサブローたちの前に、自称遊び人のパルミロが現れて唐突に疑問をぶつけてきた。いったいどうしたのだろうかと見守っていると、がっしりとサブローの両肩を掴んでくる。
「なぜ今回の精霊王の祝祭がこんなに盛り上がっているというのだ? 水の国でも今頃開催しているだろうが、おそらくここまでの祝福は引き出せていないだろう。えぇい、どうなっている!?」
「カイジン・サブローくんを掴んでいるあたり、本当勘が良いね。お察しの通り、彼とフィリシアくんが精霊王のお気に入りだから、色を付けてくれたみたいだよ」
「やはりか! 勇者カイジン・サブロー、そしてフィリシア! 来年は水の国で精霊王の祝祭に参加せよ! 地の里ばかりずるいぞ」
あまりにも必死な姿に呑まれ、サブローとフィリシアは頷くしかなかった。答えをくれた古代竜は「なら来年は水の国に行くかな」と機嫌よさそうにひとりごちている。
「無論、ハヤシや子どもたちも招こうぞ。今度は我が国を満喫すると良い」
「お誘いありがとうございます。来年、あなた様の心変りがなければ承りたく存じます」
園長が社交辞令なのか、本気なのかわからない返事をする。ただパルミロは満足そうにしていた。妙に素直な王様である。
「ほほう。創星の勇者が居れば精霊王の祝祭は盛り上がるのか。良いことを聞いた。水の国の後、うちでも頼む」
火の族長であるヴォルガが娘のソウラを伴い、男くさい笑みを浮かべて近寄ってくる。施設の家族が怯えて背中に隠れるが、人はいいのだとフォローをしておいた。
「そうだよ。ヴォルガのおじさんはおにいちゃんの言う通り、顔は怖いけどやさしいんだよ!」
悲しいことにマリーの発言は逆に傷つけるだけだった。うなだれるヴォルガになんて声をかけていいのか、サブローにはわからない。
身内であるはずのソウラはお腹を抱えて笑っている始末だ。
「ま、まあ顔の怖いおじさんは引っ込んでおこうよ。お父はどう見たって悪人面なんだし」
「容赦……ないなぁ」
イチジローが憐れみを込めて呟いた。ゾルガはともかく、兄であるヴォルガの印象は悪くないようである。
しかし相手側は違うようで、イチジローを見る目が厳しい。ゾルガの件では納得しているので、サブローは原因の娘へと視線を移動させた。
「それでイチジローはどうするの?」
「ん~ここで別れてゾルガたちの様子を見てくるよ。……サボっていたら容赦はしない」
「ならあたいもついていくよ。身内の不始末だし」
そういってソウラはしなをつくってイチジローと距離を縮めた。今の彼女は着飾っており、先日見かけたときよりもグッと女性らしい。
格好といい態度といい、鈍さに定評のあるサブローでも意図が読めた。だというのに、イチジローはわかっていない様子である。
「あんまり見ていて気持ちのいいものではないんだがな。まあ別にいいか。夜道は危ないし、帰りも送るよ」
「あら? ちゃんと女扱いしてくれるんだ。ふふふ……」
「扱いもなにも女の子だろう。それではヴォルガさん。ソウラをお預かりしま……」
「い、いかーん!!」
ヴォルガが絶叫し、イチジローはびっくりして目を丸くした。ソウラが鬱陶しそうにするが、彼は構わず兄と顔を突き合わせる。
「あの、弟さんのことは同意だと聞いていたのですが……」
「んなことはどうでもいい。あのバカにはいい薬だ。ソウラのことだ!」
「ソウラのこと……? 連れていくことがダメと言うのなら、従いま……」
「ちょ~~~~っとバカお父! なに余計なことを言ってんのさ!」
「余計なこととはなんだぁ!? だいたい色気づきやがって! お前には十年早い!!」
「バッ……バカ~! 本人の前で言うことはないじゃん! あったまきたぁー!!」
ソウラとヴォルガが取っ組み合いを始める。さすがに精霊術を使わない理性は残っているが、かなり本気の組手である。
一方、話題の中心でありながら、置いてけぼりを食らった兄は宥めようとおろおろしている。なぜこうなったかわかっていないのだ。
もどかしいながら、以前の自分もああだったのだろうかとサブローは自省し、思わずため息が漏れた。
「まったく。風の族長に娘にかまいすぎだと忠告しておきながらこれだ。人のことを言えん奴だ」
パルミロが呆れて言い捨てたが、クルエへの態度を覚えているサブローは心の中で、あなたもですよ、とツッコんだ。
もちろん、口にすることはない。そんなサブローに、園長が楽しそうに話しかけた。
「賑やかでいいですね。こちらでもサブローはいい人たちに囲まれています」
「……はい。みなさん、親切にしてくれてとても助かっています」
素直に胸の内を明かす。この世界で出会った人たちは、自分にもったいないくらい良い人ばかりであった。
そのことを園長に伝えられて、サブローは嬉しかった。
翌朝、園長を始め、施設の人間が日本に戻る日がやってきた。
ただサブローたちガーデンに所属している人間は、そのまま国境の砦で待機しているガーデンの部隊と合流することになっている。
都合がいいので、イルンたちと一緒に向かうつもりだ。
「これでしばらくは会えませんね」
「大丈夫ですよ、園長先生。逢魔の首領を倒して、日本に戻ります」
「信じています。決して無理をしてはいけませんよ。よろしいですね?」
別れを惜しむ園長に、サブローは穏やかに確約した。自分たちが戦いに赴く際はいつもこの調子で、彼女に心配をかけていることをすまなく思う。
「イルンさん、サブローのことをよろしくお願いします」
「むしろオレたちがお世話になる方です。ですが、なるべく力になるように努力します」
誠実なイルンの態度に園長は感謝を伝えた。彼女にとってはいつまでも子どもなのだろう、とサブローは少しだけ恥ずかしいながら、悪い気分ではない。
「またうちに来てください。いつでも歓迎します」
「そうですね。ペルペトゥアさんに案内していただいた遺跡は、サブローが一番喜びそうですし」
ペルペトゥアはアルバロやクラウディオの母親で、地の族長の第三夫人だったと思い返す。
会議の日に家族を相手してもらっていた。園長の言う通り、遺跡を見て回るということで羨ましいと思った。
そんなイルンと園長の話を耳にしたフィリシアが、サブローへと顔を向ける。
「そういえばサブローさん、城跡とか大好きですよね。遺跡もそうなんですか?」
「はい。歴史のロマンを感じます」
「けどサブが行きたがる城跡って……なにもないよね? 山の中で城跡についたと喜んだときは、ちょっと驚いた」
「師匠さんもですか?」
「……あたしは子どものときの話だけど、フィリシアはついていったの?」
「誘われたので。私も城跡なんて判別できなかったので、ピクニックみたいな形になりましたけど」
フィリシアの感想にサブローは愕然となった。てっきり楽しんでくれていると思ったのだが、今の反応は芳しくない。
隣の海老澤が話を聞いて、呆れた態度を隠さなかった。
「お前……女をそういうのに誘うか? 歴女ならともかく、普通の女が整備もされていない山の中や、なんの変哲もない公園に連れてこられて喜ぶわけないだろう」
珍しく正論なので、サブローは肩を大きく落とすだけだった。あれは失敗だったと認めざるを得ない。
しかし会話の中に疑問があったのか、フィリシアが口を出す。
「公園? エビサワさん、それはどういうことですか?」
「城跡の一部が公園にあるって、こいつがはしゃいだことがあった。そん時はじじくせー趣味だと思ったけど」
「じ、ジジ臭い……」
サブローは追い打ちをかけてくる海老澤を恨みがましく見て、結局なにも言えずにいた。
その姿を哀れに思ったのか、イルンが慰め始める。
「まあまあ。趣味ってのは長い時間をかけて理解してもらうものさ」
「……でもサブの趣味って俺もついていけなかったんだよな。なのに本人は無趣味だと思い込んでいたし」
ぼそりとイチジローが悲しい事実を教えてくれる。後でこっそり泣こうと寂しく決意をした。
そんなサブローにお構いなしに、タマコがフィリシアの手を握る。
「本当にフィリちゃん、気を付けてよ!」
「大丈夫……とは言いきれませんが、今の私は無敵です。信じてください」
「うん、信じる! せっかくサブお兄ちゃんといい仲になったんだから、怪我して夏祭りに参加できないなんて、許さないからね!」
「あ、そうでした。いつが夏祭りなのか教えてください。これにメモします」
そういってフィリシアが取りだしたのはスマホだった。タマコに言われるままの日付に、スケジュールアプリで予定を入れる。
ここ一ヶ月のフィリシアは急速にスマホの扱いを学習していった。もうかつての機械オンチの姿はない。置いてかれたミコは頼りっぱなしである。
SNSも活用し、よくサブローに連絡を入れていた。タマコいわく、サブローがSNSを使い始めたため、真剣に取り組むようになったとのことだ。
こちらは仕事に活用しているだけだというのに。
「あ、フィリちゃん。昨日のスティナさんの歌、撮っておいたからデータ送っておく?」
「お願いします」
手際よくデータのやり取りをする二人を、イルンやミコは不思議そうに見ている。スマホに馴染みのないイルンはともかく、ミコの反応はどうだろうか。現代人とは思えない。
それはともかく、データを受け取ったフィリシアはイルンに動画を見せた。
「おおっ!? 祭りの時の……いつの間に」
「タマちゃん、写真も動画も撮るのが上手いんですよね。私が撮るとブレブレなのに……」
「まあ趣味がこうじてって奴。あとでスティナさんにも見せなよ」
祭りの件でいろんな人につかまっているスティナは、後でイルンに会いに来る予定だった。タマコはそのことも気遣っていたようだ。
できた妹で本当に助かる。イルンに感謝を伝えられ、タマコは照れていた。
「おにいちゃん……」
珍しく不安そうなマリーが、サブローにギュッと抱き着いてきた。その頭を優しく撫で、続きを待つ。
「絶対戻ってきてね。夏祭り、いっしょにまわるもん」
「はい。僕もマリーたちと一緒の夏祭りが楽しみです。無事で戻ります」
「ぼくも楽しみにしているんだな。でも、本当に無茶をしないかは怪しいんだな……」
「無鉄砲だしね。フィリシアさんやミコさんにちゃんと見張ってもらわないと」
「アリアは相変わらずサブローさんに厳しいですね。まあでも、ぼくも同じ意見ですけど」
「またサブローにいちゃんにはまた鍛えてもらわないといけないしなー。おれ、あのメニュー簡単になってきたよ」
風の一族の子たちが各々声をかけてくる。いまいち己の威厳が感じられず、サブローはまたも落ち込み気味になった。
とはいえ、心配してもらえることは素直にうれしい。気合を入れ、絶対生還することを心に誓う。
「ではサブロー。私たちは戻ります。御武運を」
園長が締めの言葉を送る。名残惜しそうな相手に、瞳に力を入れて大きくなずく。
「僕は必ず『ただいま』を言いに帰ります。期待して待っていてください」
曇りない笑顔で断言した。
首領を倒す。その理由はもう変わっているのだと、家族の顔を見てサブローは気づいたのだった。