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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一五一話:精霊王の祝福



◆◆◆



 精霊王の祝祭が行われる頃、元王城の玉座で一人、骨だけの化け物が憤怒に身を震わせていた。


「どいつもこいつも……!」


 逢魔の首領と異世界で呼ばれ、己の世界で魔王を再び名乗った男は、ままならない現実に打ちのめされていた。

 現状、魔王軍はじり貧の戦況を抱えていた。魔物を操る心操の術を解除できるというのは確かに予想外だった。だが人間への殺意が高い種族なら、術が解かれた後も暴れまわるため、支障はなかった。

 問題は、最大の戦力と当てにしていた魔人だ。よりにもよってガーデンまでこの世界に来てしまい、勇者たちと綿密に連携をして、魔人の数が減ってしまった。

 天使の輪や『魔人を殺す魔人』でさえ厄介だというのに、A級魔人である海老澤が寝返り、竜妃も死に、ピートまでやる気をなくして散々な状態だ。

 逢魔の首領は焦っていた。五百年前よりも状況が悪い。今回は敵が多すぎる。

 かといって逃げることはできない。異世界に渡ることができる竜妃は死んだ。元々協力的ではなかったが、対価さえあれば相応の返しはする女だ。その保険がない。

 だいたい、海老澤はなぜ裏切っているのか。魔人の居場所は逢魔にしかないはずだ。この計算違いが腹立たしい。


「まだだ、まだ終わらん……」


 首領は窓辺に立ち、顔を上げる。外には城に抱き着いているような、巨人の骨があった。

 操った一つ目巨人の魔物(サイクロプス)を使い、ここまで持ってきた。後は自らの魂をこの巨人に移すだけだ。


「私は世界が選んだ存在なのだ。こんなところでつまづいてたまるか!」


 妄執をにじませたひとり言を漏らす。忌々しい月は三つ浮かんでいた。




「魔王様もここのところ機嫌が悪いのう」


 好々爺然とした男、ラセツが顎先を撫でながら楽しそうに告げた。場所は長廊下の一つ。たまたま生き残りの七難が集まったため、なんとなく声をかけてみたのだ。

 舌打ちが一つ聞こえる。アッキが忌々しそうに顔を歪めていた。


「いったいどうなってやがる。俺らはともかく、雑魚の魔人どもは蹴散らされているじゃねえか。たかが人間に!」

「思った以上に厄介な相手を呼び込んだようだのう。魔王様は」


 言葉の内容とは裏腹に、ラセツは喜びを抑えきれていない。噂の『魔人を殺す魔人』とはまだ出会っていないが、天使の輪を使う何人かの相手はしていた。手痛い攻撃を受けたが、とりあえず迎撃に成功している。殺していないことも、喜べる材料であった。

 特にキドウとかいう女の相手は良かった、とラセツは頬を緩める。


「バトルジャンキー。これからが楽しみで仕方ないってかんじね。あー私はやだ。もっと現世を楽しみたいわー」

「はん。戦いたい奴は気が済むまでやればいい。俺は降りたいね」

「なら降りればいいのではないかのう?」


 ラセツが問うと、アッキは不機嫌そうに鼻を鳴らした。少し意地が悪かったかと内心反省する。

 魔人である以上、ここ以外に居場所はないだろう。力という蜜を隠して暮らすのはまっぴらごめんだ、と考えているに違いない。

 アッキに限らず、ほとんどの魔人はそう思っている。力をふるえなくなるだろうガーデンに身を寄せるなど、考えもしない。

 まあ、ラセツもその点に関しては同類に近い。ただ望むものが違うだけだ。


「あたしは降りないよ。ふふ、愛しい愛しいあの人は、きっとここにくる」


 カセがうっとり陶酔した顔を浮かべる。想っているのは、かつての創星の勇者に似た少女のことだろう。

 昔からその性癖を知っている一同はうんざりした。猟奇的なところはともかく、しつこいのだ。

 ヒが少し距離を取り、壁に体重を預けてため息をついた。


「ねえ。いっそのこと魔王様を殺っちゃって、逃げちゃう?」


 プランとしては悪くない。元々魔王に心酔して集まったわけではない。ただ互いに利用できるから、しているだけである。都合が悪ければ切り捨てるだけだ。

 とはいえ、ラセツとしては魔王を生かして、活きのいい連中を呼び込んでほしかった。静かに首を横に振り、却下する。


「オンゾク。おぬしはどうかのう?」


 ラセツがさっきから黙しているオンゾクに声をかけるが、いつもの「世界救済」に類することを口にする様子はない。静かに窓から月を眺め、ゆっくり口を動かす。


「もともと魔王を正しいとは思っていない。されど、その力を利用すると決めた。我は間違ってでも己が目的を果たす道を選んだ。ここで滅ぶというのなら、本望だ」


 会話になったことにアッキたちは驚いていた。ラセツだけはオンゾクが意外と思慮深い性格であることを把握しているため、動揺はしなかった。


「チッ、結局一蓮托生ってことか。さすがに一人だとガーデンとか言うのに狩られるし」

「魔王様が死んだら、そういう生活も悪くないのう」


 クク、と喉を鳴らす。ラセツは城の外を見下ろし、はるか遠くにいる強き人間たちのことを思った。



◆◆◆



 精霊王の祝祭はピークを迎えていた。サブローたちは儀式が行われる広場へと訪れる。

 一大イベントのため、里中の人が訪れているのではないかと思うほど混んでいる。中央にはやぐらに似た物が存在していた。フィリシアが言うには、儀式用の簡易的な祭壇であるようだ。

 祭壇は魔樹で組まれた物らしく、光り輝いてとても明るい。中央には花が大量に置かれている。

 そこまで確認してから、サブローは自分たちに近づく知り合いに気づいた。


「やあ、カイジン・サブローくん。ボクたちも一緒に見学をしていいかい?」


 古代竜とイ・マッチがそろって申し出る。イ・マッチが相当頑張ったのか、露出は抑えられた格好だ。

 これなら子どもたちにも問題が出ないため、こころよく引き受けた。


「猫のお兄さん!」

「はい、そうですよー。猫のお兄さんです」


 群がる下の子たちを、イ・マッチは可愛がった。すっかり懐かれている。安心して任せたサブローが目を凝らすと、園長たちやほかのグループの子たちも集まっていた。

 人の多い現在では合流できないが、儀式が終わった後なら大丈夫だろう。大人しく始まりを待つ。

 やがて壇上にいる地の族長が前に出て、しんと周りが静まり返った。サブローも不思議そうにする子どもたちを大人しくさせ、続きを待つ。

 地の族長はやがて今年一年の恵みを精霊王に報告し、感謝をささげた。地の里の住民も倣って手を胸の辺りで組む。フィリシアも同じであったため、自分たちも真似をした。

 やがて地の族長に顔を上げるように言われ、従う。彼はそのまま後ろに控え、一人の美女が入れ替わるように姿を見せる。

 地の次期族長、イルンの妻であるスティナだ。彼女は白い民族衣装に身を包み、厳かな雰囲気をまとっている。スッと顔を上げ、透き通った声で歌い始めた。

 ポン、と太鼓をたたく音が聞こえる。奥では同じく民族衣装で着飾ったイルンが、打楽器を叩いていた。笛の音も続き、綺麗な音楽を奏で始める。

 精霊術に伝わる歌なのだろう。気分を落ち着ける優しい音色だ。

 サブローたちが聞き惚れていると、やがてやぐらが輝き始める。魔樹がより反応して光を発しているのかと思ったが、魔人の視界は花の山が輝いているのを知らせてきた。

 不思議に思っていると色とりどりの花が浮かび上がり、輪になって広場の上空を回り始めた。

 歌の歌詞が呪文を発動させる詠唱か何かなのだろうか。今の光景はとても幻想的だった。施設の家族など感動して目が釘付けだ。

 それにしても歌う前は静寂に包まれていたのに、今は少し話し声が聞こえる。歌の途中なのにもう喋っていいのだろうかと疑問を抱いていると、マリーがポツリとつぶやいた。


「花……いつもより輝いていない?」


 問われたフィリシアも、首をかしげている。イ・マッチも頬をかきながら、声を抑えて相談してきた。


「私は水の国で精霊王の祝祭に招かれたことがありましたが、ここまで花は輝いていませんでした。もっとささやかな、淡い光で、動きもここまで激しくありません」

「……風の里でも、何年か前に地の里と合同で行われたときも、そんな感じでした」

「異常事態ということか?」


 イチジローが警戒心をわずかに見せ、尋ねてきた。イ・マッチもフィリシアも確信が持てない様子だったが、話に入ってきた創星と古代竜が答えをもたらせる。


「いや、これは精霊王のはからいだ。粋な真似をする」

「カイジン・サブローくんやフィリシアくんが居ることを、とても喜んでいるだけだね。気にせず楽しみたまえ」


 おそらく精霊王の意思を確認できるであろう二人が保障するのなら、そうなのだろう。

 創星はその態度で、古代竜は困った性格で、それぞれ信頼度が落ちている状態ではあるが。

 それにしてもいつもの祭りと様子が違うのに、演奏も歌も途切れさせないイルンたちはさすがである。

 やがて歌は盛り上がり、終わりが近づいてきたのを予感させた。同時に空を舞う花も一層輝き、昼かと見まがうほど地の里を明るく照らす。

 これにはさすがのスティナやイルンも驚いたようで、手も歌も止めないが、驚愕の顔で見入っていた。

 光は収まり、夜空を取り戻した後、雪のように花が舞い降りてくる。ぼんやりと光った花弁がふわふわと降り注ぐ光景は、とても美しいものに感じた。

 スティナが歌を終え、精霊王への感謝を示し、儀式は終わりを迎えた。同時に万雷の拍手が鳴り響く。祭りに訪れた人々はみな、感動に酔いしれていた。

 なぜこんなことが起きたのかわかっていないスティナは一瞬戸惑ったものの、すぐに態度を繕い手を振り続ける。どうやらこの祭りは大成功のようだった。



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