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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一四九話:鬼のイチジロー



「なんだか騒がしいですね」


 イ・マッチは普通の格好で落ち込んでいる古代竜を連れて、里の一角が騒がしいことに気づいた。

 精霊王の祝祭を前にして全体的に浮ついた空気ではある。だが、漂ってくる騒がしさは種類が違うように感じた。

 揚げ菓子をかじりながら、ピンと耳をたてて周囲を注意深く見まわった。


「むぅ……マッチ。とんでもないことになっているよ」

「エン様。それはどうい……」


 言葉を途中で切ったのは、原因を発見したからだ。イチジローが男を片手に怒り心頭の状態であった。イ・マッチは顔を青ざめて古代竜を仰ぎ見た。

 彼女は頭を左右に振ってから、さわやかな笑みを向けてくる。


「見なかったことにして宿に戻ろうか」

「そういうわけにはいきません。エン様、行きますよ」


 だいぶ威厳が落ちてきた神獣の首根っこをつかみ、現場へと引きずっていく。半獣族の高い視力を駆使して、より詳しく観察をした。

 イチジローが吊り上げている男は、火の一族で評判の悪い男だ。いったいどんな行為で、喧嘩を売ってはいけない男の逆鱗に触れたのか。

 調べて場合によっては介入しないとならない。それには古代竜の力が必要だ。


「嫌だやめてくれ。敵対なんて恐ろしい」

「敵対するとは限らないでしょう。わがまま言っていないで、行きますよ」


 普段のイチジローなら古代竜もこんな反応はしない。しかし竜妃に勝るとも劣らない彼と戦うという選択は、なるべく取りたくないものなのだろう。

 イ・マッチもイチジローが発する刺すような殺気を肌で感じながら、戦いにならないように慈悲の神獣に祈った。




 腕の力を緩ませ、相手が喋りやすいようにする。せき込んでいる姿を冷たく見届け、イチジローは再度促した。


「話せ。お前、フィリシアちゃんになにをした?」

「は、話すもなにも、さ、さっき言ったとおりだ! 信じてく……」

「だとしたら言ったのか? あの娘に、滅んだ一族がいたら邪魔だって。足を引っ張るなって!」


 イチジローのはらわたが煮えくり返った。相手は地雷を踏んだとようやく気付き、パクパクと酸素を求める金魚のように口を動かした。


「フィリシアちゃんもサブも優しいからな。その腕の怪我だけで済ませたんだろう。だが俺は違う。死ぬだけでは済まさないぞ」

「こ、殺さないって、あの、男に言ったじゃないか!」


 耳ざといらしいい。襟をねじ上げる。


「ああ、そうだった。殺すのはまずいんだった。ありがとうな、思い出させてくれて。……おかげで死ぬなんて生ぬるい方法はとらずに済みそうだ」


 イチジローが感謝を述べると、ゾルガは短く悲鳴をあげた。腕に力を込め、筋肉質で大柄の男を空へと投げ飛ばした。

 悲鳴が尾を引いて遠くなっていく。イチジローは冷静のその姿を見届け、落下地点となる場所に立った。


「ひ、人を投げ飛ばした!?」

「あー……兄弟で同じことをするのな」

「サブローもやったのか? あれ」

「あいつは人を傷つける拷問とか嫌っていたから、ああやって心だけを折る手段を使っていたんだ。まあ触手つかってだいぶ上から減速させて、傷をつけないようにしていたけど……」


 落ちてきたゾルガの足を、地面に激突する直前につかみあげる。足首の骨が落下の衝撃を受け止め、軋んでいた。

 ゾルガは落下の恐怖と足の痛みで言葉にならない悲鳴をあげる。股間が濡れ、鼻水と涙でぬれた顔に黄色い液体が混じった。


「普通はああなるわな。痛そ」

「ありゃもう終わったわね。精神的な意味でも、火の一族の立場的な意味でも。えげつない……」


 ソウラが一連の流れを見て遠い目をする。どこか清々したようにも見えたのは、周りの勘違いでもないだろう。

 一方、他の火の一族の反応は様々だ。


「人を軽々と投げたぞ。あれが本来の魔人なのか?」「おれたちが戦ったあのサメの魔人とは格が違う」「少し手合わせをしたいな」「ゾルガの奴はいい気味だ」


 ゾルガを心配する声はまったくあがらなかった。取り巻きとして追従していた連中も遠巻きに見ているだけである。

 人望のない男だと見下ろし、イチジローは冷たく言い放つ。


「これで終わりとは思っていないよな?」

「あ……あぁあぁぁあああぁぁぁぁああぁっ!!」


 ゾルガが逆さまに吊られたまま、発狂したように叫んで火の精霊術を使い始めた。イチジローは上半身に炎を浴びる。

 無防備に受け入れたそれは、(ミコ)と比べると温い。空いている片手でまとわりつく火を払い、無傷であることを見せつける。

 ガーデン特性の制服は対火能力も高い。とはいえ、焦がすこともできないとは拍子抜けもいいところだ。

 族長の血縁と言えばフィリシアやクラウディオのように、精霊術が巧みな印象があったが、目の前のゾルガはたいしたことがなかった。


「戦力にならないのはどっちだよ」


 再び投げ飛ばし、恐怖を味わわせる。フィリシアを襲う計画まで立てていたのだ。ただで済ませる気はない。


「容赦ないな。怒ったイチジローがここまでするとは……なあ、エビサワ」

「いや、敵対しているときのあいつはだいたいあんなんだったよ。サブローが戻ってきたせいか、最近は穏やかだったけど。あー懐かしい」

「……あの人、魔人と敵対しているとき並に、イチジローさんを怒らせたのですか?」

「うわっ!? 相変わらず急に生えてくるな、イ・マッチ!」

「……生えてくる、の部分に抗議をしたいのですが、先に詳しい状況の説明をお願いします。海老澤さん」


 視界の端には駆けつける古代竜も入っていた。彼女はこちらの視線を避けている様子だ。もっとも、いまのイチジローにはどうでもいいことだ。

 激突すれすれのタイミングでもう片方の足をつかみ上げ、痛みを与える。しかし残念なことに、ゾルガはそのあと気絶をしてしまった。目を覚まさせるための水を探して視線を彷徨わせる。


「おやおや。まだやるつもりかい?」

「エン様。この馬鹿は俺の前でフィリシアちゃんを襲う計画まで立てたんだ。ただでは済まさない……あ、お前とお前とお前。残っていろよ。逃げたらこいつ以上の苦痛をくれてやる」


 ゾルガと笑い合っていた連中にくぎを刺す。顔を青くさせているが、こちらの怒りは収まらない。

 怒気をまったく隠さないイチジローを、古代竜は宥め始めた。


「うん、イチジローくん。落ち着こうか」

「常に落ち着いている人に、落ち着かない今の俺の気持ちがわかるもんか!」

「あーうん。君が怒ると支離滅裂になるのはわかった。誰か園長を呼んできて」

「残念ながらエン様。彼女はクラウディオに連れられて、遺跡案内を子どもたちと一緒に受けています。行けずに残念がっているサブローさんが印象的でしたね」

「なるほど。これは詰んだな、ハハハハハ」


 自棄になっている古代竜を、胡散臭げに見ていたソウラがイ・マッチに質問をする。


「えーと……イ・マッチ様は確か護暁の勇者でしょう。止めたかったらやれるんじゃないの?」

「いえ、無理です。ラムカナさんならやれるでしょうが……」

「あードンモのおっさんなら出来るわな。あれはちと別格だわ」

「最強の勇者でようやくか。どんだけだ」


 アルバロがすこし面倒な笑みを浮かべていた。好戦的な彼が手合わせをしたい、という欲望を出している顔である。

 イチジローはため息をつき、水が見つからないため片手のゾルガを連れてアルバロの前に立った。


「アルバロ、頼みがある。こいつの足を治してくれ。あと着替えも」

「ん? いいのか?」

「ちょっと性根を叩き直す。そのためにケガを負っているのは煩わしいだけだからな。おい、お前たちもだぞ」


 こっそり離れようとしていた取り巻きに声をかける。血の気の引いた顔を男たちを店の中に入れる。


「まずは店の片づけだ。そのあと訓練場に連れていく。ただで済むと思うなよ」


 全員の顔を覚えたことを告げ、逃げられないことを知らせる。キリキリ男たちを働かせていると、ソウラが声をかけてきた。


「ねえねえ、イチジローさん。あたいもついていっていい? ちょっとあんたに興味が出てきた」


 変な子だと呆気にとられながらも、イチジローは承諾した。別に特別なことをしようというわけではない。

 ただ、ガーデンのエリートたちでも根をあげるようなしごきをするだけだ。眼を細めつつ、男たちの背を厳しく監視するのだった。



◆◆◆



「……ということがありましてね」


 イ・マッチの説明に、訓練場へと連れてこられたサブローは顔を引きつらせるのだった。

 ちなみに精霊術の会議はあっさりと終わっている。やることは魔王軍との戦いに参加を表明することと、細かい打ち合わせ程度であり、話を阻害するものも居らず、平和にまとまったためだ。

 退屈したため、眠りこけたマリーを抱っこしながら会議場を出たとき、イ・マッチが報告に現れたのだ。サブローはフィリシアを着替えに戻らせ、ミコにマリーを託してからヴォルガとともに訓練場へやってきたのだ。

 地の里の訓練場ではイチジローがゾルガを始め、数人の見慣れない男を相手に怒鳴り散らしている。


「あ、お父さん。会議は終わったの?」

「おう。特に問題なくな。それとこっちは創星の勇者カイジン・サブロー。俺の娘のソウラだ」


 ヴォルガに紹介されたソウラと挨拶を交わし、アルバロと海老澤が手を挙げているのを確認して、再び兄へと視線を移動させた。


「ソウラ。こりゃどういうことだい?」

「あーゾルガがいつもの調子でフィリシアの悪口を言っていたのよね」

「…………自分が悪いってのに懲りねえ奴だ」


 呆れているヴォルガをよそに、サブローは愕然としてしまった。あの兄に聞こえる形で家族をバカにするなど、命知らずもいいところである。知らなかったでは済まされない。

 ガーデンで鬼と恐れられたイチジローの訓練が目の前で繰り広げられている。しかも鍛えるためではない。ただ心を徹底的に折るためだけを目的としたものだ。

 そんなサブローの顔色で察したのか、ヴォルガが気を遣ってくる。


「おう、カイジンサブロー。止める必要はないぞ。あいつにはいい薬だ。魔人との戦いでも真っ先に逃げて恥をさらしていたしな」

「そ、そういう問題では……」

「そうだな。サブローが心を痛める必要はない。あいつら、よりにもよってフィリシアを襲う話までしていたからな」


 アルバロが嫌悪から吐き捨てる。さすがにこの情報はサブローもムッとした。今追い打ちをかける気はないが、現場に居たら自分もなにをしていたかわからない。

 その様子を見た海老澤が、驚いたように軽く目を見開く。


「お前でもイラッとするんだな。前ならゾルガって奴に拝み倒して、それでも話を聞かないようなら自分がフィリシアの護衛についていたろ。降りかかる火の粉なら仕方ないって、いいわけしながらな」

「そんなことはありません。……と、言いたいのですが、やはり欲が出てきたのでしょうか?」


 いい傾向かどうかは、サブローに判断できない。魔人になってからは、以前にもましてなにかを望まないように気を付けていたからだ。


「ふむ。なにか難しいことを考えている顔ですね。私としては今のサブローさんが健全でよろしいかと思います」

「健全……健全とはいったいなんでしょうか? ここ最近、自分の価値観に自信を持てなくなっていますよ、イ・マッチさん」


 なにせ理性が崩壊してミコに襲い掛かったくらいである。キスだけにとどめられたとはいえ、生々しいものをぶつけてしまった。

 後悔するサブローの前に出て、お構いなしの古代竜が自らの胸に手を当て主張する。


「健全とは、美しいものを晒す心さ。ゆえにサブローくん。ボクを見て健全を学びたま……」


「「「却下」」」


 サブローの声がイ・マッチや遠くのイチジローと重なった。舌打ちをする彼女に呆れる。ふて腐れたままにしておいた。

 そして鬼と化した兄を見た。サブローは事情が事情であるため、止める気にもならず、かといって放置しておく気にもなれない中途半端な気持ちで事態を見届ける。そこでようやく、フィリシアとミコが現れた。


「遅れてすみま……うわっ!? なんですかあれ?」

「やっほーフィリシア。久しぶりー」

「ソウラさん、お久しぶりです。ですが、これはいったい?」


 火の族長の娘である彼女は、ミコとも自己紹介を交わしてからかいつまんで説明をする。

 さすがに自分が襲われる寸前だったと知って、フィリシアは不快な顔を浮かべた。ミコなどゾルガを見る目が冷たい。


「自業自得だし、このまま兄貴に任せようか」

「ま、殺す気はないってのを確認できたしな。俺も遊びに行こうかな? サブロー、あとはよろし……おい、なんだよ」


 そうはいくかと海老澤の腕をつかんで離さない。この男も一人にするとろくでもないのだ。

 だがいつもと違い、相手は不敵な笑みを浮かべている。


「フィリシア。サブローな、お前が襲われるかもしれなかったと聞いて、切れていたぞ」

「えっ!? 本当ですか、サブローさん!」


 フィリシアが目を輝かせて食いつく。

 この不意打ちの意味に、サブローは瞬時に気づいた。それでも完全に遅かったのだが。


「自分にも欲が出るようになってきた。フィリシアを独占したいとまで言っていたぞ!」


 そこまでは言っていない、と否定するわけにはいかなかった。フィリシアを傷つけるような真似を、サブローはしたくない。

 その心理を完全に把握している海老澤は、隙を見出して抜け目なく逃げていった。追いかけたいが、フィリシアに捕まってその望みは叶わない。


「独占……していいですよ! いますぐにでも!!」

「いや、約束を忘れていないですよね?」

「覚えています。でもその上でいろいろできることがあるはずです。違いますか!」


 積極的なフィリシアに、サブローはたじたじになる。海老澤を心の底から呪いつつ、どうやって無難にかわそうか頭を悩ませた。


「えらい積極的ねフィリシア。恋をしたら一直線か……」

「いいなぁ、フィリシア。こんどあたしも言ってもらおう。立場は同じなんだし」

「楽しそうね。ところでミコ。あなたのおにーさんについて、いろいろ聞かせてくれない?」

「えっ……いいけど……綺堂さんにも伝えないと、これ」

「ソウラ!? まさか色気づいたのか!? いかん、早すぎる!!」


 場が一気に緩い空気で支配された。このメンツは緊張感が足りなさすぎる。軽い絶望感が襲いかかった。


「お前ら……頼むから大人しくしてくれ。こいつらの気が緩む」


 もっともな要求をイチジローがしてくる。サブローはため息をつき、この場を離れることを全員に提案するのだった。



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