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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第一部:あんたこの異世界のイカ男どう思う?
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十五話:洗脳が解けたわけ


「さて、それでは先に進みま……」


 アレスを撫で終えたサブローが宣言する前に、腰に突進された。

 マリーが泣き崩れた顔をお腹のあたりに押し付けている。

 抱き着かれた方は訳が分からないという顔をしているが、フィリシアは当然だと思った。


「マリー、いったいどうして?」

「いやサブローにーちゃん無自覚だけど、けっこうきつい話をしたからな? にーちゃん大好きなマリーはこうなるに決まっているだろ」

「我ながら逢魔にいるころは酷い話だとは思っていますよ? ですけど皆さんもたいがいの状況の上に、現在進行中ですからね」


 サブローはフィリシアたちを見まわし、困り顔で頬をかいた。


「まあ、話をしたらこうなるとは思っていましたから、なるべく避けていましたけど」

「まったく、そんなところにまで気を回して……」


 フィリシアは泣いているマリーの背中を撫で、サブローを見上げた。

 困った、マリーを慰めて、と目は雄弁に語っている。思わず笑ってしまう。


「どうしてサブローさんがあんなに感謝をしていたのか、ようやくわかりました」

「はい。フィリシアさんとマリーは僕の命と心を救ってくれました。とても返しきれない恩です」

「ですが……命の方はともかく、心を操る術の方は心当たりがありませんが……」

「僕もそこが謎です。この世界に来た途端、ずっと阻害されていた洗脳という単語を認識できて、逢魔への忠誠心が消えましたから」


 二人して首をひねる。いくらあの時の状況を思い出しても、関係ありそうなものは見つからない。

 結論の出ない当事者を前に、エリックが進み出た。


「あの、サブローさんの話を聞いて思っていたのですが、心操の魔法に似ていませんか?」

「心操の魔法?」


 聞きなれない魔法にフィリシアが思わず問い返すと、答えは意外なところから飛んできた。


「昔の話で、わるい魔導士が魔物をあやつっている魔法のこと?」

「はい。さすがアイはいろんな本を読んでいるだけはありますね。今は研究が進んで対抗策が生まれ、風化してしまった魔法の一つです。場合によっては人間も操れる魔法なのですが、魔法をかけ続けなければあっさり解けて、魔力の消耗も激しくて非効率です。ただ、魔物に関しては解呪の魔法をかけない限り効果が長続きします。……とても似ていませんか?」

「似ていますね。魔人って魔物扱いですか……」


 変な方向で衝撃を受けているサブローを無視して、エリックは続ける。


「アイの説明通り昔に悪用されたのですが、使えるのが特殊な血筋であることと、あっさりと対処できるのでもう知っている人は少ないでしょう。この魔法が使われた魔物は呪印が身体に浮かぶはずですが、心当たりはありませんか?」

「左胸に小さくあります。着替えたときはまだ残っているのを……あれ?」


 サブローが襟を引っ張って呪印を確認して固まる。


「どうしました?」

「なんか形が変わっています。前はもっと禍々しい形でしたけど、今は手のひらにバッテン? 妙におとなしい印になっていますね」

「別の術で上書きされていますね。心操の魔法への対処としては応急的な処置ですが、この術を受けた記憶はあり……」

「あーーーーーーーーーーーーーーー!」


 フィリシアは思わず叫ぶ。さっきまで会話していた男二人が心配そうにしているが構わない。


「ど、どうしました?」

「サブローさん、私を叩いてみてください!」

「本当にどうかしましたか!? 悪いことをしてもいない女性を叩けるわけがないでしょう!?」

「えーと、フィリシアさん。個人の趣味に口を出すつもりはありませんが、今は時と場合を考えてください。サブローさんも困っていますし……」


 あんまりな言い草にフィリシアは赤面してがなり立てる。


「失礼なことを言わないでください! その術が正しく起動しているなら、私が傷つくことはありません。ですので、それを確かめるためにやってみてください」

「いや、ですがそれが違っていたら……」

「そのときは回復術を使います。問題はありません」


 煽られ、困ったようにサブローは手をあげた。だが、フィリシアの肩をぺチリと叩くだけで全く力が入っていない。


「なんですかそれは? 叩いたうちに入りませんよ。やり直し」

「や、やめましょう。フィリシアさんが怪我をしたら申し訳ありませんよ」

「つべこべ言わずにやってください!」


 苦虫を噛み潰したような顔をサブローはして、服の端から触手をフィリシアに向ける。

 それなりの速度で鞭のようにしなって迫るが、フィリシアに接触する寸前で見えない壁があるかのように停止した。


「あ、あの、僕は別に止めていませんよ?」

「わかっています。まさか、こんな結果になるなんて……」

「フィリシアさんはこの術がなにか知っているのですね」


 呆然とつぶやくフィリシアはエリックに頷き、呪印に触れる。

 父の言葉が蘇ってきた。


「禁忌の魔法陣に召喚者を守るための術式が組み込まれています。サブローさんが私を傷つけるわけないので無駄になったと思いましたが……」

「つまり……?」

「精神に作用する術で上書きできるということは、心操の魔法で確定です。サブローさん、あなたがもう心を操られることはありません。そうなっても簡単に解呪できます!」


 エリックが嬉しそうに祝福する。フィリシアも浮かれてついサブローの両手を握った。

 実感がわかないのか、魔人は脱力してされるがままにしている。


「そうですか。ここなら簡単に解ける代物だったのですか……。だったら、あいつらもここに来れば僕のように戻れたんですね」

「サブローさんのように……。同じく心を操られた魔人の方々ですか? こちらに呼ぶことはできないのでしょうか?」

「できません。みんな使いつぶされましたから……。僕が洗脳組の最後の生き残りです」


 またもや悲痛な空気が流れる。彼は大切なものをどれだけ奪われたのか、見当もつかない。

 フィリシアがどう声をかけていいか迷っていると、サブローは気が抜けたように笑った。


「大丈夫、ちゃんと彼らの分も僕は生きます。逢魔も滅ぶでしょうしね」


 晴れ晴れと告げられ、瞳も生きる気力に満ちていたため、フィリシアは安堵する。

 サブローはようやく泣き止んだマリーの手をつなぎ、先に進むのを促した。



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