一四五話:精霊術一族の会議その2
「きゃ~おーかーさーれーるー」
棒読みでまったく危機感が伴っていないセリフを古代竜は吐いた。今サブローたちはイ・マッチが泊まっている宿に彼女を押し込んだところだ。
まったく悪びれない相手に、最終手段をとることにした。
「ミコ、フィリシア、頼みます」
二人は頷き、ミコが古代竜をがっしり確保して、フィリシアは族長屋敷に向かう。まともな服に着替えさせるための行動だ。
そのことを察した古代竜は抵抗を試みた。
「冷静になりたまえ、君たち。この完璧なボディを隠すなど、愚行だと思わないか? イ・マッチにマントを羽織らされたときも思ったのだが」
もちろん、サブローたちが取り合うこともない。イ・マッチや創星とともに逃げ出さないよう、厳しく監視する。
途中、イチジローが現れて呆れた顔を向けた。
「みんなから聞いてここに来たけど……エンシェントドラゴンさんまで来たのか」
「長いからエンちゃんと呼びたまえ。ところでイチジローくん。君の弟たちを説得してくれないか?」
「ごめん。その恰好でうちの家族に会わせられない」
マントがはだけているため、古代竜の衣装は丸出しになっていた。黒いベルトで大事な部分だけを覆っている、いわゆるボンテージを着た姿だ。
子どもはおろか、園長や男性の前に出したくはない。フィリシアが戻るのを待っていると、またも来訪者が現れる。
「サブロー、急にどうし……なんだお前? 真昼間から娼婦みたいな恰好は?」
クラウディオが抑えられている古代竜を見つけ、サブローが止める間もなく咎め始めた。今は大事な集まりの最中であること。夜ならともかく昼間は格好に気を付けるべきだということ。子どもも外に出ていること。すべてひっくるめて言い含める。
サブローは彼女が誰か教えるかどうか迷い始めた。クラウディオはまじめだ。今説教をかましている相手が古代竜だと知れば苦悩するだろう。
イチジロー、ミコも迷いを顔に出している。対し、イ・マッチは背を向けてプルプルと震えながら笑いを堪えていた。ツボに入ったようだ。
サブローはにやにや嬉しそうに説教を受けている古代竜を脇に置き、クラウディオを制止する。
「ク、クラウディオさん。そこまでにしましょう。後で説明しますから」
「なにを言っている。こんな痴女を放置しておくわけにはいかないから動いたんだろう? だったらもっと堂々とするべ……」
「服を持ってきました。エンシェントドラゴン様、観念してこちらに着替えてください! ……クラウディオ兄さん、どうしました?」
タイミング悪く現れたフィリシアは、青ざめた従兄にびっくりする。クラウディオは絞り出すように声を出した。
「え、エンシェントドラゴン……様? え、ええと、誰が?」
「そちらの……少しはしたない服を着た方です。このように美しい女性になることもできます。ほら、エンシェントドラゴン様。こちらの服に着替えてください!」
屋敷から持ち出したと思わしき服をフィリシアは押し付けるが、露出が少ないので古代竜は嫌がっていた。
ミコが目を光らせ、フィリシアとともに個室に連れ込んでいく。中から暴れている様子が伝わってくるが、サブローにはどうすることもできない。
そんな時、クラウディオが縋るように話しかけてくる。
「ほ、本当にあの痴……女性が、エンシェントドラゴン様……なのか?」
「信じられないでしょうが、本当です」
サブローがため息まじりで教えると、彼は驚愕を顔に貼りつけて固まった。本当に申し訳ないことをしたとサブローは思う。
もっと早く教えられていたら、彼の心の平穏は守られたはずだからだ。クラウディオを慰めていると、フィリシアが部屋から出て、ずんずんと言わんばかりに近寄ってくる。個室の中ではミコが古代竜を相手に格闘している気配があった。
「あの人は、もう……サブローさん、触手を貸してください!」
「まさかそんなものを貸し出すことになろうとは……締め付けていいときは合図をください」
「わかりました。少し強めでお願いします」
人を拘束するのに十分な長さで千切った触手を、目が据わっているフィリシアに渡す。彼女が部屋に戻り、しばらくして合図が出たため、締め付けると古代竜の悲鳴が聞こえてきた。
これで懲りてくれればいいのだが、おそらく同じことを繰り返すだろう。イ・マッチも頭をかすかに振って呆れていた。
「そういえばイ・マッチさんはどうしてこちらに?」
「温泉を堪能しに来たのもありますが、他にも二つ目的があります。まずはこちらをどうぞ」
イ・マッチはケースを取り出し、サブローに差し出してきた。礼を言って受け取り、中身を確認する。
意匠が凝っている以外はなんの変哲もないメガネが存在し、頭の中に疑問符が浮かんだ。
「メガネ……ですか? 僕の視力はかなりいいですよ」
「度は入っていません。魔道具の一種で、エン様の協力のおかげで完成した代物です。まあかけてみてください。説明はその時にします」
言われるままにサブローは眼帯を取り、メガネをかけた。たしかに度が入っていないため頭が痛くなるようなことはない。同時に特に変化があるようには思えなかった。
だがなぜかイチジローが喜び始める。
「ああ、これはサブにとっていい贈り物だ。ありがとう、イ・マッチさん」
「いえ、元はこちらの不手際のおかげで迷惑をかけました。その償いに少しでもなればと。サブローさん、こちらの鏡を覗いてください」
覗いてみると、素に戻った自身の右目があった。久しぶりすぎて逆に違和感が出るくらいだ。
「これは……」
「竜の魔を部分的に沈める魔道具です。右手用は間に合いませんでしたが、こちらの方は完成しましたのでお持ちしました」
「…………イ・マッチさん、本当にありがとうございます」
これで園長を始め、家族を安心させることができる。それに右手用の物もあれば銭湯だって気兼ねなく付き合えるだろう。
眼鏡ありで風呂に入るのはどうかと思うし、全身の傷が理由でもともと敷居は高かったのだが、気後れする理由が減ることはとてもうれしい。
「気に入ってくれ良かった。私どもも気合を入れた甲斐があったという物です」
「そ、そこまでですか……。それでもう一つの目的はとは?」
「これもサブローさん絡みの話です。あちらの世界ではなく、こちらに移住するつもりだと聞きました」
相変わらず耳が早い。サブローがそう口にする前にイ・マッチは二の句を継いだ。
「でしたら我がイルラン国に住みませんか? サブローさんたちなら大歓迎ですよ」
「なんだか引き抜きを受けているみたいです。まあ決めただけで、まだ細かいことは考えていません」
「なに、今でなくても構いません。ただ、我が国に住まいを持つという道もあることを、頭の隅にでもとどめていてください」
カラッと笑ってから、イ・マッチは茶をすすった。同時に部屋の騒動も収まる。
観念したか、とフィリシアたちを出迎えた。
どうにか一般的な村人の服を着させられた古代竜が、さめざめと泣きながらサブローたちとイ・マッチに挟まれて後をついてきた。サブローの触手で簀巻きにされており、まるで罪人のような扱いだった。
一人、クラウディオが胃を痛めているのがかわいそうだった。こうでもしないと脱ぎかねないと説明をしたのだが、心の負担を軽くすることはできなかった。
「サブローさん、顔を見せてください」
「……フィリシア、歩きながらは勘弁してください。危ないですよ」
フィリシアは幸せそうにサブローの顔を眺めていた。戻ってきてからずっとそうだ。
疲れた様子で古代竜を連行していた彼女は、サブローの顔を見たとたん飛びつき、右目周りを執拗に触っていた。
イ・マッチの贈り物について説明すると、サブロー以上に感謝を示し、ずっと目を離さなくて困ってしまった。
一方、ミコはというと押し黙ったまま、チラチラこちらを見ている。イチジローに近づくように促されると、朝のことを思い出すのか顔を赤くして固まってしまった。
現在、ミコはサブローの袖をつかみ、近づこうとも離れようともしなかった。手を握ろうかとも動いたのだが、慌てて離れるためにつかめずじまいだ。自業自得とはいえ、少し傷つく。
そんな不自然で注目を集める集団は、ようやく族長屋敷に戻ってこれた。庭で素振りをしていたアルバロが一番に出迎える。
「おかえり。おっ? なんでクラウディオは落ち込んでいるんだ? ……それになんで美人さんを連行しているんだ?」
「お気になさらないでください。私はイ・マッチ。彼女はエンと申します」
「イ・マッチ……? おおっ、というと護暁の勇者か! ……サブローと一緒ということは、言葉を改めなくてもいいのかな?」
「話が早くて助かります」
ニッ、とアルバロはイ・マッチを握手を交わした。クラウディオが古代竜の扱いについてハラハラしているものの、問題なく仲良くなれそうだ。
彼らを連れて屋敷に入ると、見知った顔が出迎えた。
「うむ、ここで待って正解だな。カイジン・サブローよ。苦しゅうない」
正直に言って、出迎えられていいのか心配になる相手、水の国王パルミロがいた。長椅子にくつろいで座り、こちらを睥睨している。
サブローは若干呆れながら尋ねる。
「こんなところにいてよろしいのですか? へい……」
「おぉっと、今の余は貧乏貴族の……」
「ハッハッハ! パルミロ様はいつもこんな感じだから、サブローも気にすることはないぞ!」
「……そうだな。しかしパルミロ様は気を付けてください。こんなところに護衛もつけずに……」
「ふん。生半可な相手など余の精霊術で伸して見せる。それにことは一刻も争うのでな」
クラウディオに返答してから、パルミロはイ・マッチに挑戦的な目を向けてきた。受ける方は涼しげに流す。
サブローは自分によくない雰囲気を感じた。
「サブローよ。我が国はいつでもそなたを迎える準備を整えているぞ。望むなら領地だってくれてやる。こちらに住まうがいい」
「ふふふ。なかなか攻めてきますね。サブローさん。あなたが望む天守閣を作って、住まいにすることもできますよ。いかがですか?」
「な~に。こちらならガーデンとのつながりも深いから、ご近所感覚で地元にも戻れるぞ。お得ではないか?」
「舐めてはいけませんよ。我らイルラン国はこたびの騒動前からガーデンとつながっていました。自由自在とはいきませんが、行き来は可能です」
「な、なんで僕を呼び寄せようと必死なんですか?」
「そりゃ勇者なうえに信頼できる男だからだろう。おまけにお前は水の国を救ったとも聞いているぞ」
アルバロの断言に、パルミロとイ・マッチは頷いて肯定する。そこまで重要視をされるのは嬉しいような、くすぐったいような気持だった。
「しかしあれだな。クラウディオ、オレたちもサブローを勧誘した方がいいか?」
「……いや、やめた方がいい」
「なんでだ? 地の里でサブローを嫌う奴は今更いないだろう?」
「その通りだ。だが、こちらに住まうということは、魔法大国に所属するということだ」
それのどこがまずいのだろうか。サブローと同じ思いをアルバロは抱いている様子だった。
「……アルバロよ。魔法大国の王はな、サブロー……魔人に対していい印象を抱いていない。創星の聖剣が不在だから言うが、隙あらばサブローから聖剣を取り上げようと機を伺っているくらいだ」
「五百年の間、持ち主が不在だった創星に選ばれたのが世間を騒がせている魔人の一人ですからね。国宝を盗まれたようなものだ、と発言した噂もあります」
パルミロとイ・マッチが呆れを含んで解説する。話を聞いているフィリシアとミコは途端に不機嫌になった。
だが怖いのはこの二人だけではない。サブローは顔から感情を一切消したイチジローが恐ろしかった。
「サブローに無理難題を押し付けられたら、申しわけなさ過ぎる」
「……そっか。まったく、うちの王様は器が小さいな」
アルバロが吐き捨て、雰囲気が暗くなる。イ・マッチが難しい顔で話を続けた。
「同時に王国も難しそうですね。なにしろ魔人の被害を直接受けているわけですから」
「余の国にきた難民もな……魔人であるサブローを称えているのを見て抗議してきたくらいだ。別の国に出ていく者だっている。この感情ばかりは仕方ない部分があるが、やりきれないな」
生の反応を見ているだろう二人が重々しくため息を吐く。アルバロたちも言葉を失っていた。
どうにか悪い空気を払しょくしようとサブローは新たな話題を振った。
「パルミロ様。そんなことよりクルエ様の近況を聞かせてください。移住の話はよく考えてから結論を出しますので」
「うむ。それもそうだな。顔を合わせてやりたいが、我らの後に到着した火の一族に対応していてな。最近は公務にも顔を出すようになって、成長著しいぞ」
気持ちよい親バカな笑顔を見せて、雰囲気が和らぐ。以前のクルエの人となりを知るクラウディオとアルバロは驚いていた。
彼女の近況はサブローもうれしく、より詳しく知りたくなった。
「ところでボクが忘れられていないかい?」
「構うとつけあがるだけだからな。余は痴女ドラゴンに付き合うほど暇ではないのだ。たわけめ」
古代竜とパルミロが顔見知りという新情報を得て、アルバロがどういうことだとみんなに尋ねるのをしり目に、サブローは乾いた笑いを漏らすのだった。