一四二話:精霊術会議 準備編2
◆◆◆
エリックは施設の家族と一緒に、魔法の見学会に参加していた。
風の里出身であるエリックたちは改めて魔法を見学する必要が薄いため、自由行動を許されているが、下の子の面倒を見るのは嫌いではないためついていっている。
エリックよりその傾向が強いクレイや、ルームメイトのリナに誘われたアリア、そしてナナコの手を引くアイも一緒である。
引率者として職員のハナザワ先生もついていた。施設での職員は園長が厳選しているためか、子ども好きで人当たりのいい人たちばかりだった。異世界の人間であるエリックも親身になってもらっている。
「ここが魔法の訓練場だ。ハナザワさんや年上のお兄さんお姉さんの言うことをちゃんと聞いて、後をついてくるように」
クラウディオが誘導し、場所を説明する。周囲は精霊術や魔法を使った部隊の訓練にも使われている広場だ。
慣らされた土の地面に、標的となる棒が何本も突き刺さっている。一定の距離を置いて、数人の術師が魔法なり精霊術なりを使って的を撃っていた。
規模は二回りほど小さくなるが、風の里にもある場所であり、懐かしさを感じたエリックの目頭が熱くなった。
誤魔化すように首を振り、族長の息子でありながら、施設の家族のもてなしを買って出てくれたクラウディオの話に耳を傾けた。
「ここは見ての通り、術師の訓練場だ。精霊術会議の準備が忙しくて、今は顔を出している奴は少ない。君たちに精霊術や魔法を見せるのに絶好の機会だ」
そういって穏やかに笑って見せた。彼、クラウディオは族長の息子ということもあり、地の里の魔法や精霊術を取り仕切る団体でかなりの地位についている。
仕事が早いことで有名であり、彼に課せられた精霊術会議に向けての仕事はすべてこなしてから、エリックたちの相手をしてくれているのだった。クラウディオいわく、いい息抜きになるとのことだ。
「おおっと、シュウ。そわそわしてどうした? トイレか? あ、マナ、飛び出そうとするな。危ないだろう。ハナザワせんせー、後ろに気を付けろ。ユウジが悪戯をしようとしている。こらっ、アヤト。オレを抜こうとするな。抜かせねーけど、アニキに怒られるぞ」
アヤトに引っ張られている創星が注意力散漫な子どもたちに注意をした。エリックもちゃんと話を聞くように促し、クラウディオの顔をうかがう。
予想通り、彼は驚愕の視線を伝説の聖剣にそそいでいた。エリックも当初は似たような顔をしていただろう。
この創星、話に聞いていたよりも気安いだけでなく、面倒見もよかった。自らの主に似て視界も広いため、サブローと二手に分かれて子どもの面倒を見ることもある。
創星の伝説を知るエリックたち風の里の子どもは、今のクラウディオと同じように戸惑っていた。特にアイなどイメージが壊れたと落ち込みが酷かった時期がある。
それもやがては慣れて今がある。ちなみに創星は子どもからはペットのように思われているのか、食べれもしないお菓子を与えられようとされたり、撫でられて「かわいいかわいい」と言われたりしている。その扱いを疑問に思わない辺り、サブローに負けないくらい鈍いのかもしれない。
それはともかく、元気を持て余している子どもたちも次々と素直に言うことを聞き、話の続きを待つ準備が整った。全員の視線が集まり、ハッとしたクラウディオは咳払いをして気を取り直す。
「ま、まあ、ひとまずはオレが精霊術を使うから、フィリシアたちとの違いを確認してみると良い。いくぞ」
クラウディオが手をかざし、周囲の地の精霊が浮かぶ。エリックたち風の里の人間は精霊に魔力が与えられるのを感知し、地面が山盛りになる光景を目にした。
目の前の大きな変化に施設の家族はどよめき、やがて拍手を送る。クラウディは「まだ早い」と答えてから、グッと拳を握った。
その動作に合わせて、目の前の盛り上がりも変化をする。小山が土塊と変わり、地面から切り離して浮かぶ。さらに二つ、三つ、四つと分裂していき、指を弾く音を受けて馬や猿など、動物を模した像を作り出した。
施設の家族がさらに興奮し、称えるために拍手が鳴った。そしてこれには精霊術に慣れ親しんでいるエリックも驚く。
土の塊を分けるところまではともかく、像まで作るには相当に繊細な魔力の調整と操作が必要だ。さすが魔法に関してかなりの責任を負っている立場なだけはある。
「はー。すげえな。地と風の違いはあるけど、魔力の操作だけならアネゴ……初代にも勝てるんじゃねえか?」
「ハッ! 初代創星の勇者様と比べられるなど、光栄の至りです。創星様」
「あーそんなにしゃちほこばらなくていいよ。子どもも戸惑うし、もうちょい軽く頼むわ」
「そ、そうですか?」
「だいたいアニキに会うまで、アネゴの命令で真面目モードやっていたんだ。あれ疲れるしもっと気楽にしてくれた方が助かる」
「は、はあ……。わかりまし……いえ、わかった。だけど、創星様とだけは呼ばせてもらうし、人前だと丁寧に相手をする」
落ち着かない様子のクラウディオがどこかおかしい。実際子どもたちの中には遠慮なく笑っている者もいるため、ハナザワやタマコが注意をしていた。
「それにしてもこんな器用なことができるなんて、やっぱギフトとは違うねー。フィリちゃんたちのときも思ったけど」
タマコが何度もうなずいて感動を伝えてきた。エリックはガーデンにかかわるようになり、ギフトについても理解を深めた。
結果、ミコのように魔法と変わらず使える人は稀だということが判明する。たいていはケンジのように額を光らす程度の、害のないものである。ナナコのように爆発させたりする攻撃的な物でさえ珍しい部類だ。
「わたしなんてほら。手に持ったものを少し浮かすだけだよー」
「えっ!? タマコさんってギフトを持っていたんですか?」
「あーエリックには言ってなかったか。フィリちゃんには言ったんだけど。しょぼいし使いどころがないから、自分でもギフト組だって自覚薄いんだよね」
タハハ、と照れ臭そうに笑う。そもそも施設だとギフト組とそれ以外の隔てがあまりなかった。
危険なギフトであれば一時的な隔離もあるのだが、ナナコのように安定すればみんなの場所にすぐ戻す体制である。
「ねーねー、魔法ってなにがあるのー?」
「もっかいなにか作ってー。ワンワンがいいー」
エリックが視線を移動すると、子どもに囲まれているクラウディオがいた。彼は笑みを浮かべ、リクエストに応えていく。
地の精霊術以外にも魔法を習得しているらしく、光の球をいくつか浮かび上がらせてから、宙で自在に軌道を描かせる。
また、もう片方の腕を動かし、土の像を犬へと変えて子どもたちを喜ばせていた。二つの術を同時に操るとか、器用にもほどがある。
「すごいね。エリックやフィリちゃんもああいうことできるの?」
「いえ……クラウディオ様がすごいだけです。ぼくたちは魔法を習得していませんし、まして精霊術との同時使用なんてできません」
へー、とタマコが目を輝かせて感心する。そういえば魔法について興味あると聞かされ、詳しく話したことがあった。
実演を見るのはいい機会だろう。同時に、どの子どもよりも一番楽しんでいるのだろうと、エリックは横顔を覗いて思った。
フィリシアとサブローは寝入ったマリーとアレスを部屋で寝かし、そっと出ていった。アレスと叔父が長い間再会を楽しんだ後、海老澤が自由行動だと言わんばかりに動いたのだ。
サブローが追いかけるが、さすがは勝手知った相棒。熟練された追跡を逃れきった。
戻ってきたサブローは地団太を踏むという珍しい姿を見せた。よほど腹に据えかねたのだろう。
ひとまず、戻る途中で買ってみたという菓子をマリーたちに渡して、屋敷に戻った。ついた瞬間、疲れたのか年下の二人が寝てしまう。
園長への報告をミコに頼み、マリーとアレスをそれぞれが泊まっている部屋のベッドに横たえる。夕飯の時間には起こすつもりだ。
サブローは一度マリーとアレスの頭を撫でてから、自分が泊まっている部屋へと案内をした。ミコと三人、施設の家族が戻るまで話し込むことを約束したのだ。
途中、サブローは海老澤の愚痴を漏らし始める。
「海老澤さん、いつもああです。まったく懲りるということを知りません。僕たち日本人の恥になるのですから、自重してほしいというのに」
こうも怒りを前面に出すサブローは珍しかった。いや、別に本気で怒っているわけではない。
彼の本当の怒りは、静かで冷たい。向けられた対象でないフィリシアでさえ、背筋を震わせる迫力がある。
その冷たさが、今は一切ない。代わりにじゃれ合う子どものような、どこか喧嘩を楽しんでいる雰囲気があった。
フィリシアでは引き出せない顔を、あっさりと出させる海老澤を時々羨ましく思っていた。いつかそういう顔を自分にも向けてくれるだろうか、不安である。
サブローが部屋の扉を開け、先に中へと居れる。椅子を勧められる前に、なんとなくベッドに腰を掛けた。
彼が一人暮らしをしている部屋でも同じ行動をとったが、たいてい咎められる。今回もそうなるだろうと思っていたのだが、なにも言わなかった。
珍しいと思ってサブローの顔を見ると、ちょうど口を開くところだった。
「フィリシア、お願いがあります」
「はい、なんでしょう?」
少し、期待で胸を高鳴らせて尋ねた。サブローはじっとフィリシアの太ももを見てから、失礼だと思い至ったのか逸らす。
「ええ……その、膝枕をして欲しいのですが…………。山小屋のときのように」
意外な要求に、フィリシアは虚を突かれる。そしてあの時のことを覚えていたことに、じわじわと胸が温かくなった。
位置を枕に近い方に座り直し、姿勢を正して膝へと誘う。サブローは今更照れ臭そうに笑ってから、フィリシアの膝に頭をそっと置いて寝そべった。
「はぁ……安心します。前は叱られて堪能する余裕がありませんでしたから……」
「あれは自業自得ですよ?」
「わかっています。もう二度としません」
目をとろんとさせてから、サブローはうとうとし始めた。フィリシアは子どもみたいな反応にびっくりし、優しく黒髪を撫でつける。
サブローはますます身体を脱力させ、無防備に全身を預けてきた。預けられた側は思わず苦笑する。
「そんなに膝枕が好きなんですか?」
「……フィリシアは…………甘えていいので……」
その返答にフィリシアは驚いた。甘えることはあっても、サブローに甘えられた記憶などない。
いや一度、竜妃との戦いで心折れていたあの時だけ、サブローは甘えていた気がする。それでも弱り切った場合の話だ。
考えてみたら、彼が自分から欲求を伝えるのは珍しい。いつもは人の望みから聞き、促されてようやく些細なことを願うだけだ。
唯一、海老澤相手にだけは遠慮なくあれこれ自分の意見をぶつける。その関係が羨ましいと常々思っていたのだが、今は思考の彼方に飛んでいた。
大好きなサブローは、海老澤と居る時でさえ見せたことないような顔をしていたからだ。
「本当は……もっと前から、お願いしたいと思っていました。けど、さすがに正式に付き合ってからと、我慢を……してました」
「ではもう我慢なんてしなくていいですね。いつでも膝をお貸しします」
「はい。ああ、これ……心地よすぎて…………寝てしまいそうです」
「眠って大丈夫ですよ。夕食の時間になったら起こします」
慈しむフィリシアの声に、安心しきったのかサブローは寝息をたて始めた。元々童顔である顔が、より幼く見える。
やがて戻ってきたミコに、フィリシアは静かにするよう唇に人差し指を当てて示したり、羨ましがられたりし、満ち足りた気持ちで静かな時間を過ごした。