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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一三七話:女子会in地の里



◆◆◆



「それは良かった……のよね? フィリシア、ミコ、おめで……とう?」


 イルンの妻であるスティナが一通り話を聞き、首をかしげる。

 今、フィリシアたちは食事前の少し空いた時間に、女子だけで集まって話をしていた。

 フィリシアとミコに挟まれて行儀よく座るナナコや、今回の話に加わったアリアの紹介はすでに済ませてある。


「フィリおねえちゃん。サブおにいちゃん、ミコおねえちゃんと二人一緒に好きになったみたいだけど、いいの?」

「別に構いませんよ。他の女性ならともかく、師匠さんですし」

「フィリシアは強いね。サブにフラれたらどうしようかって、あたしはずっと怖い……」


 ミコが珍しく弱気な面を見せて、ナナコとアリアが驚いた。フィリシアはよく見ている姿なので、今更動じない。

 サブローに対しては奥手で臆病になる。そんな女性だった。


「もうちょっとこの関係続けられないかな? あたし、けっこう楽しいし……」

「ミコさんがそこまで言うほどなんだ」


 アリアが渋い顔をする。彼女は面倒見がよく、強いミコを密かに尊敬していた。今のように弱気な面は見たくなかったのではなかろうか。

 フィリシアはそんなことを思いながら、ナナコの頭を撫でつつ自分の意見を出す。


「いえ、今のままでは困ります。だってサブローさん、私たちに遠慮してキスすらしないではありませんか」

「き、キス……」


 先ほども説明した通り、ミコはこういう方面での話を苦手としていたので、顔を真っ赤にしてもじもじしだす。フィリシアは涼しい顔で流した。


「私はサブローさんといろいろしたいです。師匠さんは違うのですか?」

「したいけど……フラれて関係が変わるくらいなら、いっそ……」

「……この話題になると師匠さんはいつもこれです。見ていられません」


 フィリシアが大仰にため息をつき、ミコは地面にのめりこみかねないほど落ち込んだ。別に結果が怖くないわけではない。

 ミコと同じ不安は常に抱えているし、今の関係が居心地いいのは同意だ。

 少し前なら、ミコの提案をこれ幸いと関係を引き延ばすのに協力をしただろう。

 しかし、フィリシアにはそうはいかない理由があった。


「いいなー、フィリシアは。覚悟ができて……」

「覚悟と言いますか……私はサブローさんの心にあの女を残したくありません」

「え、まだこだわっていたの?」


 ミコを始めナナコとアリアが目を見開いて驚くが、スティナは話についていけずにいる。

 アリアがその様子に気づいて、フィリシアより先に説明を始めた。


「数か月前にサブローさんを苦しめていた女の魔人と再会したの。それがかなり心の傷になっているみたいで、一時期酷い状態になっていた」

「ナナコたちは大丈夫だったけど、フィリおねえちゃんたちでさえこわがって、サブおにいちゃんかわいそうだったよ」


 スティナが痛々しそうな表情になったので、もう解決したことだと説明を追加する。

 心優しい彼女は安堵のため息をついて、それからどうなったのか聞いてきた。


「私たちも天使の輪を強化して、立ち直ったサブローさんと協力して倒したのは良かったのですが……あの女、最期にとんでもない呪いを残していきました」


 フィリシアはくやしさに顔を歪める。呪い、という言葉にピリッとした雰囲気がスティナに戻ってきた。


「スティナ、大丈夫。呪いと言ってもサブに害はなかったし、これからもないと思う。なんだかんだ、竜妃がサブを好きだってのはわかったから」

「それです、師匠さん。私はそれが嫌なんです」


 フィリシアの指摘にミコは怪訝な顔をした。恨みつらみを引きずらない潔さがある彼女と違い、フィリシアにはしこりが残っていた。


「あの女……さんざんサブローさんを苦しめたのに、最後まで自分の望みを押し付け続けました。竜の魔の一部をサブローさんに宿したのだって、力を与えたかったからではありません。自分がいた痕跡を、サブローさんに刻みたかったからです。……そんな女のことを引きずっているあの人がかわいそうで、辛そうで嫌です。忘れさせたいです」


 「つ、辛そうかな?」と若干引き気味のミコを見ないふりをして、語気を強くする。


「いえ、それ以上に私が嫌ですね。竜妃のことを、サブローさんの中から追い出したいと思っています。そのためには今の関係ではいけません」


 フィリシアは鼻息荒く宣言する。ずっと苦しんでほしい、という言葉が頭に焼き付いて離れなかった。

 絶対そんな思いはさせない。あの日から考えていることだった。


「私は、私の愛で最悪な女を忘れさせたい。それが最終目的です」

「フィリおねえちゃん……かっこいい」

「格好いいかな? フィリシアさんがよけいこじらせているようにしか見えないけど……」


 尊敬のまなざしで見つめるナナコに、アリアが静かに突っ込んだ。スティナがどこか懐かしそうにする。


「フィリシア……極端なところが風の族長そっくり……」

「お、落ち着こう。あたし、フィリシアとはこう、平和的にいきたい」

「まあ……私だって師匠さんが大好きですから、後に引くような終わらせ方はしたくありません」

「大好き……うれしい。あたしだってフィリシアが大好きだよ」


 顔を真っ赤にして嬉しそうなミコが返事をしているのだが、思考にふけっているフィリシアの耳には届かない。

 自身がかなり恥ずかしい告白をしてしまったことも、今だけは思い至らなかった。

 正直、目の前のミコより、思い出となってしまった竜妃の方が手ごわいかもしれない。フィリシアたちの最大の敵は思い出の女であろう。厄介なことだ。


「せめて今のライバルが師匠さんでなく、竜妃でしたら、もっと手段を選ばないで済みましたが……」

「手段を選ばないってなに!? こわいよ!!」


 一転して不安になったミコが問い詰めるのだが、思考の邪魔になったので、フィリシアは静かにするように頼んだ。


「つめたい。さ、さっき大好きだって言ったのに……」

「ミコさん、ごめんなさい。フィリシアさんがああなると他のことが目に入らなくなる」

「集中力がすさまじいのよね。こんなことに発揮するのはどうかと思うけど」


 フィリシアをよく知るアリアとスティナが忠告していた。話は聞こえていたので放っておいてほしいと拗ねてから、また思考を戻す。

 今考えても仕方ないと気付くまで、たっぷり一時間はかかった。




 施設の子どもたちを連れての温泉を終え、食事の時間となった。

 それぞれ賑やかに食事を進める。フィリシアは面倒を見ている子たちを回ってから食卓に着いた。


「はー、お腹すきました」

「フィリおねえちゃん、おつかれさま。このシチューおいしいよ」


 ナナコに微笑んで、自らもシチューを口にする。すきっ腹に温かい食べ物が染みこみ、満足感が広がった。


「本当、美味しいよね。けど温泉旅行だからもっと旅館的な物を想像していたけど、実際はホテルっぽい」


 右隣のタマコが感想を呟く。親友が言っている旅館は、イルラン国や日本で泊まった宿のことだろうとあたりを付けた。

 フィリシアは一度、日本の旅館で寝泊まりしたことがある。いつか約束した、姫路城でのデートをしたときのことだ。

 目をキラキラ輝かせるサブローという珍しい姿を見ることができたが、望んだ恋人らしい接触はなく、残念半分で終わった。


「いよっ、フィリシア。サブローのところに行かなくていいのか?」


 ニカッ、と男くさい笑顔を見せたのはアルバロだった。タマコたちに紹介してから、返答する。


「基本的に子どもたちの前ではそういうことをしないって決めているんです」

「お前もサブローも真面目だな。惚れ合った男と女なんだし、二人っきりになろうとしてもいいと思うんだが。お嬢ちゃんたちもそう思わないか?」

「いやー、ご存じだと思いますけど、サブお兄ちゃんああいう人ですから。もうちょっと砕けてもいいと思いますけどね。妹歴の長いわたしとしては」

「で、でも、サブおにいちゃん優しくて、ナナはだいすきだよ。フィリおねえちゃんと一緒に助けてくれたし……」

「おおっと、すまんなお嬢ちゃん。オレはサブローが気に入っているから、もっと楽しんでほしいだけさ。あんなに強くていい奴が報われない世の中なんて、間違っているからな」


 言いきってから、アルバロは大口を開けて笑った。酒の匂いが少し漂ってくる。食事が始まってそう経っていないのに、できあがっているようだ。

 フィリシアはひとまず水を飲んで落ち着こうと視線をさまよわせるが、見当たらない。少し遠めにある水差しを取ろうと立ち上がりかけたとき、ナナコがコップを差し出してきた。


「フィリおねえちゃん、こっちにあったよ」

「ナナコ、ありがとうございます」


 礼を言われてはにかむナナコになごみつつ、グイッとコップの取っ手をつかんで一気に煽った。

 冷えた液体が喉を通り、渇きをいやす。しかし、変な味がした。


「ん? フィリちゃんのコップはこっちにある……?」

「オレが持ってきたコップはどこだ? フィリシア、知らんか……あっ」


 フィリシアの視界が歪み、アルバロのしまったというつぶやきもどこか遠くに聞こえる。

 ふわふわと気分が高揚し、顔が熱くなった。


「まずい! フィリシアがオレの酒を間違って飲んだ。こいつは酒の匂いだけでも酔ってしまうほど弱いぞ!」

「フィリちゃん、しっかり!」


 二人の声が届く前に、フィリシアは椅子の上でひっくり返った。目が回るのに、なぜか気分がとても良くて笑いがこみ上げてくる。

 ケタケタと笑い始めたフィリシアを心配して近寄る存在がいた。嗅ぎ慣れた匂いからサブローだと判断し、甘えるために身体を寄せる。

 瞬間、意識が暗転して途絶えた。



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