一三六話:サブローの相談事その2
族長屋敷の客間にて、イルンだけでなくアルバロとクラウディオの双子にも話を聞いてもらった。
「二人とも面倒見ればいいだろう。どっちが正妻かで揉めるかもしれんけど」
「その答えは散々聞きました。僕の国では一人しか伴侶を持てません」
呆れるアルバロを疲れた顔でサブローは迎えた。この世界の人たちはなぜ二人同時に付き合うことを勧めるのだろうか。
サブローは心理的な疲労が大きくなってきた。
「国というか……別の世界だってことは水の国王様から説明されたな。知ったときは少し寂しかったぞ」
「ああ……それは申し訳ありません。異世界という情報はどういう反応が来るのか不明なので、ガーデンから伏せて欲しいと指示されていまして」
「イルンの兄貴はこう言っているが、あのときに聞かされてもチンプンカンプンだったさ。な、クラウディオ!」
ガッハッハとアルバロが大口を開けて笑った。その隣でサブローの話を聞いていたクラウディオがうるさそうにしながら、話を継いだ。
「まあそのことはアルバロの言う通り、仕方ない。しかしまあサブローがまだ不満そうだから話を戻すぞ」
「と言ってもなー。勇者であるサブローが一人しか嫁を取らんというのも、もったいないだろう?」
クラウディオは同意であるようで、頭をかすかに上下に振る。サブローにはわからない感覚であった。
「その、もったいないという話がよく理解できません」
「んーまあ、オレたちが妻を複数持つのは立場もあるけど、子どもを多く残す義務があるからだ。血筋というのはけっこう重要だからな。ここまではいいか?」
イルンが丁寧に説明をしてきたので、理解したことを仕草で示す。その様子を確認してから、彼は話を進めた。
「同時に勇者にも似たような事が求められる。勇者の子どもが次の勇者であった事例は二件しかないけど、たいてい強大な加護をもって生まれてる。それぞれの国の要職についたり、英雄になったりと様々だ。そう考えるとせっかく二人が良いと言っているのに、受け入れないのがもったいなく思うのさ」
「それにしても“あの”フィリシアがよく二人同時って関係を受け入れたな。自分の両親のような関係が望みだって公言していたのに」
「それはオレも驚いた。なんだか忘れさせたい女がいるらしい」
そのイルンの発言を受けて、クラウディオは目を見開く。イルンも聞いていいかどうか迷っている様子だった。
ただ、アルバロは少々下世話な表情を浮かべている。聞きたくてたまらないと言った雰囲気だ。
「まあ僕に古傷を付けた魔人の女性と再会しまして。その時にフィリシアとミコに助けてもらいました」
「そいつは災難だったな。身体は大丈夫か?」
言いながらも、アルバロの視線は右目に集中している。特に隠しておく必要も感じないため、眼帯を取って話題に挙げた。
「この通り……魔人の状態から右目を戻せなくなりましたけど、特に不自由はしていません」
「……やっぱり無茶をしたか、サブロー。本当に大丈夫か?」
イルンが心底サブローの身を案じてくれた。洗いざらい竜妃との再会から決着まで話し込む。
途中、最悪の魔人との死闘をアルバロが詳しく尋ねてくることもあったが、つつがなく最後まで進めることができた。
聞き終えたイルンたちは長くため息を吐く。
「ずいぶんと厄介な物を背負ってしまったな」
「それも僕が望んだことと言いますか……あまり気分が悪いものではありません」
「さすが強いな。フィリシアもミコも強くなったようだし、羨ましい話だ」
アルバロの着眼点がずれている。クラウディオに「脳筋」とバカにした目を向けられるが、どこ吹く風だ。
「しかし竜の目か。魔法を研究する身としては気になる。診せてもらっていいか?」
クラウディオも知的好奇心に突き動かされ、提案してきた。ひとまず今はともかく、後で診てもらうことで納得してもらう。
彼自身もそこまで急いでいるわけではないようで、あっさりと引き下がった。
「それでそのとき、どうにも二人同時に好きになってしまったことに気づいて、正直に伝えました。怒るかと思ったのですが、二人ともあっさりと受け入れて、身の置き所がないと言いますか……」
「だったら最初に言ったとおり、二人の面倒を見ればいいだけだと思うんだがな。先に来ていた魔人……エビサワって奴は所かまわず女に声をかけていたぞ。いや~、四人同時に口説き始めたときは尊敬すらした」
「え……海老澤さん、もう来ていたんですか?」
「ああ、来ているぞ。魔人ってことでちょっとは警戒したけど、アルバロの言ったような行動をとるし、面白い奴だから一緒に飲んだりしている。サブローとミコのお兄さんも一緒だ」
イルンにとって二人の印象は悪くないようだ。イチジローと海老澤がこちらに来ることはガーデンから聞いていた。
今回は予定が大幅に前後しているらしく、これくらいのずれは想定内である。
「兄さんはともかく、海老澤さんがご迷惑をおかけして申し訳ありません。今度きつく注意をしておきます。……聞いてくれる人ではありませんが」
「……本当にサブローでも彼に対しては遠慮がないんだな」
「一応、相棒ですから。けっこう不本意ですけど」
「ハッハッハ! そりゃいい。相棒として今度オレに特訓をつけるように言ってくれ。誘っても相手にしてくれなくてなー。酒なら付き合ってくれるんだが」
サブローが口を出しても、海老澤が訓練をつけることはないだろう。休暇を潰してまで人を鍛えるような殊勝な男ではない。
アルバロに素直にそう伝えるべきか、サブローは軽く悩む。クラウディがその姿を確認してから、ある事実に気づいて質問してきた。
「ところでサブロー。お前の悩みは解決したように見えないが、いいのか?」
「そ、そうでした……」
「お前……自分の問題を忘れていたな」
視線が泳ぐ。海老澤には常に頭を悩まされているため、仕方ないのだと自己弁護した。
「結局、二人が好きってのが揺らがないならオレの結論に戻るしかないだろう。なあ、イルンの兄貴」
「オレたちからすればそうだけど、サブローの国の事情もある。けどサブロー。ミコには悪いけど、オレたちはどうしてもフィリシア寄りの意見になってしまう。選ばないといけないというのなら、あの不憫な従妹を選んでくれると嬉しい」
イルンは穏やかに告げて微笑んだ。確かにこの三人に相談すればその結論が来るだろう。
ミコに申し訳ない気持ちを抱き、次は彼女寄りの人物に相談することを決めた。
「ところで周りはなんと言っているんだ?」
「兄さんは初恋もまだな自分に相談は無理だと言われました。海老澤さんはいいから二人に手を出せの一点張りです」
二人と面識のあるイルンは妙に納得する。相談をする意味をなさない人選であった。
「園長先生にも相談したのですが……どんな酷い結論であれ、僕の答えなら応援すると言ってくれました」
「……いい人だな。大切にしろよ」
クラウディオの声はとても優しかった。サブローとしては優柔不断な自分を叱ってほしかったのだが、園長はただ嬉しそうに見守る態度を崩さない。
少々自分に甘くないだろうか、と初めて園長に不満を抱いたのだった。
ひとまず、三人に礼を言い、またも結論を先延ばしにする。またフィリシアとミコに甘えないといけないのかと考えると、気が重かった。
サブローはとりあえず相談に乗ってもらったことに礼を言って、話題の終了をそれとなく伝える。自身の気をしっかり持たないといけない、という結論は同じだが、フィリシア寄りの意見をもらったことはありがたかった。
「サブローさん!」
そんなサブローにお構いなしに、フィリシアが声を張り上げる。なにやら怒っているようだ。
心当たりは山ほどあるため、どれだろうかと覚悟をする。
「フィリシア、どうしたんだ?」
なにやらただならぬ気配を察知したイルンが事情を知るために動く。フィリシアは眉を吊り上げたまま、事情を話し始めた。
「マリーのことです。サブローさん、マリーの荷物を一部持っていますね。すでに白状しましたよ」
あまり想定していなかった方向からの叱責に、サブローは目を白黒させる。
フィリシアの言う通り、荷物を詰め込め切れないマリーのために、サブローは一部自分の荷物に入れることを提案したのだ。
姉に知られると困るので、黙っていてほしいとエリックやアイに頭を下げるマリーの姿を思い出す。
「その通りですが……よく気付きましたね」
「荷物に積んでいる漫画の巻数が中途半端だったので、妙に気になって問い詰めました。ダメですよ、マリーを甘やかしたら。本人のためになりません」
「……申し訳ありません。でも、マリーに頼まれると弱くて……」
「師匠さんも同じことを言っていました。二人とも、ちゃんと締めるところは締めないといけませんよ? マリーに限った話では……イルン兄さん、なんで笑っているんですか?」
フィリシアの不機嫌な問いに対し、腹を抱えてうずくまるイルンは待ったと手を伸ばす。
アルバロなどは遠慮なく大笑いし、クラウディオも吹きだして顔を背けている。
「ま、マリーに対しては本当、変っていないな」
「ハッハッハ! お前とその両親との話を思い出すぞ!」
懐かしいことを思い出したようで、イルンたちの顔はとても明るかった。
ただ一人フィリシアは不満を隠さず、声を荒げる。
「マリーの話をするといつもこれです。私はもっと真剣に考えていますからね!」
ひとまず、フィリシアの機嫌を直さないといけない。愚痴を受け止め、真摯に対応することを約束してようやく眉尻を下げることに成功したのだった。