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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一三五話:サブローの相談事その1



 旅行の日は訪れた。

 いつの間にか用意された大型の魔法陣によって転移は完了し、サブローたちは施設の家族を伴って地の里にたどり着いた。水の国との提携のおかげで、ガーデンは魔法の術式を取り込み、技術を発展させていた。

 科学の最先端技術を持つガーデンが魔法というオカルトなものを技術として取り込むのはどうか、という意見もある。長官は制御できるギフトのようなものだと説いて、研究に予算を割かせていた。

 その恩恵を受ける立場にあるサブローは久々の地の里にたどり着き、浮かれていた。

 周囲は見覚えのない大きな建物であり、来る前と同じく巨大な魔法陣の上に立っている。大量の物資や人物を運ぶ用の魔法陣は水の国と地の里に作った。水の国王が主導し、異世界との交流を盛んにさせたようだ。

 ただ、こちらの建物は急きょ用意した仮の物であるらしく、簡単なつくりの壁と天井で仕切られていた。プレハブの中にいるようなものだ。


「はぁ、魔法すごい……」


 フィリシアの隣にいるタマコが、夢見心地でつぶやいた。漫画や小説が好きな彼女にはまさに夢のような話だろう。

 とはいえっても、危険な状況に飛び込ませるわけにはいかない。ガーデンの隊員が護衛すると言っていたが、サブローが動いてもいいだろう。

 結論付けながら、出迎えた地の里側の相手を前にする。


「本日はお越しいただきありがとうございます。客人としておもてなしをさせていただきます。……それとサブロー、フィリシア、ミコ、久しぶり」


 にこっ、とさわやかな笑顔を黒い長髪の男、イルンは浮かべた。地の里の次期族長候補であり、フィリシアの従兄だ。


「イルンおにいちゃん、ひさしぶりー!」

「おー、久しぶり―マリー。いやー、背が伸びたな。母さんも喜ぶよ」


 マリーの頭を撫で、イルンはより目じりを下げた。映像で動くところは見ていたが、マリーを目の前にして本当にうれしそうだ。


「うん、叔母さんに会いたい! あ、その前にねー、みんなを紹介しないと。園長先生でしょー、ナナコちゃんでしょー……」

「そういうのはあとで教えてくれ。まずはみんなを案内しないとな。お恥ずかしいところをお見せしました。地の族長の息子、イルンです。フィリシアとマリーがお世話になっています」

「これはご丁寧にありがとうございます。私が園の責任者である林康子です。お二人とも良い子で助かっております」


 それはよかった、とイルンは満足げにうなずく。施設の家族を案内し、建物の外に出た。

 広いが、人里から離れた殺風景な場所だ。確か地の族長屋敷とそう離れていなかったはずだ。見覚えがある。

 なにしろこの場所はサブローたちに馴染みが深い。障害物もなく、人通りも少ないため、ミコがフィリシアを鍛えていたところだ。

 事実、ミコとフィリシアも気づいて感慨深そうにしている。


「こっちに転移の建物を作ったんだ」

「懐かしいだろ。ミコがフィリシアを鍛えていたところだし」


 イルンの言葉に、タマコを始めとした施設の家族が反応する。天使の輪を使用した彼女たちを、エリック以外は見たことがないので興味深そうだった。


「それにしても、わたしたちが出発したときは朝早かったけど、こっちではもう夕方なんだね。不思議ー」


 タマコが太陽の方角を見て呟いた。サブローたちは頻繁に訪れていることもあり、時差に慣れていたのだが家族たちはそうもいかない。数日もすれば慣れるだろうから、流れに任せるしかないのだが。

 園長もうなずき、珍しそうに空を見上げる。


「飛行機で徐々に変わっていく時差と違って、一気に時間が変わるのはなんとも不思議な体験ですね。貴重ですので、今日のことは覚えておきましょう。サブローやフィリシアさんがよく体験している出来事ですし」


 サブローは自分の親代わりである彼女が機嫌よさげであることに気づいた。いつも異世界に向かうサブローたちを、悲しげに見送っていた。危険な目に遭わせるのが嫌だったのだと、今のサブローは察することができる。いや、ようやくできるようになった。

 そう考えれば、今回のように危険のない異世界旅行を園長が歓迎するのは自然であった。




 イルンの案内でそれぞれに割り当てられた部屋に散らばる。

 地の族長夫婦と園長のあいさつも済み、サブローはようやく一息つけた。イルンもまた同じ状況だったようで、ようやく再会を喜び合うことができた。


「これでゆっくり話すことができるな。それにしてもサブロー、大活躍じゃないか。創星の勇者に選ばれるなんてな」

「お? オレの話題かな、アニキ」


 創星が浮かび上がり、イルンは嘗め回すように見る。事前に創星の性格について聞いていたのか、驚きも最小限だった。


「ハハ。創星様がだいぶ気安いお方だと噂だったけど、本当みたいだな」

「最初は僕も戸惑いましたけどね」

「けど創星様はオレたちにとって敬うべき存在だ。初めまして、創星様。わたしは地の一族の……」

「あーさっき聞いたからいいよ。それにフィリアネゴの親戚に気を遣わせるとか恐れ多い……」


 ぶるっと震える創星を前にして、イルンがようやく戸惑う。フィリアネゴが誰を指しているかを察し、サブローに説明を求めてきた。


「フィリシア、先代に似ているのだそうです」

「それでフィリ“アネゴ”か……」


 微妙な表情をイルンはしている。仕方のないことだ。


「まあいいか。アルバロも楽しみにしていたし、水の国での活躍も詳しく聞かせてくれ」

「……その前に一つ相談に乗ってほしいのですが…………」

「構わないぞ。……あれ? サブロー、さっきフィリシアのことを呼び捨てにしなかったか?」


 いまさら彼がツッコミを入れたところで、タイミング良くフィリシアが現れる。彼女はイルンに挨拶してから、サブローの腕を遠慮なく抱きかかえた。

 その様子を見てイルンが顔を綻ばせる。


「あの、フィリシア……」

「まさか咎めませんよね? ちゃんと子どもたちの前では我慢していました。今はイルン兄さんしかいませんし、構わないではありませんか」


 我慢を強いているように言われるととサブローは弱い。反論はあきらめてなすがままにさせた。


「ああ、そういうことかフィリシア」

「はい、見ての通りです。サブローさんが真面目すぎることが、不満ですけど」


 そう言われてもまだ正式に付き合っている身ではない。好意は嬉しいが、同時に罪悪感も大きかった。


「あ、フィリシアずるい!」


 ビクッとサブローが震える。ミコが頬を膨らませながら近寄ってきた。

 フィリシアはその姿を認め、空いている片側を指す。


「ずるくないですよ。ちゃんとそちらは師匠さん用にあけておきました」

「ありがと……? で、でも人前だし……」


 ミコがうつむいて身体をもじもじさせる。人前でなければ遠慮はしないのだが、イルンがいるためそうもいかない。

 フィリシアはそれをいいことに独り占めを堪能し始める。


「では私は遠慮なく」

「ず、ずるい! う、うぅ……」


 仕方なくミコはサブローの裾をつまんだ。今はこれが精いっぱいなのだろう。

 サブローが恐る恐るイルンの顔をうかがうが、なぜだか尊敬の念が浮かんでいた。


「すごいなサブロー。フィリシアにその関係を納得させるとか……好きな人は独占したいんじゃなかったか?」

「そうは言いますがイルン兄さん。正直手段を選んでいられない理由がありまして……。あの女を忘れさせるためなら、なりふり構っていられません」


 まだ気にしていたのかとサブローは驚いた。フィリシアは忌々しげに過去の出来事に目を向けている。


「そうか。まあお前が幸せならそれでいいよ。おめでとう、フィリシア、ミコ」

「ちょっと待ってください。この話はまだ決着がついていません!」


 どうにか流されそうだったので、必死にサブローは食い下がる。イルンが心底不思議そうな顔をしているが、彼らの文化的には仕方ない。

 とはいえ、さすがにフィリシアたち当事者の前で相談できるわけがなかった。手詰まりの状況である。

 そんなサブローに救い主が現れる。


「あ、おにいちゃん。こんなところにいた!」


 マリーの気配がしたため、不満げながらもフィリシアはスッと身体を離した。ミコもホッとしたようである。

 サブローも喜んで遠慮なしに抱き着くマリーを迎えた。


「サブローはお兄ちゃんと呼んでいるんだな、マリー。まあ将来的にはあり得なくないしいいのか?」

「イルンおにいちゃん、マリーは出会ったときからおにいちゃんって呼んでいるよ。だっておにいちゃんって感じがしたもん」

「ん? んん~~……子ども言うことはよくわからないな、サブロー」


 イルンに笑い返すと、マリーが拗ねて唇をとがらせる。当時呼んでもいいと答えたのはサブローであるため、マリーをフォローすることにした。


「今ではすっかり呼ばれ慣れてしまって、マリーに名前で呼ばれると寂しいと思います」

「仲が良いな。けどマリー、サブローを借りるぞ。アルバロだって顔を見たがっているんだ。フィリシアたちもくるか?」

「そうですねー。そうしたいのは山々ですが、まずはナナコたち下の子の様子を見てからでないといけません。スティナにも後で顔を出すと伝えてください」

「あいよ。ミコは?」

「フィリシアと一緒で家族の面倒を見ておかないといけないし、いったん戻る。マリーは連れていくね」


 後で合流することを決めて、女三人が園長の元へと戻っていく。その後ろ姿が曲がり角に消えた瞬間、サブローはイルンに縋りつく。


「これが相談したいことです」


 「え?」とイルンが目を丸くしている。サブローの必死な姿に若干引き気味だったが、構っていられなかった。

 余裕なく現状をぶちまけ、途中呆れられているのを感じたが、それでも助言を求めたのだった。



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