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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一三三話:どちらも大事な居場所



 ミコが入ってきて、施設がより騒がしくなった。彼女は面倒見がいいため下の子の人気が高い。マリーなど飛びつかんばかりに喜んでいる。


「ミコおねえちゃん、お帰りなさい!」

「ただいまーマリー。あー癒される……」


 マリーを抱きしめて弛んだ顔をするミコを見て、サブローはなにかあったのだと勘付いた。ため込んだストレスを発散している様子だ。後で詳しく話を聞かねばならない。


「久しぶりだな、ミコ」

「ナギ、久しぶり。その恰好似合っているよ」

「なら今夜の相手を……」

「ナギ、子どもたちの前です」

「おっと失言だな。ありがとう、ベティ」


 注意をしたベティにナギは礼を言う。親衛隊であるベティもこちらの服装だが、落ち着いたOLのような雰囲気をまとっていた。


「サブ、フィリシア、ただいま」


 フィリシアともに帰りを歓迎する。顔を綻ばせたまま、ミコはマリーを降ろしてサブローの傍に立った。


「ああ、疲れた。やっぱ支部よりこっちがいい」


 発言内容通り、ミコはしばらく支部へ出張していた。天使の輪を変化できた貴重なサンプルで、フィリシアのように予備隊員扱いではない正規使用者であるため、あちこち引っ張りだこだった。

 今回も支部で活動している、天使の輪の適合者と会う予定だったはずだ。ミコの先輩にあたり、立派な女性だともっぱらの評判だった。


「綺堂先輩は相変わらず親切で優しかったけど、やなオヤジがいてさ」

「師匠さんがそこまで言うほどですか?」

「うん。何度殴り飛ばそうかと思ったけど、妄想でとどめられた」


 なかなか物騒なことを口走っているが、我慢できるだけ大人になったものである。昔ならクビになっても殴りかかっていただろう。


「ミコおねえちゃん。お疲れさまー。マリーで癒されていいよ!」

「ありがとう。でも遊んできて。あたしが独占するわけにはいかないしね」


 羨ましそうに見ているインナを一瞥してから、ミコはマリーを行かせた。結果、フィリシアとミコに挟まれ、サブローは少し居心地悪く感じる。

 二人は早く決めろと急かすことがない。それをいいことに、この関係にサブローは甘えていた。よくないことだとわかっているはずなのに。

 そんなことを考えていると、ミコがもたれかかる。羨ましげに見たフィリシアも実行しようとしたが、その前にサブローは警告する。


「ミコ、施設でそういうことはダメだと決めたはずです」


 これはフィリシアも交えて決めていた三人のルールだ。今は誰も見ていないとはいえ、子どもに悪影響を与えたくない。

 ミコ自身も充分わかっているはずだった。


「うん。でもちょっとだけ……ハゲのセクハラが酷くて、疲れちゃってさ……」


 その事実にサブローはもやっとした気分を抱え、ミコの頭を撫でる。そっと離れた彼女は途中、サブローの顔をうかがって上機嫌になった。


「サブでもそんな顔をするんだ。やっぱりあたしのことを独占したい?」

「そう思う資格がないのは、重々承知のはずでしたが……」


 サブローは自嘲気味につぶやく。頭ではわかっても、心は思うようにいかなかった。

 ミコは満足そうにうなずき、さりげなく手を握ってくる。


「これくらいはいいよね? ほら、フィリシアも」


 ミコに促されて、フィリシアも倣う。自分にはもったいないくらいの女性たちだ。それでも手放したくないと、サブローは贅沢なことを思ってしまうのは止められなかった。




 しばらくしていると、アイが興奮した様子でナギに話しかけていた。連れ添っているマリーとアレスが呆れている。

 一方、ナギは機嫌よく相手をしていた。おそらくアイを気に入ったのだろう。


「じゃ、じゃあ本当にわたしたちと変わらない歳から、勇者として頑張っていたんだ。……あ、えっと、いたのですね」

「ふふ、いつもの口調で構わないぞ。そうだ。君と同じ歳くらいにこの虹夜の聖剣に選ばれて、戦ってきた。すべては君のような、心の“灯り”を消させないためにだ」


 それからアイはナギに勇者としての活躍の話をねだった。話を聞いて、物語と一緒だとはしゃぐ。

 一方、アレスは疲れたように口を挟んだ。


「その話なら里にいたころ、何度もおれたちに話していた奴じゃないか。アイがよく知っている話だろ?」

「本人に聞くのとぜんぜんちがうの! アレスはわかっていない!」

「むだだよ、アレス。アイは勇者の話となると夢中になるから。しかも本人を前にしているからね……」


 アレスが「そ、そうか」と若干引いた様子でアイに謝罪していた。ドンモと旅をしていたときは話を聞く余裕がなかったが、今なら絶好の機会だろう。

 実際、ナギの前にアイの相手をして疲れているドンモの姿があった。なお一緒に相手をしてたインナは活き活きとしている。


「アイの勇者好きも困ったものですね。ラムカナさんをあんなに疲れさせて」


 エリックが苦笑しながら話しかけてきた。一緒にやってきたクレイがケーキを乗せた皿を勧めてくる。


「よかったらこれ、ぼくが作った奴だから食べ欲しいんだな。アイに関しては放っておいてもいいと思うんだな。ナギさんも楽しそうだし」


 さすが付き合いの長い二人である。アイの性格をよく把握していた。エリックは目ざとくフィリシアとつないだ手を発見し、笑顔で祝福する。


「それにしてもようやく気付いたんですか。フィリシアさん、おめでとうございます」

「ありがとうございます!」

「いや……まだ祝われる段階ではありませんけど。それにようやくとはいったい?」

「え? ぼくらと出会って早い段階で、フィリシアさんはサブローさんのことが好きでしたよ」


 サブローが勢いよく振り向いてからフィリシアを凝視すると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。あんぐりと口を開き、「まさか」と小さく呟き、エリックの呆れた視線に出迎えられる。


「今、初めて知ったんですか……」

「そ、そう言われましても、当時はいろいろと余裕がありませんでしたし……」

「でもサブ、あたしの想いには全然気づかなかったし、根本的に鈍いところあるよ」


 ミコに責められ、サブローは愕然とした。


「…………僕って知らなかったとはいえ、けっこう最低な告白をしていませんか?」

「いまさら言う?」

「まあまあ。私は嬉しかったですし、ずっと好きでいてもらって構いません」


 フィリシアの優しさが胸に痛い。より重たい気分になり、早く決めなければという想いが頭をぐるぐる回る。

 クレイが慰めるようにケーキを手渡してきたので、ありがたく受け取った。


「焦ったところでいい考えは浮かばないんだな。とりあえず甘いものを食べて糖分を補充するんだな」

「ありがとうございます。はぐ、美味しいです」


 実際甘さが身に染みた。甘党であるサブローにはありがたい。

 しみじみと自分の不甲斐なさを噛みしめているとき、タマコとアリアが姿を見せる。


「なんで落ち込みながらケーキを食べているの?」

「ミコとフィリシアに失礼な告白をしたことを、より実感しました」

「また? むしろフィリシアさんは嬉しそうだし、別にいいと思うけど」


 アリアは当たり障りのない返事をする。なるようになるといつか言っていたのは彼女だった。


「まあサブお兄ちゃんって意外と惚れっぽいからね。それより、わたしたちもフィリちゃんの世界に行けるって本当?」

「長官さんが招いていいと仰っていました。園長先生とも相談するそうです」

「へー。だったらわたし行きたいなー。フィリちゃんたちの世界にとっても興味ある」

「私もタマちゃんを連れて行きたいです。今回は地の里という、私たちの親戚のところです」

「となるとあたしたち、風の一族も参加かな? 本来ならもっと早く行く予定だったから、なんか不思議」


 アリアの感想ももっともだ。サブローの横やりがなければ、彼女たちはあそこにたどり着いたはずである。

 十か月近く経ってようやく連れていけるというのは、感慨深かった。ぽつりとサブローは呟く。


「水の国王様が気を遣ったのでしょうか?」

「水の……そういえばフィリシアさんは元々知り合いで、サブローさんは出会ったんですよね。どういう人でしたか?」

「自由な人でした。王族と思えないくらい気さくな人で、茶番につき合わせたがる……そんなお方です」


 遠い目をするサブローに対し、エリックは片頬をひきつらせた。こほん、と咳ばらいして気を取り直す。


「ま、まあ、研究室に魔法と科学を使った機械を頼んでいましたので、ある程度は予想していました」

「そうでしたか。たしか精霊術一族の会議のため、地の里に集まるそうなので、そのときにお会いできるかもしれません」

「精霊術一族の会議ですか。風の一族はどういう扱いになるのでしょうか」


 エリックが不安そうにする。彼らの一族はほぼ滅んだも同然だ。一部の他国に移り住んでいた風の一族のほかは、この七人しか存在しない。これでは一族を名乗れるのか不安だろう。

 サブローは彼を安心させるため、笑顔で続けた。


「大丈夫ですよ。地の族長も、水の国王陛下も、風の一族に対して好意的でした。悪いようにはしないと思います」

「サブローさんの言う通りです。私が風の族長として会議に参加することを、お二人は後押しするでしょう」

「まあ親戚筋の地の族長や、風の一族に好意的だった水の国はそうですよね。問題は……火の一族でしょうか?」


 エリックの発言で、まだ会っていない精霊術の一族が存在することにサブローは気づく。どういう人たちなのだろうかと気になった。そのままサブローは口にする。


「火の一族ですか。僕はあったことがありません」

「一つの土地にとどまらない方々です。大陸を端から端に移動し、家畜の群れを率いながら暮らしています。精霊術一族で一番数が少ない一族でしたが、傭兵として名高い一面も持っているくらい戦に長けています。ですので、強い人間こそ人を率いるべきだという価値観があります」

「私たち、風の一族は長く平和に暮らしていたので、精霊術一族の中で一番弱いんですよね。でも、今代の火の族長は他の精霊術一族にも理解を示してくれるいい人です」


 それなら何の問題もないだろう。サブローは安心して当日を待つ心構えになった。


「それにしてもサブお兄ちゃん、すっかりあっちの世界の人みたいだね」

「変な言い方で困ります、タマコ。……どっちも僕にとっては大事な居場所です」


 あまりにも多くの人と関わってきた。逢魔を倒すためだけの関係では終われないだろう。

 それはそれで嬉しくもあり、新たな縁を大事にしたいとドンモたちを見回しながら、サブローは考えていた。



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