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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
最終部:お終いは魔王城でどうぞ
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一三一話:帰ってきた日常


 竜妃を倒してから二か月がたった。季節は夏になり、太陽の眩しさも増していく。

 異世界だと水の国はもっと暑く、イルラン国が日本と似たような気候だが、他は割と過ごしやすい気候だった。その分冬がきついとのことだ。

 そんなどうでもいいことを考えながら、サブローはガーデンの実験室を出る。今日は世界渡りの力を検証していた。謎の多い能力のため、いまだ解析ができていない。

 竜妃(ヒメ)ほど自由に使えないことは、早い段階で気づいた。もともと異世界に向けてしか扉を作れず、同じ世界に扉を作ることはできない。要は今の場所から同じ世界の別の場所への移動は無理だった。

 また、竜妃と違いサブローでは細かい位置を調整することが無理であった。こちらはただの訓練不足とのことだ。

 エンシェントドラゴンの話も聞いたが、この能力がサブローに移った理由ははっきりしていない。竜妃の執念が能力を与えたのではないか、と茶化しながら言っていたが。


「サブローさん、もうお仕事終わりですか?」


 待っていたと思わしきフィリシアに声をかけられ、サブローは微笑む。彼女たちは二週間ほど病院に入院していた。

 その内、五日ほど身体を全く動かせず、同性の看護師に介護を受けたのだった。あれほど恥ずかしい思いをしたのは初めてだと二人に愚痴られたのも、もうだいぶ昔のように感じる。


「はい。これから少し散歩してから、家に帰ろうかと思います」

「付き合います。どうせならなにか作りましょうか?」


 フィリシアの提案にひそかに困りながらも、顔に出さずにサブローは頼んだ。一人暮らしの許可が出たため、今は部屋を借りて暮らしている。

 先月、私物が増えたサブローの部屋を見た園長が、なぜだか安心したようで許可を出したのだ。

 念願の一人暮らしだが、静かに暮らすことは無理だった。近くにあるためか第二の施設と認識され、マリーをはじめとして施設の家族が遠慮なく訪れる。その上、仕事帰りはフィリシアかミコ、あるいは両方がほぼ毎日通ってくる。

 毛利などは通い妻とやっかみ半分でからかってくるが、サブローとしては非常に困った状況だった。

 いまだどちらに告白するのか、心を定めていない。不誠実極まりない状況だというのに、二人は構わず恋人のような接し方を求めてくる。

 施設の家族と一緒にいるときや三人でいるときならともかく、片方と二人きりになるとかなり危うい。サブローも思わず流されそうになる。

 両想いだというのに、自分のせいとはいえ、竜妃のときに続いて面倒くさい状況になってしまった。気を引き締め、フィリシアを伴って帰宅する。


「それにしても日本の夏って暑いですね。私たちは風の精霊に頼んで、周囲の気温をある程度操作できますが」

「すごく羨ましいです。この時期はどうしても汗をかいてしまって……あ、近寄らないほうがいいですよ。汗臭いですし」


 サブローが忠告するのだが、フィリシアは遠慮なく身体を寄せてくる。

 たしかに彼女の周りはひんやりとして心地いい。精霊術のすばらしさを堪能しつつ、フィリシアの甘い匂いに頭がどうにかなりそうだった。そのうち表面上を取り繕うことすらできなくなるかもしれない。

 それにしても彼女の身体が近い。一度こちらの汗臭さを気にして制汗スプレーを使っていたのだが、妙に不評だった。フィリシアが言うには、そのままのサブローの方が好きだと言っていた。どういう意味だろうか。

 疑問を頭の片隅に置き、二人並んで他愛のない会話をしながら歩き続ける。帰る前に少し回り道をするのはサブローの日課になりつつあった。フィリシアやミコも文句を言わずに付き合ってくれる。

 途中、さりげなく彼女が手をつないでくる。この場にいないミコに罪悪感を抱きながらも、嬉しそうなフィリシアの顔に負けて握り返す。

 そのまま食材の買い物へ向かった。




 サブローが借りた部屋は施設からの近さを基準に選んだ結果、そこそこ古いマンションの一室になった。

 とはいえ部屋は広く、家賃はさほど高くないためサブローは気に入っている。最近買い込むようになった時代劇のDVDや城の本なども遠慮なく置ける。結構一人暮らしを楽しんでいた。

 買い物袋を二人で分けて持ち、エレベーターから降りて部屋の前に立つ。鍵を開ける前に、人の気配を感じた。隣のフィリシアが少しだけ不満そうにする。


「またマリーでしょうか?」

「よく遊びに来ますからね。まあ、僕は賑やかで楽しいですが」


 言いながらも内心、マリーへと感謝した。よく訪ねてくるマリーたちを外で待たせるのはどうかと思ったので、代表して合鍵を渡しておいたのだ。ちなみにそれ見たフィリシアとミコにせがまれ、合鍵を余分に作る羽目になった。

 さっそく鍵を開け、サブローは自分の家へと入り込む。ドタドタと廊下を走る音がした。


「おかえり、おにいちゃん!」


 マリーがまっすぐサブローの胸へと飛び込んでくる。絶対受け止めてくれるという信頼が感じ取れてうれしいのだが、危ないので何度もやめるように言っていた。効果はまったくない。


「マリー……サブローさんに迷惑でしょう。突進してくる癖、やめてください」

「でもおにいちゃんなら余裕で受け止めてくれるし……」

「それはマリーのためですよ。怪我させないように気を付けているだけです。……今夜お話ししましょうか?」


 フィリシアが提案した途端、マリーの顔が恐怖に満ちる。相変わらず姉に頭が上がらないようだ。サブローは助け舟を出す。


「まあまあ。玄関で話し込んでも仕方ありませんし、中へ入りましょう。マリー、アイスを買ってきましたけど食べますか?」

「うん、食べる! あ、でも今日はお客さんを案内していたんだ。おにいちゃん、おねえちゃん、ちょっと来て」


 客、と言われてサブローたちはキョトンとした。とりあえず買い物袋を台所の机に置き、アイスだけを冷凍庫に入れ、マリーの案内でリビングに進む。

 入り込むと見知った顔が、ソファーの上でくつろいで待っていた。


「サブロー、お帰り。勝手にくつろがせてもらったぞ」

「カイジンさん、フィリシアちゃん、おひさー。けっこういいところに住んでいるのね」


 ナギとインナがこちらの世界の服装で、麦茶を飲んだり部屋を観察していたりした。マリーはいつの間にかサブローの部屋の間取りを把握し、来客用のお菓子と麦茶を出していたようだ。後で褒めようと心の隅にとめておく。


「お二人とも……来るなら言ってくれれば僕が案内しましたのに」

「驚かせたくてな。ベティも連れてきたが、今は君の実家で待ってもらっている。なにやらあそこの園長と話が合うようだ」

「それとラムカナとゾウステも来ているわよ。エビサワくんが案内を買って出たけど、ラムカナがイチジローさんと一緒に見張ることになっているわ」


 そっちは苦労しそうなメンツである。思わずドンモと兄の胃痛を心配した。

 マリーは珍しくサブローの膝ではなく、久しぶりの再会が嬉しいのか、インナの隣で可愛がられている。


「それにしてもイチジローに施設の方に案内されたが、みんな良い子たちだ。あそこは眩しくて心地いい」

「ナギの言う通りね。みんな可愛くてつい持ち帰りたく……ごほん。もっと可愛がりたくなるわ」


 インナが言い直す前の発言には触れないでおく。どうやら二、三日こちらに滞在し、今日は施設で歓迎することになっていたらしい。

 サブローとフィリシアに知らせなかったのは、急な話だったことと、驚かせたかったという二つの理由からだと聞かされる。


「でしたら今日買った食材は冷蔵庫に入れておいて、ご飯を作るのはまた後日ってことになりますね」


 サブローがそのフィリシアの発言に同意すると、インナが興味深そうに目を輝かせる。


「食事を作るって……もしかして二人って……」

「両想いです」


 フィリシアが嬉しそうにサブローの腕を抱き寄せた。間違っていないし嬉しいことではあるのだが、サブローは複雑な気持ちであった。


「よかったわね、フィリシアちゃん!」

「はい! とても嬉しいです」

「……喜ぶのって早くありませんか? まだ答えを出していないはずですが」


 サブローが言うと、インナが首をひねる。対し、事情をある程度知っているナギが眉根を寄せて口を開いた。


「なにを迷っているかわからないな。フィリシアとミコ……別にどちらかを選ぶ必要はないだろう。勇者なのだからどっちも娶ればいい。ついでにわたしにもサブローを貸して欲し…………」

「ダメです」

「フィリシア。先っぽだけでいいか……」

「絶対ダメです。師匠さんでギリギリです」


 なにがギリギリだろうか。サブローはため息をつきながら、決まった返答をする。


「前にも言ったではありませんか。こちらでは勇者特権なんて存在しませんし、伴侶は一人しか持てません」

「けど選べないのだろう?」


 ナギの断言にサブローは思わずひるむ。優柔不断な自分に愛想を尽かしてくれたのならいっそ楽なのだが、二人ともその気配がない。

 結局今の関係が心地よく、二か月もずるずる続けてしまった。肉体関係になるのだけは阻止してきたが、それはそれで失礼な気もする。

 そしてナギに詳しいことを聞いたインナが、なんとも判断のつかない顔で感想を述べ始めた。


「はあ……二人同時に目の前で告白とかすごいわね。カイジンさんにしては不誠実というべきか、馬鹿正直でらしいというか」

「やはりオコーさんは呆れますよね……」

「んー……私のところの教えは別に複数の伴侶を禁止していないし。ナギのところのンモラ教だったら違うけど」

「おかげでわたしは目の敵にされている。まったく、大きな愛は一人にとどまらないものだというのに」

「あんたはそれ以前の問題よ。まあ、カイジンさんの場合はちょっと安心したかなって」


 意外な結論にサブローは興味深く続きを待った。インナは穏やかな笑みをサブローに向ける。


「顔に余裕が出ている。前は幸せになる発想すらなかった印象だったから、私もようやく安心できるわ」


 園長にも一人暮らしをする際、似たような言葉をもらった。よっぽど以前のサブローは危なっかしく見えたのだろう。

 色々な人に心配をかけたのが申し訳ないが、自らが変わった理由には心当たりがある。隣のフィリシアと、ここにはいないミコに感謝をした。


「さて、それでは施設に行きますか。着替えてきますので、待っていてください」


 ついでに汗も拭くため部屋を移ろうとしたサブローの裾が引かれた。近寄ってきたマリーがこちらを見上げている。


「おにいちゃん、勇者だからお嫁さんをいっぱいもらえるんだよね?」

「日本では無理ですよ」

「でも、あっちだったらできるんだよね? だったらマリーも、おにいちゃんのお嫁さんになりたい!」


 サブローは自分の頬が引きつるのを感じていた。フィリシアの眉がどんどん吊り上がっているのが見える。


「…………勘弁してください」


 サブローの弱々しいつぶやきに続き、フィリシアが妹を長々と説いて諦めさせたのだった。



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