一二九話:ずっと傍に
一通り涙を流してようやく落ち着いたサブローは、ドンモたちを探すことを提案した。
二人の同意を確認し、ガーデンに報告を入れてイチジローを捜索してもらおうとして、フィリシアがその役割を請け負った。
「その、タブレットの操作だけを行ってから、後は私たちに任せてください」
気遣いが嬉しく、言葉に甘える。通信の中継用の術式が刻まれた機器を起動して、タブレットを操作した。
ガーデンの通信部につながり、毛利が出る。フィリシアが対応し、現状を報告した。
『はあっ!? 竜妃を倒したって……マジッスか!?』
信じられないと言った様子の毛利に、竜妃の遺体を見せる。サブローはあまりいい気分がしなかったが、仕方がない。
何度も確認したあと、毛利がまだ半信半疑の状態でため息を吐く。
『竜妃を倒したとか……大金星じゃないッスか。それになんか天使の輪が変じゃないッスか? 二人とも』
「イチジローさんと同じ強化が出来ました。後で報告書にまとめます」
『びっくりするようなことが連続して聞きたいことは山ほどあるッスけど……フィリたん。なにをすればいいッスか?』
「エビサワさんの位置情報を送ってください。それとイチジローさんが敵の転移術で飛ばされました。行方の捜索をお願いします」
『了解ッス。エビやんの位置情報を送るッスから、機器の電源を落とすのは通知が来てからにするッス』
そう言い残して毛利は通信を切った。指示通り通知が来るのを静かに待つ。
「サブ、竜妃はどうする?」
「連れて行きます。置いといて、魔物や獣に顔を食べられるのは嫌ですから」
竜妃は首から上を生身のまま身体を魔人に変化させている。死体になっても解かれずそのままだ。
生きていたころなら、人の部分に攻撃を受けた瞬間、その一部だけを変化させて受けるようになっている。無意識レベルに出来るのだと、いつか語っていた。
もっとも、死んでは意味をなさない。変化しない魔人程度の硬さはあるが、獣はともかく魔物の牙までは防げないだろう。
恐怖の対象でもあったが、そんな悲惨な状態にはしたくない。サブローは竜妃を背負い、知らされる場所へと向かう。
竜妃が砕いたと思わしき瓦礫を三人は協力して取り除き、埋もれている仲間を全員助けた。
途中海老澤が意識を取り戻したり、もともと起きていたナギがフィリシアたちの武装の変化に反応したり、騒がしくなった。
最後のイ・マッチを助け、ようやく一段落つく。
「……にしても、結局お前が殺ったんだな。サブロー」
「みなさんが先に戦ってくれたおかげです。それにいつもの戦い方が出来れば、けっこう相性が良かったみたいです」
「そりゃそうだろ。鰐頭の野郎がそういう風にお前を仕込んでいたんだからな」
サブローは思わず目を瞠った。地面にあぐらをかいている相棒はどこかバツが悪そうだった。
「知っていたんですね」
「鰐頭が酔って俺に絡んだ時にな。お前が竜妃を倒すことを望んでいたみたいだぞ」
「そう、ですか……」
「あまりうれしそうではないな、サブロー」
ナギの疑問に、フィリシアとミコが顔を暗くする。彼女たちは理由を知っているからだろう。気を遣わせて申し訳ない。傷つけてしまったことも。
後で詫びなければいけないと思いつつ、ナギに答えようとする。だがその前に海老澤が正解を言い当てた。
「そりゃま、惚れた女を自分の手で殺せば落ち込むわな」
「惚れっ……えっ!?」
イ・マッチを始めとして、三人の勇者の顔は驚愕に彩られた。サブローも海老澤に知られていたことが意外だった。
「気づいていたのですか?」
「安心しろ、俺くらいだ。鰐頭もケンちゃんも、サンゴちゃんも気づいていない。本当、意味が分からんわ。両想いの癖に互いに振っているような状態だし、そのくせ未練たらたらだし。だいたいあんなことされてまだ好きって、ドMか」
語調の割に、海老澤は心配そうであった。思わずサブローは苦笑してしまう。
「まあ、その気があることは否定しません」
「え!? そうなんですか……?」
「フィリシアが反応するなよ。けどま、冗談を返せるとは思わんかった」
少しだけ安心した海老澤に、サブローは穏やかな気分で続ける。変色した右手を見つめ、竜妃が残したものを噛みしめた。
「辛いは辛いですが、同時に解放されて安心もしています。忘れることはできませんが……」
「忘れてください」
先ほど冗談に反応していたフィリシアが、声色を硬くして割り込んできた。そのまま足早にサブローのもとまで進む。
「私、告白されたのに自分の都合ばかり押し付けたあの女が、大嫌いです。そんな相手に苦しんでいるサブローさんを見るのも嫌です。しかも呪うような真似まで……。竜妃の言うことなんて、無視しましょう。私が忘れさせてみせます。だから……」
「申し訳ありません。僕は絶対に忘れません。忘れたくありません」
サブローの答えに、フィリシアは歯噛みする。予想はしていただろうから、ショックは少ない様子だった。サブローは柔らかい彼女の髪を撫でて、明るく笑う。一度目が合ったミコがうなずいた。
「ですが、ヒメの言う通りにはなりません」
「え? どういうことですか?」
「ヒメの言う通り、思い出して落ち込むことも、愛した人を殺した罪につぶれることも、絶対にありません。たとえ思い出しても、そんなことがあったな、って流せます」
「当然。あいつが言うほど、サブは弱くないからね」
ミコが嬉しそうに保証する。サブローの強さを肯定してくれるのは彼女だ。だから自分の強さを信じることができる。
それでもまだ納得いっていない様子のフィリシアと、油断しているミコをサブローは自分に引き寄せ、腕の中に収めた。
「え、サブローさん!」
「サ、サブ? きゅ、急に……」
戸惑う二人だが、抵抗はない。密かに安心しながら、より強く抱きしめる。
「大丈夫です。二人が助けてくれました。もう負けません。ちゃんと幸せになります。だから安心してください。僕は……」
一度に言いきってから、サブローは身体を離した。どこか顔の赤い二人の顔が見える。おそらく、自分も似たような顔だろうと予想する。
「あなたの傍にずっといたいです」
言ってから、さすがに恥ずかしくなって離れた。二人があわあわと狼狽えているが、さすがにフォローする余裕はない。
熱い顔を風で冷まそうと振り返ると、ドンモが感慨深そうな顔でサブローを見ていた。
「いつの間に大きくなったわね。ようやくアンタを見ていて安心できそう」
「ご心配をおかけしました」
「ま、アタシはともかく、イチジローにそんなアンタを見せなさい。ずっと心配していたんだから」
屈託なく笑うドンモの言う通りであった。竜妃の死体を背負い、いったん山に降りることを提案する。
すると、ナギが興味深そうに一つ尋ねてきた。
「サブロー。もちろんあの二人を娶るのだろう?」
なにがもちろんだろうか。その辺は少しの間だけ、保留させてほしいとささやいた。
きちんとどちらか、答えを出したいとサブローは思ったからだ。我ながら気が多い、とただ自分に呆れるのだった。
兄であるイチジローはあっさりと発見された。
上空を飛んで意外と近かった水の国を発見し、ガーデンの支部まで向かった。いきさつを聞かされ、サブローは安心する。おそらく竜妃は、水の国にガーデンが腰を下ろしたことを知らなかったのだろう。
そして竜妃を倒してから三日経った。
「それでピートさんとはどうなりました?」
「お前が気になって勝負にならなかったよ。次に持ち越し」
病院の廊下を歩きながら、サブローは呆れる。あれほど渇望したピートの戦いを台無しにしたのだ。
そんな顔を向けられたイチジローは、慌てて話をより掘り下げる。
「いや、俺はやる気だったよ。お前を利用されたわけだしな。ただ……お前が気になって勝負にならなかったのは、ピートの方だ」
意外な事実にサブローは言葉を失った。その様子を見届けたイチジローは話を続ける。
「いつもと違って決着はすぐ着いたよ。強化する必要すらなかった。よっぽどお前のことが気になって身が入らなかったんだな」
「ピートさんが……そうですか」
「さすがにそんな状態でトドメを刺すのはちょっとな。決着は首領が占領している城でつけると言っておいた」
イチジローは真剣な顔で言いきった。その目に嘘偽りは見られない。
「やはり、僕を利用したことが許せませんか?」
「最初はそうだったんだけど……今は違う。あいつの必死な想いに気づかなかった自分に少し怒っている。安心しろ。次はあいつの本望を果たしてやる」
それよりも、と続けた兄はサブローの右目に視線を移す。変色した部分を隠すために、今は治療用の眼帯をしていた。
「本当にその目、大丈夫か?」
「はい。他の人を驚かせないためにこれをつけていますけど、悪くなったわけではありません。むしろ魔力の流れってのが見えるみたいです。そうですよね、創星」
サブローが肩にかけている竹刀袋に声をかけると、カタカタと動かれた。返事が来る前兆だ。
「おう。古代竜のアホにも一応診てもらったし、悪影響はないぜ」
「いまいち信用しづらいんだけどな。エンシェントドラゴンさん」
「まあイ・マッチに絞られているし、相応のお仕置きは受けると思う。あれで意外と立場弱いからな」
神獣とはいったい。サブローは乾いた笑いが思わず漏れてしまった。
そんな穏やかな雑談もやがて終わる。目的の病室へとやってきた。
「フィリシアちゃんとミコ、大人しくしているといいな」
戦いの翌日、彼女たちは動けなくなった。加護を増幅した反動ということだ。
すぐにガーデンを通して日本の病院に送り、後始末はサブローとイチジローが引き受けた。一段落ついた後、ようやく見舞いに来れたのだった。
「じゃ、いくか」
兄に頷いて病室に足を踏み入れる。サブローにとって大切な二人が待っている。
ちょっとだけ浮かれる自分を自制しながら、サブローは進んだ。