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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第四部:心の古傷にて候
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一二四話:ドラゴンバトル



◆◆◆



 イチジローが消えたフィリシアたちは混乱したものの、それでも方針を変えずにサブローを助けに来ていた。

 一番の戦力を失ったのは痛いし、消えたイチジローが心配でもあったが、これ以上彼を苦しめるわけにはいかなかった。

 そしてその決定は正解だったと、飛び出すミコと怯えるサブローを見て実感する。

 フィリシアはサブローを確保し、勇者たちの元に戻る。しかし、ミコは怒りが収まらないのか、竜妃に再度とびかかっていた。


「ミコさん、こちらまで退いてください!」

「ミコ、前に出すぎだ。歩調を合わせろ! 死ぬぞ!!」


 イ・マッチと創星が忠告するが、頭に血がのぼって全く聞いていない。炎をまとった巨大拳を振るい、竜妃に襲い掛かっている。

 気持ちはわかるが、今のミコは危険すぎた。


「師匠さん、落ち着いてください!」

「お前がっ、サブを!!」


 怒りを込めた拳打は、あっさりと受け止められた。竜妃がミコを睨みつけ、あからさまに不機嫌な様子でつぶやく。


「鬱陶しいですね」


 ミコは腹を打ち抜かれ、フィリシアの元まで吹き飛ばされる。サブローをドンモに任せ、慌てて受け止めた。ミコの息があるのを確認し、安堵のため息を吐く。


「安心してください。旦那様との約束ですから、あなた様方はまだ殺しません。ああ、旦那様を諦めるというのなら、見逃してもかまいませんよ」


 からかう竜妃を、フィリシアは思わず睨みつける。機械翼が敏感に反応して空気の渦を作り出すが、海老澤にさえぎられた。


「あいつの言うことなんか聞く必要はねー。イチジローのバカが居ないんだ。サブローとミコを連れて早く逃げろ」

「エビサワの言う通りだ。ここはわたしたちに任せていきたまえ」


 海老澤とナギがいつかと同じく前に出る。竜妃の力を知っても抗うことをやめない。


「お久しぶりです、竜妃殿。まあ、この姿では……」

「わかります。竹具志の誰かさんですよね? 匂いが一緒です」

「なら話は早い。今代の護暁の勇者として、あなたを倒しに来ました。我が一族に課せられた使命、ここで果たします」


 竜妃はまったく興味のない様子でイ・マッチの宣言を聞いていた。言った本人も予想が出来ていたので気にしていない。


「それにしても五百年前の魔王以上ねえ。しんどいけど、踏ん張るわよアンタたち」


 ドンモがいつもの調子で周囲を鼓舞し、フィリシアにサブローを返した。みんな、足止めを買って出てくれる。

 フィリシアは深く頭を下げてから、ミコとサブローを連れて逃げる。いつでも追いつけるとタカをくくっているのか、竜妃は見逃していた。

 実力不足を看過されたようで、悔しい思いを抱えてフィリシアは飛び逃げるのだった。




 フィリシアが二人を抱えて逃げたのを確認し、イ・マッチは気を引き締める。

 戦力はそろっている。今代の勇者であるドンモとナギは歴代でも特に優秀な部類の強者だ。その上、A級魔人の一人である海老澤が手助けをしてくれる。

 イチジローが離脱したのは痛いが、充分竜妃を倒せる可能性があるメンバーだ。一抹の不安を見ないふりをしながら、先陣を切る。


「いきますよ」


 ぼそりとつぶやきとともに、鞘から護暁の剣を解放して斬りかかる。居合に似た剣術は初代虹夜の勇者が伝えたものだ。

 力は他の勇者に劣っても、剣を振る技術まで負けているとは思わない。鋭い斬撃が竜の魔人に襲い掛かった。

 ギィン、と竜の爪に弾かれ、イ・マッチは眉を顰める。やはり一級品の硬さだ。

 そんな思考がイ・マッチにわずかな隙を作る。黒く野太い尻尾が迫ったとき、自らのうかつさを呪った。

 だがイ・マッチは一命をとりとめる。間に割ってきた海老澤が分厚い攻殻で受け止めた。


「ぼさっとしてんな! 死にたいのか!?」

「申し訳ありません。助かりました」


 返答し、ナギに合わせて斬撃を振るう。敵の背後からはドンモが斬りかかっており、三振りの聖剣が一人の魔人へと襲い掛かった。

 竜妃は自分に向かう刃を恐れず、両手を振るう。神速の動きで三者三様の剣を打ち据え、打撃も加える。相変わらずの化け物具合にめまいがする。

 唯一彼女の攻撃に耐え抜いた海老澤がその場にとどまり、剛腕を振るった。


「触らないでください。海老澤様、セクハラで訴えますよ」

「知るかボケッ!」


 余裕を見せる竜妃に対し、海老澤は声を荒げてつかみかかる。正面から山のような大柄の魔人と、か細い女性である竜妃が四つに組む姿は異様だった。普通なら哀れな女性は蹂躙されるだけに見える構図であろう。

 もっとも、相手は竜の魔人だ。完全な魔人へと変化をしていないのに、鎧武者姿の魔人を圧倒的な力で押さえつける。たまらず膝をついた海老澤を助けるためにナギが体勢を持ち直し、とびかかった。

 小柄で速いナギの斬撃を竜妃は紙一重でかわし、海老澤を叩きつけた距離を取らせ、上を向いた。

 いつの間にか上空からドンモが跳びかかっている。イ・マッチですら気づかなかった彼の動きを、竜妃は探知していた。

 勢いをつけたドンモの大ぶりを受け止め、竜妃がわずかに表情を変える。


「あら? あなた様はなかなか強いですね。海老澤様以上とは思いませんでした」

「そりゃどう……も!」


 ドンモが蹴りつけようとするが、空いている手のひらで受け止められる。そのまま投げ飛ばし、岩に叩きつけられそうになったのをイ・マッチが助けた。


「イ・マッチ、助かったわ」

「どういたしまして。しかしわかってはいましたが……圧倒的すぎます。正直手詰まりです」

「情けないことを言ってんじゃないわよ。アンタがまだまだやれるって、アタシは知っているんだから」


 こつん、とイ・マッチの額を軽くたたいてドンモは微笑んだ。まったく諦めていない目が頼もしく、軽くため息を吐いて気を楽にする。


「無論です。なにしろナギも海老澤さんもやる気に満ちている。わたしが挫けている場合ではありません」


 イ・マッチの発言通り、ナギと海老澤が組んで竜妃を相手にしていた。打ち合わせをしたわけでもないのに、海老澤が攻撃を受け止める側に回り、合間を縫ってナギが一撃離脱を繰り広げる。


「どうしたエビサワ? 疲れたのなら下がっていいぞ」

「冗談! ガキのお前が元気なのに、大人の俺が退けるかよ!」

「ハッハッハ! 君は面白いことを言うな。自分のことを大人だと勘違いしていたとは!!」

「ちょっと待て。どういう意味……あぶねっ!」


 悪態をつくのを中止し、海老澤は屈んで竜妃の尻尾から逃れた。あれを食らってはさすがの重量級である彼でも体勢が崩れるためだ。

 一方ナギは自らに迫る爪も尾も薄皮一枚で済ませていた。時々かすめて吹き飛んでいるが、めげずに何度も挑んでいく。


「どういう意味もなにも、君は大人というには遊び心が過ぎる。さしずめ、大人になり切れないいたずらっ子と言ったところだ。サブローに欲しい要素だよ」

「くそ真面目だからなあいつ。けどお前に子ども呼ばわりはされたくねーぞ、ちみっ子」

「一理ある。早く成長したいものだよ。この身体だとサブローもイチジローも抱こうとしないからな」

「それやめたれ。イチジローめっちゃ困惑していたぞ」

「サブローにも迷惑がられた。困ったものだ」


 イ・マッチはこんな過酷な攻めを前にして、世間話を始めた二人に戦慄をする。ナギがサブローを誘った事実にイラッと来たのか、竜妃の攻撃速度が速くなるが、二人は辛うじて対応していった。

 見事というしかない。二人らしく、同時に少し脱力するような光景だ。

 とはいえ、長くは持たない。竜妃がどんどん本気を出していく。ナギに爪がかする回数が増え、海老澤が牽制の一撃で体勢を崩すようになってきた。

 もともと不利な戦いだ。竜妃に対しては、ナギの聖剣が持つ光が役に立たなかった。

 虹夜の聖剣の光は、相手を斬れなければ意味がない。初代の勇者もまた、竜妃を斬れずにいたことを後悔として日記に残していた。

 竜の鱗が魔人の力を得て頑強になり、聖剣の刃すら阻んでいるためだ。ゆえにナギは相性の悪い相手との戦いを強いられている。

 ドンモも同じことに気づいたのか、イ・マッチに確認をしてきた。


「このままじゃじり貧よね」

「竜妃の硬い防御を掻い潜っても、受ける場所を一瞬だけ変化して対応していますからね。まずは傷をつけないとなりません」


 イ・マッチはかねてから考えていた作戦の決行を視線で伝え、覚悟を決めた。これは少々、彼にとっては度胸のいる作戦だ。

 ナギと海老澤の攻防に参戦し、声をかける。


「二人とも、行きますよ」


 二人の表情が変わり、実行に移ることを了承した。もちろん、竜妃にもそのことは伝わるのだが、予想が出来たところで成功率はさほど変わらないので問題はない。

 もちろん不安はある。だがこれ以上竜妃の好きにさせては、ただ蹂躙させるだけだ。

 再び海老澤が抑えにかかり、竜妃も足止めをされる。力負けをする黒い魔人の背を踏んで、イ・マッチは竜妃に跳び乗った。

 煩わしそうに敵は舌打ちをする。それもそのはず。聖剣の重さで彼女は動きを制限されているからだ。

 悪しき者には重荷にしかならない聖なる剣の、少し罰当たりな使い方だった。


「イ・マッチ!」


 ナギが自らの聖剣を投げてよこした。イ・マッチは虹夜の聖剣を身体に括り付けると、必死に竜妃にしがみつく。


「この……邪魔です!」


 海老澤を投げ、竜妃が煩わしさにイ・マッチを殺そうとする。予想通りの動きににやけつつ、護暁の光をまとった。

 竜爪が光にさえぎられ、イ・マッチに届かない。自らが提案したとはいえ、ただの重石役なのは情けないが、手段を選んではいられない。格好悪くても、足を止めることが必要なのだ。


「ナギ、エビサワ、離れなさい!」


 ドンモが叫んで光が溢れる。四聖月夜の聖剣から光を発し、破壊の権化たる力を顕現していた。

 さすがの竜妃も焦り始め、イ・マッチを振りほどこうと必死にもがく。数十回は肉片になっているだろう一撃をぶつけるが、光をまとうため無意味に終わる。イ・マッチ本人もこれを逃してはこの最悪の魔人を倒す機会を失うため、力の限りしがみつく。

 やがて攻撃がやみ、竜妃はおとなしくなった。イ・マッチが怪訝に思っていると、竜の翼を羽ばたかせ、どんどん宙に浮いていく。

 しかもわずかづづだが、加速していた。イ・マッチの顔が驚愕に彩られる。後ろを向くと、四聖月夜の光はまだ準備を終えていない。

 このまま安全圏に離脱されるのではないか。不安がイ・マッチの胸に訪れる。


「逃がすかよ!」


 海老澤が背中から飛びついて、翼を抱きかかえた。竜妃は地に引きずり降ろされ、尻尾で元凶の海老澤を叩くが、剥がすことができないでいた。

 とはいえ、焦るのは竜妃だけではない。勇者陣営も海老澤の唐突な作戦外の行動に声を荒げた。


「エビサワ、退きなさい! そのままじゃこいつを食らうわよ!」

「逃げたくてもそうはいかないさ。な~に、サブローが耐えられたんだ。俺が無事でない道理はない。構わずいけ!」


 海老澤の言う通り、弾き飛ばすことを諦めた竜妃が尻尾を巻き付けていた。人質としてドンモをためらわせるようだ。

 事実、高潔な彼は顔を歪める。サブローに使ったことでさえ深く後悔していた。護暁の光を使うイ・マッチはともかく、海老澤まで巻き込むのは良しとしない。

 躊躇している間に、絶好の機会は遠のいてく。イ・マッチが焦ると、ナギが叫んだ。


「やれ、ドンモ! エビサワを信じろ!!」


 まっすぐな瞳を受け、ドンモは一度目を瞬いてから、鋭い視線で竜妃を射た。歯を食いしばり、剣先を向ける。


「これで死んだら承知しないわよ、エビサワ!」


 莫大な光の波がイ・マッチたちを飲み込んだ。



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