一一八話:エンシェントドラゴンという奴
サブローたちは順調にダンジョンを潜っていった。
そもそも、イチジローを始めとして一級品の戦力がそろっている。エンシェントドラゴンが用意した魔物も障害たりえなかった。
今も訓練になるとイ・マッチに連れてこられた一室で、フィリシアとミコが鉄のゴーレムを相手に余裕の戦いを繰り広げていた。
巨体に似合わぬ速さで振るわれる剛腕を、囮を務めているフィリシアがかいくぐる。すれ違いざまに放った空気の塊が、鉄の装甲をへこませていった。分厚そうな鉄板を歪ませるほど衝撃を与えるほど、成長した精霊術を見せられてサブローは驚く。
とてもあの夜、辛いと泣いていた娘とは思えないほどの成長っぷりだった。
「ナイス、フィリシア!」
よろめいたゴーレムの隙を見逃さず、ミコが正面から突進して巨大な拳を叩きつけた。ゴーレムが背を地につけさせ、地響きを起こす。立ちあがろうともがく鉄のゴーレムに向かって、炎のたつ巻が覆いかぶさった。
風を受けて高まる熱がゴーレムの装甲を溶かし、室内の気温を一気に上げた。ややあって敵は泡へと変わり、熱で蒸発する。
創星が感激しながら二人を褒め称えた。
「お見事です、アネゴ二号! しかしミコもすげーな」
胸元を引っ張って風を入れているイ・マッチが汗をぬぐいながら、創星に同意をし始めた。
「むぅ……創星様の仰られる通り、二人ともすごいですね。一対一でも私だと勝てるかどうか……」
「二人で組まれると俺でもきつそう。てか、俺が最後に見たときより格段に強くなってないか? なあ、サブ」
「…………本当、いつの間にこんなに強くなっていたのでしょうか」
二人の奮闘を見ていたサブローは呆然としていた。長い間訓練を見てきたし、付き合っていた。だが、入院をしていた間に彼女たちはここまで伸びていたのだ。
おそらく、二人で組まれるとサブローでは勝てないだろう。それぞれ単独でも、ミコなら負けるかもしれない。フィリシアだってこの様子なら、近いうちに追いつかれる可能性が高かった。
望んでいたはずなのに、サブローは胸の内が重くなるのを感じた。置いていかれた気持ちになって、焦りが生まれたのだ。
傲慢だと自分を責めつつも、気落ちするのは止められない。サブローは暗い気持ちを胸の奥に押し込んで、いつもの笑顔で二人を迎えた。
「お疲れ様です、二人とも。ずいぶんと腕を上げましたね」
「ありがとう。……自分のことはわからないけど、確かにフィリシアは強くなったよね」
「え、そうですか?」
フィリシアが意外そうに目を瞠った。しかし周囲の親しい人間は彼女の成長を実感している。サブローだけでなく、イチジローもミコに同意をしていた。
「私なんて真剣に鍛え直さないと、フィリシアさんに抜かれるなと危機感を抱いてしまいましたよ。下手したらこの中で一番弱いことになります」
イ・マッチが茶化すと、フィリシアが恐縮をした。勇者に自分より強いと言われれば、控えめな性格の彼女は焦るしかないだろう。
同時にサブローは余裕をもってそんなことを言えるイ・マッチを羨ましく思った。このままだと心の狭い人間になりそうで嫌だ。
気分を切り替えるために、あえて自分から話を掘り下げることにする。
「なにかきっかけでもあったのですか?」
「きっかけと言われましても……私には特に思い当たることがありません」
「うーん、あれじゃないかな。ほら、七難と戦ったの。あれからフィリシア、強くなったし」
「え、そうなんですか?」
「うん。明らかにあの一件からとても戦うのが上手くなったよ」
ミコに保証されると、フィリシアは心の底から喜んだ。一番戦いを見てもらっているため、素直に受け止められるのだ。
そのフィリシアの姿にサブローは自身を重ね、懐かしくなった。鰐頭に褒められたとき、とてもうれしかった自分は、きっと彼女と同じような顔で喜んでいた。思い出すとサブローの嫌な気持ちは晴れた。ようやく心が落ち着く。
「でしたら、僕も調子が戻ったら一手お願いします」
「は、はい。ぜひ、お願いします!」
頬を紅潮させて何度もうなずくフィリシアを見て、サブローは自然に笑顔になれた。
イ・マッチの案内で、ようやく目的の場所へとたどり着いた。
神聖な存在として崇められていると聞いていたイメージと、少しだけ違った印象を扉が与えてくる。
「うわ……金一色の扉…………趣味わるい」
訂正。ミコの素直な感想通り、成金趣味のような巨大な扉が目の前に鎮座する。とにかく派手であればいいという製作者の意図を感じるくらい、金を使った豪華さと、扉の過剰装飾の相乗効果をもって、悪い意味で存在感を主張していた。
「ミコ、思っても口には出さないようにしましょう。聞かれているかもしれないのですから……」
「いえ、構いません。私どもが何度もデザインを変えさせてほしい、と頼んでも聞き入れてくれないお方ですし。エンシェントドラゴン様のセンスが壊滅的なんですよ」
あっけらかんと言いきったイ・マッチに視線が集中する。この国は王子であるイ・マッチだけでなく、神獣と崇められているエンシェントドラゴンでさえこんな調子だろうか。サブローは軽いめまいを感じた。
「あいつ、趣味が変わっていないのか。まあ古代竜基準の五百年なんて、すぐの話か」
「ハッハッハ。みなさんの想像通りの人だと思いますが、一応会ってください」
あっさりと白状するイ・マッチの合図で扉が開いた。サブローたちだけでなく、扉にたどり着いた者を出迎えるため、自動で開くようになっていると説明を受ける。
セキュリティ意識がガバガバだが、エンシェントドラゴンの眼前で宝を盗み出そうとする度胸を持つ者はそうそういない。そう言われて納得するしかなかった。
実行に移せば話題のドラゴンが実力行使するだろうと考えながら、部屋に一歩踏み込んだ。
「やーやー! 待っていたよ!!」
ゴウ、と音が風を伴って駆け抜けた。ダンジョン内で遭遇した中で、特に大きな部屋の中央で、巨大な白い竜がサブローたちを見下ろしていた。
広大な部屋にあってもなお見上げなければならないほど、巨大な存在にサブローたちはただただ圧倒された。
輝く白銀の鱗が身体中を覆い、赤い瞳は好奇心に満ちている。二本の荘厳な角を宿す頭を降ろし、視線を合わせようと努力をしていた。
「エンシェントドラゴン様。ご希望通り、今代の創星の勇者とそのお仲間をお連れしました」
「マッチ、お疲れ様。ふふふ、ボクはこのときを五百六年待っていたからね。やあやあ、カイジン・サブローくん。とりあえず紅茶でも飲んでくつろぎたまえ。お兄さんの方はお酒がいいのかな?」
「あ、いえ。俺……失礼。自分はアルコールに弱いので、サブと同じくお茶でお願いします」
「ふふふ、口調を改めなくてもいいよ。ボクは“軽い”性格らしいからね。マッチに昔、抗議されたよ」
「ハッハッハ。懐かしいですね。正体を隠していたあなたにも問題はありますよ」
イ・マッチの発言にサブローたちは疑問符を浮かべた。正体を隠すなど、この巨大なドラゴンがどうやってできるのだろうか。
「ちゃんと謝ったのに、いまだ根を持たれている。ああ、こんなボクはかわいそうだと思うだろう、創星くん」
「お前さんは人をからかうのが好きだからな。そりゃ根に持つわ。アネゴだって二度と会うかって怒っていたぞ」
「ボクとしては面白い反応を返してくれるから、とっても好きだったんだけどね。さて、このまま会話するとそちらの首が痛いだろうから、ちょっと準備をするね」
エンシェントドラゴンはその場で寝転がり、身じろぎ一つしなくなった。先ほどまで騒がしかったというのに、急な変調を見せられてサブローは少し不安になる。
「アニキ、注意してくれよ。あいつ絶対なにかやらかす」
「僕たちが出会う偉い人って、人を驚かせることが好きですよね。もう慣れました」
サブローが力なく笑うと、フィリシアたちがたしかにと同意する。とりあえず先ほど勧められたテーブルと椅子に座ることにした。
しかしながら、扉から得た印象ほど部屋の中は派手ではなかった。むしろ落ち着いた雰囲気で、金一色の扉はなにかの冗談かと思えるような造りだ。
「だいぶ見ない間にこの部屋もまっとうになったな。昔は扉のようにまっ金一色だったのに」
「え!?」
サブローの心を読んだかのように、創星が嫌な情報を与えた。話を聞いたイ・マッチが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「エンシェントドラゴン様はいくつか部屋を用意して入れ替えています。今回の部屋は幸い大人しいチョイスでしたが、場合によっては目が痛くなるような部屋もあったりします」
「あいつ神に近い存在だから、いくつか権能を持ってんだよな。ダンジョンを入れ替えるのも、空間をいじれる権能かなんかだったはず」
「とんでもないお方ですね。というと、僕はこれから神と変わらない存在と話をするのでしょうか?」
「あー……でもあいつ、便利な権能を得るのに全力を尽くして、直接戦闘はあんまり得意じゃないからな。アネゴ二号にも負けるかも」
「それってどうなんですか!?」
フィリシアが愕然とする。サブローも護衛を一人もつけていない現状に不安を抱いた。
「その分、相手を弱くしたり、自分や周りを強くしたりといった魔法の専門家。特に嫌がらせ特化の空間を作ることに関しては、右に出る奴はいねー。ここで戦う限り、全盛期の魔王にしろ竜妃にしろ、お兄さんにしろ簡単には勝てない奴」
「特撮の悪役みたいな力だな。引きずり込め―って奴」
イチジローがおどけて言うが、ここに居る面子はその手の話に疎いため通じなかった。いや、ただ一人、イ・マッチだけが分かったようにうんうんと頷いている。彼の趣味はどこまで広がっているのか、気になるところであった。
「けど、エンシェントドラゴン……様はどうしたんだろ?」
「ネタバレして拗ねられるのも面倒なので、大人しく待っていてください。私はあの姿を見たときは、エンシェントドラゴン様と判断できませんでした」
ミコに対して苦笑したままイ・マッチが言った。いつもと違い疲れた顔をしているため、普段の苦労が偲ばれる。
この軽快でしゃれっ気のあるイ・マッチを振り回せるという事実に、サブローは気を引き締めつつ紅茶に口をつけた。
「いやいや、ボクの話題で盛り上がっているね。すまないね、この身体に意識を移すのは久々で戸惑ったよ」
若い女性の声が奥からした。新たな来訪者だろうかと思うが、話の中に引っかかる部分が多い。
「エンシェントドラゴン様ですよ。あの方は人の姿をとることも……」
イ・マッチが途中で口をあんぐりと開けた。サブローも思わず紅茶を吹き出す。
「な、ななななな、なんで裸!?」
イチジローがうろたえながら指摘した通り、現れた女性は全裸だった。
ミコと同じくらい身長が高く、フィリシアと同じくらい胸の大きい妙齢の美女が、ウェーブのかかった長い白髪をなびかせて、すたすた歩き寄ってきた。
「マッチの言う通り、エンシェントドラゴン人間形態だよ。美しい私の姿を、遠慮なく見たまえ!」
神獣とイルラン国で崇められている、白い古代竜は痴女という事実を隠さず、そう宣言した。