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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第一部:あんたこの異世界のイカ男どう思う?
12/188

十二話:昔話の魔王様


◆◆◆


「すみません。魔王ってなんですか?」


 精霊の導きがなければ同じところをぐるぐる回る迷い森の中、サブローが期待に胸を膨らませた様子で尋ねてきた。

 フィリシアをはじめとした幼馴染たちは思わず固まってしまう。


「声が小さかったですか? 魔王について聞きたいのですが!」

「いや聞こえているよ魔人のにーちゃん。聞こえているけど……魔人に魔王の話をねだられるとか考えなかったわ」

「そうなんですか?」

「私たちの世界だと魔王は魔人を生み出していたみたいです。サブローさんがご存じでないということは……」

「こっちには魔王なんていませんでしたよ」


 やっぱりとフィリシアは微笑む。魔人らしい後ろ暗いこととは無縁な彼であるため、そんなことだろうと思っていたのだ。

 サブローに対して険のとれたエリックが振り返り、身体を向ける。


「しかしまあ、なぜ魔王に興味を持ったのですか?」

「だってワクワクするじゃないですか。魔王ですよ、魔王! 羽は生えていたのですか? 火でも吹くのですか? 魔眼とかあるのですか?」

「ま、魔王は……」


 フィリシアが控えめな声に驚いて視線を向けると、アイが勇気を振り絞るようにサブローに近づいていた。


「魔王は、邪悪なちからを持つといわれています。五百年前のことなので、姿は巨人とも人と同じ大きさともいわれて、さだかではありません。ただ、魔人を生みだして、世界を混沌に陥れたことは当時を見てきたエルフの長がつたえています」


 普段しゃべり慣れないためか、アイは息切れを起こしていったん言葉を切る。

 その一生懸命な姿を、サブローは穏やかな笑顔で急かすこともなく待っていた。


「それまで戦争していたとうじの国は、とうとつにあらわれた魔王に対抗するために団結し、抗ったそうです。そのとき出来た同盟は、いまの冒険者ギルドの原型だそうです」

「冒険者ギルド! あ、大声出して申し訳ありません。アイさん、続きをお願いします」

「う、うん。国も、種族も、立場も超えてたたかいましたが、魔王軍に対しておいつめられていったそうです。一体でも国を亡ぼせる魔人が、九十八体もいたので当然といえば当然ですが」

「九十八体……逢魔の三倍以上とは恐れ入ります。三十一体の魔人を保有する逢魔でさえ、倒されるのに十年はかかりましたからね」

「……当時の世界はあっとうてき戦力差に絶望していたそうです。魔王も魔人も、人を支配し、おもちゃのようにあつかっていましたから」

「胸糞の悪い話ですね。人をなんだと思っていたのでしょうか?」

「いや一応言っとくけど、これ魔人の話でもあるからな? いや、もしかしてオーマの魔人ってみんなにーちゃんみたいなのか?」


 アレスの疑問に対し、サブローは首を横に振って否定した。


「一部例外を除いてだいたいこの話みたいな感じでしたよ。おかげで浮いていたんですよね、僕。

それでアイさん、そんな絶望的な状況をどうひっくり返したのですか?」

「はい。魔人を足止めするのが精いっぱいだった人類の中に、ひとりで戦い、勝利までするような英雄が現れました。魔人を倒してく彼ら四人は、勇者と呼ばれるようになります」

「勇者、いい響きです。悪はやはり滅ぶべきです」

「サブローさんならそういうと思ったけど、勇者の登場を喜ぶ魔人ってのも変な感じがするんだな」

「わ、わたしはいいとおもう。それで、勇者はそれぞれ聖剣をてにして、魔人を減らし、魔王を追いつめました。月が四つうかぶ夜、魔王城で激闘はくりひろげられ、ひとりの勇者が魔王とあいうちになりました。ながい間、人々を苦しめ続けた魔王軍は四聖月の日にほろび、魔王を倒した聖剣は星空を閉じ込めたような刀身をしていることもあって、四聖月夜の聖剣と呼ばれるようになります。生き残った三人の勇者は疲弊した世界に尽力し、しだいに活気をとりもどしていったそうです。お、おおまかな勇者と魔王軍の話はこんなかんじ。ど、どうだったかな……?」


 サブローは感激して拍手を送り、「素晴らしかったです」とアイを褒め称えた。

 賞賛を受けたアイは顔を真っ赤にして、嬉しそうにはにかむ。

 話が一段落したため、それまで黙っていたマリーが大はしゃぎで絡んできた。


「アイ、もうおにいちゃんこわくないの!?」

「うん。ごめんね、本当はもっとまえからこわくなくなっていた。でも、いいだせなくて……。今日、エリックがサブローさんと仲良くなったから、このままじゃいけないっておもったの」


 話題のエリックはバツが悪そうに頬をかく。

 今朝、フィリシアも気になってどう仲良くなったのか尋ねたのだが、同情するような目で見られてはぐらかされた。

 誤魔化すにしてもあの目は酷いと思う。


「じゃあアイ、いっしょにおにいちゃんのところに行っていい?」

「うん、わたしもおしゃべりしたいから、マリーお願い。連れていって」

「やったー! これでバカアレスにとられないですむー!」


 「いらん!」と拒否するアレスを前に、サブローが肩を落とした。

 クレイがまあまあと取り成し、マリーとアイが近づいてすぐに魔人は笑顔に戻る。


「そういえばエルフとか冒険者ギルドとか、やっぱりあるものなんですね。僕の世界だと物語にしか登場しません」

「まあぼくらも冒険者はともかく、エルフは縁がないんだな。一生見ることもないと思うんだな」

「残念ですねー。あ、聖剣はどうなんですか?」

「聖剣は、冒険者ギルドのえらい人がかんりしているって、うちの本に書いてあった」

「アイのおうち、本がいっぱいあったもんね」

「どおりで博識なわけですね。アイさん、撫でてよろしいですか?」


 許可を求めるサブローにアイはびっくりして、おずおずとうなずいた。

 サブローは嬉しそうにマリーと一緒に頭を優しくなで始める。ずっとそうしたかったに違いない。

 アイはくすぐったそうにされるがままに任せていた。


「しかし聖剣が管理されているとなりますと、どっかのダンジョンとかで見つけて選ばれたりとかできませんね」

「選ばれるつもりだったのか!? 魔人が!!」

「夢を見るのは自由ですからね! 聖剣・なんとかカリバーとか必殺技使いたいです」

「お、おう。魔人が聖剣で必殺技をだす絵面、けっこうダサいけどな……」

「問題はそこなんですよね。おまけに僕は剣が使えませんし。……ああ、センスが皆無と言われた日を思い出します」

「え、その二つを問題視するんですか!?」


 びっくり発言にエリックが思わずといった様子で口をはさんだ。

 たしかに魔人姿のサブローが聖剣を構える絵面はつい吹き出してしまう。

 アリアなんて顔を背けて肩を大きく震わせていた。本当は爆笑したいのだろう。

 フィリシアは頬を緩ませたまま、両手を叩いて注目を集めた。


「みなさん、おしゃべりも楽しいですけどそろそろ歩くのを再開しましょう。今日は久しぶりに屋根のあるところで寝られますからね」


 森を抜ければ一族の作った休憩用の小屋があった。井戸と風呂も設置されているため、久々に身体を洗うこともできる。

 話はそのあとでゆっくりできるだろう。フィリシアはそう思いながら先導し、後列の明るい会話に時々加わる。

 里を襲われたことを少しの間だけ忘れられるほど、楽しいひと時だった。




 もう少しで森を抜けるといったところで、アイがなにかに気づいて顔を上げた。


「あの、サブローさんって精霊に慕われていない?」

「あ、本当だ。おにいちゃんの周り精霊があつまってるー」


 マリーが調子に乗ってサブローの周囲の精霊を可視化させる。

 いきなり現れた大量の精霊にサブローは目を丸くしていた。


「え、なんですかこれ」

「アイの言う通り精霊に気に入られていますね。サブローさんなら私たちの案内がなくても森を抜けられるのかもしれません」

「へぇー、そうなんですか」

「たまにあるんですよね。精霊が一族以外の人を気に入ることって」


 フィリシアがそう笑いかけると、サブローは「魔人でもいいのですか」と変なところを気にしていた。

 たしかに魔物みたいな危険なものに怯える精霊が、魔人であることを気にせず近寄るのは珍しい。

 しかし相手がサブローであったため、精霊も中身の方を好いたのだろうとフィリシアは結論付けた。


「小屋、見つかった。ようやく一息つけるね」


 隣のアリアの言う通り、一族が管理していた小屋を発見する。

 もうひと踏ん張りだとフィリシアは気合を入れ、歩を進めた。



◆◆◆


 小屋にたどり着いたときはすっかり夕暮れになっていた。

 一族の手によって管理は行き届いており、室内は少し埃が積もっているだけだった。

 井戸の水は枯れておらず、食料庫に保存用の食材が置かれていた。

 全員で協力して窓を開け、食材を確認し、薪を取って風呂の準備をする。

 着替えも備え付けられていた旅装束が、人数分より少し多くあった。サイズは簡単に仕立て直せそうで至れり尽くせりだ。

 食事と風呂をすませてサブローが見張りを引き受けようとしたとき、クレイはふと気づいた。


「そういえばサブローさんはいつ寝ているんだな?」


 一瞬空気が凍った。道中はこの魔人がずっと気軽に引き受けていたことに、みんな気付いたのだ。


「はっはっは、心配は御無用。魔人ですので一ヶ月は眠らずに活動できます!」


 笑い飛ばしたサブローはこれで話は終わりだ、と言わんばかりに見張りに向かおうとする。

 その彼の右手をがっちりとフィリシアは捕まえた。彼女の顔は笑顔を作っているが、目が笑っていない。

 見覚えのある顔にクレイは……いや、幼馴染全員が戦慄する。妹のマリーなんて普段とは逆にアイの背中に隠れていた。


「フィ、フィリシアさん……?」

「なぜ今まで寝ていないことを黙っていたのですか?」

「い、いえ。先ほども申しあげたとおり、魔人は長期間の活動も想定されていますので、一ヶ月は寝なくても大丈夫なんですよ」

「だからといって寝なくても良いというわけではありませんよね? そのまま一ヶ月起きた場合はどうなるのですか?」


 かわいそうなくらいサブローがうろたえて、助けを求めて目をさまよわせる。

 こうなった時のフィリシアの怖さを心得ているみんなは必死に目をそらした。

 彼女は普段穏やかな笑顔を浮かべているため気づきにくいが、アリア以上に気の強い顔をしている。


「えー……体内に起きるエラー、機能不全が溜まって電池が切れたように倒れます」

「やはり無理をしているではありませんか!」

「いやでも本当に一ヶ月は問題ないんですよ? どれだけ無理をしても誤魔化してくれますし、魔人になる前みたいに眠気に襲われることはありません。そもそも倒れるのだってあくまで再起動のためであります。まだ二週間しか起き続けていません。全然よゆ……ひぃっ!?」


 生娘のような悲鳴をサブローがあげる。美人であるフィリシアの怒った顔は本当に恐ろしいため、クレイはわずかに同情した。

 そもそもよく彼女の地雷をあそこまで踏み抜けるものである。何一つ自分の状態が無事である説明になっていなかった。


「サブローさん、今後は眠ってください。いいですね?」

「しかし、僕は二週間起き続けたので、今眠ると五時間は完全にリフレッシュモードになってしまって、なにをしても目覚めなくなってしまうんですよ! なにが起きるかわからないのに五時間もみなさんを無防備にさらすなんて、怖くてでき……」

「い・い・で・す・ね?」

「いや、でも……」


 一語一語強調するフィリシアに対して、サブローは粘ろうとする。

 そのため彼女はますます不機嫌になり、このままだとマリーのように長時間説教される魔人を見る羽目になる。

 さすがにいたたまれなくなったクレイが助け舟を出すことにした。


「その程度の時間なら問題ないと思うんだな。なにかあったらぼくがサブローさんを背負うし」

「いえ、その場合は置いて逃げてくださいよ!?」

「大丈夫なんだな。うちは農家だし、手伝いで重い荷物を運び慣れているんだな。大人一人くらい軽いもんだな」

「まあそのときはぼくの精霊術である程度支えますので、結構動けると思います。サブローさんが魔人だから見た目より重い、とかでない限り」

「けっこう僕重いですよ? 七十キログラムを行ったり来たりですし」

「それくらいなら余裕なんだな。安心して眠るといいんだな!」


 少々筋肉質の男程度の重さならクレイにとっては軽い。運搬用の精霊術の存在もあり、普段運んでいる穀物の袋は場合によっては百キロいくのだ。

 それでも納得いっていない様子のサブローに対し、フィリシアが詰め寄った。


「皆さんもこう仰っていますし、今夜は絶対に眠ってください。それから今後は見張りは分担して行います。よろしいですね?」


 有無を言わせない様子に、とうとうサブローが折れた。

 この魔人、将来は尻に敷かれていそうである。




 ようやく眠ることに納得したサブローは今まで着ていた服を洗濯し、一族の旅装束に着替えた。

 女性組が別の部屋に行き、男だけの目になった時に素早く着替えを終えたのだ。

 その姿を目撃した男性陣は全員絶句した。


「フィリシアさん、もういいですよ」

「はーい。……皆さんどうしたのですか?」


 フィリシアの疑問に対し、答えるべきかどうかクレイは迷う。

 そんな中、アレスが空気を読まずに発言した。


「いや、魔人のにーちゃんけっこう迫力ある身体してんな……」

「お、鍛えていた甲斐がありましたね。まあほぼ強制でしたが」

「いや、そっちじゃなくて。えらい傷だらけだったんだけど……」


 フィリシアの顔が曇る。サブローの方はなぜか残念そうな顔をしているだけだった。


「筋肉でなくて悔しいです。まあ僕は味方の……と言うには疑問符が付きますが、魔人にしろ敵にしろ格上とばかり当たっていました。生傷の絶えない環境でしたね」

「魔人の格上……想像つかねーな」


 アレスのぼやきが室内に響く。気まずい空気が蔓延しそうな時、サブローが眉根を寄せた気の抜ける顔をフィリシアに向けた。


「あの、やっぱり起きていた方がいいと思うのですが」

「サブローさん、しつこいです」


 一瞬で切り替えたフィリシアにすげなく断られる。

 トボトボと寝床に向かうサブローに一緒に寝れると喜ぶマリーと、目の笑っていないフィリシアが続く。

 彼がなぜフィリシアもついてくるのか疑問を告げると、


「眠る振りをするかもしれなので、ちゃんと見張っています。あ、子守歌でも歌いましょうか?」


 状況が違えば羨ましい返答が帰ってきた。

 怒っているフィリシアに眠るまで見張られるなんて、クレイは死んでもごめんだったが。



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