一一三話:いらっしゃい不思議な獣国
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転移を終えると、祭壇にてサブローたちはイ・マッチに出迎えられた。
「ようこそおいでくれました。歓迎をいたします」
一国の王子とは思えないくらい気安い態度だ。先に会っていたこともあるが、パルミロといいこれでいいのだろうか疑問符がつく。
「イルラン国の転移の祭壇は、私たちの物とは違うのですね」
感心するフィリシアの言う通り、今までと違った印象を与えていた。
祭壇に酒や野菜などのお供え物が捧げられ、魔法陣の四方を縄がかこっている。板張りの床と言い、神社や寺の中を彷彿させた。
そんな感想をミコが素直に口にする。
「日本を思い出すなー」
「ハハハ、外に出たらその印象で間違っていないと気付きますよ」
サブローはイチジローと顔を合わせて、二人同時に疑問から首をかしげた。
イ・マッチがワクワクした様子で先導する。彼の服装は日本のときのようなラフなものではなく、銃士隊のような軍服だった。
「今日は魔法大国を寄ってから転移をしたので、この格好をしています」
サブローの視線を感じたのか、襟元を引っ張ってイ・マッチが説明する。気を遣ってもらったようでサブローは恐縮した。
そうこうしている間に建物の外に出る。サブローは思わず目を瞠った。
「鳥居?」
一番に目に入ったものを、ミコがつぶやいた。神社の境内を彷彿される光景に、一同がぽかんと口を開ける。
「ふふふ、イルラン国は初代虹夜の勇者や、保護した異邦人の意見を取り入れ、日本の文化に影響を受けています。私たちケットシー族の神を奉る神社がこちら。他にも狐やウサギ、狼をかたどる神々を奉った神社が存在します」
「……本当、日本を思い出すような話ですね」
先導しながらイ・マッチが説明する。掃除をする巫女衣装の半獣や獣人とすれ違い、頭を下げられた。
鳥居をくぐり、長い階段を降りると眼下の街並みが目に入る。
「ちょっと日本にかぶれすぎていない?」
ミコの呆れ混じりの疑問と同じことをサブローは思った。雑多な瓦屋根の木造建築が並び、大通りの両隣を所せましとひしめいている。大きな店舗のようで、看板が見て取れた。
道通う人々も多く活気があり、魔人の目を凝らしてよく見ると、半数くらいが和服を着用している。獣人、半獣族が行き通っていることを除けば、まるで時代劇の一場面のようだ。
それに街の奥、この国の中心であろう場所に城が鎮座してある。いや、日本の天守閣に似た建物だ。思わずイ・マッチに視線を送る。
サブローの驚きを察したようだが、相変わらず悪戯に成功した子どものような笑顔のまま、話を続ける。
「二百年程前の話でしょうか。江戸で大工の棟梁を務めていた、という方が転移してきまして。災害でボロボロになっている我が国を見捨てておけない、と手を尽くしてくれました。結果、木造の家が増えまして……住み心地もよくそのまま採用して今に至ります。おかげで火事に弱い国になってしまったので、火を取り締まる法律を厳しくせざるを得ませんでした」
そういえば江戸も火の取り締まりが厳しかった、とサブローは思い出す。木造建築が多ければそうなるのは自明の理だった。
「城もその大工さんが?」
「いえ。あれは日本に棟梁を帰した先祖が、日本で見た御城に一目ぼれをして……頻繁に訪ねては建て方を調べました。当時の日本は城づくりに関して厳しく取り締まっていましたので、苦労したようです。あの天守閣が完成したときに、先祖は感涙したと聞きます」
どうにも外国だからと城大工を個人的に説得して連れてきたようだ。恐ろしいほど大胆な一族である。
後で縄張りがどうなっているのか資料を見せると言われ、サブローは少し心惹かれた。城跡めぐりが好きな血が騒ぐ。
「縄張り……天守閣……よくわからない単語が出てきました」
「ああ、日本で一般的に城と呼ばれている建造物は、本来は天守閣と言います。正確な城という言葉は軍事的に区画された場所を指します」
「二の丸、本丸、塀や堀、といったすべての要素を合わせた状態ですね。縄張りは今の日本の建築にも使われている、建築予定の区分けです」
サブローの説明をイ・マッチが継ぎ、感心しているフィリシアは明るい顔を向ける。
「サブローさん、部屋にお城の本など置かないのですか? 好きでしたら、ちょうどいいと思います」
「……昔は図書館とかで調べていれば満足でした。そうか、そういうのを置いてもいいんですね」
青天の霹靂の思いだった。ああいう本を買えばよかったのかと今更気づく。
そんなサブローの様子を見て、イチジローがたまらず提案してきた。
「なんなら今度本屋でも一緒に回るか? 俺が金を出してもいいし」
「兄さん……そう気軽に物を買い与えようとしないでください。下の子に悪影響が出ますよ」
サブローの注意を受けて、イチジローはうぐっ、と口をつぐんだ。ミコもあきれた様子でそのやりとりを見届ける。
「サブもあんまり言えた義理じゃないけど……兄貴はさらにタガが外れているからね……」
「そういえば園長先生も頭を痛めていました。イチジローさん、マリーもアレスくんも調子に乗りやすいので、できるだけ抑えてください」
妹二人に責められて、イチジローの威厳もなにもあったものではなかった。イ・マッチがたまらず笑い出す。
「し、失礼……あの世界を救った英雄が……くくっ、こんなにも家族の前では面白い姿を見せるとは…………」
「うちは女性陣が強いから。なあ、サブロー」
同意を求められても、サブローは反応に困るしかなかった。なんとも締まらない空気のまま、イ・マッチの案内に従った。
大通りを歩いていると、すれ違う人々がイ・マッチに若と呼びかけてくる。気軽い様子で、頻繁に街に出ていることがうかがえた。
すると、腰の創星がカタカタと震えた。なにかしゃべろうとする癖みたいなものだ。
「イルラン国、えらい久しぶりに来たけど見違えたわ……」
「創星さん、そうなんですか?」
サブローが尋ねると、聖剣は肯定をする。まあ大本の冒険者ギルド本部から、創星が出ることは少なかっただろう。
仕方ないのだと結論をつける。
「けどよ、ここが異世界と交流していたなんて知らなかったぜ。教えてくれてもよかったのに」
「……そうなると日本と関係を持っている理由を言わなければなりませんでしたから。竜妃が生きていると伝えてほしくないと、虹夜の初代勇者様からの遺言でして」
「あんにゃろ……遠慮する仲かよ。いえよ」
拗ねた創星をサブローは慰めた。一方、イ・マッチは複雑な顔をする。創星に対して申し訳なさそうな顔をするならわかるのだが、その反応は不可解だった。
「どうにも当時の記録を漁る限り……初代虹夜の勇者様は自分の獲物を取られたくない、と感じていたような気がします」
「あいつらしいな! こーちゃん戦闘狂ばっか好きすぎ!」
巻き込まれる方はたまったものではないな、とナギに絡まれているサブローは気が滅入った。
そんな他愛のない話を続けていると、イ・マッチが一軒の宿の前で足を止め、にこやかに中へ入るよう促した。
「さて、今回はこの宿場で休んでください。話の詳細は明日にしましょう」
「え? 城に挨拶をしなくてもよろしいのですか?」
「父は今魔法大国で外交中でして、勇者を迎えてもたいしたおもてなしが出来ないのですよ。でしたら、私どもの宿で休んでいただいて、それから話を聞いてもらうほうがよろしいかと」
イ・マッチの説明を受け、サブローたちは納得した。そもそも今までが気軽に国のトップに会いすぎなのだ。依頼を持ち込んだのが王子であるイ・マッチであったため、地位の高い人物との面会を覚悟していたのだが、よく考えればそうとは限らなかった。
早合点だった、と内心反省するサブローたちを連れ、イ・マッチは宿の女将に案内を引き継がせる。翌日にまた会いに来ると約束し、彼は「ゆっくりと疲れを癒してください」と離れていった。
イ・マッチの案内したところは、高級旅館という印象が強かった。
中身は清潔で広く、調度品も高そうな物ばかりだった。四人が案内された部屋には畳が敷かれており、まだ日本にいるような錯覚を起こした。
二部屋借りているらしく、男女に分かれて部屋に泊まる。兄との旅行とは久しぶりで、サブローは心が躍った。
「一応仕事のはずなのに、長期休暇もらった気がしてくるな」
「気を遣ってもらったのでしょうか? 僕が結構情けないところをお見せしましたし」
サブローの自虐に、イチジローがそんなわけあるかと小突いてから返す。単なるイ・マッチの好意だとはわかっているが、ふとした瞬間に嫌な考えが浮かんでしまうのだ。
まるで気持ちがあの日に、竜妃に監禁されていた半年に戻ったような状態だ。心の古傷がじくじく痛む。
「サブ、これを見ろよ。漫画が置いてある」
イチジローの呼びかけで、サブローは意識を戻した。視線を動かすと、確かに本棚にはいくつか漫画本が置かれてある。
どういうことだろうかと頭をひねっていると、狐の半獣族の女将がふすまを開けた。
「浴衣、こちらに置いておきます」
「ありがとうございます。あの、このマン……いえ本はなぜここに?」
「ああ、それは若……イ・マッチ殿下の私物です」
話題のイ・マッチはこの宿をよく利用しているため、いくつか私物を置いており、気にった客をこちらに寄こし、自分の趣味に引き込んでいるのだ、と女将はおかしそうに話した。
なかなか王子兼勇者も愉快な性格のようだ。いや、街づくりや城づくりのエピソードから考えるに、一族全体がそうなのかもしれない。
「それではお客様、ごゆるりとおくつろぎください」
そう言って半獣の女将は部屋を出ていった。着物を着こんだ品の良さと言い、本当にここの宿は日本を彷彿させる。イチジローともども、まさに狐につままれたような気分になった。
そうして戸惑っていると、フィリシアとミコが風呂へ誘ってくる。どうやら女将にここの風呂は有名だと勧められたらしい。
誘いに乗り、サブローは風呂に向かうことにした。