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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第四部:心の古傷にて候
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一一一話:親心と子心



◆◆◆



「サブロー……異世界に行くのはもうやめにしませんか?」


 唐突に園長に切り出され、サブローは困惑した。退院祝いを終え、自室でイ・マッチの国に向かう準備をしている途中、彼女が訪ねてきたのだ。

 迎え入れてかけられた言葉を、サブローは何度も頭の中で繰り返した。


「あなたたちが頑張ったおかげで、異世界へ向かう手段が確保できたと聞きました。でしたら、もう戦う必要はないのではありませんか?」

「……大丈夫ですよ、園長先生。今回は戦いに行くのではなく、用事を済ませに行くだけですし。それに兄さんもついています」

「…………本当に、用事を済ませるだけで終わるのですか? なにかあれば首を突っ込まないと気が済まない、サブローが?」


 園長から疑念を向けられる。心の底からサブローを案じているのが痛いほど伝わってきた。


「大丈夫ですよ。体調が悪いわけですし、僕がなにかしようとしてもイ・マッチさんや兄さんが止めますから」

「私はまたサブローに怯えられるかと思うと、怖くて仕方ありません。ギフトも役に立たないほどでしたし。初めてサブローに使ったというのに、無力でごめんなさい……」

「そんなことはありません! 園長先生はずっと僕を助けてくれました!」


 サブローが必死に言葉を投げかけても、園長はただ謝り続けるだけだった。

 親と慕う彼女がこんなにも弱音を吐く姿を、初めて見た。今の自分以上にひどい惨状から子どもたちを救い上げ、立派に育て続けている人だと思っていた。


「こちらに残ってなにか安全な仕事をしましょう。ガーデンが無理でしたら、私がサブローにふさわしい仕事を用意します。ちょうどあなたがいなくても異世界に行けるようになったことですし」


 そこまで一息に告げてから、園長はなにかに気づいたような反応をした。


「そうそう、フィリシアさんも戦いから遠ざけましょう。サブローも前から望んでいたことです。あの子はあなたが行かなければ、積極的に戦おうとしませんので、こちらの学校に通わせるにはちょうどいい機会ではありませんか? ミコ一人を戦いに向かわせるのは、申し訳ありませんが」


 本当にいい話だと思う。きっとサブローが今望めば、園長は実行に移るだろう。

 だけどそれは魔人というリスクを親代わりの彼女に背負わせることになってしまう。もちろん覚悟の上だろうが、サブローが嫌なのだ。この身体で大事な人が不利益を負ってしまうという状況が。

 そして世界を一人で超えられる竜妃が黙っているとは思えない。あの暴力の塊を施設の人間と会せるわけにはいかなかった。

 サブローは笑う。無理やり表情筋で頬を引っ張り、上手く笑顔を作れたとは思えなくても。


「すみません、園長先生。僕はそれでも、イ・マッチさんの国に行ってみたいです」


 それがしばらくの間、丸く収まる手段だから。園長の残念そうな顔が、胸を強く締め付けた。




 園長が部屋を出てから三十分くらいしたころ、ノックが来客を知らせる。サブローが扉を開けるとクレイとアリアがいたので中に招き入れた。


「お邪魔します。相変わらずなにもない部屋なんだ」

「昔から趣味らしい趣味がありませんでしたし……」


 思わずと言った様子で部屋の感想を述べるアリアを前に、サブローは後頭部をかく。昔からいろんな人に指摘されている部分だった。


「あ、ごめん。失礼なことを言った」

「気にしないでください。僕ももうちょっと、どうにかした方がいいと思っているのですが」


 バツの悪そうなアリアに、サブローは自嘲しながら答えた。常々考えてはいるが、特に思いつかずそのままにしている。


「それで二人ともどうかしましたか?」

「園長先生が悲しそうにしていたのを見たんだな。それできっとサブローさんのことだと思ってきたんだな」


 クレイが心配でたまらないとこちらの様子をうかがっている。優しい少年を安心させるため、先ほどの話を全て教えた。

 話し終えると二人は難しい顔をしながら、こちらの顔をまっすぐ見た。


「園長先生の気持ちも、わかるんだな」

「クレイ……あなたも僕があの世界に戻るのは反対ですか?」

「……ぼくの差し入れをお医者さんに止められたのはショックを受けたし、ずっと辛そうにしていたんだな。なにも食べていないのに、それでも吐こうしているのは見ていられなかったんだな」


 痛いところを突かれる。クレイやエリックが見舞いに来たとき、吐き気を抑えられずトイレに駆け込んだ。

 あとからついてきた二人が背中をさすってくれたが、一向に収まらず迷惑をかけてしまった。

 サブローは無様な姿を見せたことをすまなく、そして惨めに思う。竜妃に会った直後の姿は身内に見られたくなかった。


「見苦しいものを見せたようで、申しわけ……」

「ちがう、サブローさん」


 アリアがサブローの謝罪を止める。気遣うような瞳がサブローを捕らえて離さなかった。


「もっとあたしたちに迷惑をかけて。園長先生を頼って! 一人で抱え込んでボロボロになるのは、見ていて辛い」

「アリアの言う通りなんだな。ぼくたちを頼るのは無理だろうけど、イチジローさんやミコさんなら力になってくれると思うんだな」


 ちゃんと頼っている。言葉にしようとしたのに、口は動かず、ただ二人を前にサブローは目を伏せるしかなかった。




 それから数日経った頃、異世界に渡るためにガーデンの魔法陣室へとやってきた。

 転移を行う専門の魔導士に挨拶をする。こちらに来たときはガチガチで緊張していたのだが、毛利が面倒を見たせいかすっかり日本になじんだ格好をしていた。


「いえ、こちらって快適ですね。娯楽がたくさんあるところが素敵です。……ところで相談ですが、水の国についたらパルミロ国王陛下に交代期間を延長するよう、進言してもらえませんか? ああ、帰りたくなくなってきた……」


 都会にドハマリした田舎娘かと思うようなことを頼まれてしまった。

 ちなみに、こちらから直接イ・マッチのイルラン国に向かうわけではない。一度パルミロたちにあいさつを終えてから、あらためて水の国からイ・マッチの国に転移することになっていた。

 フィリシアとともに魔法陣へと歩み進む。ミコは天使の輪の修理が終え、創星とともに一足早く異世界へと戻っていた。

 本来ならフィリシアも天使の輪が直りしだい戻すべきだったのだが、長官の配慮と本人の希望でサブローとともに戻る手はずになっていた。


「サブローさん、大丈夫ですか?」

「……フィリシアさん、何度も答えたはずです。僕はもう、戦えます」


 フィリシアに、というよりは自分に言い聞かせるようにサブローは言葉にした。胸のお守りを握りしめる。今戦わないと、きっと自分は二度と戦うことはできない。

 なんとなくだが、サブローはずっとそう感じていた。


「戦う道以外も、きっとあると思うのですが」

「園長先生も同じことを仰ってくれました。ですが……すみません。僕にも整理がつきません」


 かぶりを振るサブローに対し、フィリシアは沈んだ顔を浮かべる。


「申し訳ありません。あのとき私がもう少し戦えたら……」

「いえ、それだと竜妃も無視できなかったので、むしろ良かったと思います。あいつに目をつけられるのはよしてください」


 声音に疲れが混じっていることをサブローは自覚した。ミコもフィリシアも竜妃に奪われたらどうなるか、想像するのも嫌だった。

 魔法陣に乗ると、別室の毛利が気遣ってくる。


『……無理だけは厳禁ッスよ、隊長。あの女は鰐頭親分でさえ手を焼いたくらいッスから』


 当時を知るためか、彼らしくなく声が硬かった。頷くと魔法陣が青い光を発する。浮遊感に包まれながら、サブローは長い休日を終えた。




 再び地を踏んだ水の国は、ラセツたち魔人が刻んだ傷をすっかり癒していた。

 出迎えたイチジローとミコに案内されながら、見違えた街の様子にサブローは感心してしまった。

 ガーデンの技術もいくらか貸したが、それがなくても水の国は統率が取れており、あっという間に復興作業をやり遂げたと、目の前で見てきたイチジローが説明した。

 ガーデンの拠点である屋敷にたどり着くと、庭で国王であるパルミロが相変わらず遊び人ごっこをしていたので、軽く挨拶を交わす。水の国の復活ぶりを褒め称えると、


「そうであろう。余の自慢の国だからな。もっと驚くがいい」


 満足そうに笑顔を浮かべた。そのままクルエに会ってくるように勧められる。

 サブローが素直に従って離れようとすると、ふと思い出したようにパルミロが呼び止めた。


「忘れるところだった。カスペル殿からの伝言だ。用事で今日は会えないが、無事を祈るそうだ」


 伝言に使われる王というのはどうだろうかとサブローは疑問に思うのだが、本人が気にしていないので触れないことにする。

 そのまま礼を言い、今度こそクルエの元へと向かった。




「遅かったじゃない」


 開口一番にクルエは手厳しく迎えた。サブローは挨拶をしながらすまなく思うのだが、彼女の頬がわずかに上がっているのを発見する。

 後ろに控えているノアも咎める様子を見せず、むしろ微笑ましそうだった。

 しかしサブローの顔をクルエは観察終えてから眉間にしわを刻む。


「……あんまり調子は良くなさそう」

「戦うことは控えさせられています。ですので、今回はイ・マッチさんの用事を済ませるだけで終わる予定です」

「今はこいつに無理をさせるわけにはいきませんからね。俺……自分が弟の面倒を直に見ますよ」


 イチジローが下の子にするような笑顔をクルエに見せた。彼女はそれを確認して頷き、無理はしないようにと声をかけてから離れる。

 ここ最近は勉強もまじめにしていると、ノアが嬉しそうに話してくれた。

 彼女も変わろうとしているのだろう。サブローも負けていられないと、気合を入れ直した。




 またも転移の祭壇へと現れる。ここはイルラン国とつながっていると説明をされた。

 転移を前にすると、それまで黙っていたミコがおずおずと話し出した。


「サブ、本当に大丈夫?」

「ええ。むしろ心配をかけてすみま……」


 サブローの口をミコの手が塞いだ。慌てていた様子だったため、乱暴な手つきだが表情は優しい。


「言いっこなし。あたしが同じ状況ならもっと心配をしたでしょ」

「私のときはいろいろ手助けをしてもらいました。今度はこちらの番です」

「いよっ、さすがアネゴ二号。気合の入れようが違いますぜ!」


 創星も混ざりだして賑やかになり、サブローは少しだけ心が軽くなった気がした。


「さて、おしゃべりもそこまでだ。イ・マッチさんの国に行くぞ」


 イチジローがまとめ、転移が開始される。視界が光で満ちて、浮遊する感覚が身体にやってきた。



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