一○二話:最悪は唐突に
神聖都市ヒュエナに調査のために編成された兵団と共に向かった。クルエは残念がりながらも愚図ることはなく、フィリシアとミコに早く戻ってくるようお願いしていた。ついでにとサブローもと声をかけられた。
首都・ドライアに残りたいと文句を言う海老澤を無理やり引っ張って旅立った。ナギもついてくるので七難に備えて残した方がいいのではないかと聞いたのだが、カスペルの占星術でしばらくは魔人の襲撃がないことが分かったらしい。
彼の占星術の的中率はかなり高く、水の国もそのことを知らされて安堵していた。かなり万能ではないかと本人に聞くと、
「すべては星の動きしだい。万事を読み取れるわけではなく、むしろ占星術が使える条件がそろうのは稀じゃ。魔人のこととなると星の動きが活発になるゆえ、占星術を行いやすくなるだけじゃのう」
などと返された。感心するサブローを前に、カスペルはため息をつきながら凶星が消えていない、むしろ影を強めていると忠告をする。なにが起こるのか覚悟しておくことにした。
そして今回、ゾウステは首都・ドライアに残ることになって海老澤に羨ましがられた。
「別に遊ぶために残るわけじゃねーよ。イ・マッチの王子様が『名前はまだない』を寄こすから情報交換することになっているだけだって」
「うむ。余も付き合うことになっているぞ」
王の割には気楽に動きすぎじゃないだろうかと、サブローはゾウステの横で元気な遊び人パロさんに懐疑的な目を向けた。
ひとまずこうして日本から戻ってきたミコを加え、サブロー一行とナギとゆかいな親衛隊たちは出発したのだ。
道中特に不便なこともなく、馬車や馬を利用して先を進む。自動車を使う案も出ていたが、すぐに却下された。人や馬車が通るほど道が整備されてはいるが、車が通るには心もとない状態であるため正しい判断だった。
海老澤あたりはその判断に愚痴りながら馬車に揺られていたが。こうして数日の旅は順調で、障害もなく目的地へとたどり着いた。
神聖都市ヒュエナの跡地は悲惨な状態であった。
建物はすべて瓦礫へと変えられ、方々に燃え跡が広がっている。人影はまったくなく、焼け焦げているかハエがたかっている死体が随所に転がっていた。
フィリシアにはあまり見せたくなかったが、魔人関係の事件を追っているとこういう光景は目にするしかないだろう。嫌な話だ。
「あー……生き残っている奴をこの状態の街から探すのか。瓦礫どかすのに魔人の力を使っていいんかな?」
海老澤が気を遣ってか尋ねてきた。調査隊の隊長も少し頭を悩ませてから、なるべく控えるように頼む。サブローも海老澤ともども了解の意を送る。
期待はしないが生き残りがいるのなら怯えさせるのはまずいだろう。
「それにしても天使の輪が使えないって不安」
ミコがなにも装着していない手首を見せてから渋面を作った。彼女の天使の輪『パワーズ』は修復中である。そのまま直るまで日本で過ごしてもいいと許可をもらっていたが、すぐに戻ってきた。そんなに自分は頼りないだろうかとサブローは頭を悩ませる。
一方フィリシアは予想していたようで、ミコの早い帰りを自然に受け入れていた。
「私がついていますので問題はありません。師匠さん、存分に頼ってください!」
「はいはい、頼りにしているって」
胸を張る妹分を微笑ましそうなミコが対応をする。普段頼ってばかりの姉貴分の力になれてフィリシアもうれしいのだろう。
こうしていくつかの部隊で手分けすることになった。サブローとフィリシアとミコのいつものメンツのグループ、海老澤は単独、ナギと親衛隊二人のグループと、三グループに分かれて人員を預かる。
海老澤一人なのは不安だったのでミコかフィリシアのどちらかをつけたいと主張したのだが、彼本人に断られる。「馬に蹴られて死にたくないから」という意味不明な理由だった。
こうしてそれぞれ調査隊員と一緒の探索に移る。サブローとナギは水の国からの調査隊部隊を受け持ち、ガーデンの調査部隊に海老澤のフォローを頼んだ。これで準備は万端だ。
神殿方面で魔人の封印を解除したことを調べるため、創星を持つサブローたちが向かう。善は急げと、さっそく神殿のある方向へと足を向けた。
瓦礫と死体の並ぶ道を眉をしかめながら進み、サブローたちは神殿の前へとたどり着いた。
しかし神殿とは言うものの、建物の半分が豪快に崩れ落ちており、基礎部分以外は瓦礫に埋もれ、最初は気づかなかった。撤去しながら進むにしても、一体どれほどの時間を要するのか見当もつかなかった。
サブローたちが途方に暮れていると、上空から様子をうかがっていたドローンが下りてくる。
『例の侵入されたらしき水路を発見したッス。隊長なら中を探れるんじゃないッスか?』
なるほど、とさっそく案内を頼む。ドローンについていくと、近くの小川から水を引いた水堀のような場所へとたどり着いた。
ついてきた水の国からの隊員が説明を始める。中に進入路があるものの、封印の間につくまでは複雑であるとのことだ。サブローは理解を示し、魔人へと変わって水の中に飛び込んだ。
水中は薄暗く、慎重に探っていく。魔人の目であるため問題なく動けるが、人の身では探し出すのは困難だろう。やがて破壊された格子がはめられている出入り口を見つける。技電はここから入った可能性が高い。
サブローは黙々と人一人が通るのがやっとの水路を進む。しばらくして街全体に広がるほど広大な水路だと勘付いた。この街を設定した人間はよっぽど魔人を蘇らせたくなかったみたいだ。
水中を移動できる魔人でもここを渡り切れるのは難しいだろう。技電でよく攻略できたものだ。行き止まりに当たり、分岐点まで戻る。
「アニキ、右はさっき通った道だ」
創星の手助けがありがたい。何度も助けられながら、扉が二つ並んでいる場所にたどり着く。
「左の部屋には転移の魔法がかけられているっぽい。初代女王の性格からして罠だな」
「右の方は最近あけられた痕跡がありますね。となると正解はこちらですか」
サブローは右の扉を開けて泳ぎ続けた。先ほどの扉だけでなく、水路の各所に技電が苦労した跡が見える。創星の手助けとその痕跡のおかげで、おそらくだが彼よりもスムーズに封印の間へとたどり着いた。
「結構時間がかかってしまいましたね。一時間ほどでしょうか。フィリシアさんたちが心配していないといいのですが」
「むしろ一時間であの長い道のりを渡り切ったのがすげーよ。くそ、封印を手助けしてくれたことは感謝するけど、こんなん作ったのは恨むぞ」
創星が指す人物は封印を行った水の国の初代女王だろう。へとへとになりながらも、サブローとしては良い判断だと思っている。
「まあ七難を封印するのなら納得の構造でしたよ。簡単に入られるとまずいでしょう」
「んだな。けど技電って奴運がいいわ。致命的な罠だけは避けてこれたんだな……」
その言葉通り、侵入者対策の罠は随所に仕掛けられていた。魔人を倒せるかは怪しいが、この封印の間にたどり着くのは難しくなるだろう。しかし都合が良すぎて不自然だ。創星とそのことを話し合う。
「なんらかのお守りか運が良くなる魔法でもかけてもらっていたんかね?」
「そんなものがあるのですか?」
「神官が得意とする魔法だな。効果が大きい奴は禁止されているけど……ってそっちを使った可能性が高いな」
「なんでまた禁止されているのですか?」
サブローが質問をすると、創星は説明を始める。彼が言うには運を良くする魔法はその分反動が来る。効果が大きければ大きいほど、後々酷い厄災が降りかかる代物だ。この魔法を生みだした魔導士は良識があったため、禁術として広めなかったそうだ。
「魔王は確か使えるはずなんだよな。というと、あの技電とかいうのがアニキに遭遇してあっさり殺されたのって……」
「深く考えないようにしましょう」
どうにもいつもの使い捨てのようだ。まったくもって腹立たしい。
水路から上がり、サブローは周囲を見渡す。部屋には黒こげの神官らしき死体と、砕け散った封印用の水晶が目に入った。
まずは水晶を調べようと一歩踏み進んだ時、足がなにか軽いものを蹴る。
「使用済みのスクロール? アニキ、ちょい見せてくれ」
スクロールとは魔法を封じ込め、使用できるアイテムだったはずだ。広げて創星に調べさせる。
「魔王の瘴気を感じる。はぁ、これでなんで封印が解けたか合点がいった」
創星はスクロールの中に込められた爆破魔法で水晶にヒビを入れ、そこから同じように込められていた魔王の瘴気を得て活性化させたと推理した。瘴気というものが存在するとサブローは初めて知り、素直にそう伝える。
「お気に入りの魔人にはよく瘴気を与えて力を強めていたみたいだぜ」
「あー僕らは縁がないわけですね。鰐頭さんそういうのを嫌っていましたし。しかしその方法ってかなり無理やりではありませんか?」
「なんだかんだあいつら強い魔人だからな。一瞬でも正気に戻れるなら封印水晶なんて簡単に破壊できるさ。瘴気はそのきっかけにちょうどよかったんだろう」
創星は苛立ちを隠せず吐き捨てた。結果を考えるとサブローも同じ気持ちである。
ひとまず死体に手を合わせてから、七難が外へ出た経路を調べることにした。
無理やり壁を壊せば部屋全体が崩れる構造だというのを、どうやったのかは知らないが七難は把握していた様子が見て取れた。地面に大きめの穴が開いている。掘り進んでいったのだろうか。
あのメンツで誰がそんな器用なことをしたのか考えたが、結論がつかないので放置しておく。地面の穴を通っていくと、瓦礫に埋もれている神殿内部と思わしき場所へ出た。乾ききった血と千切れた人体の一部に眉をしかめる。
ひとまず一部変化で生み出した触手で瓦礫を撤去し始めた。三十分も作業を高速で続けるとようやく光が見える。こればっかりは自分に触手が生えていることを感謝した。
「いま瓦礫が動きました。師匠さん、見ましたか?」
フィリシアの声が聞こえてくる。あとひと踏ん張りだと気合を入れて瓦礫を脇に除けていった。
「もう少しで瓦礫をどかすことができます。危ないので近寄らないでください」
大声で注意を促すと、了解の意を伝えられる。それから外へ出るのに十数分ほど要した。
さすがに魔人の力をもってしても瓦礫の撤去は汗だくになるほど疲れた。封印の間で分かったことと内部の様子を報告し、一息をつく。制御装置をはめてようやく魔人の力を封印できた。
「サブローさん、お疲れ様でした」
「サブ、お疲れ」
フィリシアがタオルと水筒のお茶を差し出し、ミコがサブローの肩を揉みだした。サービスが良くて戸惑うが、ありがたく受け入れる。
「創星もおつかれさん。サブの力になってくれてありがとう」
「はっはー。これくらいお安い御用よミコさんよー」
「そうですね。おかげで七難がどう蘇ったのかわかったわけですし大活躍です」
「いいえ! 聖剣として当然のことをしたまでです、アネゴ二号!!」
「あ、扱いに差がある……。まあいいけど」
「良いことではありませんよ、師匠さん……」
フィリシアが困った笑みを浮かべた。創星のへりくだった態度にいまだ慣れないようだ。
いつもの三人と一振りで他愛無いおしゃべりを終えて、休憩を終わろうとサブローが立ちあがったときだった。こちらに割り当てられた調査兵の一人が駆け寄ってきた。
「あの、カイジン殿。人を発見しました」
「生存者ですか!?」
「いえ。どうやら旅をしているようでこの街へ寄っただけということですが……どうにも話が要領を得ないので、会ってもらえませんか?」
そう頼まれては仕方ない。サブローたちは旅人とやらに会いに行くことになった。
瓦礫をどうにか除けただけの街道を歩き、話題の人物が待っている調査隊の陣地へとたどり着いた。案内してくれた兵に礼を言い、会いに向かう。
いったい誰だろうか、この状況について進展できるだろうか、と期待に胸を膨らませながら、例の人物の後姿を見た。
相手は後からでもわかるほど細身の女性だった。艶やかな黒髪が腰に届くほど長く、着用している“着物”も髪の色に合わせた黒い生地だった。目が覚めるほど鮮やかな桜文の柄が高級なものだと存在を主張していた。
足袋に包まれた足に草履をはき、ぶらぶらと子どものように揺らしていた。サブローは思わず足を止める。見覚えのありすぎる後ろ姿だった。
「あなたが報告にあった旅の人ですか?」
急に足を止めたサブローを一度不思議そうに見てから、フィリシアはそう女性に声をかけた。相手は振り返って怪訝な顔をする。
「あら? あなた様、生きていらしたの?」
「はい? ……着物を着ているということは、日本の方ですか? もしかしてガーデンのお方でしょうか?」
「わたくしを見ても普通の反応ということは、知っているお方ではなさそうですね。あの人の子孫でしょうか。まあいいでしょう。はじめまして、わたくしは…………」
フィリシアに対応しようとした女は、なにかに気づいて顔を綻ばせた。
前髪を切りそろえた姫カットと言われる髪形、細身だが胸と尻には相応の肉が付き、白磁のような肌が髪と着物の黒をより際立たせていた。
向けられた鳶色の瞳は見覚えがありすぎる。花が咲きこぼれたような魅力的な笑顔を浮かべ、彼女は魅惑的な唇を開いた。
「まあ、まあまあまあ! あちらの世界で見かけないと思ったら、こんなところにいらしたのね!」
感激して目の端に涙を浮かべ、彼女はサブローに抱き着いた。フィリシアが髪を逆立たせ、目じりを吊り上げている。しかし、そんなことは些細な問題だ。
「お久しぶりです、旦那様。あなたの愛しいりゅ……」
一にも二にもなく、サブローは今持てる最速の動きで女を投げ飛ばした。呆気にとられるフィリシアや兵を置いて制御装置を外し、触手だけを呼び出して殺到させる。全身を変化させるよりコンマ一秒ほどだが、こちらの方が早いからだ。
宙で身動き取れないはずの女性は、ハエを払うかのように片手を振るい、すべての触手を叩き落とした。
「えっ、すご……そうではありません。サブローさん、なにをして……」
「アネゴ二号、早く逃げてください! 兵士たちを連れて、できるだけ遠くに!!」
「相手は魔人だから早く離れて!! フィリシアも、はやく!!」
創星とミコが同時に叫び、兵を追い立てた。サブローは人の姿を脱ぎ捨てて魔人へと変わる。なりふり構わずより“殺意”を乗せて、加速させた触手を叩きこんだ。
「あ、アニキ落ち着け! らしくねえぞ!!」
創星の忠告すら耳に入らない。近寄るのが怖くて一心不乱に触手を叩きこんだ。相手が無傷だと知りながら。
「満足しましたか?」
鈴を転がす可憐な声とともに、触手がすべて同時に半ばから断ち切れらた。晴れた視界の先には優雅にほほ笑む彼女の姿があった。身体をふらつかせ、サブローは一歩さがる。
「殺戮姫! てめえ、なんで生きてやがる! てか魔人の気配がほとんど感じねえけどどういうことだ!?」
「……先ほどから聞き覚えのある声がすると思っていましたが、創星の棒がいたのですか。鬱陶しい……わたくしの名前はそんなひどい名前ではありません。ねえ、旦那様」
どろりと濁った瞳をサブローに向ける。心臓が大きく跳ねて、全身が強張った。サブローはあまりの息苦しさに胸元をつかむ。
「竜妃……」
「はい、よくできました」
最悪の魔人と呼ばれた女、竜妃。彼女は唐突にサブローの前に現れた。
ミスで一話先の話を投稿してしまいました。
今回は二話同時投稿で進めます。




