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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第四部:心の古傷にて候
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一○○話:英雄精霊術師フィリシア

書き溜めが少なくなってきましたので、次回投稿から隔日で投下することにします。



 七難の復活と襲撃以来、水の国は慌ただしかった。

 破壊された西門と神殿の修復、被害に遭った住民の避難所の用意に治療師の投入などやるべきことは多い。サブローも手伝おうとしたが、『今回の一件の功労者なので大人しくしてください』と追い返されてしまった。

 ちなみにいつの間にか約束を取り付けていたのか、ガーデンも人員を派遣して復興に手を貸している。なんと救急車を持ち込んで中世ヨーロッパ風の街並みを走って驚かれていた。転移の祭壇の魔法陣が大きいからってやることが大胆である。

 国内の人たちも最初は驚いていたが、魔法大国にある馬を必要としない馬車のようなものだと理解して今は物珍しそうにしていた。走っている最中は危ないので、馬で並走する騎士に安全を確保してもらっている。速度はそこまで出せなくても、けが人を運ぶことに特化しているというのはありがたられていた。


「むぅ、便利だな。ウエイと交渉して何台か譲って欲しいが……」

「陛下、持ち込んでも整備しないといけませんし、ガソリンという燃料が必要になりますよ」

「勇者カイジン・サブローよ。余は王ではない。遊び人のパルさんだ」


 その設定は生きていたのか、とサブローは呆れ半分で驚いた。当の王はうきうきとしながら「整備とガソリンについて聞いてみるか」と前向きな様子だった。

 そもそも持ち込んだ救急車が動けるのはよく道を整備しているこの国だからできることで、人が踏みならしただけの街道を行くのは向いていないだろう。オフロード車でも難しい。

 長官と話があるという国王もとい遊び人のパルさんを見送った。




『今回の一件は元々計画していたことなんスよ』


 サブローの与えられた客室で、タブレット越しに毛利は笑って説明を始めた。

 日本の車両などによる物質的な支援が行えないか、長官は計画をしていた。実現するためにはどうしてもこの世界側に大きな魔法陣が必要になり、所有している国の支援が必要だったとのことだ。

 長官がこの話を持ち込むとパルミロは乗り気であり、場合によってはこの国で仕入れたいという意思を見せてから協力している。


「僕らの世界の物をこの国に売るのですか?」

『この国の王様、好奇心が強い性格のようッスからね。武器になる物以外なら条件付きで売るところまで押し切られてしまったッス。あの長官を相手に強引に意見を通すとかやり手ッスねー』


 知らない間にそんな一幕があったとは思わなかった。この国の王はなかなか食えない男のようである。


『それでどうッスか。隊長たちの近況は?』

「海老澤さんは相変わらずですし、フィリシアさんたちも特につつがなく過ごしています。昨日は犠牲になった人たちの追悼式が行われました」


 パルミロは今回の悲劇を国民の前で悼み、祈りをささげさせた。王家は精霊王を信仰しているが、国民にはそれぞれの神に祈らせる。死者の安らかなる死を願い、追悼式は終わりを告げた。あの海老澤さえ大人しく参加して黙とうをささげていた。

 また、この追悼式ではクルエの兄弟たちを見かけた。いずれも立派な青年であり、父であるパルミロの力になっているとのことだ。

 そして現場に居合わせたということもあって、クルエからのスピーチも行われた。青ざめたノアは自らの主が追悼の辞を読み、務めを果たせるのか心配をしていたが、彼女は立派にやり遂げた。

 クルエの兄弟、そして国民たちから感嘆のため息が意外そうに漏れたのをサブローは聞き逃していなかった。

 追悼式の後に姿を見せた彼女はフィリシアに甘えるかと思ったのだが、なぜかサブローの前にやってきて「どう?」と不安そうに感想を求めてきた。

 とても立派だったと伝えると、彼女はそっぽを向いてフィリシアに抱き着いた。あれは照れているのだと自分にも理解できた。

 それらを話し、これから予定があると毛利との通信を終えた。




 毛利に話した予定とは、今日入港してくる船にカスペルが乗っているので迎えに行くことだ。

 七難を撃退したことで占った不吉な影はなくなったはずだが、気を変えて再び仕掛けてこないとも限らない。確認する必要があった。

 仲間たちと合流をするために城の廊下に出ると、助けを求めるフィリシアが現れた。


「サブローさん、お願いがあります!」


 急な懇願に目を白黒させた。彼女はサブローの背中に回り込み、身を隠すように縮める。


「アネゴ二号、そんなに必死でどうしたんですかい? なにか失礼な奴がいたんで……」


 創星が事情を聞こうとした途中、どかどかと城内で働いている騎士と魔導士の一団が走ってきた。どうやらフィリシアは彼らに追いかけられていた様子だ。


「これはカイジン様、おはようございます。これからお出かけですか?」

「ええ、まあ。白霧のカスペル様を迎えに行こうかと……これはどういう集まりなんですか?」

「はい。フィリシア様に魔人を倒したときのことを詳しくお聞きしたいと願っていましたが、なぜか逃げられてしまいました」


 なるほど、とサブローはようやく察しがついた。フィリシアは大々的に七難の一人である魔人を倒したとパルミロが宣伝し、ナギも大いに肯定していた。

 彼女は必死に自分一人では無理だ、一番非力だったと主張したが、精霊術で首を跳ねる瞬間は多くの人に目撃されており、謙虚な人物だと口々に称えられた。


「うぅ、私なんて足を引っ張りましたのに……勇者に匹敵する英雄だなんて持ち上げすぎです……」


 背中で疲れ切った様子の彼女がなんだか可愛かった。魔王と騙された王国によって滅ぼされた風の一族の生き残りが、魔人を倒すほどの成長を見せたというのはよっぽどセンセーショナルな出来事だったのだろう。王は明るい話題になると国中にふれまわっており、精霊術一族が歓喜にわいたとノアに教えられた。

 本人は己の実力以上の評価を運よく受けたと思っており、申し訳なさそうにしている。サブローは軽く笑みを浮かべて口を開いた。


「でもミコもフィリシアさんがいないと勝てなかったと仰っていましたよ。いずれ僕くらい簡単に追い越すと思っていましたが、予想より早かったです」


 ひとまず追い打ちをかけておくことにした。少し困らせたいとイタズラ心が湧いてしまったのだ。フィリシアが裏切者を見るような目を向けてきた。


「今の言葉は本当ですか?」

「ええ。なにせ天使の輪を使いこなすまでも早ければ、魔人と戦えるまでになるのもすぐでしたから。ガーデンの最年少記録を塗り替えている天才だともっぱらの噂です」


 場が盛り上がり熱を加速させた。フィリシアが恨みがましい目を向けてくる。


「さ、サブローさんだって一人で魔人を二人倒したではありませんか。話をしていく義務があると思いますけど!」

「僕はこれから白霧のカスペルさんに会いに行かねばなりません。後でお話をしてもかまいませんので、彼らの相手をお願いします。これはお仕事ですから」


 ささやかな抵抗をする彼女を一刀で切り伏せて、肩をつかんで前に出した。熱狂的な視線にさらされ、フィリシアは必死に縋る。


「待ってください。でしたら私もついていきます。お仕事ですから当然です!」

「いえ、出迎えるのは僕だけで構わないとのことです。ナギの屋敷で彼の話を最初に聞いたのは僕ですからね。彼らに話をしていても問題はありませんよ」

「うぅ~。どうしてこんなときに限って師匠さんはいないのですか!?」


 話題のミコは天使の輪を修理に出しに、日本へ戻っていた。一日二日だが帰ってこない。孤立無援のフィリシアを残し、サブローは離れていく。


「では出かけます。大丈夫ですよフィリシアさん。ナギにも声をかけておきますので、後で分担してくれると思います」

「ナギが来たらよけいに私の活躍がねつ造されるではありませんか! やめてください」

「おや、そうだったのですか……。後でどうねつ造されたのか詳しく教えてください」

「珍しくサブローさんが意地悪です……覚えておいてくださいよ…………」


 悪役のような捨て台詞を残し、フィリシアは英雄だと担ぎ上げられて連れていかれた。微笑ましくも彼女が評価されていることが嬉しく、存分に称えられるといいとサブローは機嫌よく思った。


「えげつねえ……。アニキの意外な一面を見た気がするわ」

「そうは言いますが、可愛い子は困らせたくなるものではありませんか」


 押し黙った創星がなにを考えているか見た目ではわからない。だけどもなんとなく、呆れているのだとは予想がついた。




 実はエルフであるカスペルの乗る船は数日単位で遅れていた。どうにも時化に遭遇したとかで遅れる旨が組合から知らされた。

 この世界の船が予定通りに行かなくても仕方ない面がある。魔法である程度補えるとはいえ、基本的に風頼りの帆船だ。どうしても限界がある。

 しかし遅れて助かった面もある。到着予定だった日は七難の被害から立て直すのに慌ただしく、サブローたち功労者も敵が戻ってきた場合に備えており、迎えに行けるかすら怪しかった。

 そうして人がごった煮になっている港にて、久々にエルフの恩人と再会したのだった。


「お久しぶりですのう、カイジン殿」

「カスペルさん、お久しぶりです。荷物を持ちましょうか?」

「なに、まだ若い者には負けませんて。気遣いは無用じゃ」


 カスペルは上機嫌で言い、隣に並んだ。水の国に来てからのことを話し、七難を撃退して不吉な影は去ったかどうかを尋ねる。


「う~む……それがのう、船の上でも占い続けたのじゃが、不吉な影は濃くなるばかりじゃった」


 白い髭を撫でつけながら、カスペルは困ったように結果を教える。サブローの弛んでいた気持ちが即座に引き締まった。


「となると、連中が戻ってくるのでしょうか?」

「いや、それはありますまい。当初にあった水の国に落ちる不吉な星はとっくに消えておるからの」


 それは先ほどの発言と矛盾していないだろうか。豊かな髷に隠れている目に疑問の視線をぶつける。


「星が告げる災いは二つありましての。当初は水の国にかかわる災いだけじゃったが……途中からもう一つ、凶星が現れおった。創星を担う者本人に重なるようにのう」

「アニキ自身がやべーってことか? エルフの翁よう」

「……じゃのう。曖昧な結果でなく、こうもはっきり出てしまうとはわしも予想外じゃった」


 まだまだ苦労は続くようである。とはいえ、心当たりは今のところ多すぎる。魔人の勇者というだけで降りかかるだろう厄災は山ほどあった。

 そのことを告げると創星が大きくため息をつき、カスペルはぼそりと呟く。


「カイジン殿や創星様の懸念する通り、魔人であることによる厄災ならまだいいと思っているのじゃ」

「どういうことですか?」

「……カイジン殿の心に作用する厄災が、一番厄介じゃろう。少なくとも、このジジイはそう思うのじゃ」


 サブローと創星は同時に沈んだように言葉を失った。起きようのない不安のはずなのに、なぜか心の中にこびりついたからだった。



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