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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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九十九話:人の心



 多くの毒針が連撃を繰り返し、サブローは跳躍してそれらすべてを大きく避ける。


「ホホッ、身動きの取れぬ宙へ逃げるとは、愚か!」


 普通ならそうだろう。サブローも以前までならそんな手は取らない。だが、今なら空を走れる。

 創星の光で空を駆け、毒針を触手で払いながら殴りこむ。不意を突かれたにもかかわらずラセツは棒で受け止め、折れ砕けたものの威力が減じてしまう。

 浅い手ごたえに悔しがる間もなく、二つに分かれた棒がサブローに襲い掛かる。触腕で回りこませた聖剣の刀身と柄で器用に弾き、敵の二の腕をつかんで肉を握り千切った。

 ラセツは痛みに悶えながら笑顔を崩さず、より踏み込んで無事な方の腕でサブローの横っ面を棒で叩く。その衝撃で激しくぶれる視界の中でもサブローは敵を逃さず、脇腹を蹴りつける。広い視界は悪さしようとする毒針を捉えて離さず、自らより後ろへの侵入を触手で防ぎ切った。

 このままではらちが明かないと二人は大きく距離を取り、敵の全体像をとらえた。


「そんな発想をよくしたのう。まさか創星の光で空を走るとは……クク、やはり人の可能性は面白い」

「人? 魔人ではなく?」

「魔人などしょせん戦う手段の一つにすぎぬ。武器や武術、魔法とさほど立ち位置は変らぬよ。扱うのが人間。それこそがこれらの真髄」


 ラセツは謳い続ける。


「おっと、別に人族だけを指しているわけではないぞ? エルフや獣人、半獣をも含む公儀的な意味での人間だ。要は心の話になる」


 化け物の代表格が自らの心臓を指し、いけいけしゃあしゃあと語る。ふてぶてしい態度を一切変えずに。


「わしはな、心の力で限界を超える人間が好きだ。オンゾクやトウジョウ、ミズのように人を滅ぼすなど間違っていると思っとる。第一そんなことができるわけがないしの」


 仲間すらも平気で馬鹿にするラセツを、他の七難は気にした様子を見せずに手を緩めず叩き続ける。思わず海老澤は当然の疑問を持った。


「おーい、お前らバカにされているけどいいのか?」

「異議などあるまい。我が教えを果たす障害にラセツが混じっている。ただそれだけのこと」

「俺らは全員目的が違うからな。意味の分からない教典を守ろうとするオンゾク。自分や自分たち姉弟以外のすべてが邪魔なトウジョウやミズ。ただ楽しければそれでいいヒ。ストーカーのカセ。満足いく殺し合いが出来ればそれでいいラセツ。そして人間を家畜として飼いならしたい俺。自分らの目的に互いが邪魔だが、同時に今潰しあっても意味がないとわかっている。だからそれ以外を滅ぼすまで協力する。ただそれだけの関係さ」


 アッキは低く笑って鎌首をもたげる。サブローと海老澤だけではない。その場にいる仲間すら獲物のように捉えていた。


「こいつらを減らしてくれたって全然かまわないんだぜ。なにせ魔王様を含めて、最終的に取り分を奪い合う相手だから!」


 敵は高らかに笑った。オンゾクも特に反論することなく黙っている。互いに同意あってのことだと、その態度が雄弁に語っていた。


「やれやれ、わしは別に殺すまでいく気はないのだがの。生きていれば明日には一矢報いれるかもしれん。明後日には勝てるようになるかもしれん。それこそ無限大の可能性を潰すのはもったいないと思うのだがのう」

「破滅願望のじじいは黙っていろよ」

「ひどい言いざまをする。わしは単に人の可能性を信じているだけぞ」


 カカ、と不快に笑うラセツにサブローの眉間が険しくなる。聞かされている言葉の上っ面は綺麗なのに、反吐が出そうになった。


「しかしまあ、トウジョウを失っておぬしら辛そうだのう」

「ふざけんな! まだやれ……」

「この未熟な身にあの魔人との戦いは重し。逃げることを提案する」

「と、言うことだ。アッキは一人で戦う気かの? 別にそれでもかまわんが」


 アッキは拳を震わせ、長い息を吐き出すとともに振り下ろした。逃がす気はサブローになく、また海老澤も同じであった。


「ハハハ、魔人の勇者殿、落ち着きなされ。おぬしはまだまだ伸びる。ここで食うのはもったいない」

「それは僕に勝てる前提ですよ」

「うむ、正直ここで倒されるのも嫌だのう。復活したばかりだし、一つしかない命を惜しませてもらうぞい」


 ラセツはあっさりと認めて跳躍し、地面で伸びているトウジョウの傍に降り立った。


「わしはしびれ毒以外にもあと三種類の薬物を流せる。その効果がある薬草を食べ続け、分泌できるように修行を重ねた結果でのう。努力家であろう」


 自慢するような口調がサブローには不可解であった。自らの能力を明かすなど、いったいどういうことだろうか。


「一つは痛みを消す興奮薬。そしてそれとどう作用したのかわからんが変化して生まれた媚薬。最後が……」


 ラセツは一本の毒針を伸ばして気絶しているトウジョウに突き刺した。なんらかの薬物が透き通っている触手の管を通って注入されていく。

 トウジョウの身体がビクンビクンと小刻みに跳ねたのを確認し、サブローと海老澤は同時に敵に接近した。あれを完了させるとまずいことが起こりそうだ。


「おっと、そう簡単には通さねえぞ!」


 アッキとオンゾクが騎士や神官の死体をつかみ、投げ飛ばしてきた。死者を冒涜するよな真似に腹が立つ。サブローは遺族のためにと、損壊させないように触手で丁寧に受け取った。海老澤は避けて接近を試みているが、魔人二人の突進で足止めされる。


「この通り、魔人専用の筋力増強剤である」


 外装にひびが入るほど身体が肥大化したトウジョウがのっそりと立ち上がり、口からよだれを流しながら理性を失った瞳を向けてきた。


「自分に打ちこむために作っていたのだが、破壊衝動以外まっさらになる欠陥があってのう。人間は少量でも身体ごと壊れるし、使い勝手が悪い代物ぞ。結局使い道は二つしか見出せなんだ。裏切った魔人に打ちこんで最期にわしの訓練相手にするか……」


 膨らんだトウジョウが二回り太くなった剛腕を振り下ろし、ラセツが先ほどまで存在していた場所を殴り砕く。ケダモノの咆哮をあげて空気をびりびり震わせた。


「逃げるときの使い捨てにするか。おぬしら二人なら十中八九(じゅっちゅうはっく)勝てるだろうが、馬鹿力に生き残った人間が巻き込まれないようせいぜい気張るといい。ではいずれ再会しようぞ」


 ラセツは笑いを残して川の流れに乗る。アッキとオンゾクも後に続き、その場には醜く膨らんだ魔人だけが残った。

 サブローはグッと拳を握りしめる。魔人の気配は遠ざかっていき、間もなくこの首都から逃げられそうだった。


「切り替えろ、相棒。まずはあいつを片付けて、ノアさんたちの安全を確保するのが先だ」


 海老澤の言う通りだった。サブローは前を向き、ただ破壊するだけの怪物に意識を集中する。地面を踏み荒らし、目につくものを破壊し続ける肉だるまの魔人へと足を踏み出した。

 魔人の中で大柄に部類される海老澤よりも大きくなったトウジョウが、大ぶりの一撃を乱暴に繰り出す。サブローは触手を四本束ねて拳を絡めとろうとするが、勢いを逃がしきれずに身体ごと振り回された。


「んにゃろ!」


 触手を切り離して難を逃れるサブローと入れ替わりに海老澤が正面からがっぷり四つに組む。先ほどまでの力ない鳥型の魔人とは思えないほど盛り上がった筋肉を蠢かし、じりじりと押していく。

 サブローは海老澤の背中を踏み台にして勢いをつけ、敵の頭に跳び蹴りを放った。ゴキリ、と骨の折れる生々しい音が響く。角度がついて折れ曲がった首に乗る頭から、刺すような視線を感じる。

 敵は海老澤を持ち上げ、サブローにぶつけてから二人まとめて神殿の壁へと投げ飛ばした。海老澤を抱えながら残った六本の触手を地面に突き刺して減速し、勢いをどうにか殺しきる。


「サンキュー、助かったわ」

「どういたしまして」


 短く言葉を交わし、二人は再び敵に立ち向かう姿勢に戻る。トウジョウは頭を両手でつかみ、折れた首を逆方向に力を入れて戻した。


「……痛みも感じねぇみたいだな。使える触手はそれだけか?」

「そうですね。先ほど使い捨てたばかりですので戻るのに小一時間ほどでしょうか。毒針のときは短くしか切り飛ばさなかったので、もう伸びきっているのですが」

「いつ聞いても便利だと思うわ。もう減らすなよ。あれやるぞ」


 となると切り離した触手で拘束して一時動きを止める手は使えないだろう。あれは束ねた力でものをいわさないといけない。

 創星を剣本人に抗議されながら腰の鞘に戻す。


「カイジン様、エビサワ様、逃げましょう!」


 ノアの声に視線を向けると、生き残った騎士が連れてきた馬の傍に立つ彼女たちがいた。


「痛みも感じない化け物を相手に、たった二人では不利です。幸い理性を失ってただ暴れることしかできません。一度退いて、オーエン様たちと合流してから……」

「いやー、大丈夫ですよノアさん! 俺とサブローならあんなのちょちょいのちょいって奴です!」

「まあたしかに、あれは怖くないですね。鰐頭さんを前にしたときと比べると、本当に」

「あーあいつと比べたら雑魚もいいところだわ。んじゃ、ノアさんたちを安心させに行くぞ、相棒」


 海老澤の発言に頷き、サブローは指の骨をコキコキ鳴らした。敵が再びこちらに一歩踏みだしたのを合図に、二人は這うように走る。

 間合いに入った瞬間、固められた拳を上からたたきつけられるが、サブローは角度をつけた触手で流し、海老澤は腕を横から叩いて逸らした。それぞれの横の地を叩く衝撃を感じながら、サブローたちは足元に組み付けた。

 喉が裂けんばかりに叫んで気合を入れ、トウジョウを引き倒す。痛みを感じない敵は構わずこちらをつかもうとするが、距離が遠い。その隙にサブローは足の健に指を食い込ませ、力いっぱい引きちぎる。海老澤は足の関節を逆に曲げて、敵の機動力を奪った。

 準備はできた。視線すら交わすこともなく同じタイミングで離れて、海老澤はグッと力を溜める。


「な、なにを……」


 ノアの疑問に答えるように、海老澤は全力で跳躍した。彼が跳べる限界まで高度を上げ、トウジョウに向けて両足をそろえる。サブローは残ったすべての触手を伸ばして相棒の身体を巻き付け、落下する勢いを加速させながら敵に叩き下ろした。

 大気を震わせるほどの轟音が響き、大量の土砂が巻き上がる。パラパラと石や土が身体を叩く音を耳にしながら、創星が呆れたようにつぶやいた。


「よくあんな自爆技やれるな……」

「海老澤さんは頑丈が取り柄なんですよね。あれに耐えられるぐらいですから」


 サブローが解説していると、天からサッカーボール大の物体が落ちてきた。確認するまでもなくトウジョウの頭である。バラバラになった敵の身体があちこち散って振ってくるのは理解していたので、クルエの前に落ちそうな物だけ狙って触手で払っていた。

 自分たちがあけた大穴から海老澤が這い出てきて近寄ってくる。さすがに衝撃であちこちガタが来ている様子だが、元気そうだ。


「その頭を見た感じ、今回は片付いたって感じだな」

「逃がしたのは痛かったですが……クルエ様たちも無事な様子ですし良しとしましょう。気配から察したところ、フィリシアさんたちも対処したようですし」


 喜びと悔しさを混ぜた息を吐きだす。クルエたちが無事なのは喜ばしいが、あの強さの魔人を野放しにしてしまった。離れた速度から考えるに追跡は難しいだろう。

 海老澤と並んで人に戻り、連中が消えた方向に視線を向けていると、ノアが感心した様子で近づいてきた。


「お二人とも、お疲れ様でした。倒してしまうとは……」

「いえ、三人も逃がしてしまいました。申し訳ありません」

「あー……あいつらは……いやラセツは倒しておきたかったな。他はともかく、あいつは学習して戻ってくるタイプだ。仕方ないけど」

「…………本当すみません。一騎打ちの形を整えてもらいましたのに、活かせずに」

「気にすんな。あのレベルを四人相手にしないといけない時点でそこまでは期待していないって。逆の立場ならそう考えるだろ? むしろ弱いのを自分から担当して一人しか始末できなかった俺の方があれだわ」

「す、少し待ってください。お二人は全員倒すおつもりだったのですか!?」


 なぜか焦っている様子のノアにサブローたちは目を点にする。思わず海老澤が彼女に素で対応した。


「いやでも倒した方がいいだろう?」

「そ、それはそうですが……伝説の魔人ですよ!」

「あっちの世界はアニキより強い魔人がいるって聞いていたけど、あいつら程度じゃ動じないのか?」


 サブローと海老澤は創星の言葉をやんわりと否定する。彼らは充分強かった。


「逢魔でもあいつらは強い方だわ。伝説だとかいうのは伊達じゃないってことだな。でもまあ、もっとどうにもならない化け物を俺らは知っている」

「今の逢魔……魔王軍にいるピートさんもその部類ですね。彼なら全員を相手にしても勝てるでしょう」

「……同じA級なのに格差出来すぎて嫌にならあ。『魔人を殺す魔人』や鰐頭はもっと強いしな。やってらんねー」


 海老澤はふてくされたようにその場でごろんと転がり横になる。平気そうに見えてあの落下後はきついのだ。だらしなくてもサブローは咎める気にならなかった。

 よく目を凝らすとフィリシアたちが急いで飛んできている。今の音を聞いて敵の攻撃かと不安になったのだろう。安心させるために迎えに行くか、遺体を綺麗に確保しておくか迷っていると、腰に小さな衝撃を感じた。


「クルエ様?」


 名を呼ぶサブローの腰に、泣いているクルエがガーデンの制服の裾をつかんでいる。歯を食いしばり、必死にしゃくり泣きを止めようとしていた。


「あり、がとう」


 ぽつりと礼を言ってから彼女は離れてノアに抱き着く。わずかに見える横顔から見えるほど顔が真っ赤になっていた。周りの生き残った騎士たちとともにほっこりした気持ちになる。


「お、嬢ちゃんたちが追い付いたぞ。おーい」


 上半身を起こした海老澤がそれに向かって手を振る。こちらの無事を確認して喜ぶ彼女たちを迎え、事件はひとまずの解決となった。



次回から四部に入ります。

引き続きお付き合いお願いします。

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