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あんたこの異世界のイカ男どう思う?  作者: 土堂連
第三部:魔人無用!
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九十八話:一対三と一対一



 神殿で六人の魔人が軽い打突の応酬を終えていったん距離をとる。二人で倍の人数の魔人を前に連携を取って互角に渡り合えていた。

 しかしサブローは背中にいるクルエたちを感じ、このままではやりづらいと感じた。同じことを考えていた相棒が一計を案じたのか、指を敵に向ける。


「おい、お前ら雑魚三人。俺が相手をしてやるよ」


 海老澤の安い挑発にラセツを除いた魔人はあっさりと乗った。プライドが高くて傲慢なのは普通の魔人連中と変わらないようだ。


「エビサワ様、それは無謀です! 相手は伝説の魔人……お一人で三人を相手にするなんて無茶です!」

「いや、それがそうでもないんですよ、ノアさん」


 媚びるように軽い口調で海老澤は言いきる。ラセツが興味深そうにうかがっているのをサブローは見逃さない。


「あの四人、実力差がありすぎる。ラセツってのが突出しているだけで、後の三人は雑魚なんですよ。あの程度なら何人いても軽い軽い」

「てめっ……言ってくれるじゃねえか」

「今のは少しムカッとしたね」

「我が身はいまだ未熟。致し方なし」


 三者三様に反応を返した。サブローは口調ほど気軽に判断したわけではないとわかっている。

 あのラセツという男はこちらを戦慄させるほど戦闘技術が高いうえに、海老澤と相性が悪かった。針のように鋭い触手は彼の頑丈な外皮すら傷つけることができた。サブローの十本の腕ですべて対応しきらなければ、毒にやられていた場面が何度かあった。

 毒に侵されて切り離した触手を観察する限り、魔人であれば死に至るほど強い毒ではない。しかし動きを制限される類の効果はあった。あいつはサブローが対応した方が早い。


「わしも勇者の方を相手したいのう。お前ら、ちと頼まれてくれんか?」

「構わないけど珍しいね。ラセツが弱い方に向かいたいとかいうなんて」

「好物は真っ先に食うんじゃなかったのか?」


 トウジョウ、アッキと口々に意外そうにする。ラセツは歯茎がむき出しの口の端を持ち上げ、カカと笑う。


「まあ、確かに黒い方が強いではある。その差はそこまで大きなものではないとしても、普通ならそっちを相手にしたいのだが……。くく、勇者の方は実に興味深い戦い方をする。そうだの、創星の初代というより、虹夜の初代を思い出す戦い方だからかの」

「げ、あの戦闘狂……ボクはパス。あいつと同じタイプならラセツに譲る」


 アッキも同意見のようで、頭を弱々しく縦に振った。そんなにドン引きされる戦い方をしているつもりはないので、サブローは軽く落ち込む。


「ではあっちはもらうぞ。クク、下魔の魔人にここまで心踊らされるとはのう」


 ラセツの殺気が膨らんだ。三度笠のような印象を持つ頭部が波打ち、喜びに震えているように見える。


「……わりいな、サブロー」

「お互い様ですよ。三人の方をお願いします」


 サブローは珍しく気を遣う相棒の肩を軽くたたき苦笑する。海老澤だって一対三という不利な状況に放り込まれるのだ。楽できるというわけではないのに変なところで律儀である。

 そして弾かれたように二人同時に飛び出し、サブローはラセツに蹴りを叩きこみ、海老澤は剛腕を振る。自分に襲い掛かる触手針を自らの十本の触手触腕で叩き落としながら、敵の顎を狙って掌底を放つ。ラセツはあっさりと受け流し、反撃を仕掛けるが捌き返されて距離を取った。

 サブローも追撃はせずにコキコキと指を鳴らす。


「ふーむ、やはり獲物が欲しいのう」


 ラセツはぼやいて地面に転がる衛兵の槍を蹴り上げ、手に取ってから刃の部分を折って取り除く。棒術使いなのか二、三度振るって満足そうにうなずいた。


「触手を使うせいか、互いに魔人用の武器を生みだせなくて苦労しますなあ」

「どうせ扱えませんので、こちらは問題ありません」

「そいつはもったいない。その強さで振るわれる武器の強さは、ぞくぞくするものがありそうだというのに。まあ、そちらには聖剣があるのでよしとしますかの」


 残念そうに言ってから、ラセツは急加速して迫ってきた。サブローは両足を広めにあけて、迎撃の体勢を整えた。


「さあ、聖剣を使う魔人の強さを堪能させてもらいますぞ」



◆◆◆



 海老澤はクワガタ虫に似た外装を持つ魔人の拳を受け止め、鼻で笑った。


「軽いんだよ。見掛け倒しだな!」


 自らに匹敵するほどの巨体を振り回し、地面に叩きつけた。その敵が身体を踏み台にされて、視界に枝分かれした角が入った。


「ヒャアッハー!!」


 アッキと呼ばれていた魔人が胸元を自慢らしき角で突いてきた。海老澤は退かず、逆に胸元をそらしてその突進を受け止めきる。衝撃が全身を貫くが、まだ動ける範疇の痛みだ。

 鹿の角を持つ魔人が逃げる直前に両肩をつかんで動きを止める。


「はぁ!? 俺の一撃を受けて動けるのか!」


 海老澤は答えず、敵を宙に掲げた。瞬間、空から襲い掛かってきたフクロウの魔人の爪が仲間をえぐる。

 汚い悲鳴を無視して海老澤は二体まとめて乱暴に殴り飛ばした。


「があっ! トウジョウ、てめえちゃんと狙いやがれ!」

「……敵に捕まったお前が悪いだろう。なに子どもみたいに抱っこされてんのさ」


 こんな状況だというのに二人の魔人はいがみ合う。ある意味らしい光景を目にしながら、フッと黒い魔人は息を吐いて整えた。


「されど焦ることはない。敵は強がっているが、我ら三人を前にして口ほど余裕ではないからな」

「チッ、オンゾクもたまにはまともなことを言う」


 海老澤は特に反論する気も起こらず、ぶらぶらと両手を振りながら二度の渡り合いでそれぞれの間合いを把握した。

 戦闘における空間把握は重要だと鰐頭にさんざん叩きこまれた。サブローのように盲目的に従うことはなかったが、負けた相手に教えを請うという屈辱を受けても鍛え続けた。鰐頭に受けた敗北が悔しかったのだ。

 いまいち気が合わない相手だが、強くしてくれたことは感謝している。今のような状況を、魔人なり立てのころのチンピラ殺法では対応できなかっただろう。

 ちらりと相棒の方を一瞥する。ラセツという魔人はあのサブローと互角に渡り合っており、かなり厄介であるのが伝わってきた。海老澤の相棒は自信を持たないように歪められているが、戦闘になるとスイッチが切り替わったように効率重視の殺人術を繰り広げる化け物だ。

 そのサブローと長々と戦えているラセツはさすが伝説の魔人と言われているだけはあった。

 海老澤は身を沈めてどっしりと構える。A級の中では一番弱い自覚があるが、目の前の三人には負けるわけにはいかない。信頼して場を任されたのなら、応えてやるのがダチの務めであろう。


「御託はいいからかかってきな」


 自らの挑発が合図となって、三体の魔人がそれぞれバラバラに襲い掛かってきた。


(オン)ッ!」


 クワガタの魔人、オンゾクがまっすぐストレートをぶつけてきた。海老澤は腕の側面を叩いで軌道を変えるが外しきれず、肩の外装を軋ませた。構わずその頭部を左手でつかみ、地面に全力で叩きつける。

 その敵の後ろから歓喜の叫びとともに跳躍するアッキが、両手を組んで上から叩きつけてきた。額で受け止め、腹部を殴り飛ばすと入れ替わるようにトウジョウの足の爪が襲いかかってきた。鋭い爪が胸を切り裂き、肉に届いて血を吹きだす。


「飛べない魔人は不便だね!」


 トウジョウはすぐに上空に逃れて挑発してくる。安全圏だと思っているようだが甘い。海老澤は身を縮めてから地面を蹴って跳躍した。


「は!? なに……」


 空は安全圏だと思い込んでいたトウジョウの頭を両手でつかむ。こちらはエビの魔人だ。巨漢であっても高度が低ければ跳んで追いつくことができる。

 重量級の海老澤を支えることは無理らしく、トウジョウはよたよたと蛇行する。その隙に背中に回り込んで翼を折った。


「がぁあぁぁああぁぁぁぁっ!!」


 トウジョウが悲鳴をあげて一気に地面に落下する。途中海老澤はその背中をエビの跳躍力を活かして蹴り、落下の衝撃を増して退避した。

 フクロウの魔人は地面に激突し、窪みの中心でぴくぴくと痙攣をしていた。空を飛べる魔人は経験上脆い。これで羽を折ったこともあり戦闘力は大幅に失われたはずだ。ほぼ一対二の形に持ち込めた。

 それにしても連中は連携がなっていない。一対三ではなく、一対一を三回行ったような状態である。


「むぅ、なんという練度」

「情けねーなートウジョウ。もうギブアップか?」


 仲間を一切気遣わず、敵の魔人二人は戦闘を継続した。別に珍しいことではない。典型的な魔人で、己が一番というだけだろう。

 海老澤は背中にいるクルエやノアに接近する隙を潰しつつ、アッキとオンゾクの猛攻を巨大な身体で受け止めきった。



◆◆◆



 サブローは時折人にまで向けられる毒針を触手を操って迎撃し続けた。そのたびに相手は嬉しそうに笑い声をあげ、より動きを激しくしていった。まっすぐ突かれた棒が頬をかすめ、サブローはカウンター気味に敵の腹を穿ち突く。

 さすがに敵はたまらず後退しそうになったが、その足を聖剣の光で縫い止めた。


「逃が、しません!」


 顔をめがけて迫りくる触手針を聖剣で防ぎ、首をつかみかかった。敵は棒を蹴って回し、殺意に満ちた手を跳ね除ける。今度は逆に棒で首を狙われたサブローは左腕で受け止め、骨の芯から響くのを感じたが、無視して膝の皿を踏み蹴った。

 敵がよろめくのを確認し、踏みあげた足の底を光で固定して膝の打点を上げ、みぞおちに叩きこむ。たまらず逃げようとする敵を這うように追撃しようとしたとき、頭の毒針がうごめくのが見えた。

 サブローはそのすべてを触手で止めて、襲い掛かる機を失ってしまう。これが自らの身体を狙っているのなら触手が多少短くなる程度で済んだのだが、今の一撃は無事な騎士を対象にしていた。無視しきれない。


「ふう、やりおるわい」

「せこい逃げ方をしやがって!」

「創星よ、そうは言うが相手がやられたら嫌なことをするのが戦場の常識だわい。事実、おぬしのご主人様は文句の一つも言わないぞ」


 低く、されど満足そうにラセツは短く笑った。三度笠に見える頭部と細身の身体で、杖のように棒を地面につく姿は、時代劇などで見る渡世人のような印象をサブローに与えていた。


「しかしあれだのう。今代の魔人は我々と違って魔人の気配で強さを測れないと、ギデンとかいう奴から聞いておったが、おぬしらは違うのかの? やたら実力を把握しとるが」

「……いえ、実際に手を合わせた感触から推測しただけです」

「経験という奴か。よいよい。死を恐れぬその姿は本当に虹夜の初代を思い出すわい。……いや、少し違うな」


 ラセツは魔人にしては珍しいくらい人の面影を残した干からびた顔で、笑顔を深めた。


「まるで死以上に恐れている物があるように見えるのう」


 サブローの心臓がどきりと一度跳ねた。


「今動揺したな? 少し顔色が変わったぞ」

「うるせえ! アニキを惑わそうたってそうはいかねえぜ!」

「惑わすとは人聞きの悪い。いや、魔人聞きが悪いか? どちらでもよいが……わしはその強さに興味があるだけぞ」


 敵は脱力し、対応を広くとれるように受けの体勢に入った。こうなると攻めづらい。


「そもそもともに戦って気づかぬか? おぬしの主は捨て身の戦いが過ぎる。虹夜の初代もその傾向にあったが、根幹にあったものは強さへの渇望だ。わしには目の前の男がそんな理由で捨て身であり続けているとは、どうしても思えないのう」


 探るような視線が気持ち悪い。いや、この嫌悪は過去の記憶から来ていた。


「おぬし、誰かに心を折られておるな?」


 たまらず、サブローは触手で掘り起こした土つぶてを敵へ放った。図星を当てたと相手は棒術で砕きながら、機嫌をよくする。


「よい、よい。再起しようと奮闘する強さがある。それさえ存在するなら詳しくは問わぬ。さあ……」


 殺意が充満する。ねばりつくような目を向けられながら、サブローは四肢と十本の触手触腕に意思を通す。


「もっと殺しあおうぞ」



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