【箱の中身は空けてみないとわからない】
『遅いですね…』
『じきにくる…』
キングさんはいつものようにどっしりと構えて静かに待っている。
僕はその隣で時間が立つにつれて不安な気持ちでいっぱいになっている。不安な気持ちを紛らわせるために自分の機体であるKタイプを見上げる。隣にはキングさんのKタイプがある、キングさんのような堂々とした立ち姿とあえて目立つ赤色と金色のカラーリングが鮮やかに空に映える。
キングさんは口数の少ない男の中の男だけれど、反面いろいろな事が説明無く行われることが多い。
ここへ来る事は昨日の夜に突然告げられた。なにがあるのかは告げられずに…
『エル、明日私について来い…8時発だ』
質問を返す事もできずに去っていったキングさん。
『人が来る、しばし待つ』
『…』
その結果が今の状況だ。
『キング、そんなところで待たれちゃ営業妨害だよ。入って待ちな』
『ベリーさん。すみません…エル、お言葉に甘えよう』
『はい』
突然後ろから声をかけられキングさんの後ろに少し隠れながら様子を見る。
『その子、Wかい』
『そうです。よく解りましたね』
『エースを連れてくるっていってそんなビクビクしてる小僧がそのまま戦場で使いもんになりゃしないだろう。今度特別機用意するらしいね…完成したら見せてもらえるかい』
『タイミングが合えば…』
『そうなるといいね。私にとって…ところでこんなに待たせるバカは私の心当たりに何人か候補がいるけど、あんたの関係となるとザッコかい…当たったみたいだね。尚更、茶でも飲んで待ちなよ。最近の戦場の流行を聞きたいしね』
促されるまま中に入っていく。
「メン、膝にはこのアクセントが必要なのだ」「お嬢、あまり目立たない方がいいんじゃねーですか」「バランス、この膝の黄色あっての調和なのだ。フィニシュー」「ポイントが目立ちますねー」「メンにもこの良さがようやくわかったのだな」「……ははは、どんな人が乗るんすかねこれ」
なにやら騒がしい小さな子がいる。
『ペン、お客が来てるからもう少し声を落しておくれよ』
『わかったのだ。今からこの仕上がりをいろいろな角度で楽しむから静かにしてるのだ』
『ペン、ありがとうね』
『あの子が塗装に今はまっていてね。技術はいいセンスだと思うから、何かあれば安く請け負うよ…あの子の自由にやらせるのが条件だけどね』
…頼む勇気は無いな。
自分の愛機をあの感性で塗り分けられる…ちょっとした恐怖だな。
事務所のようなところに座って待つ。
『どうぞ』
温かそうな蒸気が見た目にもおいしそうなお茶が差し出される。
『遠慮なく飲みな。で、最近の流行はどうだい』
『近距離が多いな』
『ああ、最近は盾がいいからね。高火力長距離兵装はランニングコストも高いしね。今度の特別機…どういうコンセプトでいくんだい…』
『長時間稼動の軽装…』
『そんなに腕がいいのかいそこの小僧は…』
値踏みするような視線はあまり気持ちのいい物じゃない…
『腕が無ければ特別機などは頼みませんよ』
『そりゃそうだね…軽装なのに長時間稼動ってどんだけ体力あるんだい、面白いね…是非見させて欲しいね…』
『タイミングがあれば…』
今日はキングさんがよくしゃべるな、それほどの相手なのかこのお婆さん。
「なんじゃこりゃ。やべー、これはすげーわ」「おお、解るのかこの素晴らしさが」「Zタイプの量産機にこの個性はやべー、いや、この目立ち具合…ん、随分といい仕事だな…これ塗った奴うまいな」「おっさん、見る目があるのだ。これを仕上げたのはこのペインターなのだ」「えー、お前みたいなちんちくりんが…ちょっと俺の背中塗ってるみたいにやってみてくれよ」「では後ろを向いて座るのだ」
「おお、本当にお前が塗ったのか。天才か、背中に伝わる感触で解るぜ」
「はっはっは、解ればいいのだ解ればな」「ほんとにすげー…っておいおい。本当に塗ってんじゃねーか」
「このペインターを疑った罰なのだ。でも、腕を認めてくれたのは嬉しかったのだ」
「そんな顔されちゃ怒れねーじゃねーか。でも、いい腕だとおもうぜ」
「おっさんのロボがあったら私が塗ってやるのだ」
「いいな、俺が嫌がるくらいやってくれよ。ババアは事務所か」
「そうなのだ、お婆ちゃんはお客と一緒なのだ」
「ババアの孫か…あんな風になるなよ。じゃあな」
足音が近づく、この部屋の空気は完全に固まっている…
『ベリーさんご無沙汰してます。キングの旦那待たせたな…』
『ザッコ…私をこの場所でババア呼ばわりして無事に済むと…思ってんのかい…』
『…聞こえてた…もしかして…』
細身の身体からは想像できないほどの鋭く重い蹴りが目の前の男に放たれる。
…止めた。
『その身体のどこにそんな力があるのかね』
『そのまんまロボに乗れれば早死にできたのにねぇ』
『うるせーババアだな、随分と煽るじゃねーか。可愛い孫と仲良くしたのが悔しいか…』
『おいおい、靴にナイフはやりすぎじゃねーか』
『ザッコやめないか。ベリーさんも落ち着いて』
頬に滲む血を舐めた指でなぞりザッコと呼ばれた男は椅子に座った。
『俺にも、お茶くれない』
ベリーさんは面白くない顔をしながら傍らの女性に指示を出す。
『出してやんな、こんなのでも客は客だからね。とっとと仕事の話しをしようか、キング』
『ザッコ、こいつがうちのエースだ』
『…エル、です』
目の前の男はジロジロと僕を見てくる。
『…Wか…まあ、いいや暫らくは一緒だから頼むわエース様、稼がせてくれよ』
『えっ…キングさんどういう事でしょうか』
『エルの特別機ができるまでこの男の下につくように。完成前にお前を失うわけにはいかないからな』
『なんだよ、話してなかったのか』
『ザッコ、お前に依頼したのはエルを死なせないための目付役だ。忘れるな』
『解ってるよ、解ってる。どうせロボに乗れば嫌でもそうなるだろう』
『ベリーさんに連携システムを組み込んでもらう』
『うぇっ、手錠つけんのかよ…』
『ザッコ、あんた戦場で制御できんのかい…あんたは知らないみたいだね』
僕の方を向いたベリーさんに僕は頷く。
『連携システムってのはね。元々は新兵訓練の為に開発されたシステムでね隊長機側で部下機に対して簡単な操作ができるのさ。危ない時に強制帰還させたりできる。でも、問題があってね、2機の距離が大きく離れられない、これは一定以上離れると強制的に距離を戻そうとする。それに、そもそも隊長機側がやられると部下機は一定距離から離れる事ができなくなる。一連托生、ついたあだ名が手錠ってわけだね。キングはよっぽどあんたを手放したくないんだね』
『それでは、ザッコさんがやられたら危ないのでは』
『俺は戦場では不死身だからな、胸糞悪いがな…』
『一度戦場に出ればわかる…お互いにな』
『それで、あのKタイプを部下機にするとして、ザッコあんたの機体はどうしたんだい』
『金に困って、売っちまった』『まあ、あんたならそれもありかもしれないね』
『あまり高いの用意すると俺の取り分が減るから安いのがいいんだけどね…あれは幾らになる』
扉を開けて真っ直ぐ指差す先にあるのは所々黄色が鮮やかなあの機体…
Zタイプ、かなり古いタイプの量産機だったはずだ。量産機の進化元で絶対的なパワー不足ではあるが基本はこの機体から始まっているため部品の流用にかなりの自由度があり中古部品なども多いためとにかく安い。
でも、今の戦場で戦うのはかなり難しいのではないか…拠点防衛用、作業用…
『あれかい…確かに安く考えていたけどね……あの子がいいといったら売ってやるよ』
『あと、近距離用の斧タイプの武装とショルダー装着の盾つけてくれ。おーいちんちくりんそいつ俺に売ってくれや』
そういいながら走っていってしまった。
『キング、いいのかいもちろん多少は手を加えてあるけどね…同じ量産機でもKタイプと組ませるには性能差が大きいんじゃないかい』
『あの男にまともに戦う事など求めていませんので…』
戦場に出るのに戦う事を求めていないって…
2人の後についてザッコさんのあとを追う。
『大事に乗るのだぞ』『約束はできねーな、遊びに行くわけじゃないからな。壊れたらまた塗ってくれよ。武装も頼んだからそっちにも好きなようにやってくんな』『腕が鳴るのだ』
『口挟むが、本当にいいのかい。あんた戦場に出るんだろう。目立つだろこれ』
『いいんだよ。目だった方が。俺が嫌がるのが目に浮かぶぜ、愉快愉快ってもんだ』
『あんた、頭大丈夫か』
小さな女の子の隣の女の人がザッコさんに話している。その人の言うとおりだ、自分が嫌がるのが愉快だなんて。
『孫がいいっていったぞ。こいつで頼むわ。現状の仕様見せてくれよ』
『ほら、これで確認しな』
タブレットを見ながら、ほうほう言っている。
『腰の爆弾取ってくれ。あと、後ろのライフルもいらねー。ちんちくりん「ペインターなのだ」、どっちでもいいじゃねーか。ペインター、盾の追加の色だけどよこの肩とかの黄色で頼めるか「言われなくてもそのつもりだったのだ」結構気が合うな俺達「武器の一部も黄色にするのだ」ヤバイ、最高だな安く頼むぜ「材料代だけでいいのだ」よっ、ペインター最高』
『ベリー様、いいですかい。お嬢しっかりその気ですよ』
『あの子がいいならいいさ。材料代はしっかりとっていれば練習代って思えばいい』
僕はこんな人と一緒にやっていけるんだろうか…
『そこのエース。始めに言っとくぞ。俺もWで俺は俺が心底嫌いなんだ。お前もむかつくと思うが我慢しろよ』
『…わかりました』
少しの間の我慢だ…そう、強く思った…