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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第四十七話 狂人円舞

佐藤正一は平凡な少年である。


――より正確には、平凡な少年として生きてきた。

一般的な家庭に生まれ、極普通に成長して、当然のように周囲の環境に埋没(まいぼつ)し、彼という人間は大衆の中で己を強く主張する事も無く その一生を終える筈だった。


勇者召喚の儀式は、異世界の人間を召喚するためのもの。

異世界の人間でさえ あれば勇者の剣を使用する条件の全ては満たされるが、残った選定の条件として、魔王を倒し得る勇者の資質を必要とするのだ。


例えば誰しもに求められる人間性、人を惹き付けるカリスマを。

例えば目の前の非現実を心底 楽しめる(たが)の外れた価値観を。

例えば如何なる悲劇にも縛られない、希望を捨てずに前へと進める精神性を。

例えば――。


例えば、人としての命を奪われようと、人喰いの化け物に成り果てようと、全てを失って心の底から絶望しようと、それでも尚、生に しがみ付き魔王を目指す、捩れ狂った因果の持ち主。


佐藤正一は平凡な少年である。

特筆すべき事があるとするなら、彼は とことん運が悪い。或いは逆に、悪運が強いとも言えるだろうか。


普通ならば死んでいる。

それだけの事を、此処に至るまでに成してきた。


騎士の殺害、王城襲撃、王女の殺害 及び吸血鬼化、勇者の脅迫も数に入れよう。

更に続けて街一つを平らげて、第四号勇者を動く死骸と化させて(はずかし)め、当時の討伐軍に数は ともかく悲惨な犠牲を()いた上、森妖精(エルフ)の集落に おいては生き残りの女子供を複数 殺して捕食する、仲間として正一を迎え入れた若い吸血鬼達を見捨てて黒騎士を始めとした王国の騎士隊を殺害、今もまた討伐軍を襲っていた。


事実だけを並べて見れば、冗句(じょうく)にも ならない気違(きちが)沙汰(ざた)だ。控え目に言っても やり過ぎである。


とても平凡な人間を名乗る事など かなわない、召喚以降の二月(ふたつき)にも満たない短期間における多数の犯罪経歴。仮に祖国の日本で同じ事をしていれば、歴史に悪名(あくみょう)を残せた程だと心からの皮肉でもって賞賛されるだろう鬼畜の所業(しょぎょう)だ。

ここまで悪事を積み重ねても死に切れず、二度、三度と絶望したのに未練がましくも命を繋ぎ、他が死のうと彼一人だけは生きている。何の後ろ盾も持たない凡俗が成し得る事では決して無い。

彼は紛れも無く傑物だ。運を味方に付けたとしても、これほどの罪業(ざいごう)を重ねる事の叶う存在が世に どれだけ居るだろう。


善か悪かを問うまでもなく、彼は間違いなく悪である。

その上で、佐藤正一は勇者の資質を持っていた。少なくとも、神々の与えた召喚魔法は彼を選んで喚び出した。

無差別に被害を広げつつも、結果だけを振り返るのならば彼に勝利した者は居ない。


第四号勇者、鈴木雄二は自滅であっても二度目の戦闘で敗北した。

黒騎士、王に仕える人獅子(ナラ・シンハ)は神の加護あってこその結果だが真っ向から殺害された。


一度は負けて逃げ延びた、しかし二度目は無い。正一は対峙(たいじ)した全てに勝利している。

彼を強者と呼ぶためには、足りないものが多過ぎた。

けれど今も正一は生きている。

幾度もの危機に見舞われて多数の敗北を重ねたが、最後には必ず勝利するのだ。

ならば勇者としての資質は十分。魔王を滅ぼし人間種族に勝利を齎す、英雄たる者の力があった。ゆえに召喚されたのだ。相応しき才が、おぞましき因果が、彼の内側に あるからこそ。


その結果が、栄えある英雄の物語とは天と地ほども掛け離れていようとも。


吸血鬼三人(おまえら)、下がれ。勇者(こいつ)から離れろお――」

「銀色の吸血鬼を お願い。他はアタシで倒せ(いけ)るからっ!!!」


高橋恵三には戦闘の心得など殆ど無い。

剣を振れば勝手に死ぬ、それが魔物だ。第四号勇者が勇者の剣の強化恩恵だけで多大な戦果を上げたように、彼女もまた剣から放たれる神聖光のみで勝利してきた。


だからこそ、勇者の剣が通用しない時点で、彼女の敗北は決定している。


高橋恵三(ゆうしゃ)では佐藤正一(イスカリオテ)に勝利し得ない。

互いが互いに その事実を認識しており、他の軍人連中と比較してさえ冷静な思考を維持したままで、この場にて己の成すべき事を把握していた。


自分が勝てない相手は、勝てる誰かに押し付ける。

至極単純、当たり前の選択肢。戦って負けるのなら、素直に逃げてしまえば それで済む。無駄な危険を(おか)さず確実に勝てる相手だけを倒せば良いのだ。


二人は共に、特定の敵に対する絶対的な優位性を有している。

正一は勇者の剣 以外の強味(つよみ)を持たない恵三に勝利出来るが、数に勝る軍勢には(かな)わない。恵三は正一にだけは勝てないが、他の吸血鬼達ならば何時も通りに剣を振るえば それだけで終わる。


「らん(せん)ー?」

「にげろー」

「がんばれー!」


上空で輪を描く妖精達の直下(ちょっか)において、吸血鬼が勇者を追い立てる。


恵三が必死に後退すれば、正一が逃がすまい として爪を振るう。

騎士団が両者の間に槍を突き出し、作られた仕切りを胴部のみ蝙蝠の群れと化す事で正一が真っ直ぐに()()った。槍に纏わり付く神聖魔法は当然のように無効化する。効かないと知りつつも、槍を握る騎士が再度 目撃した異常事態に動揺し、その隙を突いて正一の変身した蝙蝠達が騎士に飛び付き微量ながらも血を啜る。


「逃がさないぜえ勇者様あ――?」


蝙蝠は すぐさま振り払われたが、正一もまた勇者を殺すための障害は無事 乗り越えた。

肉薄(にくはく)する正一を相手に、駆け付ける騎士達を盾にして恵三が退く。


――ちょーっと不味(まず)い、かな?


魔物に対する勇者の絶対性が崩れてしまった この状況下で更に勇者(えみ)自身が(たお)されれば、今度こそ討伐軍の士気は崩壊する。

だから初手は逃げを打った。しかし それは同時に、正一に かまけて他の吸血鬼達を放置するという事だ。逃走と同時に吸血鬼を倒すなど、戦士ならぬ身の恵三には不可能。


勇者殺害を念頭に置いた正一の背後で、兵と吸血鬼が戦っていた。

恵三ならば確実に倒せる吸血鬼の豪力(ごうりき)が、兵士達にとっては脅威(きょうい)となる。

正一には効かない祝福の魔法が、吸血鬼達にとっては死に至るほどの傷となる。

双方共に相手の弱点を突き得る力関係。結果として、両者の戦いは拮抗していた。


討伐軍全体を強化する神の祝福は彼等の能力を高めているが、生粋(きっすい)の戦士たる人獅子、地下城を攻め滅ぼさんとした黒騎士の(いき)には届かない。

真っ当に比較すれば、数に勝る人間側が優位にある。

しかし恵三の行動で立ち直ったとはいえ余りにも大き過ぎる動揺の直後、討伐軍全体で完全に統制が取れているとは言い(がた)く、そんな状態では互いの連携(れんけい)も上手くは行かず、些か以上に動きが鈍い。


対して吸血鬼側は地下城にて決定的な敗北を味わってから日が浅かった。

強者たる自分達でさえ敗れ得る。ゆえに今は泥を()んででも生き残ろう。

高過ぎる矜持(プライド)を捨てて手段を選ばなくなった吸血鬼達が、生存を優先して逃走の機会を窺うための時間稼ぎに(てっ)すれば、如何に数の不利が あろうと早々 容易く殺せはしない。


ゆえに辛うじて両軍は拮抗する。

――拮抗した状態で、このまま時が過ぎれば間違いなく吸血鬼側の敗北だ。


「ナハシェ。敵方(てきがた)に隙が生まれ次第、マリアを連れて先に行け」


王の変じた羽虫の一匹が、王女の目付け役たる男性吸血鬼の耳元で(ささや)く。


マリアの生存、及び種の存続さえ叶えば良い。

それこそが吸血鬼の王の望むものであり、己だけならば此処で果てても悔いは無い。命じられたナハシェも返答をせぬまま頷いて、場合によっては自ら捨石(すていし)となる覚悟を決めた。


その一方、討伐軍も黙ったままでは居られない。


「取り囲め。無理に攻めるなよ、時間を掛ければ我らの勝利は揺るがない」

「魔法部隊の後退、完了しました!」

「軽装歩兵、準備完了しました」

「――双方、勇者様の進行方向にて待機せよ。現地での指示は副長に仰げ」


逃げる恵三の後を追って、黒髪の吸血鬼は いとも容易く誘導されている。


両者の間に割って入る騎士が複数人、しかしその(ことごと)くを切り抜けて、正一の殺意が勇者に近付く。その上で、未だ決着は付かなかった。

少女の有する焦げ茶の視線が冷静に周囲を俯瞰(ふかん)している。

戦場の熱に浮かされた正一とは全く異なり、追われる側である恵三は、今も自分に有利な状況を構築する為にのみ動いていた。だからこそ命令する側の騎士団長も、彼女の働きを生かすためにこそ準備を行う。


周囲の騎士達を上手く使っている、と騎士団長は恵三の動きを評価する。

とても戦いとは無縁の世界で生まれ育ったとは思えない、気味が悪くなるほどの冷徹(れいてつ)さ。


彼女が盾にした騎士が、吸血鬼の豪腕で殴り飛ばされ血反吐(ちへど)を吐いた。

僅かに離れた位置においては、他の吸血鬼達と戦っている兵士達の怒号が聞こえる。


だというのに、勇者の視線は些かも揺れる事無く己を追い立てる敵を捉えて大きく動かず、また新たに近付く騎士に直接の対処を任せて、より多くの騎士が集まる位置へ向かって その両足を動かしていた。


「……あれが勇者か」


黒髪の吸血鬼が大きく吼えて、無数の蝙蝠に変身したかと思えば上空から土砂のように、勇者へ向かって降り注ぐ。

騎士達の魔法が即席の盾を作って押し留めようと備えるが、進路を遮られた蝙蝠達は防盾(プロテクション)の上に人型を形成して、逆に盾を足場に勇者目掛けて宙を飛んだ。


高橋恵三は紛れも無く勇者であり、対する黒髪の吸血鬼もまた勇者であった事実を、第二騎士団の騎士団長は知っていた。


直接の面識があるわけ ではないが、国と人々を救うために召喚された少年が、今は王国の軍勢(ぐんぜい)と戦っている。

戦死者の墓前に花を添えていた優しげな少女が、討伐軍内に生まれる犠牲を一顧だにせず眼前の敵だけを真っ直ぐ見つめて、己の欲する勝利を目指し、味方でさえも手札の一つとして躊躇いも無く使い潰す。


アレ(・・)等が、勇者なのか……!」


彼等の姿に、民の希望を夢見るような華やかさなど一切無い。

片や人間種族の敵となり、片や息を吸うように勝利以外の全てを捨てる。

騎士団長が幼い頃に手にした絵本の中の勇者と異なる、血生臭(ちなまぐさ)さしか感じられない、敵を殺して魔王を滅ぼし、国を救う。――ただ それだけの存在(もの)。それ以外の何一つとして満足に こなせないだろう戦闘者。


まるで狂人のような有り様だ。

戦場こそが在るべき場所だと言うかのような、生き生きとした二人の振る舞い。それは決して希望に満ち溢れた英雄の姿ではなく、賞賛すべきもの でもない。

第四号勇者も相応に おかしな少年だったが、今 戦っている二人ほどに常軌(じょうき)を逸していたかと言えば、そんな事は無かっただろう。


放たれた蝙蝠が幾匹か恵三の鎧に弾かれて、しかし頬を掠めた牙を恐れる様子が全く見えない。

脳髄に叩き込まれた大槍に己が血肉を撒き散らされて、吸血鬼の再生能力で頭部を復元しながら正一が笑う。その視線の先には自身に一撃見舞った騎士ではなく、同郷(どうきょう)たる金髪の少女ただ一人。


互いが互いに、尋常(じんじょう)な精神の持ち主ではない。


戦場を知らない女子供が、長年の経験によって磨き抜かれたわけでも無いのに、当然の如く命を賭けて戦えようか。人の生き死にを間近で目にして震える事無く、勝利のためには より一層の犠牲を強いるべきだと何故 決断が出来るのか。


あれらは化け物だ。戦うためにこそ生まれてきた、人を(かたど)った魔物である。

御伽噺に描かれるような、希望の象徴たる勇者などではない。


「――着いた」

「ああ゛――っ?」


恵三が呟き、正一が怪訝な顔を見せる。

一見 無傷な吸血鬼とは対照的に、息を乱した恵三は鎧が傷付き、その全身には騎士達の流した血と吐瀉物(としゃぶつ)が へばり付く。

彼女自身の負傷は有って無いようなものだった。手心(てごころ)を加えられたわけでなく、恵三の逃げっぷり と必死に食らい付いた騎士達の奮闘の賜物(たまもの)だ。


そして二人は、戦場を囲む軍勢の内側で更に もう一枚 ()かれた包囲、半円の陣形、その中心で縦に並んで立っている。


「……げっ」


誘い込まれた。それに気が付いた少年が呻く。

本来ならば最初の一、二分で気付かなければ ならないほど単純な相手の目論見を、今更になって正一が悟る。


半円を描く小さな包囲の中心部。後退すべきかと視線を周囲に巡らせれば、先程まで自身が あしらって来た筈の騎士達が群れを成して背後に追いつき、包囲の開かれた一角へ蓋をするようにして布陣(ふじん)した。


誘われた。そして囲まれた。綺麗に閉じた騎士達の陣形の内側には、(おとり)である恵三と、獲物である正一のみが立っている。


ここで、躊躇う事無く恵三を殺しに掛かっていれば、勇者の一人くらいは討てただろう。

しかし二度に渡って己の上手(うわて)を行った少女を前に、正一の中の凡人らしい弱い部分が真っ先に己の敗北を認めてしまった。――お手上げ(ハンズ・アップ)だ、と。


「っは、ははは――」


笑う吸血鬼を前にして、勇者は荒れた息を整えながら冷えた視線を維持している。

両手に握った勇者の剣からは白銀の光が漏れ出して、効くわけが無いと知っているのに正一目掛けて振りかぶられた。

射線上には当然 黒髪の吸血鬼。


そして、――更に背後で、他の吸血鬼が戦っている。


「ははっ、――クソが」


完全に取り囲まれた状況で、正一は ようやく恵三の狙いに気が付いた。

討伐軍にとって本当の意味で脅威となるのは祝福の効かない彼一人。他の吸血鬼は兵士達が押し留め、唯一の障害である正一に妨害されないような状況を作り出すためだけに、恵三は自身を囮に逃げ回っていたのだ。


二人を包囲する騎士達が一斉に槍を構えて、祝福が意味を成さずとも消耗させれば討ち取れるのだと言葉を発して戦意を高める。

前方には大量の神聖光を放たんとする勇者が立つ。アレを無視すれば射線上に居る他の吸血鬼が滅ぼされるし、だからといって身を挺して神聖光を受け止めれば、周囲からの一斉攻撃を甘んじて受け入れる隙となる。


祝福は人を傷付けない。それは彼等にとっては当然の常識。

勇者の剣が最大出力で振るわれようと、騎士達は恐れる事無く光の中で戦えるのだ。


――嵌められた。


どちらを選んでも、吸血鬼側は被害を受ける。

運良く他の吸血鬼達が神聖光を避けたとしても、回避行動が隙に繋がり結局は追い詰められて手傷(てきず)を負うのだ。そして他三人を取り囲む兵士達の武器には祝福が与えられているために、手傷とは(すなわ)ち不死種族にとって再生不可能な致命の傷だ。


「いい根性してるぜ、勇者(てめえ)――」

「ん、ありがとね。じゃあ――」


皮肉を口にすれば軽く返され、視界を埋め尽くすほどの銀色が正一の正面から放たれた。


「ちくしょう」


向かい来る光と同じ色、正一の右目が輝きを放ち、迎撃のために身構える。

轟音が鳴って、戦場を染め上げる勇者の一撃が魔物を呑み込み虚空へと消えた。


ACCESS(アクセス)


戦いの終わりは、近い。

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