表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者ばんぱいあ  作者: NE
42/64

第四十二話 逃走追走

両目を赤く輝かせる黒髪の少年が、一抱えほどの大きな(かめ)を背負って走る。


魔王現象を(あお)げる一帯、強者(ひし)めく人外(じんがい)魔境(まきょう)

魔物同士の殺し合いに紛れ込む事で同族達の安全を図る つもりだった吸血鬼一行だが、今現在は小集団の纏め役である吸血鬼の王が最も忌避していた『吸血鬼そのものを執拗(しつよう)に付け狙う物好き』から逃れるために走っていた。


敵の姿は何処にも見えない。相手の現在地さえ不明なままだ。

しかし足を止めるわけには いかなかった。


数に勝る追跡者、王国出身の軍人集団と彼等 吸血鬼を比較した場合、後者が前者を出し抜く事の出来る点は主に一つ。集団を構成する数の少なさに由来した初動の早さ、これに尽きる。

大集団が動き出す際の原則(げんそく)と言えば、先遣(せんけん)部隊という安全保障上の一部例外はあれど、皆で足並みを揃えて一斉に、というのが当然だった。


集団の優位性とは数の利にこそ存在する。


多数が居るからこそ魔物と戦える、勝つ事が出来る、身の安全を図る余地が生まれるのだ。この利点を捨てる指揮官は まず居ない。集団の持つ最たる強味(つよみ)を捨てる無能なぞ、命の関わる戦場においては部下に反乱を起こされて死ぬのが落ちだ。

謎の軍人集団が吸血鬼討伐のための具体的な行動を開始するには、彼等が如何に早く動こうとも相応以上に準備のための時間が必要。所詮は王の推測だが、吸血鬼達が逃走に移れるだけの暇が有るのは間違いない。


次に問題となるのは太陽だ。


日が差している間、吸血鬼達は活動出来ない。日に当たれば灰になる。

その解決策として、大きな甕を背中に背負った黒髪の少年、佐藤正一が走っていた。


「ときょうそう!」

「ばとんー」

「だれも居なーい」


周囲には相変わらずの雑音染みた声を上げる妖精達を侍らせて、衣類を絞って(こしら)えた紐を通して魔法製の大甕(おおがめ)を背中に括り付け、不自由な体勢で両脚を動かす。

彼の背にある甕の中には、人の形を捨てて獣や蟲に変身したマリアを始めとする他の三人。吸血鬼独自の変身能力を用いる事で、分厚い土製の甕の中に隠れて日を遣り過ごす つもりだった。


日が落ちるまで地下で時間を潰すなぞ、この状況では自殺志願と変わらない。

いつ何時、人の集団が吸血鬼狩りに出向いて来るのか分からないのだ。数の不利がある以上、地下に潜って居る間に周辺地域を囲まれてしまえば逃げ切れない。戦って勝つのだと奮起しても、その勝率は如何ほどか。

元来(がんらい) 高い矜持(プライド)を持つ吸血鬼が一度ならずも身の安全を優先し、無様に逃げ延びる屈辱さえ許容したのだ。今更 見栄を張って死ぬ事など許されない。


この窮状(きゅうじょう)に おいて取るべき手段は逃走以外に考えられず、ならば如何にして逃げるかと考えた時、吸血鬼らしからぬ正一の特性に活路を見い出した。


――重い。走り辛い。なにより、人目が有ればコレは余りにも目立ち過ぎる。


口から零れそうになる愚痴と悪態を飲み込んで、正一は走り続ける事だけを考えた。

単身 肉体労働に精を出す破目に陥った正一だが、人間の集団に見つかったのは彼の責任、自業自得のツケを支払っているだけ である。


甕の中へと肉体の形を変化させながら三人揃って詰め込まれた吸血鬼達だが、真っ当に考えれば こんな逃走手段は自殺行為に他ならない。

正一が ちょっとした気紛れを起こせば、うっかり甕を落としてしまえば、敵からの攻撃で甕が割れれば。――日光に晒された彼等三人は抵抗も出来ずに死んでしまう。


同族意識が強く、格上の存在を信じ敬う、吸血鬼という種族だからこそ取り得た選択。


共同体の危機において我が身を(かえり)みず戦場へと踏み込んだ少年、王を始めとする古参連中でさえ敗れ去った黒騎士に勝利した若者。

神の定めた条理を無視した、神聖光を吐き出す銀色の瞳。


吸血鬼達の内心における正一への評価は、僅か四人の同族を率いる王よりも上位に位置するものだった。少なくとも、敗北の末に落ち延びた現状でさえ一人たりとも膝を折らずに居られる理由は、彼という不条理な力を持つ強大な吸血鬼の存在ゆえだ。

彼だからこそ己の命を預けられる。不安に想う気持ちなど全く無い。


今はまだ、誰もが口にする事は無かった。

しかし状況が落ち着けば、真っ当な組織としての体裁さえ整えば、彼等三人は揃って正一の前に跪き、黒髪の少年を王と仰いで臣下の礼を示すだろう。

彼等の内心に一切気付かず、理解していないのは正一だけだ。


他は皆、やがて訪れる未来の光景を当たり前に見通していた。新参者が頂点に立つ事に否は無く、この地で新たに立ち上げられる吸血鬼の共同体は、イスカリオテと名乗る黒髪の同族を柱として正しく一つに纏まるだろう。

彼等の有する社会性、同族意識とは そういうものだ。


吸血鬼は群れが有ってこその魔物である。上が立ち、下が続き、一つに纏まる事で生きていける。群れが倒れれば少数に分かれてでも命を繋ぎ、また遠い何処かで新たに群れを作って暮らす。

ずっと、そうやって続いてきた種族なのだ。


そして、時に未来へ繋がる事無く、幾度かの滅びを迎えてきた種族でもあった。


森妖精(エルフ)の歴史は千年を超える。しかし吸血鬼(ヴァンパイア)の歴史は僅か数百年のものである。

魔王が生み出し、独自に増えて。完全に滅びたかと思えば、また(のち)の魔王が新たに生み出す。

今の吸血鬼達は、御伽噺の魔王が生み出した最初の系譜(けいふ)と直接的には繋がっていない。人間種族の手によって一匹残らず絶滅させられた吸血鬼が、時代を跨ぎ、幾代目かの魔王から新たに生まれ、そこから受け継いできた血筋の末裔(まつえい)


似通った例は他にも幾つか存在する。

完全に滅んだ筈なのに、魔王討伐から数百年後、全く同一の生態を有する魔物が新たな魔王から生まれて来るのだ。まるで、魔物という存在には元より何らかの手本となる形が、設定された規格(きかく)が有るかのように。


吸血鬼は何時、どの時代の魔王から生まれようとも吸血鬼。森妖精は森妖精。人獅子(ナラ・シンハ)は人獅子。小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)大鬼精(トロール)も、全ての魔物が そうだった。

この世界に生まれる限り、魔物の姿は基本の形から大きく外れる事が無い。

そこに如何なる意味があるのか。()いたところで魔物(かれら)自身は答えを持たず、全ての因果は魔王を中心として この地上へと広がるのみ。


今もまた吸血鬼を滅ぼそうとする人の群れ、魔王討伐軍が進軍を開始した。


魔法兵が索敵(さくてき)用の魔法を用いる。

使用者を中心として半球状に広がっていく淡い乳白色。この魔法は発した光に触れた魔物の位置を知らせてくれるが、反面、魔物からも魔法光の接触という明確な違和感によって索敵を行う何者かの存在を知られてしまうという、若干不便な魔法である。

しかし現状に限れば、相手に知られた所で それが不利とは為り得なかった。


守りを固めた歩兵達が魔法兵を取り囲み、外敵の索敵魔法を察知して近付いた魔物を迎え撃つ。

数の利が有り、魔法の欠点を知る以上、迎撃体勢を万全に整えるのは当然だ。仮に複数の魔物が襲って来ようと、討伐軍によって返り討ちにされて死んでいく。


「――とは言え、これでは逃げられるな」


徐々に日が落ち始める空の下で、第二騎士団の団長が苦々しく呟いた。

迎撃の用意が出来ているからこそ、敵を引き寄せても目立った被害無く戦えている。しかし防御に意識を割いた分だけ、進軍速度が落ちていた。


進みが遅い。このままでは吸血鬼に追い付く事など不可能だろう。

逃がしたくはない。王国に仕える騎士の一員として、正統な王族を殺害せしめた怨敵を、例え別個体とはいえ見逃す事など我慢ならない。


「ならば騎兵を放てば良いだろう!」

「そうとも、日の高い内に討たねば、な」


団長の声を耳にした元王族を筆頭に、貴族達が声を上げる。


十数年前の第一王子(ナザレ)殺害の下手人と同じ吸血鬼、相手は王族殺しの怪物だ。

実行犯と無関係な個体であろうと知った事ではない。国の威信に泥を塗った魔物の同族、見事 討ち果たせば王の憶えも良くなるだろう。己にとって都合の良い考えに囚われた彼等は、ここぞとばかりに手柄を求めて自らの意見を押し出した。


しかし魔物を よく知る者ほど貴族等の意見を受け入れられない。


吸血鬼は群れを作る。まずもって例外無く、敵は複数人 居る筈だ。

討伐軍とミノタウロスの戦闘を観察していたという件の個体が何を狙いとしていたのか は分からない。しかし人間種族を獲物として見ているのならば今も尚 攻撃の機会を窺っている筈であり、守りの姿勢を崩すのは悪手に違いない。

逃げたというのなら後を追った先には吸血鬼の群れが居る。足の速い騎兵部隊を動かした結果 首尾良くソイツに追い付けたとしても、取り囲まれれば殺されるだけ。


相手は(にっく)き吸血鬼だ、何としても討ち取りたい。しかし敵の恐ろしさを甘く見るわけにも いかなかった。


「それほど言われるのなら、自らの手勢を動かせば よろしい」

「ぅぬっ、……いやいや、軍内の統制を乱すわけには」

「そうとも。ここは名高き騎士団にこそっ」


このまま時が過ぎれば、やがて空にある日が落ちる。

弱点である太陽が姿を隠してしまえば、吸血鬼達が活性化する時間が来るのだ。


かつて滅んだ街の外周部で良いように やられた時とは違う。陣中には万全の状態にある勇者が居り、討伐軍の者達とて以前とは見違えるほどに強くなった。

勝てる、とは思う。しかし それさえ相手次第。

敵の数が分からない。討伐軍と同数という事は無いだろうが、甘く見過ぎても後が怖い。


魔王に近付いた結果、吸血鬼達の戦術が完全に様変わりしている可能性すら存在するのだ。手堅く守って迎え撃とうとも、予想外の一手で覆される事が有り得ないとは言い切れない。

考えれば考えるほど、戦場における不確定要素ばかりが見えてくる。良くない傾向だ、と騎士団長は鼻息を鳴らす。とにもかくにも、公然と足を引く貴族共を黙らせなければ。


魔王討伐軍の首脳陣が平行線上にある意見を ぶつけ合う間にも、吸血鬼一行は一目散に逃げていた。


戦う意思など一切無い。彼等の目的は生き長らえる事そのものだ。討伐軍の責任者達が好き勝手に言葉を投げ合う時間を利用して、急速に互いの距離を離し始める。


そして討伐軍の内部には、それを理解出来る者が存在した。


「――アタシ、行こっか?」


金髪の少女が片手を挙げながら発言した。


常ならば討伐軍首脳陣の(もよお)す会議場には代理としてゼロテを参加させるのみで自ら足を運ばない。しかし今回に限っては自分の言葉が原因なのだ、軍事的な意見なぞ彼女の脳味噌からは一つたりとも出てこないが、顔を出すのが筋だろう。そう考えて出席した第五号勇者、高橋恵三が うんざりした表情を隠しもせずに、ゼロテの隣で片手を振った。


その姿を目にして、言い争っていた面々が わざとらしい咳払いと共に声を潜める。名目上だが討伐軍の旗頭たる勇者の眼前、何時もは居ない相手の前で、今の今まで言い争っていたのだ。気まずく感じて顔を歪める者が次から次へと腰を下した。


恵三の傍らには勇者の剣、魔物を滅ぼす絶対兵器が置かれている。

第四号勇者、鈴木雄二の活躍を知る者達が僅かに息を呑んで考えた。


――確かに。勇者ならば吸血鬼に囲まれようとも問題無いのでは なかろうか。


「それは良い! 勇者様が自ら出向くのならば安心ですな!」

「いや、だがなぁ……」

「もうじき日が落ちます。夜間の行動は吸血鬼に利するばかりで」


極一部、考えの浅い者達が彼女の申し出を喜んで、他の大多数は眉を顰めて思い直すように言葉を重ねる。


貴族達としては、自身の私有戦力が削られる事無く敵を倒せるのならば否は無い。しかし勇者ばかりに目立った手柄を立てさせれば、国王陛下に無能の(そし)りを受けるのではないか。それは まずい。非常に まずい。

規模の拡大とともに増長した騎士団を声高に責めて優位を確保しつつも、自身は なるべく損をせず、手軽に戦果を上げておきたい。それが彼等(きぞく)の本音であった。


騎士団側としても、ここで恵三を先行させるのは第四号勇者が死んだ一件を繰り返すかのようで頷き(がた)い。だがそれと同時に、的確な判断ではないか とも思ってしまった。

勇者である彼女には、魔物に触れれば ただそれだけで滅ぼせるという最強の剣があるのだから。


周辺への警戒と万が一の護衛、あとは屈強な馬があれば、吸血鬼が群れを成そうと勝利し得る。戦場における勇者の絶対性を疑う心は、彼等の中には殆ど無かった。

僅かな不安の原因など分かり切っている。第四号勇者の戦死、未だ忘れ去るには時間が足りない。

思い悩む首脳陣に対して、長い溜息を吐いて恵三が言った。


「話を持ってきたのはアタシだし、頼りになる騎士さん達と一緒なら大丈夫(だいじょーぶ)じゃない?」


傍らのゼロテの心配そうな視線に肩を竦めて、気楽そうな声音で少女が笑う。

それは只の強がりだろうか。それとも勝算あっての物言いか。彼女の内面は判然としないが、討伐軍は元より勇者を中心とした集団なのだ。二度、三度と繰り返し強気に言い募られて、それでも尚 強硬に反対するだけの権限なぞ、この場の誰にも許されていない。


喜び勇んで勇者を讃える阿呆が一部、忌々しげに口を歪める貴族が数名、そして二度と勇者を死なせるまいと決意を固める騎士達が頷き、勇者の出陣が決定された。


鞘に納めた王女の剣を抱き締めるゼロテは、その様子を ずっと不安気に見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ