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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第三十九話 同族同道

吸血鬼の共同体内部には、久しくなかった程の寒々(さむざむ)しい静寂が訪れていた。


地下城を襲撃した種族連合は目に付く限りが殺害、或いは捕縛され、仮に討ち漏らしが居たとしても、今現在、近辺にて彼等(ヴァンパイア)を脅かす者達は存在しない。

共同体の弱体化を見込んだ末に再度の襲撃があるにしても、吸血鬼の居城に直接 踏み入り、その大半を殺し得るほどの大規模な戦闘行動など そうそう起こせるものではない。周辺種族の余力は そこまで残されていないだろう、と吸血鬼の王は考えた。


当面は攻撃を受ける恐れも無い。

そう予測した上で、吸血鬼達は地下城の放棄を選択した。


予測は予測、完全なる未来予知とは程遠い。万分の一以下の確率であろうと、危険が有るのならば回避する。至極 保守的な思考だった。

優等種族たる吸血鬼としての矜持(きょうじ)の問題なぞ、今となっては軽いもの。

若手は揃って死亡して、他の吸血鬼も軒並み今回の襲撃で亡くなっている。生き残ったのは片手の指が余るほどの小人数。組織としての終焉(しゅうえん)を通り越し、もはや種の存続さえ危ぶまれる。今回の被害によって周辺の集落に手を出すだけの余裕さえ無くしてしまったが ために、他から見れば吸血鬼が滅んだと言っても間違いでは なかろう。


他種族の血を啜るという彼等の食性ゆえ、一体でも生きている限り完全に無害と見なす事は不可能だが、(こぞ)って守りを固めれば対処可能な数でもある。

もはや この地の吸血鬼を脅威とは呼び得ない。

此度の戦いの結果は種族連合の勝利と言える。


しかし犠牲は数多く、連合にとっては攻め込んだ筈が、被害の多寡だけを見るなら逆に殲滅されたも同然だった。

重要な戦果の大半も黒騎士率いる国王の私兵が齎したもの。

しかし襲撃の実行要員たる彼等が求めていたのは吸血鬼への復讐なのだ、共同体を実質的に壊滅させた上、襲撃に参加しなかった非戦闘員達の安全まで守れたのなら、完全勝利と称する事に何の躊躇いがあるだろう。

例え その戦績を誇る事の出来る当事者が誰一人として生きて()らずとも。吸血鬼が敗北し、種族連合が勝利したのは確かな事実。


勝者の前にこそ道は(ひら)かれ、そうで無い者達は消えていく。

共同体の生き残りは、王とマリアと、王女(マリア)の目付け役であったナハシェと呼ばれる吸血鬼の男性。そこに正一を加えてさえ、更なる敵を迎え撃つには少な過ぎた。


ゆえの拠点放棄。(おご)(たか)ぶった吸血鬼らしからぬ安全策。

反対意見なぞ、生き残りの誰からも出て来なかった。


劣等種族と戦って敗北、おめおめと逃げ延びてまで命を繋ぐ。傲慢なる彼等 吸血鬼ならば耐えられぬだろう恥ずべき選択。しかし誰もが否とは言わない。

敗者の責務、などと聞き分けの良い言葉を胸に秘めているわけでは無い。彼等には彼等の思惑があった。


吸血鬼の王は単に娘可愛さ、奇跡的に生き延びた愛娘(マリア)を死なせたく なかったのだ。

負けた、死んだ、挙句に逃げ出す。なんと腹立たしい事だろう。しかし そんなもの、王にとっては十数年前に一度味わった苦汁(くじゅう)である。屈辱に(まみ)れて日陰に潜み、ようやく盛り返した末の結晶こそが彼等 吸血鬼の共同体だ。

それさえ滅んでしまったが、生きているのなら次がある。希望は確かに残っているのだ。マリアという名の、王にとっての希望の星が。たった一つだけでも、守れているのだから。


次代の者達に、栄光を。誉れある時代を手渡したい。それが彼の望み。彼の願い。

まだ何も、終わってなど いなかった。王にとっては、彼自身と娘であるマリアが生きて存在する限り、次の機会が残っている。

同族達の犠牲の上で、それでも希望があるならば、諦める事など有り得ない。


しかし王の希望の星であるマリア王女は今現在、割りと駄目な状態にあった。


「いすかりおて……」


はう、と熱の篭もった吐息を零す。

彼女の脳裏を占めているのは黒髪の少年、己が同族。白銀に輝く吸血鬼。


とても恐ろしい、魔物であり不死種族であり吸血鬼である彼女にとっては忌むべき光、神聖なる天上の祝福。本来ならば決して触れる事の叶わぬ(マリア)にとっての絶対の滅び、神聖光を その身に纏う、摂理に反した勇者(イスカリオテ)の姿。

黒騎士の長剣に纏わり付く十字架型の輝きと似通った色合いは、マリアの友人達を黒い石塊へ変えた力と同種のものだ。

本来ならば忌避すべき。だと言うのにマリアの頭は あの時の光景で一杯だった。


力無き劣等種族の女のように、泣いて縋った惨めな(マリア)。父や同族を助けて欲しいと言葉ばかりの救いを求めた空虚な願いを、少女の身に余るほどの絶望を、その身一つで覆した吸血鬼。正一(イスカリオテ)の、雄々(おお)しき背中。


――期待は するなよ。俺は、そんな大したもの じゃないんだから。


とんでもない謙遜だった。

マリアの尊敬する父でさえ仲間と共に挑んで尚 敗北した強敵を、彼は単独で討ち果たしたのだ。あの時の頼りなさげな物言いさえ、少女の中では謙虚で優しい彼の気遣いという、好意的過ぎる評価に変わる。

苛烈さなど見えず、不安を払拭(ふっしょく)するには到底足りない。懇願(こんがん)に対して返った答えには そう感じた。しかし現実は どうだろうか。


不死種族が神聖光を纏うという本来 有り得ざる奇跡を起こし、父と御目付け役(ナハシェ)を合わせて僅か二名という少ない数だが、彼は確かに助けてくれた。マリアの願いを、叶えてくれた。

涙を流す彼女に背を向けて戦場へと向かった少年。もしも彼の返答が力強いものだったなら、マリアはきっと彼を追って戦場へ引き返す事など出来なかっただろう。


吸血鬼が無敵であるなど、幻想だった。

自分達は優れている、劣等種族に負けるわけが無い。それらは全て嘘だった。

信じたところで裏切られる。教わった全ては偽りで、求めたところで届かない。諦め切っていた彼女(マリア)が恐る恐るでも再び歩き出せたのは、彼の答えが信じるに足りないものだったからだ。


きっと、強く言い切られれば、それさえ嘘だと泣いただろう。

逆に、頼りない言葉だったからこそ、後を追い掛ける事が出来たのだ。


天邪鬼(あまのじゃく)な考えで、嘘っぽいから信じてやろう、などと思ったわけではない。

ただ、足が動いた。

自身の勝利など一切 信じていない顔で、むしろ当時のマリアに近い、諦めにも似た表情を見せて。それでも戦場へ踏み込む決断が下せる少年。

諦めて座り込む自分に似ていると思った。

なのに立って歩ける。前に進む事を躊躇わない。絶望など慣れたものだと言うような――。


黒騎士を打ち倒したのが理由の全てではなく、むしろ あの時の彼を見たからこそ惹かれたのかもしれなかった。

自分(マリア)とは異なり、ドン底の状態から立ち上がる事の出来た異性。本来ならば有り得ない、既知(きち)の法則を覆した、祝福を受けて尚 滅ばぬ吸血鬼という異常極まった特異性。絶望的な状況でも勝利を齎し、彼等にとって抗いようの無い敗北を否定した事実。


結論として、吸血鬼イスカリオテは、王女マリアよりも格上の存在として位置付けられた。


封鎖された共同体の内側に限るが、彼等(ヴァンパイア)は社会的な魔物である。

身内意識の強い吸血鬼は、下位に当たる者には慈悲深く、上位者に対しては従順に尽くして捧げるものだ。

見上げる相手が、つい先頃まで己の下に居ると思っていた少年が、彼女の中にあった絶望を覆した(まばゆ)い雄姿が、その目に焼き付いて離れない。


年の近い異性に抱いた敬意が恋慕に変わるというのは、別段おかしな事では無い。

吸血鬼の王女マリアは今、恋をしている。

相手は同じ吸血鬼、イスカリオテと名乗る黒髪の少年だ。


だからと言って、彼女が行動に移す事は無かったが。


マリアは恋などした事が無い。今回のコレが初恋である。

共同体に居る若手は皆、王の娘であるマリアにとって目下の存在。上に立つ者は残らず古参で大人なのだ。吸血鬼達の希望の星、(いと)しい子供等の一人として扱われてきた彼女にとって、程好(ほどよ)い距離感の異性など初めて接する未知の存在。対処法など知る筈が無い。


日がな一日 恋煩(こいわずら)い。

事ある(ごと)に熱の篭もった溜息を吐き、正一を陰から そっと見守っては想い(ふけ)る。

それが ここ数日間におけるマリアの全てだった。


「――鬱陶しい(うざい)


誰にも聞かれていないだろう地下城内部の一角で、正一は ぼそりと呟いた。


何故か理由は知らないが、自分はマリアに監視されている。

正一は深刻な面持ちで顔を押さえた。自分の考えがバレたの かもしれない。そうなると非常に面倒な事になるだろう。

同族が皆殺し寸前の()()に遭ったのだから、彼女(マリア)や他の吸血鬼達が思い悩むのも理解出来る。神経過敏になって警戒心を(みなぎ)らせるのも当然だろう。しかし正一には関係無い。全くもって、無関係な話なのだ。


何時までも吸血鬼達に付き合うわけには いかなかった。

正一は魔王を目指す旅の途中なのである。


こっそり姿を(くら)ませようと思っていたのに、気が付けばマリアの視線があった。

陰から こっそり窺うような、酷く怪しげな見張り方。何か (ただ)ならぬ事情が あるのだ、と全身で物語る彼女の姿に、正一の胸中では不安ばかりが増していた。


これでは上手く逃げ出そうにも隙が無い。

日が昇っている昼の間なら逃亡も可能だと考えたが、何故か ふと気が付けば視線を感じる。単純に間が悪かっただけなのだが、正一からすれば内心を()かし見られているかのようなタイミングの良さ。あちらからの直接的なリアクションも無いために、正体不明の恐怖が付き纏う。

まさか自分が恋愛的な意味で彼女の視線を引き付けているとは(つゆ)ほども思わず、王女マリアに対して有りもしない畏怖(いふ)と忌避感を感じて、正一は貴重な時間を無駄に消費してしまう事となる。


そして吸血鬼達が地下城から離れるべき時が やってきた。


共同体の面々にとっては十数年を過ごした思い出深い場所である。王を始めとして、王女(マリア)御目付け役(ナハシェ)も、別れの寂しさに両目を細める。

結局この日まで逃げ出す事の叶わなかった正一は場の空気にも乗り切れず、手持ち無沙汰(ぶさた)なまま一人だけ隅っこに立ち尽くしていた。


ここまで来ると、逃げ出す選択肢も選べない。


今でこそ人殺し上等な吸血鬼だが、正一は本来 決して薄情な人間では無いのだ。

乗り合わせた船ならば、致命傷寸前までは同行する。

襲撃の件が済んだ直後ならば事が済んだからと言って姿を晦ませても良かったが、城からの出立(しゅったつ)に居合わせてまで別れを告げる度胸が無い。彼は空気が読めないわけではないのだ、魔王の元へ行くという目的がある以上ずっと一緒に居る事は出来ないが、仕方無いから一区切りが付くまでは、と内心で諦めの溜息を落とすのだった。


どうせ急ぐ旅でもない。

まだ時間があるのだからと気楽に構える正一だが、彼は第五号勇者の召喚も、魔王討伐軍が日に日に魔王の元へ近付きつつある事実も、全くもって知らなかった。


「では行こうか、皆」

「はい、お父様」


亡き同族達への黙祷(もくとう)も終わり、吸血鬼の王が少し寂しげな笑みと共に声を掛ける。

マリアが父の言葉に答え、その傍らに立つ屈強な吸血鬼は無言のまま頭を下げて肯定の意を表わした。そして返事を返さなかった正一だが、先の三人は正一が同行する事を欠片も疑わず、黒髪の同族に対しても和やかな視線を向けてくる。


異世界に召喚されて以降 周囲からの優しさに恵まれて来なかった正一だ、彼等の(かも)し出す友好的な空気に少しだけ(ほだ)されてしまい、ついつい愛想笑いを浮かべると、辛うじて(うなず)きだけ返した。


「――向かう先は、魔王の発生する方角だ。三人とも、しっかり付いて来てくれ」


正一が色々と思い悩んでいた時間は何だったのか。

思い掛けない王の言葉に僅かに顔を歪めつつ、正一と吸血鬼の小集団は、一路(いちろ) 魔王を目指して歩き出した。


第三号と第五号。人魔両名の勇者が邂逅するより、少しだけ前の事である。

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