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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第三十六話 兄妹邂逅

魔王討伐軍は、日に日に魔王現象の発生地点に近付きつつあった。


魔王の位置はシェオル国内に存在する。

しかし国の内側に在るから近い、とも言えない。元より大陸の凡そ八割を治める広大な領土。第一王子の葬儀以降 十数年、魔物による国土侵略が進み続けた結果として、国側は国内の情勢を把握しているとは到底 言えない状態にあった。


原因は明白、国王バプテスマの命令である。


国内の主要戦力を王都に集め、勇者召喚の準備が済むまでの期間、国としての体裁のみ(・・)を優先して保ち続けるという大方針。民の大多数を見捨てたとしか言い様の無い馬鹿げた施策(しさく)だが、王の内心を知らされない当時の国民達は渋々納得したものだ。


国王バプテスマは常に結果を出し続けてきた。

苛烈な政治手腕、粛清を厭わぬ鉄の意志、情を捨てて国家の利益を追求する悪魔の如き合理性。どれもが国を富ませ、民を幸福に導いてきたのだ。

だからこそ皆は信じた。信じた結果が、国土の荒廃だ。


かつてはともかく、今の国王は民の幸福など顧みない。民からの信頼など無意味なものだ。己に信を寄せる者達を裏切ったとして、呵責(かしゃく)を感じる心が無い。

主要戦力を王都に留め、余ったものだけを余所に割り振る。言ってしまえば それだけの、自分勝手極まる戦力配分。王都以外は どうでも良い、という国王の内心を察せられた官吏が当時どれだけの数居た事か。一つ確かな事として、王命に反した者で今も生きている人間は圧倒的な少数派である。


国に仕える兵士達は、大半が王都を中心とした周辺地域へと押し込められ、残された兵力では万全の防衛体制を敷く事も出来ず、駐在地域の情勢確認さえも儘ならない。

人の数が足りないために、出来ない事が多過ぎた。


魔物の版図は広がり続ける。何時しか王都を離れた地域からの連絡や情報の伝達さえも途絶え始め、国民が魔物の被害から逃れる為に魔王現象を中心とした人口のドーナツ化が加速、人の居なくなった土地が どうなったかなど考えるまでも無い。まず間違い無く魔物が跋扈(ばっこ)し、主要な生態系さえ移り変わっているだろう。


魔王は魔物を生み出し、生み出された魔物は縄張りを作る。

魔物の数が増え続ければ縄張りが複数重なり合い、重なった結果、自分達の生きる土地を巡るための争いが起きては新たな勝者が その地の所有権を主張する。敗者は死ぬか、生き残ったとしても余所へと逃げる。逃げた先に人間が居れば人間を襲い、魔物であれば魔物と争う。延々と奪い合いを繰り返し、敗者が生まれては逃げ続ける事で、魔物の住まう生息域が際限無く広がっていくのだ。


魔王が魔物を生み出し続けるから、だから争いの連鎖は止まらない。永遠に繰り返し続けるだけだ。


先の縄張り争いの結果として、魔王に近付くほど強力な魔物が縄張りを維持しているため、行軍を続けるほどに討伐軍内の犠牲者数は増えていくだろう。事前の情報収集なども、奥地に至れば随時(ずいじ)斥候(せっこう)を送る以外の対処が出来ない。王都近辺とは全く違う、魔王の周囲は魔物の土地だ。人が居ないのだから、地形情報さえ不明なまま、進めば進むほど情報を手探りで集める破目に陥っていく。


(あつ)ーい」


砂漠化の進んだ王国の平野部、第五号勇者 高橋恵三が汗を拭うだけの余裕も無くして言葉を吐き出す。


草原を歩いていたかと思えば、徐々に増え始める乾燥地帯。

砂漠化した荒野が広がり、(いろど)り と呼べるものは ぽつぽつと(まば)らに生えた草木のみ。魔物が原因で こうなったらしいが、この程度ならば まだ常識的だとも聞かされた。


砂色をした山羊(やぎ)の魔物が、群れを成しながら歩いていた。


人を襲うわけではなく、魔物同士での争いも無い。彼等は延々と縄張り内を徘徊(はいかい)し、周辺の草木を齧って生きている。数が非常に多く、ただ日々の食事を繰り返すだけでも豊富にあった緑は絶えて、一帯を砂漠化させている。

恵三は知らない話だが、そういった部分は地球と然して変わらない。

違うのは過放牧の結果の砂漠化か、魔王に生み出された魔物が自然に繁殖して数を増やし過ぎた結果か、という程度のものだ。


あの群れも、魔王討伐軍にとっては討伐対象の一部である。

彼等は草木を食い潰し、周辺の植生が絶滅すれば群れごと新たな土地に移動して、其処でも同じ事を繰り返す。

動物的な見た目と行動規範だけならば無害そうな魔物に見えるが、現に周辺の草原地帯は砂漠化が進んで魔物以外の動物など全く見えない。人間が住む事も不可能だろう。

畑を作るには土地が乾燥し過ぎているし、動物が居なければ狩りも出来ない。食料等を他の土地から運ぶにしても、此処で暮らし続けるためには何らかの産業が必要だが、徘徊する群れが邪魔して落ち着けない。


群れを一箇所に誘導し、纏めて処分すると聞いた。

害の無さそうな生き物だ、恵三程度の観察眼では魔物にさえ見えなかった。しかし事実は違うと言う。軍人やゼロテが違うと言うのなら、きっと本当に そうなのだ。


南無(なーむー)


両掌を すり合わせて山羊達の冥福(めいふく)を祈る。

同情はしない。何故なら相手は山羊だから。

牛や豚を殺して食べるのと変わらない。魔物なのだから食肉ではなく害獣扱いなのかもしれないが、見た目が余りにも動物的過ぎるため、命を奪う事に対する嫌悪感は薄かった。

そんな彼女の仕草を目にして、勇者様は魔物にさえ慈悲を与えるのか! などと無駄に信奉者を増やしている恵三だが、当人に自覚は全く無い。


魔物や周囲の景色を眺めながら暢気に過ごしている勇者を放って、討伐軍の指揮官格は互いに顔を突き合わせながら今後の行軍予定について話し合っていた。


「今少し、勇者殿には前に出てもらうべきでは?」

「その結果が先代勇者の戦死でしょう。魔王に至るまでの道は我ら討伐軍が切り開けば良い。勇者様の御役目は魔王の討伐だ」

「そうは言うがな団長殿、(いたずら)に兵の犠牲を看過するなど……」


訂正しよう。

足を引っ張る者達が居て、真っ向から跳ね除ける者達が居た。


第五号勇者 高橋恵三は、最低限度の戦闘を除いて、前に出て戦う事が無い。

異世界出身の年若い女性である、という戦場においては無意味な気遣いが微塵も無いとは言わない。しかし最も大きな理由として、先代に当たる第四号勇者、鈴木雄二が単身戦場に飛び出した挙句 戦死した事にこそ原因があった。


勇者の剣の絶対性は、討伐軍に所属する大半の者達が直に目にして知っている。

恵三が前線に立てば有用だろう。軍内の犠牲者も減る筈だ。しかし討伐軍は、そこに属する騎士や兵士は、勇者様に守って貰うために居るわけではない。


勇者の活躍を望むのは、自らの手勢(てぜい)を減らしたくない者達。個人的な所有戦力の犠牲、私兵の損失を厭う貴族や元王族だ。


討伐軍と共に参戦しなければ国王の不興を買うかもしれないと考えて従軍する者達。

魔王討伐を強く望む意思など持たず、討伐軍の後に くっ付いているだけで戦う事無く傷付かず、自分は国に尽くしたのだ、という名分だけを得たい。それが彼等の本音である。


「そもそも軍議にも顔を出さないのは流石に」

「その事は前々回の軍議で既に話がついたでしょう」

「そうとも、代理人であるゼロテ王女が」


その意見を真っ向から否定するのは騎士団を始めとした、国に仕える軍人達だ。


国王陛下が王都周辺へ国中の兵力を集中させたため、シェオル王国の軍部は急速な勢いで肥大化した。

規模が大きければ当然 有する力も比例する。軍の維持に注力した十数年間は只の金食い虫ともいえる有り様だったが、王命によるものだからと反対意見も封殺される。結果として、軍部に属する高官の発言力は高位の貴族連中に面と向かって反対意見を放てるほどになった。


――忌々しい。


そう考える者は多い。だが王国において国王バプテスマの決定は絶対だ。

貴族側が自らの損失を小さくするための意見を出して、軍部が それを掣肘する。実りの無い言葉の応酬だけで済んでいる現状は、まだ余裕があるとも言えた。少なくとも魔王討伐という王命が有る限り、彼等が討伐軍の動きを邪魔するような過激な手段に出る事は無いのだから。


しかしそれは王に媚を売るような弱腰な者達だけの話だ。

王宮にて暗躍する諦めの悪い元王族は、時に官吏たちへの根回しを行い、時に馬鹿げているとさえ言える無謀な手段に出る事さえあった。


「やっぱり、駄目だった――」


十二王女の末妹、第十二号ケファは、自分が召喚執行師になる事は無いと知っていた。


上の十一人全てが彼女にとっての大きな壁だ。取り除く事など出来ないほどの。

才能と言う点で見ても第一号イスカリオテには到底 及ばず、生まれた順番が最後だから、他の姉妹達は障害と成り得ないケファの事など見もしない。むしろ憐憫(れんびん)さえ掛けるほどだ。


自分よりも、姉妹の誰よりも後の番号。最後の一人。執行師になる事を望む彼女達にとっては決して邪魔にならない、絶対に出番の来ない、可哀想なケファ。

第十二号(ケファ)を見る事で、誰も彼もが安堵(あんど)する。


――アレに比べれば、自分(わたし)はまだマシなのだ、と。


上の姉達十一人が、全て残らず失敗するなど有り得ない。それはつまり、ケファには出番が回ってこないと言う事だ。予備、予備、予備、ずっと予備という立場で終わる。

そのために生まれて来たのに。それ以外の努力を許されない環境で育ったのに。なのに、彼女の現実には夢を見れるだけの余地がない。


最も幼く最も小さく、最も期待されていない、名目だけの予備執行師。

そんな彼女(ケファ)が血迷ったのは、仕方の無い事だろう。


十二王女は国王の作り上げた道具に過ぎない。

道具であるからこそ、彼女達の使用用途は所有者である国王の意思のみによって左右される。ならば、――所有者を変えてしまえば良いのではないか?


彼女の姉、第五号ディディモが そう(こぼ)した。


ケファには自分が踊らされているという意識が無い。そういった発想さえ持っていなかった。彼女は ただ、何も持たない自分でも何かを手に入れられるのではないかと、そんな淡い夢を見てしまったのだ。ただそれだけの事だった。


国王バプテスマを恐れる者達は数多いが、あの枯れ木のような老人さえ消えてしまえば、と。そう考える者とて当然居る。

並み居る貴族や一部の官吏は、自分の頭を押さえ付ける国王を恐れながらも邪魔だと感じていた。もしも王を(はい)せるのなら、今よりも ずっと大きな利益を得られるのでは無いか、と。


その考えの元、この一件の裏で糸を引いたのは元王族。

継承権を剥奪されて尚、未だ王位を欲する人間が、国王暗殺という、時代によっては有り触れた企み事を実行に移そうと考えた。

そして第五号(ディディモ)は、それに第十二号(ケファ)を巻き込んだ。


召喚魔法は多大な魔力が必要で、加えて空間そのものに作用するという希少な属性だ。魔力量と生来の魔法属性、自然に生まれてくるだけでは容易に確保出来ない この二つを兼ね備えた召喚執行師を、国王は王家の血と難解な儀式を併用(へいよう)する事で用意した。

召喚という一点に限るが、十二王女の能力は総じて希少 且つ強力なものであり、それは末番(すえばん)であるケファとて例外ではない。

事前準備さえ済ませておけば、召喚魔法の執行自体に長い時間は必要無い。世界の壁を越えるような大規模儀式でもない限り、ものの数秒で事は済む。

あっさりと丸め込まれたケファが、暗殺の実行要員 複数人を一斉召喚。国王の寝所たる後宮を襲撃すれば良い。


夢見るケファは上手く行くのだと信じ切っていたし、裏で意図を引いた者達も半数以上が成功すると考えた。

信じていなかったのは、第十二号(ケファ)を この一件に巻き込んだ第五号(ディディモ)と、暗殺を計画した派閥の主要構成員が僅か数名。ディディモは複数の元王族派閥に関わりを持っており、今回の暗殺には最初から過度の期待はしていない。派閥内の主要な者達は成功しようが失敗しようが、自分に損が無いように立ち回っていた。


――以上、細かい事情は さて置くが。

結果として、ケファは容易く利用され、暗殺は見事に失敗した。


後宮の警護役は暗殺者如きに敗れるような、尋常な使い手ではなかったのだ。


中身の見えない騎士甲冑、その内側には人を遥かに超えた身体能力を有する魔物の姿が隠れており、警護役の不意を突こうにも、彼等の五感は突如現われた暗殺者達を即座に捉えて斬り捨てた。

国王の手勢の内でも最も頻繁に動きを見せる黒騎士一党、彼等が密命を受けて城外に出たと聞いて今こそ絶好の機会と(はや)ったのだが、残った者達とて歴戦の人獅子(ナラ・シンハ)に劣っているわけではない。

相手が魔物なのだと知らぬまま、暗殺者達は即座に殺害、捕縛された。


残されたケファは、呆然として立ち尽くすのみ。


彼女には何も無かった。

生まれながらに召喚執行師として生きる以外の道を閉ざされて、訪れる事無き将来のための努力を強いられる。名前以外の実権を持たない王女としての立場に縛られて、未来に希望を見い出す事も、完全に諦めて逃げる事も許されない。


歪んで当然。誤って当然。愛情の欠片も注がぬ実父の暗殺を促されて血迷ったとして、それの何がおかしいのか。

国王が死ねば、執行師の地位に手を伸ばす事も、此処から逃げ出す事も、望めば どちらも叶う筈だ。叶えようと思えたのだ。


未来を望んで、何が悪い。


何も与えてくれない癖に。無意味な努力ばかりを強制しておいて、実を結ばないという事実だけは誤魔化す事無く視界に入る。そんな人生に、一体何の意味がある。


「やっぱり、だめだった」


――やっぱり、第十二号(ケファ)には何も無い。


だから彼女は逃げ出した。


銀色の飛沫が立ち昇る。

座標の設定を行う事無く、何処に転移するのかも分からない。或いは雲より上の遥か上空、或いは地面の中に出るかもしれない。それでも、残った魔力の全てを注いで召喚の魔法を自分に掛けた。


城の外を知らない十二王女は、逃げるべき場所さえ知らなかった。逃げられないように知識を制限されていた。今までは出来なかった事であるが、国王の暗殺を試みて失敗した自分(ケファ)には希望など何一つ残っていない。完全に諦めきったからこそ、自暴自棄になって魔法を使った。


「――だれだ?」


銀の飛沫に包まれ目蓋を下ろしたケファの耳に、言葉が聞こえた。

生きることに疲れ切った、しかし聞き心地の良い声だった。


両目を開けば、そこに立っていたのは一人の男性。

溶けた黄金のような金髪を襟元に垂らす、物憂げな表情の青年。


それは赤い両瞳を輝かせる、美しい吸血鬼(ナザレ)の声だった。

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