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勇者ばんぱいあ  作者: NE
30/64

第三十話 吸血事情

森妖精(エルフ)の集落に作られた地下避難所。

石造りの地下室には血塗れの死骸ばかりが幾つも転がり、無事な同族の姿なぞ ただの一つも見えなかった。


吸血鬼(ヴァンパイア)共め……っ!!!」


耳の尖った金髪の男性が、歯を食い縛って吐き捨てる。

野生の大鬼精(トロール)を集落に嗾け彼等の築いてきたもの全てを踏み躙った挙句、無力な女子供まで手にかける始末。もはや我慢の限界だった。


吸血鬼は滅ぼさねば ならない。


手を取り合う事など決して叶わず、今の今まで不干渉に近かった互いの関係も あちら側から積極的に壊すとなれば、戦って勝ち取る以外に平穏を勝ち取る手段は存在しない。


「周辺の種族連合と繋ぎを取る。――奴らだけはっ、絶対に許すものか!!!!」


エルフの男の物言いに、周囲を取り囲む仲間達も また頷いた。

集落を襲った大鬼精を遠くに追い遣るために出払っていた僅かな時間で、避難していた皆が死んだ。妻や子供達の死に目を看取る事も出来ず、こうして無残にも奪われたのだ。守るべきものが消えた事で、彼等には戦いを躊躇う理由の全てが消えた。


この期に及んで、逃げ腰を晒す理由など何処にも残っていなかった。

もはや どちらかが滅ぶまで殺し合うしか道は無い。

吸血鬼を滅ぼす。


――他者を貪り食らう悪鬼達を、必ずや この手で殺してみせる。


決意に燃えるエルフ達が敵対種族との徹底抗戦を志す一方、彼等の怨敵たる吸血鬼、この件の加害者たる佐藤正一と王女マリアは地下城内で のんびりとした日常生活を送っていた。


王女マリアは純血の吸血鬼にして王の娘、この共同体における希望の星。そんな彼女の傍近くに何処の馬の骨とも知れない新参者の正一が居る。

それに関して周囲の反発があると考えるのは当たり前の事だろう。――が、特に彼への風当たりが強いという事も無かった。


理由は簡単だ。

吸血鬼は同族に甘く、加えて新参だからと冷遇するほどの人的余裕も有りはしない。彼等は どう足掻いても数が少ないままなのだ。


一朝一夕で増やす事は叶わず、外部からの流入とはいえ種族の増員は喜ばしい。吸血鬼は優れた能力を持っており、他種族を見下しても不都合が無いほどの優等性を誇っているが、だからと言って数の少なさという弱点から目を逸らすわけにも いかなかった。


優れていると言うのに、戦えば勝つと分かっているのに、総数に関してだけは大きく劣っている。

吸血鬼は強者であるが決して無敵ではない。劣等種と戦えば勝つ、勝つが、犠牲が全く出ないとも言い切れない。同族の数を増やす事は、彼等 共同体内部においては切実な問題なのだ。


ならば見栄を捨てて片っ端(かたっぱし)から吸血を行い、動く死骸などでは無い、吸血鬼に成り上がれる逸材を探せし出せば良いのだが、そういうわけにも いかなかった。

手当たり次第で見つけた相手が信用ならない、という意味ではない。ただ単純に、最初から吸血鬼に成れる者が少な過ぎるのだ。


吸血行為の結果、動く死骸(リビング・デッド)に成る生物が凡そ九割。残りも多少上の種族ではあるが吸血鬼には成れない。

彼等種族の経験上、吸血鬼未満の種族に落ち着く確率が十割。それはつまり失敗が当然、不可能だと言うようなものだ。

元勇者という以外に特筆すべき点など無いように見える正一だが、吸血による死亡直後に上位種である吸血鬼として復活した事実を鑑みれば、疑いようの無い傑物だ。勇者召喚儀式の対象者として選ばれた彼は、間違い無く凡人の括りを外れていた。例え それが、平和な世界において大衆から評価される類の資質で無いとしても。


「――そういえば私、貴方の事を(ほとん)ど聞いていないわね?」


地下城に担ぎ込まれてから暫らくの後、マリアが突如そんな事を言い出した。

今更かよ、と突っ込みたかった正一だが、沈黙は金とばかりに口を噤む。彼女の不興を買っても良い事は無いと思ったからだ。断じてマリアに対する気遣いではない。


今の今まで自分の話ばかりを延々と繰り返していたマリアが口にする、脈絡の無い先の発言。壁にでも話していろと言いたくなるような怒涛(どとう)の一人芝居にも一区切り付いたのだろう、真っ赤に輝く少女の瞳が正一の持つ同色の視線と合わさった。


「生まれは? 年齢は? 御両親は? ああ、そういえば どうして森妖精の村に居たのかしら? それに」


立て板に水、と言うよりも彼女の勢いは むしろ激流の類であろう。質問ばかりを答えさえ得ぬまま次々重ねていくために、正一は返答しようにも何時 口を開けば良いのか分からなくなる。

助けを求める視線を部屋の隅に立ち尽くす男性吸血鬼(ナハシェ)に向けたが、反応が一切返ってこない。

肩を竦めて彼女の質問が一段落付くのを待つべきか、そう考えた所で身を乗り出すようにマリアが顔を近付けてきた。


「貴方の名前、聞いていなかったわ」

「……今更だなあ」


名前さえ知らない男を相手に丸一日以上の時間、延々と自分の話をしていたのか。正一としては呆れるばかりだ。

目の前の吸血鬼は余りにも自由気儘過ぎる、阿呆の類なのかもしれない。或いは名を聞く必要性を感じないほど、正一の存在や人格に価値を認めていなかったとも考えられるのだが、こうして城まで連れ帰った事実を鑑みると興味を持たれているのは間違いなかろう。


異世界から召喚されたという事、元勇者であるという事。人間種族の敵である魔物を相手に何処まで隠すべきかという判断材料は持っていないが、名前くらいなら大丈夫な筈だ。そう考えて、小さく笑う。


正一は、ここで何の意味も無い行為を思い付いた。


バレてしまえば只で済まないかもしれない。しかし あからさまに この世界のものとは異なる日本語の響きを誤魔化すというのは意外と重要なのではないか。名前を知られる事で呪いを掛けられてしまう可能性もある。――などと酷く適当な言い訳を自分に対して続々並べ、正一は笑いながらマリアに名乗った。


イスカリオテ(・・・・・・)だ。――俺は、イスカリオテって名前なんだ」


何を思って そのような事をしたのか。有り得ない事だが仮に そう問われれば、正一は(いびつ)に笑いながら言うだろう。


――意味なんか無い。


彼自身、あの死んでしまった御姫様に対して自分が今 何を想っているのか、明確な答えを出せていなかった。

正一を異世界に召喚した張本人。殺してしまった被害者の筆頭。

森で抱き締められた事も、優しくしてくれた理由も何も、結局最後まで分からないまま死んでしまった。そういえば首から直に血を飲むようにと乞われた事もあったか。


彼女の最期は正一にとって意味不明な展開だった。いきなり目の前に現われて、最後に見た顔はホラー映画も真っ青な、全面黒色に石化したデスマスク染みた恐ろしい形相だ。

死因も経緯も何も知らずに、あの顔を見て絶望した事だけは憶えている。


本当に分からない事ばかりの相手だった。理解出来たと思えたのは正一が吸血鬼と成った直後、離宮の霊廟で交わした短い会話の間だけ。それ以外の時間は、そもそも理解しようとさえ考えなかった。

彼女の事は ずっと自分の被害者扱いで、面と向かって言葉を交わす機会さえ少なかったように思う。話したいと思わなかったからだ。魔物にしてしまった彼女に対して、後ろめたさを感じていたから。


「ふぅん、イスカリオテ……、ね」


マリアが噛んで含めるように名前を呟く。


それはシェオル王国第一王女の名前である。

目の前の吸血鬼が彼女の名を知っている可能性もあった。その時は冗談だと誤魔化すつもりで、場合によってはマリアを相手に虚偽を口にしたとして、手痛い目に遭う事も予想していた。予想出来ていたのに、正一は名乗った。


「良い名前ね、イスカリオテ!」


果たして結果は御覧の通り。

彼女(マリア)が名の持つ意味を知っていて納得したのか、知らずに褒めたのかは正一には分からない。

分からないが、今この瞬間から、佐藤正一は吸血鬼イスカリオテだ。


御目付け役として護衛も兼ねるのだろう屈強な吸血鬼を傍に置いている少女だ、吸血鬼の同族内で何の権威も持たない平凡な身の上ではないだろう。

そんな彼女に対して名前を名乗ったと言う事は、今しがた口にした言葉が正一にとっての正式な名乗りの口上であり、もはや撤回は不可能という事になる。


振る舞いに相応する立場を持っているだろうマリアに名乗れば、イスカリオテという名は きっと共同体の中で当然のものとして知られていく。

立場有る人物が認めた名だ、それが嘘だなどと同族達の誰もが思わないし言わせない、彼等に認められた名前こそが この地においての真実となるのだ。


後になるほど、嘘を吐いたという事実は重くなっていく。

立場ある傲慢な吸血鬼を相手に虚偽を口にして、何処まで許容されるものか。事が どのように運ぶとしても、明確な理由など無い偽名が そうとは知られぬまま認められた事実は変わらない。


正一自身は知らない事実であるが、そもそも吸血鬼達は現在の王国の内情など知りもしなかった。


彼等は基本的に同族のみで周りを固め、関わりのある他種族は労働力か敵対者か、凡そ その二択の中でのみ処遇が決まる。

十数年も前に王国内から外へと追われ、ずっと大陸の辺境で息を潜めながら力を蓄えていたのだ。王国内の事情を知るための繋がりなど皆無。


国の顔たる王族の一員とはいえ、魔王討伐という国家政策に関わる需要人物。王家の者として手腕を振るう予定など無いのだから広く名を知らせる必要も無い。詳細を知る伝手は無く、情報も極限られた場所にしか無い。


つまるところ、吸血鬼は十二王女の個人名など知らなかった。


正一の懸念は無意味なもので、死んだ王女の名前を名乗った事には本当に何の意味も無い。彼個人の情以外には、何も無い。


「そういえば昨日から貴方にばかり かまけて、他の子達に会っていないわね。良い機会だから紹介してあげましょうか。きっと良い暇潰しになるわ!」


名前を聞いてきたかと思えば、またも返答を必要としない一方的な会話に戻ってしまう。僅か一日の短い期間で正一も理解していたが、本当に自分勝手な少女である。


彼女の話を聞き流しながら、正一は部屋の隅に置いてある頑丈そうな鳥篭(とりかご)に視線を逸らした。

その中にはマリアの命令で御目付け役(ナハシェ)が捕らえた妖精達が、所狭しと(ひし)めき合っている。


口々に何か(しゃべ)っているようだが、何を言っているのかは全く こちらに聞こえない。

防音の類の魔法が掛けられているらしく、内側の音は外まで届いてこないのだ。あの()うるさい虫けら共には当然の処置であると正一は思った。


「……餌は何を食べるんだ、あいつら?」

「何を言っているの、妖精なら放っておけば共食いするでしょう? それにしても、ちょっと捕まえ過ぎたかしら。後で他の子達に配りましょう。きっと喜んでくれるわね」


首を傾げて呟けば、こちらの言葉を聞き届けたらしいマリアが律儀に答える。が、その内容は とんでもないものだった。

妖精という種族は共食いをするのか、と気味の悪いものを見る視線を鳥篭に向けて、正一は今し方聞いた話を さっさと忘れる事にした。妖精という幻想的な名前に反して、夢が無いにも程がある。


少々気分を害した正一の内心を察する事無く、吸血鬼の少女マリアは相変わらず自分ばかりが話をしていた。

この様子だと聞き役は自分以外の誰かでも変わらないのではないかと正一は思ったが、共同体の人数は少ないのだ、マリアからすれば同族達とは既に話し飽きている。

初めて出会った相手、外に住んで居た吸血鬼。そんな相手と話をするからこそ、新鮮味があって楽しいのだ。


正一は細かく話を聞いていないが、マリアは話し相手が自分の話を聞いていないとは考えない。小さな共同体における名目のみの立場とはいえ、王女である自分の話を聞かない相手など今まで一人も居なかったのだから。


甘やかされていた、と言い切って構わない。事実そうなのだ。

貴重な若手。王の娘。純血の吸血鬼。ゆえに彼女を堂々と(ないがし)ろにするような輩が、同族達の中には居ない。

目の前に居る黒髪の吸血鬼が何を考えているのか、わざわざ勘繰(かんぐ)る事も無い。今までだって相手の内心を察する必要性が無かったのだから当然だ。


表面上だけ友好的に振る舞う正一と、相手への気遣いなど全く見せずに自分語りを楽しむマリア。

状況が何一つ進展しないまま、ただ時間だけが過ぎていく。


だがそれは彼等二人の見える範囲に限った話。


吸血鬼の居城から離れた場所、王国の非支配領域。

大陸上の二割に当たる地域に点在する小国家群や多数種族の住処(すみか)から足を運んだ者達が、顔を突き合わせて話をしていた。


「そうか。君達は獣人の……」


痛ましそうに顔を歪める森妖精(エルフ)の前には、黒い毛並みに猫科の頭部を有する人型の魔物、人獅子(ナラ・シンハ)が立っている。

獅子とは言っても(たてがみ)は持たず、猫型の獣人であるだけだ。

そもそも魔物に()てられた分類名は遠い時代に名付けられたものが今に伝わっているだけで、代を重ねて徐々に変化していった現代の魔物全てが名前通りの生態を有するというわけでもない。


この場には彼等以外にも多種多様な種族達が集っている。

森妖精、人獅子、土妖精(ドワーフ)、他の獣人、――人間種族。


シェオル王国に属さない大陸二割の内の国家には、人と魔物が共存している地域も存在する。

長い歴史の中で、争う事無い新たな関係性を築いた者達。魔物同士ならば ともかく、人と魔物では混血などが起こらないために互いの溝が完全に消え去る事は無いが、それでも共に生きていた。


だからこそ彼等は種族の垣根を越えて、此処に対・吸血鬼連合を結成するに至ったのだ。


「私も生まれ故郷を追われた身だ。共に戦い、奴らを倒そう!」


義憤に燃える森妖精が拳を握り、黒毛の人獅子に語り掛ける。

静かに頷きを返す人獅子は そっと周囲に視線を巡らせ、場に集まった面々の顔を順に眺めては記憶に刻む。

暗がりの中においては淡く輝く、金色の猫目を僅かに細めて。


「ああ。――必ずや」


感情の窺えぬ平坦な声音が、来たる戦いへの戦意を滾らせていた。

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