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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第二十九話 魔物事情

一切の自然光が差し込まない暗闇の城。その中心部に当たる部屋で、吸血鬼達が各々好きに(くつろ)いでいた。


「――大変な事になったな」


茶髪の青年が暗い天井を見上げて呟いた。

外見だけならば未だ成人さえしていない、学生でも通るだろう年齢だ。

しかし赤く輝く両目が物言わず語るように、彼もまた吸血鬼。本来の年齢は外見相応のものではない。


吸血鬼は長命な種族である。

魔物の分類では不死種族と名付けられている、不死者の一種。吸血鬼とて生物の範疇に()る以上 不死不滅とは いかないが、他種族の血を体内に取り込み(じか)に己の魔力・生命力へと変換する種族の特性ゆえに、彼等の平均寿命は とても長い。


消化吸収等の手間が無い分、彼等はエネルギーの吸収効率が とても高いのだ。

肉体が破壊されようとも、魔力か生命力の保有量が必要十分な量なら欠損部位の再生も可能。他者の生き血を定期的に摂取し続ければ、理屈の上では永久に生きる事も叶う。

優れた身体能力、エネルギーの高効率性、魔力 或いは生命力が残っている限り持続する不死性と再生能力。


肉体性能に限ってさえ強者に位置する種族でありながら、生命維持の能力にも()けている。

血の供物が有ればこそ君臨し得る、捕食者にして消費者。彼等 吸血鬼が自らを支配者と称する所以(ゆえん)である。


短めに伸ばした茶色の頭髪。

表情は気だるげながら、人間の青年期に当たる若々しさ。

闇の中で淡く薄っすらと浮かび上がる、不死者特有の青白い肌。

視線の細かな動きに沿って赤い残光を踊らせる、吸血鬼の輝く瞳。


「若い内は そういうものでしょうよ、――陛下」


傍らに腰掛けた男が青年を(なだ)める。

陛下と呼ばれた青年風の吸血鬼と同じ赤目。外見は壮年の男性だが、彼もまた同族。立場上は青年の下に就いている臣下の一人だ。


「私は只の遊びだと聞いたから許可を出したんだぞ。それで、まさか男を連れ帰って来るなんて誰が思う!」


片腕を大きく横方向に振り回し、僅かに声を張り上げる。無駄に大仰な仕草だが、高く仰ぎ見られるべき彼の立場ゆえか、張りのある若々しい声音も、言葉を発する際の振る舞いも、どこかしら他者の目を惹く華があった。


彼が口にする話題の人物は、彼の娘の吸血鬼である。

母親譲りの白い髪が美しい、父親である彼にとっては この上なく可愛い娘。数百年の歴史を持つ吸血鬼の末裔たる父母の間に生まれた、今となっては数少ない純血の吸血鬼、その一人だ。


それが男を連れ帰ってきた。

目に入れても痛くない、自分の愛する娘が、だ。


「何のために護衛を付けたと思ってるっ。御目付け役(ナハシュ)は何をやっていた!」

「お飲み物をどうぞ、陛下」

「ああ、ありがとう。――じゃなぁい!! 今は娘の話を」


とても人喰いの魔物とは思えない、人の親と然して変わらぬ一人語り。間抜けに見えるくらいの親馬鹿だった。

彼等は吸血鬼だ。そして吸血鬼は自らの築いた共同体(コミュニティ)、社会の枠組みを大切にする。それは最小規模の社会構造である家族に対しても同様だ。


父を敬い、母を敬い、子を愛して慈しむ。吸血鬼社会の外部に存在する劣等種族に対しては無価値と見なすがゆえに冷酷だが、価値有る存在である家族や友人、総じて同族に対してだけは彼等も情の深い面を見せた。


妖精の畜産を行う集落への襲撃。

正直に言えば、集落への攻撃行為に大した意味は無かった。

細々とした部分に目を配るのは それで腹を満たせる貧者の発想。生粋の王者たる吸血鬼が気にするような大事ではない。本当に戦う時が来れば、諸共 踏み躙ってやれば良いのだ。支配すべき劣等種族を相手にするなら、手ずから行って格の違いを示してこそ勝利する事の意味がある。


ならば何故実行させたのかと言えば、可愛い娘のための娯楽を提供したに過ぎない。


強者として、弱者を踏み躙る事は当然だ。万物に約束された死という結末を己が意思によって遠ざけられる不死種族の筆頭、誇りある吸血鬼(ヴァンパイア)の一員である以上、そういった行為にも否応無く慣れなければ ならない。面倒だからと言って、怠って良いものでは無いのだから。


吸血鬼にとって、勝利は義務だ。比類なき強さを持つ者は、弱者を踏み躙ってやらねばならないのだ。

勝利し、支配し、搾取する。吸血鬼達は それこそが生まれながらに頂点に君臨する自らの責務と信じている。


虐げられる側から見れば、偶然 力に恵まれただけの馬鹿が作った謎ルール。

しかし支配しようとする側から見れば、生物的に優れているのならば下位の者達を従えるのは当然だ。

弱肉強食と言えば陳腐な思想に聞こえるが、魔王という目に見える脅威を勇者という力でもって排除しようとする人間世界の情勢を鑑みれば、そこまで おかしな考えでも無い。


魔王と勇者の戦いは、つまり魔物と人間の生存競争なのだ。

戦力を無限に排出する補給路を断つ、魔王討伐とは そのための一手。勝利すればこそ人間種族は地上の支配権を主張出来る。逆に、負ければ滅ぼされても仕方がない。


吸血鬼が行っている事も それと何ら変わらなかった。吸血鬼と他種族の間における戦争を行っており、その結果をもって相手の種族を支配するのだ。ただそれだけの事でしかない。人が人同士で相争い、他国を植民地にするようなもの。


彼等とて吸血鬼以外を残らず滅ぼそうと考えるほど、物の見えない阿呆ではない。

王国の第一王子ナザレの戦死を発端として両者間に起こった戦争の結果、吸血鬼は大半が人間の手によって滅び、生き残りも未だ多くが離散しており、残党全ての合流も叶わぬまま、今現在 共同体(コミュニティ)に参加している吸血鬼の総数は驚くほど少なかった。


吸血鬼も自然繁殖を可能とする魔物だが、出産による人口の増加速度に関しては人間と同じか それ以下である。吸血行為による繁殖は成功率が低く、血を吸った獲物の凡そ十割が動く死骸(リビング・デッド)となるため、吸血鬼人口の増加という意味では信頼性が低過ぎた。

自らを(とうと)き支配者、貴族であると考える彼等 吸血鬼が、臭くて汚らしいゾンビを生み出すばかりの行為を好む理由も無い。仮に行う場合も、大規模な戦闘に際して一時的な眷属化が精々だ。

労働力ならば他種族を使えば それで済む。食事も血を絞り出して器に移すのが一般的で、直接的な吸血行為そのものが共同体の内部においては倦厭(けんえん)されていた。


「処分しますか?」


吸血鬼の男が口にした言葉を聞いて、青年の顔が冷え切った。


「やめろ。同族を容易く切り捨てるのは私の流儀では無い」


先程までの うろたえ様が嘘のよう。どろどろと青年の両目が赤色を躍らせ、発言した男を睨み付ける。

ただでさえ数の少ない吸血鬼の内、青年の娘は若者達の筆頭格だ。他の若手は片手の指が余る程度の数しか居ない上に、支配者としての気質に欠ける。新たに若い人材が加わるというので あれば拒む理由も些か薄い。例え相手が身元も分からぬ野良の吸血鬼であろうとも、だ。


吸血鬼は同族に甘い。

純血であれば生まれながらの支配者であり、他種族からの成り上がり者ならば相応の才を(きざはし)として昇華された存在だ。件の新入りが どちらだろうと、諸手を挙げて迎え入れて やらねばならない。それが出来る程度の度量が、共同体の現王たる青年にはあった。


単一種族のみで勢力の中枢を構築する以上、数の少なさは組織の弱さ。構成人数が増える事は純粋に喜ばしい。


「ただし、人格の精査は行え。結果次第では愛娘(マリア)の下に就けてやっても、良い」


虚空に視線を逃がした青年が、溜息とともに言葉を吐き出す。娘に関する部分だけは少々歯切れが悪かった。

連れ帰った吸血鬼に共同体に所属する意思が有るか否かも不明なのだが、彼の中には それに対する疑いの感情など特に無い。


彼は吸血鬼こそが至高の存在であると信じている。確信を通り越して、それは信仰とさえ言えた。新たな吸血鬼が共同体を訪れたというのなら、出会いの切っ掛けは どうであれ己の下に就く事は当然である、と思っているのだ。

価値観が凝り固まっているからこその思考。彼にとっては これが正しい。間違っているなど有り得ない。


彼自身は有り得ないと考えている可能性だが、仮に反逆されたとしても力尽くで従属させる。吸血鬼には それが可能だった。だからこその傲慢、強者たる者の自負を根拠とした彼等の増長。

そして彼の娘もまた、同様の思想に準じて生きている。


吸血鬼の王女マリアは、自らが連れ帰ってきた黒髪の吸血鬼に興味津々だった。


物珍しい黒い髪、共同体の外側で初めて目にした同族の少年。彼女の退屈な日常を変えてくれるかもしれない可能性。

半ば強制的な連行だったが、マリアは悪い事をしたと考えたりしない。彼女にとって目上の存在とは実父たる共同体の王を始めとする、彼女より年齢も実力も経験も圧倒的に上回る相手のみ。薄汚れた格好の浮浪者みたいな格下の吸血鬼は自分の命令に従うのが当然だ、と言う価値観ゆえに、御目付け役である男性吸血鬼に命じて正一を担がせて帰って来たのだ。


「ナハシェ、飲み物を」

「こちらに」


極僅かな灯りのみを備える、暗闇に埋もれかけた吸血鬼の城の一室。

赤いドレスを着た女性吸血鬼の正面に座る正一は、ワイングラスに注がれた血液で喉を潤しながら今後の身の振り方に悩んでいた。


ナハシェと呼ばれる吸血鬼に抱えられて訪れた、吸血鬼達の居城。

日の差す危険のある地上でなく、地下に向かって掘り進められ建築された暗闇の中の居住区画。日に当たれば灰になる吸血鬼が住むのならば確かに地下の方が良い。しかし地上に設けられた立派な城砦が只の対外的な見栄の産物だと知った時、正一は「こいつらマジで俗物だなあ」と呆れたものだ。


彼からすれば吸血鬼の見栄など、魔物の癖に無駄な事に気を割いているとしか思えない。

敵対勢力への威嚇目的ならば多少は理解も出来るのだが、自分達は優等種族なのだ偉いのだ、と踏ん反り返る貴族気取りの行いだ、期待したところで きっと空回るだけだろう。


グラス内の血液の味に舌鼓を打ちつつも、正一は目の前の同族達を罵倒する事に集中していた。

逆らえば きっと殺される。だからと言って、脅えてばかりも居られない。冷静さを保つための手段として心中で相手を蔑む正一も、負けず劣らずの駄目な奴だった。


「せっかく森妖精(エルフ)を私専用のペットにしようと思ったのに、お父様ときたら眷属を作るなんて駄目だって――」


そして正一の目の前では、全く話を聞いていない彼を相手にマリアが一人語りに精を出していた。


吸血鬼ばかりの少人数で構成された共同体内は、彼女にとっては退屈な鳥篭だ。

閉じた社会では真新しいものに出会えない。未だ年若く、刺激を求めて日々 過保護な父親の目を掻い潜ろうと企んでいるマリアは、暇潰しのためにエルフの集落を潰してしまう程度には、日常と言うものに飽きが来ていた。


父親にとっても共同体として見ても、彼女は貴重な次代の若手である。未だ未熟な身の上で、危険に身を晒す事など認められるわけが無い。しかし身も心も若い彼女は刺激を求める。活力に満ちた少女の精神にとって、退屈など忌むべきものだ。共同体の年寄り達も、彼女を檻の中に閉じ込めたいわけではない。ただ大切な身内が心配なだけ。


葛藤の結果 提示された妥協案が、エルフ集落の滅亡だ。

それ自体の結果は つまらないものだったが、思わぬ収穫が手に入った。


「そういえば妖精(フェアリー)という生き物を初めて見たわ。あんなに小さいのね、簡単に潰してしまえそう」


正一を相手に、矢継ぎ早に言葉を重ねる。

相手が自分の話を聞いているか どうかなど、マリアは注視していない。

これは暇潰しなのだ。時間を潰せれば それで良いし、楽しければ尚良い事だ。マリア自身が他者の話を聞くより自分が話す方が好きな性格だという事もあるが、基本的に共同体の中で周囲から大事にされてきた彼女は、相手を気遣うと言う事を知らなかった。


一人語りに熱の入ってきたマリアを相手に適当な相槌を打ちながら、正一もまた己一人の思考に没頭する。

正一の中には吸血鬼同士の親近感など欠片も無かった。

死にたく無いから大人しく連行されてきたのだが、現状を脱する手段も無い。暫らくは周囲に歩調を合わせて、どうにか外へ逃げ出すつもりだ。

此処を逃げ出したところで また独りぼっちの旅暮らしに戻るだけなのだが、だからと言って彼等の仲間に加わる理由も彼には無い。


試練の洞窟で自分が殺した、赤い瞳の魔物を思い出す。

自分の人生を台無しにした、吸血鬼。――その認識が、完全には拭い去れない。


他の吸血鬼と出会う事など無いと思っていた。そもそもの原因となった件の吸血鬼は、正一が手ずから殺したのだ。目の前の白い髪の少女がアレの同族だとしても、彼女に向ける恨み辛みは只の八つ当たり。当の加害者は既に死んでいる。無関係な相手に当たり散らしたとして、自己満足にも なりはしない。

無理に関わって不愉快な思いをする必要は無い。人喰いの魔物だからと、率先して敵対するほどの正義感にも欠けている。


だから遠く距離を取って、それで終わり。正一は そう考えていた。


自分勝手に話し続ける吸血鬼の少女と、聞いている振りをしながら逃げ出す算段を整える少年。

彼等二人の傍らに じっと黙ったまま控える屈強な男性吸血鬼を放置して、全く噛み合わない両者の交流は終始 見た目だけは和やかな空気のまま続くのだった。

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