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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第二十八話 同族邂逅

地下室に避難していた彼女等は、森妖精(エルフ)と呼ばれる魔物である。


森妖精の姿形は、両耳が尖っている とても美しい白色人種、と言うべきか。一見したところ見た目が特徴的なだけの人間種族にも見えるが、彼女達の種族は紛れも無く魔物の一種だ。


そもそもの問題として魔物とは、種族の()たる第一個体が魔王から生まれたか否か のみによって類別される。

神々が作ったとされる鳥、虫、獣、草木、花、そこに加えて魚と人間。

元々この大陸上に生息していた生物類こそが先住民であり、後から地上にて発生した魔王と、魔王が生み出した魔物こそが侵略者。本来ならば許されぬ生命。魔物達は総じて祝福の属性を受け入れられず、加護ではなく傷としてしか残らない。

神々の齎した神聖属性を扱う事が不可能なため、呪われた存在とさえ言われていた。


ゆえにエルフもまた魔物。勇者の剣を受ければ、塵も残らず滅ぼされるだけの忌むべき存在。

それでも、彼等は生きている。


同種で寄り集まり、文化的な集落を形成し、時には人間種族と交流を持つ事さえある。種の起源として魔王の系譜に名を連ねている以外には人と大して変わらない、千年近い種族の歴史を絶やす事無く今に伝える、歴とした同大陸の住人だ。今では そういう認識こそが一般的。

彼等は知恵無き魔物ではない。手を取り合う事さえ叶う、人の良き隣人である。


その精神構造も人間種族と大差が無い。

物語内の架空人物のように自然を愛する誇り高き潔癖な妖精ではないが、だからこそ人との差異も小さい。当たり前に欲を持ち、当たり前に善意を振る舞える、近年においては魔物ではなく亜人種族と呼び習わされるほど近しい相手。


「――抗争?」


正一が思わず聞き返せば、場の纏め役らしい年配の女エルフが胡乱な視線で彼を見る。

本当に知らないのか。知らない振りをしているのではないか。ああ疑わしい。――そんな所だろう。


「切っ掛けは十年ほど前、シェオル王国内で執拗(しつよう)な吸血鬼狩りが起こったのよ」


正一に向けて、それくらいは当然知っているだろう、とばかりに睨み付けてくる。


第一王子が吸血鬼の手によって戦死。仇討ちとばかりに諸侯が揃って兵を挙げ、広大な国土の一角を埋め尽くすほど大規模な戦争が起きた。

軍を出した貴族達の内情は民に対する人気取りと、己のための売名行為、後は王室へのアピールだろう。私は王子の死に こんなにも腹を立てています、王室への忠誠心が凄いです、という忠信芝居である。


彼等の内心が如何に卑しかろうと、集められた戦力は膨大。王国内に陣取っていた吸血鬼の群れは大多数が滅ぼされ、四散した生き残りが国外、王国の非支配領域たる この地へ落ち延びた。


それに伴って王国内の吸血鬼被害は撲滅されたと言っても過言ではない。

だがその実情は国外に追い出しただけの事。追い出された吸血鬼は新たな地で再起を図って、かつての勢力規模の復活を目論んでいる。そこには当然、王国への復讐も含まれていると思われる。


「それで他種族と抗争、ねえ。……変な話だなあ」


聞かせるつもりのない、正一の独り言。

本当に変な話だった。


――どうして魔物の癖に、そんな人間みたいな事をしているのだろうか?


正一は魔物という存在を もっと異質的な、人間種族とは全く別の法則に順ずる幻想的(ファンタジー)な生物だと思っていた。吸血鬼や大鬼精、知性はあれども気儘が行き過ぎて別惑星の不思議生物にしか見えない妖精達を見ていれば、そのような評価を下してもおかしくはない。おかしくはないのだが、今の話を聞いて感じた事は もっと別の方向性に寄っている。


知性を持っていても構わない。独自の文化を築こうと、それを異常な事だと批判するつもりは無い。

だが余りにも人間臭過ぎる。再起を図る? 吸血鬼の勢力規模? それは異世界では当然の思考なのだろうか。人に似た形をしているからと言って、どうして人間的な感性で理解出来る概念に固執しているのかが分からない。

そこに違和感を感じてしまう自分が変なのだろうか、と正一は思わず首を捻った。


エルフの集落は妖精を飼育している。同一規格の巣箱まで作って、人間のような家まで作って、人間みたいな村の中で暮らしている。子供や大人の扱いに関しても、余りにも人間らし過ぎた。

人の倫理に則って考えれば子供を守るのは当然だが、種の保存のみを考えれば、危地において弱者(こども)を切り捨てる生き物の方が数が多いのでは無かろうか。


住んでいた集落が滅ぶような状況下で、大人である自分以上に死に易いだろう子供等を今も身を挺して守り続けている女エルフの姿には、どうしても違和感を感じてしまう。


彼等は その行動規範が人間種族に似通(にかよ)い過ぎていた。

魔物なのに。魔王から生まれたと、つい先程 自称した存在なのに、だ。


「うん、もう良いや。――お疲れ様」


エルフと吸血鬼、周辺の事情。最低限必要な情報は聞き取れた。

もっと沢山の話を聞きたくはあったが欲張るだけの時間的余裕は無い。何時 集落の男手が帰って来るかも分からない、互いに非友好的な この状況、一秒でも早く退散した方が賢明だろう。


が、途中で会話を打ち切った正一の物言いを「お前達は もう用済みだ!」という意味合いに捉えたらしく、話をしていたエルフが警戒心に満ち満ちた表情で身構える。


吸血鬼とエルフ。――より正確に言えば、吸血鬼と その周辺に住まう他種族は抗争の真っ只中にあった。


吸血鬼というのは社会的な種族である。ただし同族に対しては、という但し書きが付くが。

同じ吸血鬼同士ならば二通り、基本友好的な関係だ。吸血鬼社会における上位者に対しては従順に、下位者に対しては慈悲を与える。

翻って、他種族に対しては完全に見下して接してくる。彼等吸血鬼は自分も仲間も大好きだが、吸血鬼で無い相手は皆ことごとく、食料としてしか見なさない。種族の性質的なものなのか、支配階級としての意識が先立つ。


他種族など彼等の餌だ、踏み台だ。殺そうが奪おうが、吸血鬼の価値観において それは当然の権利なのだ。躊躇う事など有り得ない。

共に魔王から生まれ落ちた遠き同胞の身であろうとも、吸血鬼達は他の種族を己の下位にあるものとして捉えていた。それが彼等に とっての常識なのだ。


人間相手に落ち延びて、屈辱に塗れながらも再起を図る。

王国の領土において劣等種族(にんげん)に敗北した過去の記憶は筆舌に尽くし難く、吸血鬼達は溜まりに溜まった鬱憤を晴らす意味合いもあって、他種族との間に戦いという名の蹂躙戦を望んでいる。

本来は衰退した勢力図を取り戻すための下準備に過ぎないが、ここ数年は勝つ事が楽しいから戦っているようにも見受けられた。


この集落が大鬼精(トロール)に襲われた事とて、吸血鬼の手引きによるもの。

妖精種族の筆頭格。魔物に分類される者達が総じて好む、食用から薬用、果ては愛玩用などの多方面に利用可能な便利な種族――妖精(フェアリー)の畜産を生業(なりわい)とする集落への襲撃は、周辺他種族への嫌がらせには丁度良い。ついでに幾らかの畜産用妖精を奪ってやれば、戦利品としても利益になる。


先立って近隣にある獣人種族の集落が潰されたとも聞く。ここ数年の派手な動きを追ってみれば、近々抗争が激化するという予想が立てられていた。

魔物だろうとも生命だ。死を厭い、敵対者に抗するのは当然の事。


「子供達だけは――!!!」


子供達だけは、なんとしても守らなければならない。


森妖精にとっての小さな種火。未来へと繋ぐべき輝きは、決して絶やしてはいけないものだ。

纏め役である年配の女エルフが声を上げた事で、地下避難所に詰めていた他のエルフ達も見構える。即座に魔力の光が灯り、地下の暗がりに輝く吸血鬼の赤眼を標的として魔法が(つむ)がれた。


「いや、俺もう帰るんだけどさあ……」


言葉選びを間違った正一の訴えが、彼女等に届くわけも無かった。

周辺他種族を攻撃している吸血鬼の共同体(コミュニティ)、それと無関係な野良の吸血鬼が偶然、吸血鬼の手回しで滅んだばかりの集落に訪れるものだろうか。有り得ない。有り得ないと考えるのが当然で、だからこそ子供達を守るために正一を攻撃する彼女の選択は間違っていない。


間違っているからと言って、勝てるとも限らないのだが。


「――撃ち方用意(よーい)!」

「いち!」

「に!」

「さん!」

「はーい!」


天井付近に飛び回る蝙蝠達による奇襲こそが正一の狙いだった。

――が、相手の気を引く為に妖精に向けて冗談混じりの指示を出すと、ノリの良い阿呆な妖精共が揃いも揃って光弾を放ち始める。


「――なっ!」

「ぐげっ」

「ああああ゛!!!」


正一は本物の拳銃など見た事は無いが、ソレは銃弾並みの速度だった。

馬に乗る謎の人影に嗾けた動く死骸達が撃退された、あの光。紛れも無い攻撃魔法だ。

シャボン玉でも吹くような軽い音に反して、次から次へと連続斉射される妖精の光弾。一撃当たる度にエルフ達が身体から血を噴き出して、見る間に死へと滑落していく。


予想外の事態だ。どうやら妖精というのは正一の想像以上に意味不明で刹那的な生き物だったらしい。まさか些かの躊躇も無くエルフ達を攻撃するとは思わなかった。本当に、只の冗談で指示をしたというのに。


しかし好機である事に違いは無い。

天井に待機させていた威嚇目的の蝙蝠達を、妖精達の射線上から外れた進路で迂回させる。目指すは大人のエルフ達に守られていた背後の子供。魔法を使う種族なら、きっと それなりの味が期待できる。


「いただきます、ってなあ――」


身構えたのはエルフが先だが、彼女等は完全に後手(ごて)に回っていた。


そもそも戦闘に()けた人材なら、地下に身を隠したりなどしない。襲ってきた大鬼精を余所へ追い払うため集落の外に出ている筈だ。つまり彼女等は子供の護衛という名分を口実とした、非戦闘員の避難民に他ならない。戦える者達が戦えぬ彼女等を気遣って そうしたのだ。咄嗟の事態への対処に難があるのは当然だった。


妖精が敵に回るとは互いに思っていなかった。しかし、元より彼等は気紛れな種族。信頼出来る隣人では無い。

戦うつもりがあるならば、最初から会話などせずに先制攻撃を見舞うべきだったのだ。彼女達は吸血鬼が敵だという意識は有っても、自分が直接戦うという覚悟に欠けている。あくまでも戦士ではなく、集落の一員。避難民の取り纏め役だが、それ以上には決して為れない。

それゆえの失策。既に趨勢(すうせい)は決していた。


「あ、……ぐっ」


エルフの魔法による迎撃もあったが、効果的とは言い難かった。

仮に攻撃されたとしても、森妖精(エルフ)は立派な魔物の一種。神聖属性の祝福を用いる事の出来ない生まれだ。魔物らしい攻撃方法しか持っていないのなら、吸血鬼である正一に対して致命の一撃を刻む事は困難極まる。

そこに予想外の妖精による多数の援護が加わったのだ。この結果は当然と言えよう。


蝙蝠が子供等の血液を吸い上げ始め、正一は己の肉体に血液が充溢していくのを感じていた。

罪悪感は無かった。どうせ名前も知らない相手だ、エルフというものは正一にとって絵に描いたような幻想の存在だが、己の命と取り替えの利くものではない。物珍しいと感じたし、少々以上の感動もあった。しかし殺害を躊躇するには色々なものが足りていなかった。


殺した後は動く死骸として利用してやれば良い。

今までは獣のような低級の魔物ばかりだったが、エルフの眷属というものは どれほど役に立つのだろう。それを考えれば楽しみでしょうがない。


「――どういう状況かしらねえ、これは?」


正一の背後、地上へと続く階段側から声が響いた。


「ばんぱいあ!」

「あかい!」

「あかい!」

「しろ――ゲブッ」


新たなる闖入者(ちんにゅうしゃ)の存在に騒ぎ始めた妖精の内 数匹が、手で触れてもいないのに弾け飛ぶ。


金色の血液が飛び散る視界の向こう側に、白い長髪の少女が立っていた。

正一と然して違わないだろう年齢の外観、赤いドレス、暗闇の中で輝く視線。――赤い両眼。

更に彼女の後ろからも、付き従うようにして屈強な男性吸血鬼が姿を現す。


「あら――?」


正一と彼女の、同色の視線が交わった。

同族を見つけた青白い不死者の顔が、見る間に情愛に満ちた優しげな表情へと移り変わる。


吸血鬼は社会的な魔物だ。少なくとも、同族に対しては。

上位者には従順であり、下位者に対しては慈悲を与える。

初対面の吸血鬼――正一に向けられる彼女の笑顔は、人が無力な仔猫に向けるような優しさの表れ。


そこに一切の敵意は無い。

何ら悪意を交えずに、極自然と見下してくる吸血鬼の視線を前にして、正一は黙って全身の力を抜いた。


「上手く行かないなあ……」


一旦調子に乗れば、すぐに冷める。何時も似たような事ばかりだ。

一匹の野良吸血鬼が、複数の吸血鬼を相手に戦って生き残れるとも思えない。敵の数も不明なのだ、相手方には敵対の意思が無さそうなため、今は慈悲に縋るのが一番生存率も高かろう。

そういう計算の元、煮るなり焼くなり好きにしろ、と態度でもって示すしかない。生き残れるのなら、それで良い。


死に損なっているエルフ達の呻き声の聞こえる地下の一室で、人工の吸血鬼と生粋の吸血鬼は こうして出会う運びとなった。


遠く王城の玉座の間、枯れ木のような老人が黒尽くめの騎士甲冑を見下ろしている。

国王バプテスマの眼前に跪くのは、かつて森の外で正一とイスカリオテを襲った黒騎士だ。

鎧の内側は一切 外から窺えず、年齢も性別も分からない。

所属を明確にする意匠は鎧の表面から削り落とされ、黒塗りの全身甲冑も栄えある騎士団の一員とは とても言えない不吉な装い。だと言うのに、それが当然であるかのように、黒騎士は国王へ拝謁(はいえつ)する栄誉を(たまわ)っていた。


それは余りにも謁見の間に対して そぐわない。とても騎士らしからぬ人物への処遇とは思えない。

見栄えも格式も一切無視した、権威を示せぬ鎧装束。このような者は国の後ろ暗い部分を這いずり回る事こそ似合いだろう。汚れ仕事を専門とするならば いざ知らず、公然と人目に触れるどころか国王直々の言葉を賜わるなど おかしな話だ。

しかし場に同席する数少ない臣下達は、王の護衛さえも含めて誰一人として黒騎士の扱いに不満を抱く様子が無かった。


「仔細は任せる。――吸血鬼の共同体を殲滅(せんめつ)せよ」

「御意」


平坦な声音の王命に、同じような揺れる事無き言葉で応じる。

謁見の内容は ただそれだけの遣り取りで済み、黒騎士が退出すると また次の案件の処理へと移る。


黒騎士の胸の内にあるものは国王への忠誠、そして与えられた任務に対する覚悟だけ。兜の内側に篭もる熱い吐息が、黒騎士の抱く戦意の強さを表わしていた。


黒一色の内側で、金色の虹彩が淡く小さく輝いている。

人とは異なる瞳の色が、じっと前だけを見つめていた。

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