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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第二十四話 勇者誓言

高橋(たかはし)恵三(えみ)は一人ホットケーキを食べていた。


学校が休み となった今日、のんびりと昼前まで惰眠を貪り、女を捨てた寝起き そのままの格好で、昼食用のホットケーキを焼いたまでは良かったのだ。

焼き上がった昼食を牛乳と一緒に抱えてテーブルへと運ぶ途中、突如 足元から銀色の何かがピカッと光って気が付けば美少女の前に立っていた。――彼女自身 何を言っているのか分からない。恵三は蜂蜜たっぷりのホットケーキを借り物の銀ナイフで綺麗に切り分け、同じく こちらも借り受けた純銀のフォークを用いて口元へ運ぶ。考えるよりも まずは腹ごなし。恵三は己の本能に忠実だった。


美味しい(おいひい)


アタシってば ひょっとすると料理の才能に満ち溢れているのではないかしら。

未だ半分くらい寝惚けた顔で のんびり笑い、傍に待機している侍女が用意してくれた御高(おたか)い紅茶を ぐいぐい飲み干し口中の甘さを洗い流した。そしてまた更に一口分 切り出す。


流石に下着を丸出しにした格好は不味いと言う事で渡された柔らかな外套を肩から羽織り、王城の内装に そぐわぬ風体(ふうてい)の少女がリラックスし切った様子で座っている。

高橋恵三は、未だ事態の深刻さを理解していなかった。


此処が先程までの自宅とは全く異なった世界である事も。

魔王の生み出した無数の脅威が日に日に迫りつつある事も。

己の生命を削って戦う使命を知らぬ間に課せられているという事も。

外套を除けば未だ自身がパンツ丸出しである事も。


何一つ知らないまま、彼女は本当に幸せそうにホットケーキを食べていた。


一方、困ったのは召喚した国側である。

余りにも品の無い、粗末な服装。覇気の欠片も見当たらぬ とぼけた顔立ち。眼前の事態の把握よりも食事を優先する卑しい心根。国の重鎮を前にして、こっそりと下着から はみ出た尻を掻くという無作法極まりない振る舞い。


国を挙げての勇者召喚、都合五度目にして大失敗したのではないか。そう考える者も少なくない。

些か結論を急ぎ過ぎている部分はあるものの、第四号勇者の悲惨な末路が城内の文武官に知らされてから然して時を置かぬ今現在、陰鬱な空気を払拭する事を期待されて召喚した彼女の姿を目にして、希望を感じ取れというのも無茶が過ぎる。


儀式の中心人物たる召喚執行師、第二号ゼロテの顔色は真っ青だった。

第四号勇者の死亡直後、何も出来ずに勇者を失った彼女が、己の本分たる召喚を初めて行った結果がアレ(・・)だ。


「――イスカリオテ王女ならば このような失敗を しなかっただろうに」


意地悪げに囁かれた声が彼女の背筋を凍らせる。


城内の陰では頻発する、貴族連中の足の引っ張り合い。実害など有りはしない、つまらぬ陰口(かげぐち)など彼等の間ならば良くある事だ。更に付け加えるなら先の一言は ついつい(こぼ)れた本音に過ぎず、第二王女を堂々非難する意図など全く無い。


しかし彼女(ゼロテ)にとっては、単なる軽口でさえ己が存在価値の否定である。

まさか取り上げられてしまうのか、と小さな身体が震えてしまう。


彼女の予備など他にも居るのだ。

ゼロテが執行師筆頭たる第一号(スカリオテ)の死を喜んだように、二号よりも下の番号を振られた姉妹達は今も彼女(ゼロテ)の脱落を望んでいる。

皆が皆、ここぞとばかりにゼロテを追い落とそうとしているのではないか。儀式場を後にする際 視界に捉えた貴族達の向ける視線が、己を不要な出来損ないだと嘲笑っているかのように感じられた。


本来、勇者の有する能力と人品(じんぴん)に相関関係は存在しない。


第二号勇者は躁鬱の気があると見なされる程に自身を襲った非現実的(ファンタジーな)状況を喜び踊り出す非情に騒がしい少女だったし、第三号勇者は王女イスカリオテの美貌を前にして あっさり勇者になる事を引き受けた頭の軽い思春期真っ只中の平凡な少年で、第四号は他者への礼儀を弁えず その場のノリと勢いで走り出す躾のなっていない子犬のような人間だった。


それでも第三号 佐藤正一は単身にして王城襲撃の変事を成し遂げ、魔王討伐軍には以後の行軍に支障を来たすほどの損害を与えた。

第四号 鈴木雄二は魔物の討伐数において討伐軍全体の八割を担う戦果を叩き出した本物の英雄。彼の死が騎士や兵士達に与えた影響は正負両面において大き過ぎるものだった。


今更、下着姿の少女がホットケーキと牛乳瓶を手にして現われた程度で、能力の可否を疑う余地など存在しない。

王室の面々は第三号勇者の死亡が確認された時点で個人としての勇者に期待する事はやめている。無駄に期待して派手に落ち込むのは未だ勇者に夢を見ている者ばかり。


召喚の魔法陣は魔王を倒すに相応しい勇者を選別する。そうなるように術式を組み上げた上で儀式が実行されるのだ。

だからゼロテが周囲の雑音を気にする必要など何処にも無い。

そもそも国が必要とする勇者の強さとは、勇者の剣という魔物を滅ぼす絶対兵器の性能だ。神の権能を宿した聖剣を扱えるなら、仮に狂人が喚ばれようとも差異は無い。


そんな当然の事さえ理解出来ないのが王命によって作り上げられた十二王女であり、今此処に居るゼロテである。

見た目相応の精神しか有していないゼロテは、自身の召喚結果を悪し様に笑う周囲の姿に、召喚執行師としての立場を追い遣られるかもしれないと怯えていた。

例え それが何の根拠も無い思い込みだろうと、彼女にとっては身を縛るほどの恐怖を齎す。


かつてのゼロテも勇者など戦えさえすれば何でも良いと考えていたが、それは自分で無い他人(イスカリオテ)が召喚した相手だからだ。無能を召喚して自身まで無能と見なされれば、せっかく手にした立場を取り上げられる可能性がある。

ただでさえ第四号勇者の死に際して彼女は何も出来なかったのだ。これ以上の失態による無能の実証だけは、絶対に避けなければならないものだ。


第五号勇者が居座る客間の前で薄い唇を噛み締めて、召喚執行師の立場を喪失するかもしれない恐怖を必死に押し殺す。

扉を開けば とぼけた顔の少女がゼロテを迎え、勇者と王女の対話が始まった。


国の主たるバプテスマは、今回の召喚に関して一切 失望していなかった。


勇者の人となり など大した問題ではない。召喚対象の選定に際して重要なのは、異世界から召喚されるという出自のみ。勇者の剣を扱える者こそが勇者なのだ。パンツ丸出しだから何だというのか。国王は第五号勇者に対して何時も通りの対応に終始するつもりだった。


扱い易い勇者であれば楽で良いが、仮に扱い(にく)かろうと問題無い。

魔王討伐こそが勇者の持ち得る唯一の存在意義。第五号勇者当人に戦う意思さえ有れば十二分。


元より魔王を討伐するまで数を重ねる予定なのだ。

既に五回も喚んでいる。六回目も七回目も、或いは十や二十と重ねても、魔王を滅ぼしさえすれば そこに至るまでの全ての犠牲は許される。


つまるところ、国王バプテスマは最初から召喚儀式の結果に対して過度の期待などしていないのだ。


己の立場が危うくなったかと被害妄想に とりつかれるゼロテの危惧(きぐ)も、国王にとっては無意味な思考。王は彼女(ゼロテ)に対して特に期待も失望もしていない。どうでも良い、と切って捨てている。


「暫らくは様子見か」


白の円柱が回り続け、その表面には少しずつだが新たな文字列が刻まれていく。

記された内容は第五号勇者の行動の記録。大まかに言えば食事と会話のみという、未だ短い冒険譚だ。

実際に記された文字を読み込めば、召喚以後に高橋恵三が何を行ったのか極めて詳細に、客観的な表現でもって記されている。


国王の周囲に立つ柱は計五本。

第一号と第二号、そして第四号のための自動筆記は既に終了しており、残るは最も長く生存している第三号と新たに開始された第五号。


より遠く、広過ぎる空間の果てには床から突き出た無数の円柱が立ち並ぶ。

全て残らず、過去に召喚された勇者の記録()だ。

魔王討伐を成し遂げた真の勇者たる極小数も含め、その内容は皆が皆 同様の文字列で締め(くく)られている。


――GAME OVER.


見る者が見れば失笑しただろうか。それとも、(いきどお)って柱を殴りつけたかもしれない。

異世界の人間を召喚して、生命を削ってまで戦わせ、挙句 死んだ後には娯楽作品の如き終わりの文言。

死亡した勇者の記録の最後は戦いの終わり。人生の終焉。人一人の死を僅か八文字で表現し終えると、新たに召喚された勇者のものへと興味関心を移すのだ。


この場における例外は ただ一つ。


終わりの一文を記されて、それでも尚 以降の活動記録を筆記し続ける、第三号勇者の碑。

一度目の死を迎えた後さえ吸血鬼として動き続ける、佐藤正一の記録である。


不死者と化した第三号。

国王が試練の洞窟に配置した吸血鬼に襲われて、死後の活動を可能とした唯一の勇者。魔王討伐の可能性の一例。


「……まさか成功するとは思わなかったがな」


当初、国王は十を超える勇者の召喚を予定していた。過去においては それ以下の回数で討伐を終えた例もあったが、そこまで繰り返しても魔王を滅ぼせるかの確証が無かったのだ。


これから先、幾度も召喚を繰り返すのだ。ならば試しに やってみよう。


不死者と化した勇者と生きた勇者、もしも成功すれば複数人の勇者を動かす事も可能ではないか。失敗したところで一回分の召喚儀式が無駄になるだけ。躊躇う理由が王には無かった。


正一が試練の洞窟で出会った魔物は、元々はナザレのために生み出された吸血鬼だ。

吸血鬼と化した事で得た魔物の特性。何に強く、何に弱いか、何をすれば死んでしまうのか。国王の命令によって洞窟内に放たれた一匹の吸血鬼は、後の永遠の王たるナザレの体質調査のために生み出された実験体。吸血鬼ナザレの眷属だ。


第三号勇者が召喚直後に吸血鬼を倒せる程の益荒男(ますらお)ならば それも良し。

ただ殺されるだけで終わっても、次の勇者を召喚するだけ。国王にとっては何の損失にもなりはしない。


果たして吸血鬼と化した第三号勇者が、魔王を滅ぼす戦力と成り得るのか否か。

結論は未だ出ていなかった。


ナザレの一例を見ても、吸血鬼へと堕ちた者が人としての理性を保ち続ける事は困難だ。佐藤正一もナザレのように、王城の兵士達やイスカリオテ、果ては街一つを平らげた。

どれだけ他者を想っていても、血を渇望する本能が消える事は無い。

かつて王妃が実子(ナザレ)に殺されたように、手駒として運用するには不安が大きい。


「無論、失敗したところで問題は無いがな」


野放しになった吸血鬼の手で国土が荒れても構わない。魔王さえ滅ぼせれば、後は多少強引にでも国を纏めて縮小させる。魔王討伐に必要だからと軍や貴族達を数多く集めてはいるが、戦後に至っては もはや彼等も必要ない。

そう都合良く事が進むのか、などという心配も また要らない。

最悪、国家全体で街一つ分の規模に縮んでいても構わないのだ。永遠の国を築くという、生涯の目標が叶えば それだけで良い。


国王バプテスマが欲しいのは永遠だ。若き日の彼は恋焦がれるような強い想いで、夢物語のような世界の実現を望んでいた。

王としての夢がある。父としての愛がある。人としての野望があった。

後戻りをする気は無い。妻が死んだあの時、それでもナザレを罰せなかった国王に、他の選択肢など有りはしない。

行ける所まで、ただ真っ直ぐに進むだけ。()けた所で、何を恐れる事がある。


国王バプテスマは夢を見る。永遠に続く国の夢を。

叶うかどうかなど、辿り着くまで分からない。脇目も振らずに進んだ先で心の底から悔やむとしても、彼は決して止まらないだろう。

老いた その手の内側には、他の何物も残されてはいないのだから。


――自分は勇者になったらしい。


高橋恵三は「へー」と呟き頷いた。まったく理解していない顔だった。

その様子を目にしたゼロテは泣きそうな顔になった。こんなに扱い辛い相手は初めてだったからである。


国を救ってくれるかもしれない相手。召喚執行師として初めて手ずから喚び出した、ゼロテだけの勇者様。しかし現実は この通りだ。

ゼロテの中には今を失うかもしれないという恐怖がある。だからこそ、どうにか事を上手く運ばなければならない。失敗は即ち執行師の立場の喪失。少なくともゼロテ自身は そう考えていた。例え それが彼女個人の思い込みだとしても、だ。

焦って、恐れて、力が入る。空回って失敗する。そういう悪循環の中に入っていた。


対する恵三は暢気だった。

目の前に差し出された銀色に輝く勇者の剣。花の女子高生たる自分が こんな物騒な代物を振り回して魔王とやらを倒すのだと言われれば、無茶振りが過ぎると怒ってしまっても仕方ない。

だがしかし、目の前の小さな少女を見ると、年上たる自分が腹を立てる事が大人気なく感じて気落ちする。


うちの妹も これくらいだっけなー、などと考えて銀色の刀身を指で突ついた。刃物どころか剣道の選択授業だって未体験な金髪少女、しかし泣きそうな顔で必死に説明を繰り返すゼロテを見れば、断るのも悪いなという気分にさせられる。


「アタシさー」

「は、はいっ!?」

「彼氏居るんだよね」

「……はい?」


唐突な恋愛自慢である。魔王討伐の勇者に嫁ぐ以外の選択肢を考えた事のない見た目小学生のゼロテには、どのような反応が正解なのか分からない。

灰色髪の王女が戸惑う姿に小さく微笑み、年上ぶった笑顔のままで恵三が指先を突きつけた。


「彼女が勇者、とかさ。喜んでくれるかなー?」


それは非常に頭の軽い、お馬鹿な子供の考えだった。


言葉面だけでも酷く非現実的なもので、国を背負うという真摯な重みを一切感じられない、空想(フィクション)大好きな学生同士のつまらない冗談や夢物語のような、とても馬鹿げた物言いだ。


誇りも、決意も、覚悟も何も。第五号勇者、高橋恵三の中には一つも無かった。

それでも彼女は気楽に笑って、気安く言ってのけてみせる。


「いいよ。魔王、アタシが倒したげる」


――だから、泣かないで良いんだよ?


小さな王女の小さな灰色の頭を撫でて、微笑み だけは女神のように優しかった。

そんな勇者の姿を前にして、何故だかゼロテは泣いてしまった。


責任感なんて欠片も見えない、冗談混じりの救国宣言。

それを本当に成し遂げてしまう事となる勇者の小さな始まりを、只の道具でしか無かった王女が、涙を流しながら己の両目に焼き付けていた。

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