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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第二十一話 戦場狂乱

王女の剣が腐り落ちていくさまを目にして、第二号ゼロテは呆然と目を見開き膝をついた。


勇者と王女は二者一対、二振りの銀刀は夫婦剣だ。

一方が崩れれば他方も崩れる。所有者の生命力と繋がる事で力を発揮する勇者の剣は、供給源たる勇者を(うしな)えば然して時を置かずに朽ちてしまう。そしてその変化に影響を受けた王女の剣も、今まさに彼女の目の前で崩壊していく。


勇者が死んだ。

王女が傍に侍るべき対象が、目の届かぬ視界の外で死んでしまった。


「そんな……」


血の気が失せて真っ白になった顔でゼロテが呟く。

勇者は死ぬもの、消耗品だ。それは彼女とて理解していた。

理解していたが、いざ目の前で王女の剣が朽ちていく様子を目にすれば否応無しに動揺する。


戦場において何も出来ないゼロテが、本当に何も出来ないまま、みすみす勇者を死なせたのだ。


全身が震えて力が抜ける。勇者の存在理由と その単体価値を思えば雄二の死など至極当然の結果なのだが、ようやく己一人で独占出来る価値を手にして浮かれきっていた彼女にとっては余程ショックな事だった。


僅かな期間の、短い触れ合い。

しかしゼロテにとっては生まれて初めて真っ直ぐに付き合った相手だ。


ライバルたる十二王女とは違う。王の厳命を受けて世話をする侍女とも違う。実の娘を道具としか見なさない国王とも異なった、ゼロテ個人が望んで距離を近付けた唯一の少年。


――それが喪われてしまった。


今の今ままで己の中にあった幸福感さえ全て殺されてしまったかのような、身の毛もよだつ虚脱感。

崩れた銀色の土塊を前にして、ゼロテは ただただ座り込む事しか出来なかった。


真っ白な円柱を前に立つ国王バプテスマが、虚空を見つめながら口中にて小さく呟いた。


「……成程、こうなったか」


乾き切った骨のような腕が、緩やかに回転し続ける柱の表面を ゆるりと なぞる。

輪切りにされた石材を縦に積み上げて造った様な円形の柱。その表面には淡く輝く文字列が刻まれており、国王の目の前で次から次へと字数を増やして新たな文言(ぶんげん)を記録し続けていた。


周囲には他にも三本の柱が立っている。しかし国王の居る神殿の如き静謐(せいひつ)な空間はとても広く、遥かに離れた位置には他にも多数の円柱が並んでいた。


国王の傍にあるものは計四本。

その内の二本はとても背が低く、国王の胸元までしか無い。刻まれた文字列は光を失い、他の二柱とは違って回転せずに停止している。

ごろごろと石ころ同士を擦り付けるような音が鳴り、国王が手で触れていた柱が床より突き出し更に高く伸び上がった。


しかしそこで動きが止まる。

回転は徐々に動きを止めて、文字の輝きも消え失せる。柱の機能の喪失か、或いは故障を訴えるように。

これで計三本。背の低い二柱と今しがた動きを止めた一柱。


残るは一つ、最も背が高く、最も多くの文字を刻まれた中央左の円柱のみが緩やかに稼動し続けていた。


「これで、第五号勇者の召喚も可能となったな」


勇者は己の生命力を吐き出し尽くして事切れて、イスカリオテもまた死んだ。

想定の範囲内だ。

国王の立てた予定では吸血鬼となったイスカリオテは未だ存命の筈だったが、多少の誤差もまた織り込み済み。第四号勇者との邂逅も無いまま死ぬと言うのは予想外、しかし彼女の役目は既に終わっているので問題は無い。


仮に完全な予定外の変事が引き起こされたとしても、状況を挽回するための手段は元より複数用意されており、何より現状は未だ対処可能な範囲に収まっている。

惜しむらくは討伐軍の人員を削り損ねている事なのだが、次の勇者と共に魔王へ近付けば(おの)ずと数も減るだろう。


「逆らう者は要らぬ。知恵ある者も要らぬ。後は――」


既に召喚準備を整えられた儀式場にて喚び出される予定の、新たな勇者。

全ては第五号勇者次第である。


叶うのならば第二号のように扱い辛い奇人変人の類で無ければ良いが、それに関しては神のみぞ知るというものだ。召喚された勇者の人格次第では、今一度処分して新たな勇者と取り替える必要がある。

未だ王の望みは道半ば。他が どうであろうと辿り着くべき着地点は変わらない。


「ナザレ。おお、ナザレよ――」


新しき時代に君臨する偉大なる王よ。永遠の王よ。

老王バプテスマの輝ける理想の体現よ――。


国王以外に誰も居ない真っ白な空間の中心で、ただ一心に賛美する。

狂気無き静かな瞳のままで、ひそやかに老王が歌を謳う。

彼にはソレ以外の全てが どうでも良かった。ソレを叶えるためだけに生きてきたのだ。


だからこそまずは最大の障害たる魔王を倒し、後の時代における新しい支配体制のために城内の貴族(じゃまもの)達を踊らせている。勇者を使い、王女を使い、騎士を使い、貴族を使い、古馴染みの友人さえ利用するのだ。

枯れ木のような立ち姿の この老人は、己が夢想を叶える為ならば手を伸ばし得る全てを使い潰す心算だった。


元王族という立場に追い遣られた有象無象の実子達も、彼等と接触を図って(つたな)い企み事に傾注する第五号(ディディモ)等も、討伐軍に参加させず城内に留められた極少数の近衛騎士も。――国の内情を、国王の望む形に整えるための手駒である。


第四号勇者の死も無駄ではない。

伝承でしか知らなかった勇者と、勇者の剣。その運用法と生命力の消費速度、魔物との戦闘に関する詳細も、国王個人の手勢による監視の上で必要な情報が纏められている。古い記録を読み上げただけでは安心出来ない、だからこそ勇者一人を使い潰して事の詳細を確かめたのだ。これで次の勇者は第四号よりも効率的な運用が可能となるだろう。


生まれて初めて外の世界を知ったゼロテも、傍付きとして近しく接した異性の死に対して何も感じずには居られまい。外から手を加えるにしても心が弱っていれば容易かろう。駒としての操作性が向上すれば、多少は あの道具の価値も増す。


吸血鬼と化した第三号勇者の手によって街一つ滅んだが些細な事。

民の数が減っていれば後々の統治も楽になる。最終的に国としての体裁が整っていれば問題は無い。無駄な資源は削るに限る。未曾有の繁栄なぞ国王の望むものでは無いのだから。


事の推移は順調と言えた。現状に限れば条件の全てが許容範囲。

国王は満足気に頷いた。そして先程 動きを止めたばかりの円柱から手を離すと、その隣に立つ柱の表面に視線を向ける。

淡く輝く文字列を声も無く読み上げながら、相も変らぬ無表情で溜息混じりに独白する。


「第三号は失敗か? ……いや、早計だな。記録は更新され続ける、今少し様子見をするとしよう」


材質も構造も全く同質の白い円柱が計四本。内三本が停止して、残されたのは ただ一本。

もっとも、それとてすぐに五本目が生えてくるのだが。


無数の柱が居並ぶ空間を後にして、国王は己の城へと踵を返す。

魔王討伐を決意して以降十数年を同じ城で暮らしてきた実娘が一人死んだ事を知りながら、国を背負う男は一切の感傷も抱かずに、ただただ何時も通りの様子で歩き出した。


それは風のように討伐軍の陣営を切り裂いた。


「があがががあああっああああああ――ッッ!!!!」


赤色の残光(ざんこう)が視界に焼きつき、軍中を走り回る魔物の姿を目で追う事を邪魔していた。

爪を振るえば鮮血が舞う。剣で斬り裂けば魔物の肉体が飛散して、無数の蝙蝠が飛び掛かる。


「吸血鬼かっ!――不死者だ、対応しろっ!!」


相手の正体を見破った指揮官が声を張り上げ、団員達に指示を出す。

が、相手は騎士の居並ぶ只中を無軌道に走り回っているのだ。神聖属性魔法は生きた人間を傷付けないが、武器として用いる刀剣類は そうではない。無闇に攻撃を行えば同士討ち。それを恐れて手を(こまね)いていれば犠牲が増える。

そもそも、吸血鬼の身体能力で接近されれば人間である騎士達は魔法を使用するだけの余裕が無い。敵対象から離れた位置に居る騎士達の幾人かは余裕を持って準備を終えるが、件の吸血鬼とて自身への決定打を手にした彼等に近付くほどの間抜けではなかった。


第三騎士団以降の騎士団員は より悪い。

神聖魔法を必修とするのは近衛たる第一、第二騎士団の中位以上。第三騎士団所属の騎士は その多くが対不死者用の魔法を使用出来なかった。


「っくそ!」

「退くな、動きを止めろ!!」

「総員退避、一旦(いったん)下がれえ!!」


軍中に怒号が飛び交う。上司の指示も乱戦状態では効果が薄く、戦場慣れしていない兵士達は敵の吸血鬼が単独であるがゆえに犠牲者の数こそ少ないが、負傷によって恐慌状態に陥る者さえ現れている。


魔王討伐軍は混成軍だ。

近衛とそれ以外の区別も付けず、正規の騎士団員が各団から一定数出向しており、それ以外は騎士団の下位に当たる下っ端兵士が大多数。


近衛たる第一、第二騎士団は魔法を使用出来る有能な人員が数多いが、魔物の襲撃に晒される危険性の低い王城に勤める立場上、実戦経験が非常に少ないため動きが鈍い。

第三以降の騎士団は前線に出張る事も間々(まま)あるが、彼等には魔法が必ずしも必要というわけでは無い。正騎士ではない魔法専門の部隊が出向し、一時的に軍内に組み込まれて共に戦場に立つのが当たり前だ。そして乱戦状態の今現在、魔法以外に取り得が無く防御力に難のある魔法部隊は騎士団の後方に配置され、吸血鬼に引っ掻き回されている前線には魔法の支援が届かない。


――このままでは不味い。


数字として計上すれば一匹しかいない魔物を相手に軍が甚大な被害を被る事など有り得ないが、夜間の吸血鬼が集団の中に紛れ込んで暴れ回るとなれば話は別だ。

なによりも、このままでは士気に関わる。


「魔法部隊、まだかあ!!」

「逃げろっ、逃げろ――」

「ああああああああ」

「陣形を崩すなっ、前へ」


ぽつりぽつりと悲鳴が生まれ、やがては数を増やしていく。


元より比較的 士気の低い、貴族連中の部隊から潰走する。

多くは国王に媚を売るためだけに参加した者達だ。勇者の後ろに付いて行けば大丈夫だ、と戦場も知らぬ阿呆共が気楽に数を揃えただけの名前負け、一度(ひとたび)危険が その身に迫れば、実際の被害を受けていなくとも恐怖に震えて逃げ出してしまう、程度の低い集団だった。


僅かながらに協調性が乱れていけば、後はもう雪崩(なだれ)の如くに崩れ去るのみ。


背を向けた無害な獲物から優先的に、蝙蝠の群れと化した吸血鬼が襲い掛かった。

血を吸って、補給を終えて、戦って、消耗しても またすぐに獲物を捕らえて回復する。


「ひひっ。ぜんぐん、進撃しろお――」


白痴の如き、理性の感じられぬ声が響いた。脳が蕩けたような声、しかしその内容は上に立つ者の下した指示に他ならぬ。


最初に気付いたのは後方にいる魔法部隊。

次に軍の統制を取り戻そうと視線を巡らせ声を張り上げていた指揮官達。


動く死骸(リビング・デッド)の群れが居た。


勇者が突入した筈の街中から、無数の赤色を輝かせながら姿を現す。

百に届かぬ程度の、しかし魔物の群れとして見れば規模の大きな集団だ。今が夜で、相手が不死者で、あとは討伐軍の数割が戦闘どころではない状態でさえ無ければ、戦って勝つ事も可能だったろう。


「ころせ、喰え、ころせ、ころせっ、殺せええええええええええ!!!!!!」


悲鳴が上がった。

それは魔王を討伐するために(くつわ)を並べた者達が上げて良いものではない悲痛で悲惨な弱者の叫び。


無論、討伐軍もただ襲われるだけではなかった。

迫り来る動く死骸の群れに魔法を放ち、今も尚走り回る敵の首魁たる吸血鬼を打ち滅ぼそうと武器を構える。だがそれと同時に、場も立場も弁えずに泣き喚きながら逃げ出す者達もまた増え続けていた。


「吸血鬼、覚悟――ッ!!」


その叫びは、尋常な果し合いを望んだものではない。


兵士達の士気を上げる為、僅かながら恐怖に呑まれた者達の頭を()ます為に、敢えて芝居がかった台詞と隙だらけの気取った立ち居振る舞いで皆の注目を集めようとしたのだ。


声を張り上げた第二騎士団団長の前に、何を思ったのか吸血鬼が姿を現す。

本当に己の声に応えて姿を見せたのか、或いは何らかの意図があるのか。どちらであろうと、敵が目の前に居るのならば彼のやるべき事は決まっている。


浄化(ピュリファイ)墓標(グレイヴ・マーカー)防盾(プロテクション)――」


魔法を重ねて一息の内に戦闘準備を行う。相手の意図がどこにあろうと、ここで目の前の難敵を排除すれば、後は兵達を取り纏めるだけで此度の戦いは終わる。

槍を構えて一歩を踏み出す。騎士団長の前に立つ吸血鬼は、そんな彼の表情を目にして可笑しそうに笑みを刻んだ。けらけら哂って、吸血鬼は口を開く。


「ゆうしゃさまー、たすけてーっ。――ははははは!!!!」


本当に馬鹿みたいな、人をからかう意地の悪い子供のような声を上げた。


何を言っているのか分からない。馬鹿にされているのだろうか。

騎士団長は聞く耳持たぬとばかりに槍を突き出し、穂先に輝く十字架形の輝きは直撃すれば必ずや目の前のふざけた吸血鬼を滅ぼすだろう。


「ガアアアアアアア――ッッゥウウウアアア!!!!!」


当たれば、きっとそうなった。当たりさえすればの話だが。


向かい合う騎士と吸血鬼。彼等の戦いを中断させてしまうほど耳に痛い、気色の悪い叫び声。戦場に響いた獣の雄叫びは、この場の誰もが耳にした事の無い大音量。思わず目を向けてしまう者が多数。

その声を どこかで聞いたような気がする、と思ったのは戦場において酷く少ない数だった。


両目を赤く輝かせる獣が戦場に現われると、にやにやと品の無い笑みを浮かべた吸血鬼が両手を広げて騎士団長に笑いかける。


「ほうら、勇者様だよー、えらいよーっすごいよーっ」

「……お、おまえっ」

「格好良いなー、憧れちゃうぜえ。はははあっはははああっはは――!!!!」

「お前、まさか、そんな――ッ!!!」


生ける死骸と化した茶髪の少年が、瞳を赤く輝かせて軍中に躍り掛かった。


「早いぞ、こいつ!!」

「待てっ、これは――」


悲鳴を耳にして、怒号に耳朶を震わせられ、満足気に笑う吸血鬼が夜空を仰いだ。

その身体が徐々に無数の蝙蝠と化していき、人のような形を崩していく。


魔物が逃げようとしている。


そう判断した騎士団長が槍を突き出し、大胆不敵な吸血鬼の胴体を貫いた。

しかし笑う吸血鬼の表情に苦痛は浮かばず。貫かれた部位周辺の肉だけを その場に残し、他の一切が蝙蝠と化しながら空へと舞い上がっていく。


「――っ、浄火(クリメイト)!!!!」


白炎が燃え上がったが、捉えられた蝙蝠はわずか二割。他の全ては星の瞬く高空へと姿を消して、残された騎士団長は歯噛みする。

騎士達の内の少数は、新たに現われた茶髪の魔物の正体に気付いている――いや、気付いてしまった、と言うべきだろう。気付かなければ、ただの魔物の一匹として処理して終わった筈だ。犠牲者の数も少なく済んだ筈だ。


「なんで勇者様が――」


戦場の混乱に紛れて聞こえた声が、騎士団長の胸を締め付ける。

相手は魔物だ。しかし国を救う希望の具現として名と姿を触れ回った相手でもあった。そんな相手が化け物になって、何も感じない者がどれだけ居るだろう。躊躇い無く滅ぼせる騎士が、この国に存在するのだろうか。


「落ち着けえっ! 一度下がれ、陣形を――」


騎士団長は必死に声を上げたけれど、己の指示が この場の混乱を覚ますには到底重みが足りない事は、彼自身 理解出来ていた。それでも やらなければならない。立場に(もとづ)づいた義務感だけで、更に声を張り上げる。

混乱は中々治まらず、逃げ出した者達の行方も知れない。


多勢に無勢。討伐軍に襲い掛かった魔物達は時間を掛ければ やがて残らず滅ぼされるだろう。だというのに、後の結果が分かりきっていても、今此処にある惨状だけは皆の前から消えてくれない。

たった一匹の吸血鬼を相手に、国を挙げる精鋭達の築いた軍が二度とないだろう醜態を晒していた。


きっと何の利益も意義も無い、無意味で無価値な犠牲が生まれるだけの戦場は、その後 一時間ほどで終息した。

双方、得られたものは何も無い。失うばかりの一戦だった。


――後に『勇者型吸血鬼ブレイブ・ヴァンパイア』という異名を背負わされる事となった魔物の、国軍との戦闘における記録である。

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