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勇者ばんぱいあ  作者: NE
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第十七話 王女憤懣

王城と各離宮を繋ぐ連絡路、その整備された石床の上を歩く少女に声を掛ける者が居た。


「ディディモ!」


名を呼ばれた少女が振り返る。

彼女が振り返った先にもまた、少女が居た。


「……レビ」


ディディモと呼ばれた茶褐色の髪の少女が、己に声を掛けた相手の名を呼び返す。

王室の決定によって生み出された国王バプテスマの実子、十二王女の一員。


王女ディディモと王女レビ。

召喚執行師として製造された五号と六号、未だ出番の見えぬ予備である。


茶褐色の長髪を揺らしてディディモが相手を見つめ返す。視線を受け止める暗い金色の髪の少女、第六号レビは僅かに乱れたドレスの裾を手先で整え、殊更にゆっくりとした歩調で姉である第五号ディディモの前へと踏み出した。


貴女(ディディモ)、最近になって廃嫡された奴等とつるんでいるそうだけど」

貴女(レビ)には関係無い」


にべも無い答え。言い返された側の釣り目がちの瞳が、ディディモを睨み付けたまま僅かに引き攣る。

詰問口調で接した事が駄目だったのだろうか。容易く拒絶の意を示されたレビは己の物言いにも非があったのだと小さく胸中にて反省し、浅い呼吸を幾度か繰り返す事で心を落ち着けると、今一度口を開いてディディモを捉えた。


「今はゼロテの番なのよ、魔王討伐の邪魔をするものじゃ」

「五月蝿いわ、六号(レビ)の癖に」

「なぅ――っ!?」


可能な限り優しげな口調で言おう、と精一杯気遣いながら話しかけたレビだが、姉からの返答は先程と変わらぬ切って捨てるような辛辣な言葉。

何が悪かったのだろうか。驚きから両目を見開き細い肩を跳ねさせたレビは、姉であるディディモの物言いはきっと己に駄目なところがあったのだ、と再度自省して口元を押さえる。


――第五号ディディモが、継承権を取り上げられた元王族と度重なる接触を図っている。

彼女の妹に当たるレビが そのような情報を得たのは、ごく最近の事だった。


聞いて即座に思った事は、絶対に ろくな事を考えていないな、という至極当然な結論。


国王バプテスマが己の子供を一人残らず冷遇している事は、王城に勤める大半の人間が知っている。立場と役割に沿った指示は怠らない、金銭的な支援も過不足無し。しかし親子としての時間など、王子王女の誰もが知らないものだった。


道具として産み出された十二王女はそれでも良い。不平不満を持つ姉妹も僅かに居たが、道具の所有権を有する国王に逆らう事など元より許されていないのだ。執行師以外の予備は所詮予備に過ぎず、個々の代わりが利く以上、廃棄処分も有り得ぬ結末とは思えない。そうでなくとも大半の姉妹は執行師の立場を得る事以外の目立った欲が無く、王命に唯々諾々と従うだけ。


しかし元王族の者達は違う。

自らは道具ではなく人間であり、王家の貴き血を受け継ぐ者だという自負がある。立場に見合った資財が誉れが権力が、果ては玉座が欲しいと望むのだ。


もっとも、そんな彼等も第一号勇者謀殺の際に幾人かが処刑されている。つまり国王にとっては排除しても問題にならぬ程度の価値しか無い、と暗に言われているのだが、それでも諦めない者は居る。


身の程知らずにも暗躍を続けている元王族の誰それが、己の姉と接触していると言う。

情報を掴んだレビは毅然(きぜん)として立ち上がった。――お姉ちゃんが危ない、と。


「いいかしら、ディディモ。あんな馬鹿共に構ってると、貴女だっ」

「……もう行くわ。だから黙って、六号(レビ)

「でぃっ、」


都合三度。姉妹の会話に頭を悩ませるレビが どうにか捻り出した台詞を言い終わる前に、(ことごと)くがディディモの拒絶で遮られ、話を聞く意思など無いと告げる。

遂には黙れとまで言われてしまった。


背を向け遠ざかっていく第五号ディディモに手を伸ばしたが、場に取り残されたレビは姉の名を満足に呼ぶ事さえ出来ずに俯いてしまう。


ディディモ(おねえちゃん)……」


弱々しく唇を噛んで呟く声を聞き届ける者は誰も居ない。

俯いた少女の顔は暗い色の金髪に覆い隠され、力なく下ろされた指先はドレスの生地を掴んで握り締めた。僅かに皺が寄って、すぐに戻る。非力な彼女では上等な生地を素手で痛める事さえ出来ず、吐き出す事も叶わぬまま胸中に(わだかま)った感情は、閉じた口の中で子犬のような唸り声へと変換された。


レビ王女は第六号執行師だ。


前提として戦場に立つ事など有り得ない召喚執行師としては、先番の五人が(たび)重なる不審死を遂げなければ表舞台に出る事の叶わない、予備とは名ばかりの穀潰(ごくつぶ)しである。


子を儲けるためだけに王の愛妾として招かれた実母は、彼女を産み落とすと同時に故郷の地へと強制送還されたらしい。

手切れ金も沢山支払われ、姫君を産んだ母として名乗り出る事を王命によって禁じられると言う念の入れよう。契約を破れば一族揃って斬首だそうだ。

王家の人間に血の通った情は要らぬ。十二王女に道具としての機能以外を望まない、あの国王らしい遣り口だ。それを考えれば、母体を生かして帰した事は温情が過ぎると言っても良い。


十二王女に親は居ない。父親に当たる国王バプテスマが彼女等を愛する事は無い。


内容は偏っていたが国内最高水準の教育と、飢える恐れなど必要の無い豊かな生活。

しかし其処に愛情は無い。幼子が最も強く欲するものが、この城の中には存在しなかった。


己が掴み取れる唯一の価値たる召喚執行師の立場も、第六号という姉妹の半ばに当たる数字が邪魔をして、夢見る事さえ許されない。

いくら望んで夢見ても、現実に叶い得るものなぞ何処にも見つかりはしなかった。


手に入るのならば嬉しいだろう。そのために生まれてきたと言われ、そのために学んで ずっと研鑽を続けてきたのだ。どうでも良いとは思わない。


だが現実として、彼女が執行師となる日は来ないと思っている。

第一号イスカリオテの死は青天の霹靂(へきれき)。誰も予想はしていなかった。ならば二度目、三度目が訪れるのか? ――有り得ない、とレビは思う。


この世の全ては無駄なものだと思っていた。

父親は彼女を愛さない。母親の名前さえ知らなかった。そして生まれ持った使命を果たす時は来ない。

積み上げた努力の成果は魔王討伐の完了と同時に露と消え、第六号レビは残りの人生を専用離宮の中で孤独に過ごして終わるのだ。何も出来ぬまま、王族という名だけを戴いて無為に死ぬ。


なんて無意味な、無駄な生命。


どうして生まれてきたのか分からない。生きている意義など見つからない。だからと言って、逃げ出す先など在りはしない。

彼女は絶望した。絶望すると同時に、身近に有るものに気付いたのだ。


――ああ、わたしには血の繋がった姉妹達がいるじゃないか。


始めは、望んでも得られぬ何かの代用品だったかもしれない。胸の間隙を埋めるための代償行為だった筈だ。しかし時が過ぎれば秘めた想いは磨かれる。原石は研磨され尽くし、やがて煌びやかな宝石が生まれれば、それを本物と称しても間違いはない。


レビは姉妹達が好きだった。

自分と同じ生まれで、自分と同じ立場で、自分と全く同じ境遇。

だからこそ(レビ)を個人として認識し、内面までもを理解出来る。そんな相手ならば、きっと肉親として愛してくれると期待したのだ。


「うぅ……っ」


結果は御覧の有り様である。

他の姉妹達が何を考えているのか、自身への理解を望むレビこそが、最も彼女等を理解出来ない。


早々に執行師となる事を諦め、その代わりとして肉親からの愛情を求めた彼女の姿は、今も表舞台に立つ事を望んで研鑽を続けている姉妹達にとっては醜くも腹立たしい落伍者そのものだ。


――逃げるな。妥協するな。第六号の癖に、第七号以降の私達を馬鹿にするな!


声無き声で妹達が罵っている。姉達も然して変わらなかった。

けれどレビには分からない。

血の繋がった姉の死を望んでまで誉れある唯一の立場を欲する他の姉妹達の狂った思考が、彼女にだけは分からない。


或いは彼女こそが姉妹の内で最も健全で、最も人間らしい姫君だった。

しかし、けれども、だからこそ。一人残らず心の狂った十一人の王女達を、血の繋がった姉妹の事を、ただ純粋に愛して欲しいと望むレビだけが決して理解出来ない。


「――ディディモ(わたし)は、絶対に このままでは終わらない」


一つ下の妹を振り切って歩き続ける第五号ディディモは、誰に聞かせるでもない己が情念を言葉に(あらわ)し吐き出した。


予備の予備の、更に予備。だから何だ。上に四人も居るからと言って、諦める理由など何処にも無い。

第一号召喚執行師イスカリオテは死んだ。吸血鬼と化した事実は後番であるディディモには不要な情報だからと知らされていないが、城内に居ないのであれば彼女の死亡発表は事実と何も変わらない。


後は三人、それだけ居なくなれば自分(ディディモ)の番だ。


執行師の地位を得たゼロテの晴れやかな笑顔を思い出し、憎憎しげに歯噛みする。ああ羨ましい妬ましい。次の次の次こそは、ディディモがあの場に立ってみせる。


あの輝かしい舞台に立てなければ、今までの全てに意味が無い。

この世に生まれ出てきた事を、必死に生きてきた過去を、何の価値も無いゴミと呼ばれて(たま)るものか。生まれ落ちてより十数年、歯を食い縛りながら積み上げた彼女の矜持(きょうじ)は絶対にソレを許せない。


「失敗しろ。失敗しろ。次も、その次の勇者も……ッ!!!!!」


おどろおどろしい怨嗟の声が、ディディモの喉奥から止まる事無く這い出してくる。

茶褐色の一部を掴み、下方に引っ張る前髪の陰に己の顔を隠して俯いた。感情を曝け出した この顔を、誰にも見られたくは無い。だってそんなのは惨め過ぎる。姉妹にだけは見せられない。競争相手(ライバル)にだけは、絶対に嗤われたくはない。


ディディモが最後に笑ったのは何時だっただろうか。何時だろうと関係無いが、二号(ゼロテ)三号(ユダ)四号(クタンナ)を、己より先に生まれた全員を排除してしまえば心の底から笑える筈だ。

その日まで ずっと魔王討伐が失敗し続けていれば良いのに。――いや、違う。


失敗させるのだ。


「魔王を倒すな。魔王を倒すな。絶対にっ、魔王を倒すな、クソ勇者――!」


ぱちぱちと音を立ててディディモの前髪が引き抜かれた。

魔王討伐の道具、更にその予備に過ぎないとは言え王族の娘。入念に手入れされた茶褐色の(なめ)らかな髪が、力を篭め過ぎた少女の指によって荒れ放題に千切り落とされる。


魔王を倒すために生み出された王女が、討伐行の失敗を願うという矛盾。

己以外の手による成功なぞ全霊をもって否定する。彼女の頭の中には、如何にして先番の邪魔をするかという思考しかない。先程まで第六号(レビ)が何か言っていた気もするが、どうせ大した事では無いだろうと すぐさま記憶から追い出した。

他人などは どうでも良い、それが姉妹ならば尚更の事。血の繋がった十二人、誰も彼もがディディモの敵だ。


千切って床に ばら撒かれた己の頭髪に目もくれず、王女ディディモは足早に己の離宮へと歩き出した。


まずは元王族の兄姉に連絡を取らなければならない。

個人の欲と目先の(はかりごと)に瞳を曇らせたディディモの耳には、僅かに離れた位置から己に対して再度呼び掛ける実妹(レビ)の声など全く聞こえていなかった。仮にその耳に届こうと、音に篭められた感情など理解出来るわけがない。


十二王女の間には血の通った情など無い。求める事こそが愚かしく、彼女達の間ではディディモの振る舞いこそが有るべき姿。

冷たく冷え切った王城内の一角で、独り俯いて立ち止まるレビを心配する声など、ただの一つも生まれなかった。


夕暮れ時の空の下、設営された天幕へと向かう第四号勇者、鈴木雄二は今しがた聞かされた話に首を傾げる。


「……転進?」

「王命です」


魔王現象の発生地点に向かう途上で、討伐軍の進路変更指示が行われた。国王バプテスマ直々の命令である。

魔物の版図が広がり続ける情勢下、魔王討伐は急務の筈だ。だと言うのに、最短距離を辿っている行軍経路を逸脱し、主要街道から外れた街へ向かえとの指示が下された。


あからさまにおかしな命令。


「うーん、まあ良いか。王様の命令だしなー」


しかし勇者はあっさりと頷いた。何故ならば考えの足りない阿呆だからである。

命令の裏に如何なる事情があろうと知った事では無い。むしろ裏があるとさえ考えていない。


そもそも彼は勇者の剣を振るう以外、何も出来ない少年だ。

魔物との戦闘に際し、先陣を切って思うがままに敵を蹴散らす。それが可能なのが勇者にしか扱えない聖剣に備わった機能であり、ただそれだけで課せられた責務を果たせる存在こそが勇者である。


一国の頂点に君臨する国王陛下が判断した事だ、きっと必要なのだろう。

深く考えぬままに納得し、軍内の騎士団長らに同様の命令を届けるために場を離れていく兵士の背中を見送って、雄二は肩を回しながら溜息を吐いた。


「身体、重いな……」


最近ますます疲労が溜まっている。

戦うたびに重く感じるようになっていく己の身体を軽く(ほぐ)すと、雄二は倒れこむようにして天幕の中へと姿を消した。


その姿を観察する先程の兵士の視線にも気付かずに、来たる翌日、第四号勇者は吸血鬼の支配する街への行軍を開始した。


己に下された命令が何を意図したものなのか、結局最後まで気付かぬまま。

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