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「あっ、そういえばさっき三条さん来てたよー。瀬戸くんのこと探してるっぽかった」
世間話の合間にそのことを伝えると、瀬戸くんの眉間に少しだけ皺が寄る。それも一瞬のことで、直ぐに笑顔に戻った。
「そうなんだ」
「何か用事があったんじゃない?会いに行かなくて大丈夫?」
急用であれば大変だろうと思って、気を使わせないために行くことを促してみる。
それにしても瀬戸くんが三条さんと面識あるとは思わなかった。三条さんは生徒会の方々と仲が良いようだったから、それ繋がりなのかもしれない。
「うん、大丈夫だから。安西さんは気にしなくていいよ」
瀬戸くんは何でもないことのようにそれだけ言ってツナマヨパンの袋を開け、もそもそ食べ出す。それならいいけど、と私もお弁当の唐揚げを箸で摘まんで口に入れた。二人共口に物が入っているからちょっとした沈黙が訪れる。
教室内は未だ三条さんの話がちらほらと聞こえている。六月に編入してきてまだ一ヶ月くらいだというのに凄い人気だ。不思議なくらいに。
「……安西さんって、三条さんのことどう思ってるの?」
何となく周りの会話を聞いていると不意に瀬戸くんが沈黙を破った。
その時の顔が、少し真剣な顔付きだったから驚いた。それって別に真面目な話じゃないと思うんだけど。でもまあ、瀬戸くんも男子だし可愛い女子のことは気にはなるのかも。
「いや~凄く可愛かったよ。話したことは無いけど優しいらしいし、人気なのも分かるなぁ」
でも同じ女子だとはいえ別のクラスだし、接点も無いので当たり障りの無いことしか言えない。それを聞いて、また瀬戸くんは眉をひそめた。
「そっか、そうなんだ」
短い返答だけして瀬戸くんはツナマヨパンをもそもそ口に運びだす。
「瀬戸くんは三条さんのことどう思ってるの?」
逆に気になってそう聞くと瀬戸くんは考え込む素振りをして視線を逸らした。
「うーん、まあ安西さんとそんなに変わらないけど。顔可愛いし、ちょっとおどおどしてる時もあるけどいい子だし、頭も良いみたいだよね。一昨日のテスト、彼女満点だったようだし」
「えっ、あの数学の!?あれ鈴田先生が作ったって噂のやつでしょ?激ムズだったのに!」
「あー、あれ最後の問題難しかったよね。俺もちょっと悩んだ」
「ちょっとどころじゃ無いよぅ……」
数学教師の鈴田先生と言えば厳しいと学年でも有名だ。あの先生の作るテストはいつも難しい。元々数学は苦手科目だから再テストを免れるのに私はいつも必死だ。
三条さんの話をしていた筈なのに気がついたら数学の話に変わってしまった。とはいえ、話題が急に変わるのはよくあることだ。
瀬戸くんは軽く笑って、
「安西さん、もしかして数学苦手?そういえばこの前当てられた時あたふたしてた」
と言う。何それ、恥ずかしい。あの時は顔だけは平常を装っていたけれど、手元は必死にその問題で使うであろう公式が書いてあるページを探していた。隣なのでさぞかしよく見えたのだろう。
「お、覚えてないでよそんなこと~!もう、数学は苦手なんだって」
「そう?じゃあよかったら今度数学教えようか?」
軽いノリでそんなことを提案されて戸惑う。昨日までそんなに仲が良かった訳では無かったから、少し変な感じだ。
でも成績優秀な瀬戸くんに教わるのは少し魅力的にも思える。
数学は得意になるのまではいいから取り敢えず苦手では無くしたい。とりあえずテストでは毎回平均くらいにはいきたいかも。
「うん、じゃあお願いします」
「はい、お願いされます」
思わず軽く頭を下げると、瀬戸くんの息を吐く音が柔らかな笑みと共に聞こえてきた。