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「安西さんって、お弁当派だよね?」
お昼休みが始まって直ぐ、瀬戸くんは鞄の中から財布を取り出している。それを見る限り瀬戸くんはお弁当を持ってきていないらしい。大抵の人はお弁当が無いのであれば、購買か食堂のどちらかを利用する。
「うん、そうだよ」
「あー、じゃあちょっと購買行ってパン買ってくる」
どうやら私に合わせてくれるつもりのようだ。元々こうなったのは瀬戸くんのせいなのでそう言ってくれるのも分かるが、教室から購買まで割と遠いのでわざわざ買いに行かせるのも少し申し訳無い気もする。
「だったら食堂行く?私は食堂でお弁当食べるよ」
購買よりは比較的近い食堂に行くことを提案してみると分かりやすく困った顔をされてしまった。何故。
「いや、いいや。今日は、ほんとに。じゃあちょっと買ってくるから」
そんなよく分からない返事をしてさっさと瀬戸くんは、財布だけを持って教室を出て行ってしまう。
何だったの。私には瀬戸くんがよく分からないよ。
だが元から席は隣同士だったけれどそんなに喋る仲でも無かったので、分からないのも当然かもしれない。
瀬戸くんはこの学校でもかなりの有名人だ。王子様みたいと言われているイケメンさんで、いつもにこやかな笑顔を浮かべていて、優しい性格っていうのは噂でよく聞こえてくる。オマケに頭も良いらしい。その秀才さを買われて生徒会に書記として所属している。
今期の生徒会役員は瀬戸くんを含めてイケメンが多いから一種のアイドル化していて、役員の四人ともそれぞれ人気がある。生徒会は成績優秀者しか選ばれない筈なのに、まるで顔で選ばれましたと言わんばかりの人選だ。
そういえば瀬戸くんは普段誰とお昼は食べているんだろうか?
ふとそんな疑問が沸いてくる。今日は休みだったのか、もしくは今日だけ友人達には断りをいれているのかもしれない。
瀬戸くんはこうなった理由をついなんて言葉で済ませていたけれど、そんな衝動って簡単に起きちゃうものなの?
ぼんやりと考え事をしながらケータイでツイッターのチェックをする。
「あの……、瀬戸くんいますか?」
教室の後ろのドアの方からそんな声が聞こえた。教室内は休み時間特有のざわめきがあったのに、その声は不思議と私の耳にすんなりと入ってきた。
高くて、可愛らしい声。いかにも女の子って感じの甘さを含んでいる。
「さっ、三条さん!瀬戸くんなら今いないよ」
「うんうん!お昼始まって直ぐに教室出てっちゃったの見たよ」
クラスの男子が心持ちデレッとした顔で対応している。
よく見てみると三条さんの後ろには生徒会の面々が引っ付いていた。
ひえ~、凄い光景だ。普段は学年が違うのもあって壇上からしか見ていなかったけれど、間近だとそんなに年も変わらないっていうのに何だか違う威圧感がある。
この教室に来たばかりだと言うのに三条さんの周りには、何人もの教室にいたクラスメイトが集まっていて、私は三条さんの人気者加減を目の当たりにする。
遠目から見る三条さんは大きくてつぶらな瞳に艶のある緩やかにウェーブした肩まである茶色の髪、体は細っこくて柔そうだ。これは可愛い。噂では三条さんは日に一度は告白されていると聞いていたが、それ程モテるのも頷ける容姿だった。
それにしても三条さんの後ろには生徒会の面々しか見当たらない。静江と菜々も三条さんと一緒にいると思っていたから、それには不思議に感じた。
「そうなんだ…………ありがとう」
少しガッカリした顔で三条さんはそう言って教室を後にした。傍目からも分かる程しょんぼりとした様子だった。即座に恐らく生徒会会計の三条さんを慰めているであろう声が、何て言っているかまでは聞き取れなかったが遠ざかる中聞こえてくる。
教室内は俄に先程来た三条さんの話で盛り上がり出した。
「待った?ごめん、購買混んでて」
その内に瀬戸くんが戻ってきた。急いで戻ってきたのか、少しだけ息が乱れている。
私は素早い動作でケータイを鞄の中に仕舞った。
「いやいや、大丈夫!じゃあ食べよっか~」