ウォーミングアップの前は、挨拶。
時は2015年。1月30日。淀んだ雨雲が広がり小雨が降っている。
宇津木純也は、いつものように昨日と違う道を登校し、いつものように昨日と違う道を下校し、いつものように昨日と違う相手に絡まれていた。
「おい。お前が宇津木けぇ?」
オールバックで決めた若干時代錯誤した男達のうちの一人の声が、線路下を通る薄暗いトンネルでこもりながら響く。純也は原因の発端であろう親友に心の中で悪態つきながらも、諦めたように嘆息する。
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「うー!染みるー!!」
「もう!だから絡まれたら逃げなさいっていつも言ってるじゃない!」
「あーはいはい」
結局あの後純也は、絡んできた男達5人を蹴散らした。しかし無傷とはいかず、今は幼馴染みの遠藤美紗に治療してもらっていた。
「大体、哲君がいけないんだよ!すぐ喧嘩するから、こうやって仲の良い純也が被害に遭うんだから」
「それは俺も同感だわ」
憤慨する美紗に対し、同意を示す純也。
治療を終えた美紗が救急箱を片手にリビングを出る。現在純也と美紗が居るここは築20年のアパートだ。間取りは1DKで、ここに純也は一人で暮らしている。というのも実は純也は幼い時に両親を亡くしており身寄りも無かった為、町の小さな児童養護施設へと預けられる事となった。そしてそこは美紗の父親が理事長を勤めており、純也はそこで美紗と出会ったのだ。
純也は中学を卒業するとバイトを始め、このアパートを借りて一人で暮らしているという経緯である。
「じゃあ純也。私そろそろ帰るねー」
救急箱をしまい終わった美紗が、リビングに入りながら言う。
「お?もう帰っちゃうのか?飯ぐらい作っててもいいんだぞ?」
「頼み方ヘタクソ!残念、今日私料理当番だからダメー」
純也のヘタクソな誘導に、少しおどけて言う美紗。美紗の父が経営する施設は、美紗と施設の年長者達が料理を担当しており、今日は美紗が当番の日だった。
「お前は可愛いなぁ!ばーか!」
「知ってますー!ばーか!」
「はいはい、帰れ帰れ。なんの取り柄もない美少女!」
「ふふ。褒めてんのか貶してんのかどっちよ」
いつもように軽口を叩きあう二人。そろそろ帰ろうと美紗が玄関の方へ身を翻すと、純也の携帯が鳴る。純也は着信相手を確認すると、1つ嘆息し電話に出た。
「おう。哲。美紗がカンカンだぜ」
「え!?まじか!俺なんかしたか!?」
「なんでだと思…あっ」
帰ろうとしていた美紗は電話の相手が哲と分かると、純也の携帯を横から奪いとる。
「もしもし哲くん。哲くんのせいで、また純也が怪我したんだけど、さてどうしましょう?」
「いや…あの…ごめん」
「言う相手が違うでしょ。ちゃんと純也に謝ってね。それと!もう喧嘩はしない事!はい、約束!」
美紗は一方的に約束を取り付けると、電話口でなにやら言ってる哲を無視して、純也に携帯を返す。純也はニヤニヤしながら携帯を受け取ると、ボソボソと美紗へ言い訳をしている哲の会話を聴きながらよりニヤニヤする。
「へい!地方議員さん!マイクも拾わない謝罪はもういいから、用件はなんですか!」
「あっ!…なんだ、純也か。悪かったな…」
「いいよもう。俺、Mだし」
「じゃあなんで手怪我してんのよ。相手が悪いとはいえ、手を出した純也も悪いんだからね」
電話してる純也に、横から正論を放つ美紗。純也は美紗におちゃらけた顔で返答する。
「で?早く用件。」
「ああ!そうだ!俺今、純也んちの外に居るんだよ!ちょっと降りてこいよ!」
「え?うちに?…わかった。ちょっと待ってろー」
純也は電話を切ると、美紗に哲がアパートの下に来てる事を伝える。美紗も帰る所だったので、二人でアパートの下に降りると短髪の男、里山哲がバイクに股がっていた。
「おお!なんだよ!そのバイク!?盗んだのか!」
「ばか。買ったんだよ!どーだ!カッコいいだろ」
「哲君。いくらなんでも喧嘩して、お金まで盗るのはどうかと思うよ…」
「いやいや、違うんだって美紗ちゃん…」
「気安く名前で呼ばないで。」
「いや…美紗ちゃん!違うって!…あーもう!ほんとごめん!俺もう絶対喧嘩しない!」
「お!聞いたか?美紗!もう喧嘩しないって!」
「聞いたよ、純也!これでもう痛い思いしなくて済むね!」
「…うん。…グスッ…もうこれで痛くて…グスッ…しかも怖い思いしなくて済む…」
「あー可哀想、純也!もう大丈夫だよー。怖かったねー。よしよし。」
「うん!美紗。ありがとー」
「こらっ!お前ら!!!なに猿芝居してんだよ!特に純也お前!この前10人のしといて、何が怖いだ!ボケぇ!」
「えーん。美紗ー。この人怖いよー。助けてー」
「純也。10人相手に喧嘩したんだ?」
「え?」
「なにそれ。私知らないんだけど?」
「いや、美紗?あ…あれは違うんだよ!なんていうか…」
「ハッハッハ!純也!形勢逆転だな!ハッハッハ」
「少し黙ってなさいよ、泥棒バカ。」
「あっはい」
「よし!聞きなさい!バカ二人。今後は一切、人を殴らない事!はい!約束!」
『…はい。』
結局、美紗の逆鱗に触れ小さくなる純也と哲。そんなバカ二人を見て、美紗は軽く嘆息する。腕時計で時間を確認すると、そろそろ本当に帰らない時間になっていた。美紗が帰る旨を伝えようと、バカ二人の方に目をやると、今、そこにいた筈の二人は居なくなっていた。
「え?」
一瞬で頭が真っ白になった美紗は反射的に辺りを確認するが、二人の姿も、哲が跨がっていたバイクも無くなっていた。
「え?…どうい…う…っ」
狼狽する美紗は携帯を取り出そうと黄色の手提げ鞄に手を入れた。しかし、次の瞬間、美紗の姿もそこには無かった。




